第10話 クロスズが服を脱ぐ、その衣擦れの音が聞こえてくる……

(み、見ないから。オレは絶対に見ないから安心してくれ……!)


(う、うん……わたしも、なるべく早めに済ませるから……)


 オレとクロスズは、二人で脱衣所に入り、テレパシーで会話していた。


 なぜこうなったのかというと……母さんが、不意に扉をノックしてくる恐れがあるからだ。洗濯物が云々なんかの理由で。


 そのときにオレがいないと返事が出来ない。いくらクロスズが低い声を出そうとしたところで、オレの声になるはずもないし。


 と、いふわけで。


 オレは、クロスズに背を向けて脱衣所にいた。


(じゃ、じゃあ……脱ぐね?)


(お、おう……)


 クロスズが服を脱ぐ、その衣擦れの音が聞こえてくる……


 さすがにワイシャツ一枚でずっといさせるわけにはいかなかったので──そしてオレの理性がもつわけもなかったので、クロスズには、寝間着として使っているトレーナーを着せていたのだ。ヒモでギュッと縛ってもウエストがゆるくて、ともするとズボンがストンと落ちてしまう危険もあったが。


 でもトレーナーはだぶだぶだから、それでもクロスズの大切なところは隠せる──くっ!


 そんな想像をしただけで、オレの血流は下半身に集中してしまう。


 などと馬鹿なことを考えていたら、バスルームの扉がガチャリと開いて、パタンと閉じた。


 どうやらクロスズはバスルームに入ったようだ。


「……ふぅ」


 オレは、額に浮かんだ汗を拭ってひと息つく。下半身は元より体中が硬くなっていたようで、脱力感がすごかった。


 少しして、シャワーの音が聞こえてくる。


 水の撥ねる音も。


 さらには……


 髪の毛や体を洗う音までも聞こえてくる。


 オレは思わず生唾を呑んで……ゆっくりと振り返ってみた。


 果たしてそこには、磨りガラス越しに、クロスズのシルエットがぼんやりと見えた。


 いや、シルエットなどとは言えないくらいにぼやけていて「肌色の何かが動いている」くらいにしか分からないのだが……


 もはや、それが肌色だというだけで、オレは鼻血を拭きそうになった!


「──!」


 思わず鼻を押さえていると、クロスズのテレパシーが聞こえてくる。


(の、覗いてないよね?)


(覗いてないよ! 大丈夫だから!!)


(……そう。ならいいけど……)


 鈴音のその声音は、なぜか残念そうな感じではあったが、きっと気のせいだ、うん。


 そうしてオレは、女の子──それもとびきりの美少女が、一糸まとわぬ姿で体を洗っているのを半透明の扉一枚越しに感じながら、突き上げてくるアレな衝動と闘う羽目になるのだったが……なんとか打ち勝つことに成功する。


(淳一郎……そろそろ出るけど……)


(あ、ああ! 大丈夫だ。オレはずっと後ろを向いているぞ!)


 一度だけ振り向いてしまったことは伏せておこう。


 そしてまた、扉がガチャリと開く。


 湯けむりと共に、ほんのりと甘い香りが脱衣所に満ちた。


 同じ石けんとシャンプーを使っているはずだが……なぜこんなにいい匂いなんだろう……?


 そんな匂いに気を取られ、夢心地な世界へ片足突っ込んでしまっていたらクロスズが言った。


(ドライヤー、使ってもいいかな?)


(ああ、大丈夫だぞ?)


(なるべく短時間にするね)


 あ、そうか。クロスズの髪の毛は長いから、ドライヤーの使用時間が長くなってしまうのか。男のオレではあり得ないくらいに。


 でもまぁそのくらいは大丈夫だろう。母親はリビングでテレビを見ているはずだし、よほど聞き耳を立ててでもいない限りは不審に思われることはないと思う。


(そしたら、今のうちにオレも入浴を済ませるから、脱衣所の扉がノックされたら教えてくれ)


(うん、分かった……)


 そうしてオレは、クロスズを見ないよう慎重に移動すると、バスルームの中で服を脱いでシャワーを浴びるのだった。


 はぁ……風呂に入るだけでここまでの緊張を強いられるということは……


 いったい今夜は……どうなってしまうんだ……!?

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