第21話 その仕草といったら、立ちくらみを覚えるほどに可愛い
ふぅ……危なかった……
オレが急に好成績を収めたら、鈴音のヤツに怪しまれるかもしれない……これはオレも予想していたことだった。
だから事前に言い分けを考えていて、それが瞬間記憶能力というわけだ。もちろんオレにそんな能力は宿っていないが、リアルに存在する特殊能力の中では、瞬間記憶がもっとも言い分けに適していたのだ。
鈴音の疑いは完全に晴れたわけではなかったようだが、渋々ながらも頷いてはくれた。
瞬間記憶の実演でも頼まれたらヤバかったが、学年一位を取ったことは、予想以上に大きかったらしく、そこまでの追求はしてこなかった。
まぁとにもかくにも。
ひとまずは、鈴音の疑念を逸らすことは出来た。
ゴールデンウィーク明けについては、おいおい考えるとしよう。オレが鈴音の対応をするとクロスズとの時間が減ってしまうから、出来ればクローンを上手く活用したいところだけど……
しかしおそらく、鈴音が怪しんでいるのはクローンのせいだと思う。自我50%のクローンでは、長年一緒にいた鈴音を欺くことは難しいのかもしれない。
であれば自我100%に相手をしてもらえば大丈夫だと思うが……だけどなぁ……
その手は出来れば使いたくない。出来ればというより絶対にイヤだ。
自我100%のクローンを作ったり消したりするのは、オレの精神衛生上よろしくないということもあるのだが、それ以上に、自我100%にもなると、もはや人間と違いがなくなることに気づいたのだ。
つまり、別の男が鈴音と登下校するみたいなもので……
約一ヵ月の間、鈴音自我100%のクロスズを見ていると、鈴音とは違う人間なのだとなおさら思えてくる。姿形はそっくりだとしても。
瓜二つの双子だって性格は違ってくるわけだし、一ヵ月程度でも性格の差異は出てくるのだろう。とくにクロスズの場合、自身がクローンだという特殊極まりない生い立ちなわけで。
そもそも、オレが作り出すクローンに限って言えば、オリジナルとクローンの違いは欲求があるかどうかになる。いや、欲望といった方がより正確か。
自我99%までのクローンは、一言でいえば欲望がない。
たぶん、99.9999……9%までなら、クローンは欲望を持つことがない。
しかしそれが100%に達した途端、欲望が芽生えるのだ。
0.0000……1%のわずかな違いであったとしても、そこに決定的な違いが現れる。
例えば、今日も地道にバイトして、オレに貢いでくれるクローン達は、バイト先で出会った女の子とイチャイチャしたいという欲望はもちろんないし、バイトをさぼりたいとか、疲れたとか飽きたとかもない。だから『面倒なバイトなんて辞めたい』という欲望が元より存在しない。
しかしクロスズの場合は、欲望があるように思える。『出来る限り淳一郎と一緒にいたい』とか『寂しいから一人にはなりたくない』とか。
もっといえば、クローンという不自然極まりない自分の存在に、無自覚な不安を感じているようにも見える。裏を返すとそれは『生きたい』という究極の欲望だろう。
そう、クロスズには欲望があるのだ。生きたいという欲望──それはもはや本能なのかもしれないが。
その一点こそが、他クローンとクロスズの違いだった。
これはきっと、人間とAIとか、人間とロボットとかの違いとも同じだ。
これから先、AIやロボットの知能指数がどれほど人間を超えようとも欲望を持つことはない。欲望があるかのように見えるのだとしたら、それは人間がAIを学習させた結果であり、欲望を持っているかのように見せているだけなのだ。
だからAIやロボットは、どこまで進化したってただの道具に過ぎない。例えば、暗算より電卓のほうが計算が速くて正確でも、電卓には欲望がないから道具のままなように。ただし人間が電卓の使い方を理解していないと、理解している人間と比べて不利になる。だから便利な道具を理解し、かつ使いこなせるのに越したことはない。
これと同じようにクローンだって使いどころさえ間違えなければいいわけで──
──などと妙なことを考えるようになってしまったのも、すでに大学受験の勉強を終えてしまい、大学で学ぶような一般教養や人文科学にまで手を出してしまっているからかもしれないけれども。
まぁ……いずれにしても、だ。
オレにとってクロスズは、もはや人間なのだ。
しかも娘に近い感覚があるのかもしれない。オレ自身が生み出したのだから。
さらには鈴音がモデルだから、見た目は大変に麗しく、性格はちょっと強気な面があるというのに、オレの命令には絶対服従だから、とても素直なのだ。
つまりは性格もオレ好みのツンデレ具合で、ちょっといぢわるな命令をしてやると口を尖らせながらも従うものだから、その仕草といったら、立ちくらみを覚えるほどに可愛い。
だからとりあえず、鈴音の疑念はあとで考えることにしよう。クローンが人間か否かの小難しい問題なんて大人になるまで放置でいい。
何しろオレには、向こう一週間のゴールデンウィークを、素直で可愛いクロスズと二人っきりで過ごすという予定があるのだ!
さらには、賃貸マンションの一室という場所が手に入ったおかげで、思う存分に活動できる! 未成年という何かと制限された身分だったからお預けになっていた
「お〜い、クロスズ〜待たせたな」
だからオレは、満面の笑顔で片手を振った。
少し向こうに、マンション前で立っていたクロスズがいる。今日は、長い髪の毛をサイドテールにまとめていた。おしゃれメガネもよく似合っている。
オレは、クロスズの姿にときめきながら言った。
「先に、中へ入ってくれててもよかったのに」
すると、クロスズはにっこり笑う。まるで光り輝いているかのようだ。
「初めてだし、淳一郎と一緒に入りたかったから」
くっ……!
そ、そんなことを言われたら、今夜を待たずどうにかなってしまいそうだ!
いやいや……いかんいかん。今日はこれからいろんな宅配便のお兄さんがくるんだから……
「そ、そっか……なら一緒に入ろうか」
「うん♪」
そしてオレは、クロスズの手を取って、賃貸マンションへと入ろうとした──まさにそのとき。
「ちょ、ちょっと! これって一体どういうこと!?」
オレの背後から、聞き慣れた声が聞こえてきた。
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