第5話 ワイシャツというただ一枚の薄布に隔てられただけだから

 鈴音の「命令には逆らえない」という一言で、淳一郎オレは意識が途切れかけたが……なんとか思いとどまって、鈴音に飛びかかる真似はせずに済んだ。


「よし分かった……状況をちょっと整理しよう……」


 それからオレは、大きく深呼吸すると心を落ち着かせる。幸いにして、鈴音は太ももを掛け布団で隠しているから、オレは理性を保ち続けることが出来た。


 ……男物のワイシャツ一枚だけの上半身も、とてつもなく扇情的ではあったが。こ、これが彼シャツの威力ということか……


「そ、それでまず……鈴音は、自分がクローンだという自覚はあるんだな?」


 オレの問いに、鈴音は無言で頷いた。


 自分の超能力について、オレは完全理解している。とはいえ……実際にそれを目の当たりにすると驚かざるを得なかった。


 だから自分を落ち着かせるためにも、クローン鈴音と話ながら整理したかったのだ。


「記憶はどれくらいあるんだ?」


「三日前の……淳一郎が入院した初日に、お見舞いに行ったところまで……かな」


 なるほど……オレは初日に鈴音の髪の毛を採取しているから、その時点までの記憶ということなのだろう。正確には、髪の毛が鈴音から抜けたときまでかもしれないが。


 オレはさらに質問を続ける。


「自分がクローンだと分かったのはどうして?」


「……分からない。分からないけど、わたしは偽物で、淳一郎から作り出された人間なのは分かる……ううん、人間じゃないんだろうけど……」


 寂しそうに笑うクローン鈴音に、オレは言葉を詰まらせる。どことなく罪悪感が込み上げてきて……何かとんでもなく悪いことをしているかのような、そんな気分になった。


 だからオレは、鈴音を励ますつもりで言った。


「で、でも……目の前にいるお前は、鈴音とまったくおんなじだから。幼馴染みのオレが言うんだから間違いないって。偽物なんかじゃないよ」


「うん、ありがとう……」


 そういって儚げに笑う鈴音に、オレは思わずグッとくる。


 い、いかんいかん……またぞろ鈴音に飛びかかりたい衝動にかかってきた。オレは頭を振ることでその衝動も振り切る。


「じゃあ最後の質問だけど……オレの命令に逆らえないってどういうこと?」


「わたしはクローンだもん。創造主である淳一郎には絶対に逆らえないの。どうしてって言われても分からないけど……」


 おそらく、遺伝子レベルでそういう命令が刻み込まれているのだろう。トラウマから親には逆らえないという人もいるらしいが、そんなトラウマが生易しく感じられるほどに。


 これは一種の安全装置だ。オレは、自分自身のクローンを作ることも出来るわけだが、そのクローンに反逆されたりしたら目も当てられないからなぁ。


 そんなことをオレが考えていたら、鈴音が躊躇いがちに言ってくる。


「だ、だからね……」


 うつむきながら、上目遣いでオレを見てくる……!


「どんなにえっちなお願いをされても、わたしは受け入れるしかないんだよ……」


「…………!?」


 その台詞の意図が分からず、オレの思考は停止した。


「さっきは驚いちゃったけど……もう大丈夫……」


「だだだ大丈夫って、何が!?」


「そんなの、決まってるでしょう……?」


「ききき決まっているとは!?」


 オレは、口から心臓が飛び出さんばかりにうろたえていると、鈴音は、掛け布団を取った。


 そうして、女の子座りした鈴音の太ももが露わになる……!


「わ、わたしはクローンだから……子供とかも出来ないし……」


「こここ子供!?」


「だから……好きにしていいんだよ……?」


 涙で潤む鈴音の目がオレとばっちりあったとき、オレの理性は吹き飛んだ!


「す、鈴音!!」


 そうして鈴音に飛びかかろうとしたすんでのところで──


 ピンポーン、ピンポーン……


 ──玄関のチャイムがなった!


 しかしオレは、それを無視すると鈴音に覆い被さる!!


「誰か来たよ……いいの……?」


「ど、どうせ宅配便か何かだろ……あとで再配達してもらうから……」


「可哀想じゃない……配達員さん……」


「し、仕方がない……こんな状況になるのは想定外だから……」


 言うならば、トイレや風呂に入ってるときに来られてしまったようなものだ。迷惑掛けるのは大変申し訳ないと思うけれども、どうかご容赦頂きたい。


 だ、だって!


 実は仄かに恋心を抱いていた幼馴染みの美少女と、これからベッドインするのだから!


 こんな生まれて初めての体験なのだから、ちょっとご迷惑を掛けるくらい許してほしい!


 そしてオレは生唾を飲み込み、そっと、膨らんだ鈴音の胸へと手を触れる。


「……んっ」


 オレが触れると、目をつぶった鈴音はかすかな声を出して、肩をピクリと撥ね上げる……!


 下着を着けていない鈴音の胸は、ワイシャツというただ一枚の薄布に隔てられただけだから、その感触がダイレクトに伝わってきて──


 ──だからオレの感情が(主に下半身を中心に)爆発する、まさにその一瞬前に。


 事は起きた。


 コンコン──


 部屋のドアがノックされたことを契機に事が始まる。


「は……!?」


 ま、まさか配達員が家の中にまで入ってきたのか!?


 などとお門違いなことを考えていたら、扉の向こうから声がする。


「淳一郎? いないの?」


「鈴音!?」


 部屋の扉の向こうには、本物の鈴音が来ていた。

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