第7話 わたし、消えようか?
本物鈴音が一階のキッチンに行ったことを確かめてから、オレはクローゼットを開く。
するとそこには、なんとなく気落ちした感じのクローン鈴音がいた。
こちらからすると、まったく瓜二つの人間がいるのだから奇妙に感じられるが……
「ふぅ……なんとかなったか……」
普段の本物鈴音は、料理したあとにうちで夕食を食べていく。作らせるだけ作らせて追い返すわけにもいかないから当然と言えたが……
そうなると、本物とクローンが鉢合わせる可能性が高まってしまう。
そんなことを考えていたら、クローンの鈴音が言ってきた。
「そうしたら……わたし、消えようか?」
「え……?」
思いもよらないことを言われて、オレは理解が及ばず、いっとき固まる。そんなオレに、鈴音はつぶやくように言った。
「わたしは所詮クローンだもの。あなたの意志で生み出すことも出来れば、消すことだって出来るでしょう?」
「そ、それは……」
考えもしなかったことだが、言われてみればそれは可能だ。
オレが「消えろ」と念じるだけで、クローンは霧散して消える。それは『死ぬ』のではなく、文字通り『消える』のだ。
ちょうどオレが、交通事故のとき、大怪我をしたほうの体が
骨の一欠片さえも残らない。
「わたしは、どのみち不自然な存在で人間じゃないしね。必要になったら、また生み出してくれればいいから」
「けど、それじゃあ……」
本物の鈴音からまた髪か何かを採取して、クローンを生み出しても、それは目の前の鈴音とは違う。いま目の前にいる自我を持った鈴音ではない。
「さぁ……早く。見つかる前に」
鈴音は寂しそうな笑顔をオレに向けてから、目を閉じる。
だがオレは、鈴音のその提案をもちろん拒否した。
「ダメに決まってるだろ、そんなの」
「え……?」
鈴音が驚いて目を開ける。
「もうお前は、一人の人間……みたいなものだ。おいそれと消していい存在じゃない」
「情でも移ったの? こんな短時間で?」
「それもあるけど……」
確かに情は移った。ドキドキもした。鈴音の姿をしていたのだから、時間なんて関係なくもともと情があったのだから。
この段階に至ってオレは、最初に生み出したクローンが他人だということを後悔していた。あと、鈴音とまったく同じ自我を与えたことも。
人間、ペットの犬猫は元より、ペット型ロボットやぬいぐるみにだって情を移せるのだ。そうなると、いらなくなったら粗大ゴミに捨てるなんてことは出来なくなる。
これが自分自身のクローンだったなら、あるいはここまで自我がなければ、あっさり消せたと思うのだが……しかしこんな体験、やってみなければ分かるものでもないしな……
だからオレは、苦笑しながら鈴音の頭を撫でた。
「オレにはすでに、お前が本物の鈴音とは違う存在に見えてきているよ……そうだな、双子の妹か何かみたいな」
「おかしな事を言うんだね。わたしは人間じゃないのに……」
「だとしてもだよ。だから消したりなんかしない、絶対に」
オレがそう断言すると、鈴音の頬を涙が伝う。
「あ、あれ……? おかしいな……」
鈴音は震える手でその涙を拭いた。
「か、勘違いしないでね? わたしはクローンだから、消えるのが怖いという感情はないの」
「……本当か? 実はやっぱり怖かったんじゃ……」
「ううん、そうじゃない」
そうして鈴音は、泣き笑いの顔をオレに向ける。
「きっと、淳一郎とお別れになるのが寂しかったの。ただそれだけだから」
「………………」
怖さはなくても寂しさはある。
だとしたらなおさら、自我を持つ他人のクローンを簡単に消してはいけないし、だからこそ、簡単に生み出すわけにもいかなくなった。
「大丈夫。お前はオレの娘みたいなものなんだから、なんとかしてみせるさ」
オレは決意を込めてそう言うと、しかし鈴音は頬を膨らませた。
「娘? へぇ……そうなんだ……ふぅん……」
「な、なんだよ? オレ、何か気に触ることを言ったか?」
「淳一郎は、娘みたいな女の子の胸を触る趣味があったんだ?」
「そ、それは──!?」
思わず後ずさるオレに、鈴音はわざとらしく身をよじる。
「淳一郎ってば、ヘンタイさんだったんだね?」
「ち、違う!? そういう話をしたいんじゃなくて……!?」
オレは慌てふためいて、弁明するのだった。
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