第25話 別に、鈴音に責められるようなことじゃないだろ?

 鈴音に、クロスズとは病院で知り合ったのかと問われたので、とりあえず話を合わせるべくオレは頷く。


「まぁ……そんな感じだよ、うん……」


「そうなんだ……ずいぶんと可愛い子だったね」


 その発言は自画自賛なのだが、だからこそオレの違和感は最大限に膨らむ。


 鈴音って、自分の容姿を自慢するような性格ではないのに、どうしてクローンを可愛いなどと言ったのか?


 一瞬、嫌みかとも思ったのだが嫌みにもなっていない。なぜならクロスズは鈴音のクローンなのだから……


 ………………あ、あれ?


 オレは、ふと浮かんだ疑問を鈴音にぶつけてみる。


「鈴音は……あの子のことどう思う?」


「どうって言われても……わたし何も知らないし」


「いや、パッと見た感じの印象というか、顔から推測できる性格とか……」


「知らないよ。そんなにじっくり見たわけじゃないもの」


 こ、これは……


 もしかして鈴音は……


 クロスズが自分のクローンであることに、気づいていない!?


 な、なるほど……! そういうことか!


 考えてみればそりゃそうだ。クローン生成などというトンデモ能力が実在するだなんて、どんなに機転の効く人間だって思い当たるはずがない!


 オレは超能力があることを前提で考えて慌てていたが、鈴音はその前提がないのだ!


 もっといえば、人間、自分の姿を見ることは出来ない。写真や動画で見ることはあっても、肉眼で見ることは絶対に出来ないのだ。だとしたら、自分の姿を見るなどという超常現象に気づくわけがない!


 例えるなら、動画に写る自分を見て「オレってこんな顔で笑うの!?」とか「こんなに太ってたの!?」とか驚くくらいに、自分は自分の姿を認識出来ていないわけだ! さらに言えば、録音した自分の声があまりに酷くて「こんな声なの!?」と驚くような感じか!?


 動画や録音は、『あれが自分』だという前提があるから認めざるを得ないわけだが、『あれが自分』という前提がなければ、クローンなどという超常現象に気づくはずもない!


「ちょっと、淳一郎?」


 違和感の正体に気づけたことでオレは放心していたようで、目を赤く腫らした鈴音がジロリと睨んできた。


「それで結局あの子とは……どういう関係なの?」


「あ、ああ……あの子はな……」


 オレはいっとき考えてから、ホテルに宿泊するときに作った設定を思い出す。


従兄妹いとこだよ」


「………………従兄妹?」


「ああ。両親の都合で一人暮らしをすることになって、それで今日、こっちに引っ越してきたんだ。だからオレは、その引っ越しの手伝いをしようと思って、あのマンションに出向いたというわけだ」


 ど、どうだ!?


 この完璧な言い分けは!


 クロスズがクローンだとバレていないのであれば、なんとでも取り繕うことが出来るのだ!


 オレは内心で勝ち誇ったのだが、しかし鈴音の瞳は険のあるままだ。


「……引っ越しの手伝い? ならどうして、友達と会うだなんて嘘をついたの?」


「え……?」


 虚を突かれて、オレは言葉を詰まらせる。


 鈴音は険しい瞳のまま言葉を続けた。


「下校する前、わたしに言ったでしょ? 今日は中学校の友達と会うって」


「あ、ああ……!」


 そんな設定、すっかり忘れていたので、オレは慌てて嘘をつく。


「そ、それは来週だったんだよ! 予定を一週間も間違えてて! 本当の予定は引っ越しの手伝いだったんだ……!」


「いまさっき、あのコとは病院で知り合ったと言ってたじゃない」


「そ、それは……!」


 くっ……!


 嘘に嘘を重ねていくと、いずれは破綻するとはまさにこのことか!?


 しかしオレは、必至で辻褄を合わせようとする。


「せ、正確にはだな? 病院で久しぶりに再会したんだよ従兄妹と! オレが事故ったのを心配して見舞いに来てくれたんだ。だがさっきは、説明が手間だったから『病院で知り合った』と言っただけさ! あとそのときに、こっちへ引っ越してくると知ったわけだ、ウン!」


「………………」


 オレの理路整然とした(はずの)弁明に、しかし鈴音の険しい視線は消えそうにない……


 だからオレは、むしろ反転攻勢に出ることとした!


「っていうかさ。オレと従兄妹が一緒にいるだけだってのに、鈴音はどうしてそんなに怒ってるんだよ?」


「…………!?」


 今度は鈴音の方が虚を突かれたようで、険しい瞳を見開いた。


 よ、よし……! ここはこのまま押し切れるかも知れない! これは、クロスズがクローンだとバレていないからこその反撃なのだ!


「しかもいきなり逃げ出すわ、泣き出すわだし。オレは、従兄妹の引っ越しを手伝いに来ただけなのに」


「………………ッ!」


「確かに、今日の予定を間違えていたのはオレの落ち度だけどさ。けど別に、鈴音に責められるようなことじゃないだろ? いったいなんだって、オレは怒られているのでしょうね?」


「べ、別に、怒ってなんかいないよ……!」


「いや怒ってるじゃん、今まさに」


「怒ってない!」


「怒ってる」


「ならもういい!」


 鈴音は振り返ると、公園の出入口へとスタスタ歩いていってしまう。


 今度のオレは、その背中を追いかけるようなことはしなかった。なぜなら、クロスズがクローンだとバレていないのであれば、弁明する必要もなくなったからだが──


 ──しかし中央広場の中程まで歩いた鈴音は、何を思ったのかこっちに引き返してきた。


 そうして鈴音は、オレの目前で止まると、怒りながらも笑うという器用な表情を作った。


「わたしも、引っ越しを手伝ってあげるよ」


「…………え?」


 オレは、鈴音の思考を読み切れず、いっときポカンとした。

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