第6話 だって……女の人の匂いが……

「あ、なんだ。いるんじゃない。入ってもいい?」


 オレが思わず声を上げてしまったことで、鈴音がドア越しに言ってくる。


 だがもちろん、いま入ってこられてはマズイ!


 今のオレは、クローン鈴音をベッドに押し倒し、よくよく考えたらクローン鈴音は半裸みたいな格好だし、しかもその胸をまさぐっている真っ最中なのである!


「ままま待ってくれ! いま着替え中だから!」


 オレは咄嗟に声を上げると、本物鈴音が言ってきた。


「あっ……そうだったんだ……ごめん。じゃあ着替え終わったら声かけて」


「分かった!」


 本物鈴音にそう答えてから、オレはクローン鈴音に小声で言った。


(クローゼットに隠れてくれ……!)


(う、うん……)


 オレはクローン鈴音をクローゼットに入れると、扉を閉める前に念押しした。


(絶対に出てくるなよ!?)


(分かってるよ)


(物音も出しちゃダメだぞ!?)


(分かったってば)


 オレが、幼馴染みのクローンを作っただなんて、本人は元より誰かに知られでもしたら、間違いなく社会的生命は終わる。へたすりゃ逮捕されるかもだし、あるいは超能力についての調査という名目で人体実験されるかも!?


 だからこの超能力については、絶対にバレるわけにはいかないのだ! 誰一人として!!


 クローゼットにクローン鈴音を隠すと、オレは冷や汗を拭ってから本物鈴音に声を掛けた。


「も、もう入ってきて大丈夫だぞ」


 すると鈴音がドアを開ける。


「……どうしたの? 全身汗だくだよ?」


 そして入ってくるなり、オレの姿を見て目を丸くした。


「風呂上がりだからな! のぼせてんだよ」


「そうだったんだ……」


「鈴音はどうしたんだ? 急にやってきたりして」


 お隣さんで家族同然の鈴音には、この家の鍵を渡してあった。とはいえ鈴音は、来訪の際はいつもドアホンを押して、不在時に入ってくることは滅多にないのだが……


「今日、淳一郎が退院の日なのに、不在なのはおかしいなと思って」


「あ、ああ……それでか……風呂に入ってたもんだからな……」


「そっか。ごめんね、タイミング悪くて」


「いや、いいんだ。とりあえず入れよ」


 オレが自室に招き入れると、鈴音はベッドに腰を下ろす。今し方、クローン鈴音を押し倒した場所だけに、オレは思わずドキッとした。


「ねぇ……」


 そんな鈴音が、少し眉をひそめて言ってくる。


「なんだか、普段と違う匂いがしない?」


「は? 匂い……?」


「うん……この部屋、直前に誰かいた?」


「ハァ!?」


 いきなり核心を突いてきて、オレは飛び上がりそうになる。


「ななななんでそんなこと言うんだよ!? いるわけないだろ!」


「だって……女の人の匂いが……」


「匂いってなんだよ!? あ、そうそう! 母さんがシャンプー変えてたんだよ! オレも同じの使ったから、その匂いだろ!」


「そう……かな……?」


「そうだよ! そうだと言ってくれ! オレしかいない部屋に誰かいるだなんてホラーだろ!?」


「……淳一郎は、どうしてそんなに慌ててるの?」


「オレは怖いの苦手じゃん!?」


「まぁ……それは子供の頃はそうだったけど……」


「今でもなんだよ! だから変なこと言うのはやめてくれ!」


「……分かったけど……」


 オレの懇願に、鈴音はまだ納得いっていないようだったが、それでもなんとか頷いた。そもそも、オレの部屋に女性がいる確率は、過去の経験からもゼロに等しいわけだから(なのにクローン鈴音がいたのだが)、なんとか言いくるめられたようだ。


 だからオレは、これ以上追求されないよう話題を変える。


「それで鈴音はなんの用だ?」


「なんの用って……ずいぶんじゃない。退院した直後でおうちに誰もいないんじゃ、何か困ったことでもないかと思ったのに……」


「あ、ああ……そういうことか」


 オレは掛け時計を見ると、時刻は16時になる手前と言ったところだった。学校から帰ってからすぐうちに来たのだろう。鈴音はまだ制服姿だし。


 だからオレは、鈴音の気分を害さないようにするためにも頭を下げる。


「ありがとう鈴音。何かと気を使ってくれて……」


「べ、別にいいよ。困ったときはお互い様だし」


「まぁオレの場合、結局どこにも怪我はなかったから安心してくれよ。だからさしあたって、困るようなこともないし」


「そっか。でも今日、おばさんは遅くなるの?」


「ああ、今日はパートに行ってるはずだから、夜まで帰ってこないぞ」


「ならお夕食作ってあげよっか?」


 鈴音が食事の用意をしてくれるのもよくある話だ。母さんのスマホにメッセを一言送っておけば、母さんが惣菜を買ってきたりのバッティングも防げるし、何より母さんが喜ぶ。


「そうか? ならお願いしようかな。いつも悪いな」


「気にしないで。うちの分も作る予定だったし」


「じゃあ、キッチンに行こうか」


「そうだね」


「あ、先に行っててくれ。荷ほどきしたらオレも行くから」


 オレは、部屋の隅に置きっぱなしになっていたキャリーバッグを指差すと、鈴音が行ってくる。


「荷ほどき、手伝ってあげようか?」


「い、いいって! 別に怪我しているわけでもないんだから!」


 荷ほどきすることになったら、クローゼットを開けられてしまうかもしれないのでオレは首を横に振った。


「そう? ならわたしは、料理を始めてるね」


「ああ、よろしくな」


 そういって鈴音が部屋から出て行く。


 そしてオレは、脱力のあまり四つん這いになるのだった……

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