第9話 クロスズは、オレと目を合わせないまま──耳まで赤くなった
その後、鈴音はとくにリビングから出て行くこともなく、母親が帰ってきたタイミングで夕食となった。
そうして楽しく団らんを過ごすと、夜八時くらいに鈴音は帰宅した。玄関で鈴音を見送ってから、オレは安堵の吐息を吐く。
なんだか汗もどっと出てきた。
すると隣で鈴音を見送っていた母親が不思議そうな顔を向けてくる。
「風邪でも引いたの? そんなに汗だくになって。顔も赤いし」
「い、いや……大丈夫だよ」
「そう? なら風呂に入っちゃいなさい」
「え? あ、ああ……分かったよ……」
風呂……風呂か。
う、うーむ……クロスズを風呂に入れてやらねばならないが……いったいどうしたら……
鈴音のフリをさせたとしても、今し方帰った様子を母さんは見ているわけだから、不審に思うことは間違いないだろうし……
オレはちょっと困りながら二階の自室に上がると一応ノックした。そして小声で中のクロスズに声を掛ける。
「オレだけど……入っていいか?」
「うん、大丈夫」
そしてオレは扉を開ける。
クロスズは、ベッドボードに背中を預けた長座の姿勢でマンガを読んでいたようだ。オレににっこり笑いかけてくる。
だが……その笑みから、なぜか青筋が浮き出ている気がして……オレは首を傾げた。放置したことに怒っている?
ちなみに食事は、トイレに行くフリをしてキッチンからもってきたのだが。今日の料理は肉じゃがで、鍋にまとめて作られていたので助かった。まぁ……厳密には、まだ帰宅していない父さんの食事が減ったわけだが……
そんなことを考えながら部屋のローテーブルを見ると……え?
そこには食器の他に……何冊かの雑誌が積み上げられていた。
なんというかその……魅惑的な女性が表紙を飾る雑誌が。
それにオレが気づいたタイミングを見計らって、クロスズが言ってくる。
とても可愛らしく、にっこり笑って。
「今どき雑誌のえっちな本なんて、淳一郎ってばずいぶんと古風なんだね?」
「え、ええ……ネットは何かと危険がいっぱいですし、うちのご両親は未だにフィルタリングを解いてくれませんので……」
解いてくれない、というよりすっかり忘れている感じだけど、それをオレが親に言うには抵抗が有り余るので、自力でスマホの契約が出来るようになるまで我慢するしかないのだ……!
だからオレは、紙媒体というローテクな技術に頼らざるを得ないわけで……友達と貸し借りも出来て意外と便利だし。
などとオレの事情を説明しても意味がないので、オレは苦し紛れにこう言った。
「紙も……なかなか味がありまして……」
「あっそ。男子って、ほんっといやらしいんだから……」
男がいやらしくなかったら人類はとうに滅んでるんだぞ!? などというテンプレな反論は、クロスズを怒らせるだけなのはオレでも分かる。
だからオレは、正座すると深々と頭を下げた。
「も、申し訳ありません……」
「そ・れ。さっさと捨ててよね?」
「い、いや……しかしこれは遠藤に借りた本でですね……」
「そんなの貸し借りしてるの!? 信じられない!」
「し、仕方がないだろ……!? 男はそういう生き物なんだよ!」
「うっわ! 開き直った! 女性なら誰でもいいんだ!」
「そういう話じゃなくて生理現象で──」
「ちょっと〜、じゅんいちろ〜?」
結局言い合いになり始めると、一階から母親の声が聞こえてきた。
「早くお風呂に入りなさ〜い」
「あ、ああ! 分かったよ!」
オレは大声で答えてから、再びクロスズを見た。
「と……とりあえず、勘弁してくれないか……? 今後はもうこういうの見ないから……」
クロスズはまだ納得していないようでむっつりしていたが、しかしなんとか頷いてくれる。
「淳一郎がそういうなら、クローンのわたしは許すしかないもん……」
「お、おう……」
そうしてオレは、いそいそとアレな本を本棚の所定の位置にしまう……今後、マンガ本の奥に隠しておくのはやめにしよう……
「それでクロスズ……」
「なに?」
「風呂、どうする?」
「………………」
するとクロスズは、オレと目を合わせないまま──
──耳まで赤くなった。
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