第18話 まるで、スリープモードにでも入ったスマホのようなのだ
幼馴染みの淳一郎が、なんだか変なのだ。
まず、授業中はずっと起きている。中学校の頃は、ちょくちょく居眠りをしていて先生に小突かれていたというのに。
まぁ……まだ高校に入ったばかりだから緊張しているだけかもしれないけれど、でも……授業を聞いている淳一郎の様子はちょっと妙だ。
何しろピクリとも動かず先生の話に耳を傾け、板書を規則正しくノートに取る──そんな作業を繰り返している。
昔、公園で見たパントマイムの大道芸を彷彿させるけど、あそこまで動きが規則的というわけでもない。だからわたし以外は誰も気にしていないようだけど……長年、淳一郎を見てきたわたしにとっては奇妙極まりなかった。
しかもそれだけじゃない。話しかければ普通に受け答えするんだけど、それ以外のときはぼうっとしていることが多い。それはまるで、淳一郎の時間だけ停止してしまったかのような……
まぁもともと、そういう物静かな性格なんだと思えば別に違和感はないんだけど、淳一郎はそんなタイプじゃない。高校に入って知らない人が半数の教室で、そんなに落ち着き払えるはずがないのだ。
わたしの知っている淳一郎は、新しいクラスになじむために、周囲をキョロキョロしながら、顔には不安を滲ませ、勇気を振り絞って近くの男子に声を掛けようとするもその勇気が出せず、声を掛けられるのを待ちながら、そちらにチラチラと視線を送る……そんな臆病な男子なのだ。
もっとも、入学早々に交通事故に遭い、一週間も休んでいたことがむしろ功を奏して、淳一郎は周囲の生徒から話しかけられて、すぐに友達を作ることが出来たようだけど……
だというのに、友達と話していないときは、なんだってあんな落ち着いて、あるいは、ロボットのようにぼーっとしているの……?
「ね、ねぇ……淳一郎。やっぱりまだどこか調子悪いとか?」
だからわたしは心配になって、その日、淳一郎に話しかけた。
中学生になったころから、淳一郎と話すことが気恥ずかしくなって、あまり話さなくなっていたのだけれど、そんな気恥ずかしさより心配がまさっていた。
すると淳一郎は、話しかける前は無表情だったのに、ふっと表情が戻ったかと思うと不思議そうな顔つきになった。
「え? 調子悪いって……なんで?」
「いやほら、交通事故の後遺症とかで……」
「ああ、それは大丈夫だ。後遺症はどこにもない」
「そ、そう? けどもう一度精密検査してもらったほうが……」
「精密検査なら、一週間も入院してやってもらったぞ?」
「で、でも……脳とか……」
「は? どういう意味だよ」
「いやいや、淳一郎がお馬鹿さんだと言いたいわけじゃなくてね?」
「言ってるも同然だが?」
「うん、そうかもしれないけどそうじゃないのよ……」
「意味不明なんだが」
わたしも、自分で何を言っているのか意味が分からないのだから仕方がない。
こうして話している限りは、淳一郎は普通なのだ。とくに違和感もない。
でも淳一郎が一人でいるときは、まるで、スリープモードにでも入ったスマホのようなのだ。
しかしそんなことを本人に言ったところで、首を傾げられるばかりだろう。
淳一郎自身は体調に異常を感じていないようだし、病院でも異常ナシとの診断だったんだろうから。
でもわたしは念押しで聞いた。
「本当に、体調は大丈夫なんだよね?」
「もちろんだ。何しろ、大学病院のお墨付きだし」
「そう……でも何か……わたしに隠していること、ないよね?」
「………………え?」
わたしのその問いかけに、淳一郎がきょとんとする。
一瞬、表情がなくなったように見えたけど、すぐにいつもの淳一郎に戻った。
「ななな何言ってんだ……! 隠し事なんてあるわけないだろ……!?」
「………………そう? なら、いいんだけど」
……あれ? 本当のほんとにいつもの淳一郎だ。
この慌て方、さっきまでの淳一郎とはまるで別人のようだけど、でも今の反応こそが本物の淳一郎だ。
……って、わたしはいったい何を考えているのかしら?
もしかして、わたしのほうが変になっちゃったとか? 淳一郎が車に撥ねられるだなんて、あまりにショッキングな光景を見てしまったから……
いや、だとしても。
今のこの淳一郎の反応──何か隠し事をしているのは間違いない。
いったい何を隠しているの?
実は、体に重大な障害が残っているけれど、でもそれを隠しているとか……? わたしを心配させないために。
こうなったら、おばさんに聞いてみよう。おばさんなら、淳一郎の様子がちょっとおかしいことも説明出来るし、何より真剣に頼み込めば、本当のことを教えてくれるだろうし。
わたしはそう思って、そのときは淳一郎を追求せずに、のちほど、おばさんに聞いてみたのだけれど……
その返答は淳一郎とまったく変わらず、体調は本当に健康そのものとのこと。あとおばさんは、淳一郎の反応にはとくに違和感を覚えていないらしい。
おばさんのその口調からは、嘘を就いているようには思えなかった。
……だとしたら、わたしが心配しすぎているだけなのかな?
そんな感じで、わたしは、淳一郎が交通事故に遭ってからというもの、わずかな違和感をずっと覚えていたんだけど……違和感が確信に変わったのは、小テストの返却日だった。
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