第20話 これは、誰にも言っていないことなんだ

 絶対に、絶対に何かがおかしい……!


 鈴音わたしは、小テストの返却結果を見て確信していた。


 あの淳一郎が学年一位だなんて取れるはずないんだから!


 中学校の頃は部活をさぼってゲームばかりしていたし、受験になっても勉強しないから、おばさんに頼まれてわたしが家庭教師をすることで、かろうじてこの高校に入れたくらいの学力だったのに!


 たった一ヵ月でわたしの成績を抜くなんてあり得ない!


 わたし、中学校のころの首都圏模試では二桁の順位だったんだよ!?


 今回の小テストは中学校の復習問題が主だったし、なのにどうして淳一郎がトップになれるのよ!


 だからわたしは、屋上に続く階段の踊り場にやってくると、淳一郎に問い詰め始めた。


「淳一郎、いったいいつ、勉強していたの?」


「え……? あ、ああ……小テストのことか」


「そうだよ。たった一ヵ月で、淳一郎がわたしの成績を抜くだなんてあり得ないでしょう?」


「なかなか失礼なことを言ってくれるじゃんか」


「だって事実だもの!」


「それはまぁ……そうかもしれないが……」


 最近の淳一郎は、わたしが懸念していたような、ぼーっとした感じはなくなっていたのだけれど……だからわたしは、気のせいだったのかもしれないと思い始めていたんだけど、今日の試験結果は明らかにおかしい。


「もしかして、カンニングでもしたんじゃないでしょうね?」


「いやさすがにそれはないって。そもそも、カンニングで一位になれるのもおかしいし」


 確かに……わたしの答案をすべて見るでもしない限りは無理だし、カンニングペーパーを用意するにしても、出題が分かっていないと一位は不可能でしょうね……


「じゃあ、どうやって一位をとったというの?」


「そりゃもちろん、勉強したんだよ」


「淳一郎が? それこそ信じられない」


「なかなか失礼な物言いだが、まぁ鈴音とは長い付き合いだし、お前の言わんとしていることは分かる。だから、白状するよ」


「…… 白状って、何を?」


 わたしは眉をひそめると、淳一郎は真剣な面持ちで言ってきた。


「これは、誰にも言っていないことなんだ。うちの親にも言っていないし、事故ったときのお医者さんにも説明していない」


「……やっぱり、何か後遺症が……?」


「いや、後遺症じゃないんだ。むしろ好転症とでも言った方がいいのかな?」


「どういう意味?」


「実はな……オレ……」


 淳一郎がいつになく真剣に、しかもゆっくりと話すものだから、わたしはじれてきて生唾を呑み込む。


 そして淳一郎は、意を決したかのように言ってきた。


「オレ……事故以降、妙に頭が冴えてるんだ……」


「……は?」


 わたしは、その意味が分からず思わず聞き返すと、淳一郎は、どこか芝居がかった感じで話を続けた。


「いやそれが、退院してからというもの、見るモノ聞くコト、すべてが一発で覚えられちゃうんだよ! それだけじゃない! 参考書をペラペラめくっていくだけで、そのすべてを覚えてるんだ! まるで写真でも撮ったかのように、脳内にハッキリクッキリ保存されてるんだよ! 暗唱出来るレベルで!」


「………………うそ?」


「本当だって! じゃなかったら、お前の言うとおりこんな短期間で学年一位になれるわけないだろ!?」


 まったくもって信じられない話だったけど、でも、学年一位という結果は紛れもない事実だし……


「オレも気になって調べてみたんだけどさ。この世界には、瞬間記憶っていう能力が本当に存在するらしいんだ。ほら、ネットでも乗ってる」


 淳一郎は、そういってスマホを手渡してきた。確かにそこには、瞬間記憶能力についての記事が載っている。わたしはその記事に目を通しながら言った。


「でも……これって、後遺症の一種なんじゃ……」


「まぁそうかもしれないけれど、お医者さんはなんともないって言ってたし」


「それは淳一郎が、瞬間記憶能力のことをお医者さんに言わなかったからでしょう? もし後遺症だったら……」


「いやいや、大丈夫だって。むしろそれで治されるほうが困るというか」


「けど頭を強く打ったら、あとから酷い症状が発症するかもしれないって……」


「そこは精密検査をしたから大丈夫だと思う。というより、お医者さんに説明したところでどうにもならない気がするし。だって、検査はすべて正常だったんだから」


「そ、そうだけど……」


 瞬間記憶だなんて超能力みたいなものが実在していて、さらに、勉強嫌いだった淳一郎がいきなり学年一位を取るだなんて事実を見ても、わたしは未だに信じられなかった。


 それはどうしてなのか……たぶん、淳一郎の話し方が、どうにも嘘くさいから……


 しかし淳一郎はわたしの懸念には気づかず話を続けてしまう。


「というわけなんだけど、このことは、誰にも言わないで欲しいんだ」


「え……?」


「クラスメイトや先生に、この件を追求されるのも面倒だし、下手すりゃ人体実験並みの検査を受ける羽目になるかもだし……」


「…………でも、やっぱりもう一度検査を……」


「いや大丈夫だから。自分の体は自分が一番よく分かっているから」


「けど……」


「正直、五体満足で自由に動けるっていうのに、何日も軟禁状態になるのは拷問に等しいんだって。もう二度と、あんな目に遭うのがごめんだ。またぞろ検査入院させられるくらいなら死んだ方がマシだと思えるくらいにな」


「………………」


 それでもわたしは病院に行って欲しかったけど、すでに精密検査をしたあとなのに、何か問題が見つかるのだろうか?とも思う。


 それに淳一郎がこれほど嫌がっているのに、無理やり入院させるのも気が引ける。瞬間記憶だけなら、確かに役に立つ能力なわけでもあるし……


 だからわたしは、頷くしかなかった。


「……分かった。でも、もしも気分が悪くなったりしたら、すぐに病院に行ったり、場合によっては救急車を呼んでよ?」


「お、おう……分かったよ」


「あと、なるべく一人にならないで。急に倒れるかもしれないし」


「そうだな……」


「だから、登下校はわたしが付き添うね?」


「えっ!?」


 淳一郎は、急に驚きの声を上げる。なぜ驚いたのか分からないわたしは首を傾げた。


「鈴音にそこまでしてもらう必要は──」


「なんで? わたしは幼馴染みで……つまりは姉弟みたいなものだし、淳一郎のことが心配なんだよ」


「お、おう……それはありがたいが……」


 視線をキョドらせて頬を掻く淳一郎……


 ……やっぱり、何か隠してる。


 瞬間記憶能力は本当なのかもしれないけれど、それ以外に、何かわたしに隠し事してる……!


「……ねぇ、淳一郎」


「な、なにかな?」


「なんで、登下校にわたしが付き添っちゃいけないの?」


「いやだって……面倒掛けるじゃん?」


「そんなことないよ? そもそも家だって隣同士だし」


「そ、そうだけど……」


「あと、おばさんが仕事から帰ってくるまで付き添うから」


「え!? なんで!?」


「なんでって、いきなり自室で意識を失ったりでもしたら大変でしょ」


「そ、そんな状態になるわけないと──」


「なんでそんなこと言い切れるの? 検査には出なかっただけで、淳一郎は、瞬間記憶という自覚症状があるんでしょ? 本来ならそれだけで重大事なのに、隠しておきたいっていうからわたしは──」


「わ、分かった分かった!」


 わたしが詰め寄ると、淳一郎は顔を引きつらせながら言ってきた。


「いや実は、今日は友達と約束があるんだよ! だから一人きりになるわけじゃないから安心してくれ!」


「………………友達って、誰よ?」


「中学校のころの連中だよ!」


「だから誰? わたし聞いてないんだけど」


「男子だけだからな! ほら、伊藤とか黒沢とか!」


「ふぅん? ならわたしが行ってもいいじゃない。面識あるんだし」


「それだと困るんだって! 男同士の話だから!」


「………………」


 どうにも、怪しい。


 怪しすぎる。


 もしかして……入院中に何かあった?


 誰かと……


 でもこれ以上追求しても、淳一郎はわたしを絶対に連れて行かないだろう。


「………………分かったよ」


 だからわたしは、頷くことにした。


「なら今日は別々に下校するけど、ゴールデンウィーク明けからは一緒に登下校するからね?」


「お、おう……了解だ……」


 わたしがそう言うと、淳一郎はホッとしたような表情になる。


 もちろんわたしは、不信感をさらに募らせていた。

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