04 のこちゃんと森の武神様?


保存食ほぞんしょくを食べ終わり、のこちゃんがんできた水筒すいとうをあおって一息つくと、おさない少女シマユリは落ち着きを取りもどした。


取りもどしたは良いのだが、眠気ねむけも同時におそってきた模様もようで、そのままコテンとてしまった。


岩と岩の間にできた場所でも、シマユリの小さな身体が横たわるには、十分なスペースがある。


水辺みずべがわからの視線を制限せいげんできるとは言え、天よりそそぐ陽光ようこうさえぎるものは無く、文字通り空からは丸見えの場所である。


その分、ぽかぽかして、安心感があるのだろう。


みずうみわたる風が、広がる水面みなもをざっと波立なみだてる。


明るい所で見ればやはりちゃっぽいシマユリのざん切りかみも、ここまでとどいた空気のらぎにこたえて、そよそよとなびく。


確かに、寝台しんだいわりの岩がいかつい事をのぞけば、お昼寝ひるねしたくなる要素ようそはそろっていた。



「ありゃりゃ、つかれちゃってたかぁ」


『ふむ、まだくわしい事情じじょうわからぬものの、あのような奥地おくちひとりで辿たどり着いたのならば無理もあるまい…のこ』


間もなく寝息ねいきを立て始めたシマユリを見守りつつ、のこちゃんはまわりを警戒けいかいするために、ティハラザンバーの感覚かんかくます。


シマユリの言っていた"白い人"とやらが、ずっと気にかっているからだ。


水をんでいる時も、よくあるシチュエーションとしてみずうみから何か出てきそうだったので、周囲しゅういへの注意をおこたらなかったのこちゃんである。


ただ、浅瀬あさせ付近ふきんには、不振ふしんなものどころか小魚こざかな一匹いっぴきすら見かけなかった。


どくを持つ生き物は、警戒色けいかいしょくと言われる派手はでなカラーリングをその身にまとれいが多いため、見た目で他の生き物から敬遠けいえんされやすい。


もしかすると、キラキラと目立つティハラザンバーにも、そんな効果こうかがあったのかも知れない。


しかし、目的を持って動く知性ちせいのあるてきが相手となれば、かえって良い目標になるとのこちゃんは思う。


「やっぱり、追われてるんですかね?」


シマユリの寝顔ねがおを見ながら、のこちゃんは、つぶやく様に言った。


年端としはもゆかぬ者が家族と別行動べつこうどうしている時点で、それに近い状況じょうきょうなのだろうよ…のこ』


思いがけず、家族や友人たちと楽しくらす世界からはなされてしまったおのれの立場にらし合わせて、のこちゃんには、そのつらさがよく分かった。


ましてや、おさないシマユリである。


いかにティハラザンバーの姿が目立つのだとしても、このまま放っておく事などできない。


「そうですよねぇ………」


のこちゃんは、"魔刃殿まじんでん本拠地ほんきょちにある装置そうちとティハラザンバーとの相性あいしょうが悪いらしい"という、おのれ生存戦略せいぞんせんりゃくにとって緊急きんきゅうかつ最重要さいじゅうようそうなトレーナーからの話を、まだしっかりけていないままであった。


大事な話だからこそ、話す事に夢中むちゅうとなれば、まわりへの意識いしき散漫さんまんになる。


その結果、致命的ちめいてきおくれを取ってしまう可能性くらいは、容易ようい想像そうぞうできた。


犠牲ぎせいになるのはシマユリなのだ。


あんな深い森の中で不意に矢を射掛いかけられたらならば、ティハラザンバーの目をもって攻撃の予兆よちょうに気がつく様なすべがない限り、それは現実のものとなっていただろう。


本当にてきだったのか、あの射手いてたちの思惑おもわくこそ確認できなかったものの、考慮こうりょしておくべきなのは間違まちがいない。


今は、シマユリを武神様ぶしんさまに引き合わせるのが先決せんけつだった。



けれど、そうなればそうなったで、余計よけい具体的ぐたいてき対策たいさくは欲しい所である。


「あの、見ただけじゃ分からないてきの場合なんですけど、おそわれてからやっつける以外で事前じぜん正体しょうたいが分かる方法ほうほうとかって、本当に何かありません?」


やはり、豪快聖女トレーナー危機対処術ききたいしょじゅつを参考にするのは、のこちゃんではちすぎる。


できれば、教えてもらった攻撃の軌道きどう予測よそくできる"らめきの流れ"の様な、分かりやすくそれでいて特殊とくしゅ目安めやすなどがあると正直しょうじきありがたいのだが。


『ふむ、いて言うのなら、あやしいとにらんだ相手を油断ゆだんせずに徹底的てっていてきうたがい続ける事くらいだろうか…のこ』


一瞬いっしゅん、ああそれネットで炎上えんじょうするヤツと思ったものの、何より聖女せいじょと呼ばれる人の姿勢しせいとしてそれはどうなの?と、真顔まがおになってしまったのこちゃんである。


経験上けいけんじょう、そうして特定とくていした者がおそって来なかったためしは一度たりとも無かったのだから、この上なく確実かくじつ方法ほうほうであろうよ…のこ』


かつての聖女せいじょ様は、偏見へんけん勝手かってな決めつけなどではなく、そのするど才覚さいかくから巧妙こうみょうかくされた敵意てきい無意識むいしき感知かんちしていたらしい。


ようは、分かっちゃうんだからしょうがないである。


のこちゃんは、それが余人よじんが決してマネできないはなわざである事と同時に、どうやらこのけんかんしてトレーナーからの解決案かいけつあん期待きたいできそうにないと、すぐに得心とくしんがいった。


「あっ、はい………(だったら、できるだけ早く武神様ぶしんさまを見つけるしかないのかなぁ)」


とは言え、ティハラザンバーの目がらめきの流れをとらえられるのならば、いずれのこちゃん自身にもかくされた見えないものの気配を分かる時が来るのかも知れない。


そうなってくれれば本当に助かるのにと思いつつ、ずはシマユリが目をさますのを待って、知っている事を聞き出す所から始めるしかないのだろう。


さいわい、睡眠欲すいみんよくの無いのこちゃんは、もらいお昼寝ひるねの危険も無いままティハラザンバーの感覚かんかく意識いしきを集中させた。



――――――――――――――――



しばらくっての事である。


寝台しんだいわりの岩の上でシマユリが何度か小さく寝返ねがえりをったころ、のこちゃんは"それ"に気がついた。


ティハラザンバーの感覚かんかくで何かをつかんだらしく、警戒心けいかいしんが胸でざわめくのを自覚じかくする。


集中するために閉じていた目がカッと開き、ピンと立ったひげ微妙びみょうにふるえ、耳がハタハタと動く。


感じたものをさぐろうとして意識いしきをそちらの方向へやると、のこちゃんにもティハラザンバーを通じて、ぼんやりと何かがこちらへ近づいてくる様子が分かった。


「ん?」


その数はひとつ。


それほどはやいスピードで移動してはいない。


みずうみの方向からかと思えば、えがいて大回りしているらしいため、きし沿っての事なのだろう。


時々ときどき停止したりもしている模様もようで、緩慢かんまんな動きだ。


ちょっとしたレーダーみたいだなとティハラザンバーの感知能力かんちのうりょくに感心しつつも、のこちゃんは、その何者かにいぶかしむ。


「何だろう、コレ………」


『ふむ、向こうもこちらをさぐりつつ、正体しょうたい見極みきわめようとしているといった所であろうよ…のこ』


トレーナーの解説かいせつにそうなんですねと納得なっとくしたのこちゃんであるのだが、いや、それだとここの位置がバレている事じゃないですかと、一転いってんあわてふためいてしまった。


やはり、シマユリを追っているとおぼしき者に見つけられたのだろうか。


「シマユリちゃんをおこして、すぐここからはなれましょう!」


動揺どうようする前に、相手の様子をよく観察かんさつするのだ。

せっかく向こうの動きがつかめていても、みずか混乱こんらんしてしまっては、うまく事をはこべなくなるだけだろうよ…のこ』


もしもそれがてきであったならば尚更なおさらであろう?と、トレーナーにたしなめられたのこちゃんである。


おのれの事だけならともかく、シマユリの安全こそが肝心かんじんなので、一瞬いっしゅんのこちゃんはまよった。


「………それもそうですね」


観察かんさつするって言われてもなぁと、無茶振むちゃぶりされた気分ではある。


しかし、のこちゃんは、まだ視界しかいに入ってさえもいない相手へ、すぐに意識いしきもどす。


うながされるままに"らめきの流れ"をとらえられる様になった、これまでの経緯けいいがあるからだ。


あれがなければ、ティハラザンバーで戦ってこられなかったのは明白めいはくで、矢を射掛いかけられた時シマユリを救う事もかなわなかったにちがいない。


ティハラザンバーになってしまったこの現状げんじょうびるためにも、トレーナーの話は聞いておくに越したことはないという、言ってみれば、のこちゃんの信頼しんらいあかしなのだろう。


もっとも、天才肌てんさいはだゆえ豪快ごうかいさだけは、聞いた所でへーと受け流すしかないのであるが。



さきほど森の中で見た狩人かりゅうどたぐいなら、人間とさして変わらない大きさだと思うので、ティハラザンバーで直接的ちょくせつてき対処たいしょはできるだろう。


しかし、魔刃殿まじんでんに攻めてきたつばさの怪物の様な存在だと、のこちゃんの実力でシマユリの安全を守りながら戦うのは不安しかない。


のこちゃんは、近づいてくる相手の気配を追いながら、そんな事を考え始めた。


気のせいかも知れないものの、その相手から伝わって来る存在感が、狩人かりゅうどのそれより大きな印象なのである。


「もしかしてトレーナーさんなら、気配だけでこれが人間か怪物かなんて、分かったりは………」


『ふむ、現役げんえき当時ならばいざ知らず、しかも初めての地とあっては経験けいけんが生かせぬゆえに、まるで分からぬな…のこ』


それもそうかと、のこちゃんは思う。


剣持けんもちとらであった自分もティハラザンバーとしていちから始めているのだから、それは、かつて歴戦の聖女せいじょであったトレーナーであっても同じなのだ。


しかも、放りこまれた現場げんば未知みちの世界である。


先達せんだつからの情報で知識ちしき判断材料はんだんざいりょうとするのも大事だが、せま視野しやを切り開いて世界を広げるために、行動して経験けいけんする事もなおざりにできない状況じょうきょうと言えた。


『シュテルン★フンケルトチャムケア』の主人公ケアシュテルンならば、てらスゴ~っ★とか口癖くちぐせを言いながら、興味津々きょうみしんしんな前のめりの姿勢しせいのぞむ所だろう。


となればである。


まわりにはこの気配しかいないみたいだから、いっそシマユリちゃんをここにかくして、こっちから見に行こうと思うんですけど…どうですかね?」


のこちゃんは、って出る事にした。


どうせ観察かんさつするのであれば、直接ちょくせつその姿を視認しにんしてから、この後どうするのかの判断はんだんをつければ良いはずなのだ。


ず、相手をる事からか…なるほど、異存いぞんはないぞ…のこ』


トレーナーが反対しなかったので、シマユリをここへ残して行くリスクも少ないのだろうと、のこちゃんの考えに拍車はくしゃがかかる。


ねむっているシマユリをおこさない様に、小さな声で待っててねとささやいた後、ティハラザンバーの身体は音も立てずに岩の上へと跳躍ちょうやくした。


かなりの瞬発力しゅんぱつりょくで一気に飛び出したにも係わらず、不思議ふしぎ風切かざきおんさえ立たなかった。



――――――――――――――――



のこちゃんが行動を開始すると、相手の気配は、逆に動きが止まった。


目的は、こちらが一方的に、接近せっきんして来る相手を視認しにんする事である。


なので、さすがに正面から一直線で向かう訳にもいかず、身をかくそうとみずうみかこ木々きぎの間へまぎれ込んだのだが。


「………バレてる感じですかね?」


『ふむ、あの様子ではな…のこ』


結局、視認しにんそのものは簡単かんたんにできた。


気配の相手は、湖畔こはん沿ってひらけた土地を堂々どうどうと移動していたため、だいぶ遠くからでもその存在が見てとれたのだ。


のこちゃんがイメージでとらえた怪物そのままの大きな体で、二本足で歩き、直立した胴体どうたいから上に頭が、左右から太い両腕が突き出ている。


それは、所謂いわゆる"人型ひとがた"であり、文字通りの巨人だった。


身長4メートルくらいはあるであろうティハラザンバーでさえも、近くへ行けばあおぎ見るにちがいない、そびえ立つその背丈せたけである。


青黒い岩のよろいで全身をおおい、腰にはさやおさめられたつるぎくという、いかつい武者むしゃの様な風体ふうていとなっていた。


とは言え、そのよろい形作かたちづくるついでにつるぎも岩からけずりだした感じなので、たんなる装飾そうしょく意匠いしょうなのかも知れない。


頭部には、中央に岩を左右へってけた所があり、のっぺりとした黄土色おうどいろの顔がのぞいている。


目と口に当たる3箇所かしょには、細く小さく横長に穿うがった様な穴があけられていて、いかにも顔といった印象だった。


3つの何かが逆三角形にそろっていると人の顔に見えるシミュラクラ現象げんしょうなどではなく、意図的いとてき造形ぞうけいなのだろう。


のこちゃんが社会科の資料集で見た埴輪はにわの写真、"挂甲けいこう武人ぶじん"だったかが近いかも知れない。


その無機質むきしつな顔が、ティハラザンバーのひそむ、林立りんりつした巨木きょぼくの影へ向けられていた。


「こっちを見てますもんね」


『あれは、戦闘巨人ゴーレム一種いっしゅであろうかな?…のこ』


そう言えば、この作戦へ参加する前にベニアが読み上げた仕事の依頼いらいの中で、戦闘巨人ゴーレム排除はいじょ作戦みたいな内容があった事を、のこちゃんは思い出した。


戦闘巨人ゴーレムについてまわりへたずねた所、人工的じんこうてきつくられた無機物むきぶつの怪物で、剛力無双ごうりきむそうみずからの破損はそんいとわないあやつり人形といったむねをザックリ説明された。


トレーナーはその知見ちけんから思い当たるものがあった模様もよう了解りょうかいしていたのだが、のこちゃんの場合、ちょっとした巨大ロボくらいの理解に落ち着いている。


中二女子に巨大ロボへの理解はハードルが高そうなものの、日曜日の朝と言えばチャムケアシリーズと同じ放送枠ほうそうわくである特撮ヒーロー作品のシュープリム戦団シリーズとフルヘルムナイトシリーズにも造詣ぞうけいふかいとあり、さしたる問題はない。


何より、当のチャムケアシリーズには、『TUGって!チャムケア』のケアマハールというアンドロイドのチャムケアも存在している上に、『スワイプチャムケア!』の主人公ケアパピーも敵の魔法アイテムで巨大ロボにされてしまったエピソードがあるくらいなのだ。


人がむタイプであろうと、自立しているタイプであろうと、イメージはバッチリである。


多分たぶん、そんな感じですね!」


のこちゃんは、確信をもってトレーナーの言葉に相づちをった。


相手がつくられた存在らしいと分かったからだろうか。


そのたたずまいは確かに機械的で、まわりに人工物じんこうぶつあふれている現代人感覚だと、あまり脅威性きょういせいを感じない。


いや、闊歩かっぽする謎の無機物むきぶつけい巨大物体が自分をガン見してきたら、脅威きょうい以外の何者でもないはずなのだが。


ただ、ジッとこちらをうかがっている様子は、獰猛どうもうおそってきたつばさの怪物とちがい、しずかすぎて拍子抜ひょうしぬけしてしまうのも事実である。


いずれにせよ、この先、シマユリと行動を共にするつもりなので、事を荒立あらだてて敵を増やしたくはない。


パスできるものはパスしたい、それが、のこちゃんの本音ほんねであった。



『どうするのだ、一旦いったん引くか?…のこ』


すでに、気配の本体を視認しにんするという、当初とうしょの目的は達成たっせいされている。


トレーナーの提案ていあんはもっともな反面、これからも埴輪はにわの巨人が理由が分からないままに追いかけて来るのであれば、どうにかしていておきたい所でもあった。


「そうですねぇ………」


次の行動でまよったのこちゃんが無意識むいしきにティハラザンバーの身体をこわばらせると、埴輪はにわの巨人は、片足をズイとすり足で前へ動かし体の方向を変える。


顔だけにとどまらず、ティハラザンバーへと正面から全身をなおらせた形だ。


いかつい姿からはかれる体重に加え、ちからが下半身へ供給きょうきゅうされたのだろう、ズシンと足下あしもと地面じめんれた。


どう見ても、臨戦態勢りんせんたいせいを取っている。


「え?!急にどうしたんだろ…」


突然の異変いへんとしか言えない状況じょうきょうに不意を突かれたのこちゃんは、むしろ気がして、さらに身体をこわばらせた。


すると、埴輪はにわの巨人もそれに合わせる様に、腰に下げていたつるぎく。


彫刻ちょうこくされたかざりのつるぎかと思っていたので、抜剣ばっけんそのものにもおどろいたのだが、このあきらかな敵対行動てきたいこうどうに、のこちゃんは動揺どうようした。


様子をうかがっていただけで、こちらからは何も仕掛しかけていない。


それなのに、どんどん状況じょうきょうが悪くなってしまう様なのだ。


もしかすると、ティハラザンバーとは別の何かがあるのかも知れない。


こうなれば事の推移すいい見極みきわめる必要があり、原因がハッキリするまで、無闇矢鱈むやみやたらに動く訳にはいかないだろう。


のこちゃんは、うっかりティハラザンバーを誤動作ごどうささせまいとして、全身ぜんしん必死ひっしちからめた。


『ふむ、この身体ティハラザンバーには、りきませる事で、かつてのおおティハラが敵を威嚇いかくしていた様な圧力プレッシャーを発する構造こうぞうがあるらしいな…のこ』


「へ?」


ついに、つるぎをかまえた埴輪はにわの巨人が、鬼気ききせま雰囲気ふんいきでジリジリと前進を開始ししてた。


おおティハラは、圧力プレッシャーあやつって萎縮いしゅくさせるなり、敵への牽制けんせいをしていたと記憶きおくしている。

そんなものを不躾ぶしつけに当てられれば、何者であろうと、警戒けいかいされるのは当然であろうよ…のこ』


ここへ来て、新しいティハラザンバーの怪人かいじん能力のうりょく的なものが発覚はっかくした。


ただでさえ凶悪きょうあくな姿にも係わらず、さらに攻撃的な雰囲気ふんいきを出して、威圧いあつするちからとでも言うのだろうか。


のこちゃんは、きっつらはちということわざを思い出していた。


どうやら異変いへんけは、ティハラザンバーが仕掛しかけたものだったらしい。


しかも、のこちゃんみずからが、そんな怪人かいじんムーブを何度もかましてしまったのだ。


またしても、怪人かいじんライフへのわなが、のこちゃんを取り込もうと触手しょくしゅばしてからめ取りにきたと言える。


もはや、それははらえぬ宿命しゅくめいなのかも知れない。


「そういう事は、もっと早く言ってくださいよぉ!」


のこちゃんは、あわてて全身ぜんしんの力をいた。


ティハラザンバーが、ふにゃりと手近てぢか巨木きょぼくへ寄りかかる。


『もしやと検証けんしょうかさねて、たった今、分かったのだ…のこ』


「………………………………っ」


そこは、いちからティハラザンバーをやり始めた、のこちゃんとトレーナーである。


事に当たっている者がそろって手探てさぐりな場合、いざ現場で動き始めてみれば、問題点は相応そうおうかび上がってくるもの。


本当なら、のこちゃんがもう少しお姉さんになってから体験するかも知れなかったオープニングスタッフあるあるとは言え、現時点では一つ一つ問題を解決して前へ進むしかない。


トレーナーも、自分と同様に未知みち状況じょうきょうで物事へ対応たいおうしてゆかねばならず、戸惑とまどっているのかも知れないと気がついた事をのこちゃんは思い出した。


しかも、それらはすべてのこちゃんのためであり、知らずにとは言え実際やらかしたのも自分なのである。


要するに、のこちゃんは、返す言葉もなかった。


「うぅ、そうでしたかぁ」


巨木きょぼくみきにふにゃふにゃと寄りかかったまま、ティハラザンバーの目がうるんでいた。


何をやっても裏目うらめに出る様な、ダメな感じがちてゆく。


しかし、こんな時にでも、えていこう、ドンマーイと、脳内では歴代のチャムケアたちがはげましてくれている。


だからこそ、のこちゃんは何度でも立ち上がり、前を向いて顔を上げられる。


何度でも言おう、チャムケアは絶対にくじけないのだ。



それはそれとして、一応いちおうのこちゃんがティハラザンバーを脱力だつりょくさせたからだろう、埴輪はにわの巨人は動きを止めていた。


だが、その臨戦態勢りんせんたいせい維持いじされたままである。


いつでも、まだ見ぬ敵へりかからんと、かまえたつるぎちからみなぎっている様子だった。


『それで、どうするのだ…のこ』


あらためてトレーナーにわれ、のこちゃんは、気を取りなおして考えをめぐらせる。


埴輪はにわの巨人は、のこちゃんがそうであった様に、ティハラザンバーの動向どうこうを最初から感知かんちしていたらしい。


そして、この場から動いていない所を見ると、どうも積極的せっきょくてきにシマユリをねらっている訳ではなさそうである。


それでも、ティハラザンバーがどこへどう動こうと追跡ついせきして来そうな気がするため、ここでもどるのは、シマユリをかえって危険な目にあわせてしまうかも知れない。


のこちゃんは、もうって出て来たのだからと、この場で事態じたい収拾しゅうしゅうさせる決心をした。


「えっと、前へ出ますっ」


『分かった…のこ』


ず、かくれれたままでは、現状げんじょうをどうにもできないだろう。


だからと言って、こちらから挑発ちょうはつした形になってしまった以上、埴輪はにわの巨人の前へいきなり飛び出したりすれば戦闘開始まったなしである。


かえしになるものの、パスできるものはパスしたい、それが本音ほんねなのだ。


のこちゃんは、可能ならばここからでも友好的ゆうこうてきに、最低でもつけねらわれないていどになぎの関係性へ持っていきたかった。


もう二度と会う事もないでしょうがこれで失礼しますと、おたがいがおだやかに、別の方向へ歩き出す結末がベストである。


そのためには、埴輪はにわの巨人に怒りをしずめてもらい、その臨戦態勢りんせんたいせいかねばならない。


そこで思い出したのは、怖がるシマユリを落ち着かせた実績じっせきのある、"たまたまそこにいた動物さん"作戦であった。


彼我ひが体格差たいかくさを考えてみても、何だ猫(特大)だったかでむ可能性は、少なくないのではないだろうか。


そう考えたのこちゃんは、ティハラザンバーの姿勢しせいを低くさせ、巨木きょぼくの根もとに群生ぐんせいする背の高いやぶを利用して、その中からひょっこり顔だけ埴輪はにわの巨人に見せた。


もちろん、あざとく首をかしげる仕草しぐも忘れてはいない。


その刹那せつな、横なぎの斬撃ざんげきがティハラザンバーの顔へめがけてける。


埴輪はにわの巨人が、力任ちからまかせにつるぎいたのだ。


その暴威ぼういに、やぶは丸ごとび、巨木きょぼくの一部もえぐれてしまった。


命中めいちゅうしたならば、大ダメージ必至ひっしのツッコミだったと言えるだろう。


ただ、ビックリしたのこちゃんは、すんでの所でティハラザンバーを飛び上がらせ、巨木きょぼくみきに取り付いてなんのがれていた。


「あ、あれぇ?!?」


『何をしているのだ?…のこ』


確かに、トレーナーの疑問ぎもんは、ごもっともである。


まだまだ、ティハラザンバーの凶悪きょうあくな姿に自覚じかくが足りない、のこちゃんであった。


それでも、そんな些細ささい状況判断じょうきょうはんだんミスを反省はんせいしているひまはない。


わり巨木きょぼくの高い位置に取り付いたつもりだったのだが、まだまだ埴輪はにわの巨人の攻撃圏内こうげきけんないからはのがれられておらず、続けて剛腕ごうわんからされるつるぎがティハラザンバーへせまっていたからだ。


間近まぢかで見れば、巨体に相応ふさわしいその大きなつるぎ剣身けんしんは、しっかり金属製らしく青みがかった光沢こうたくはなっている。


「わっ」


全身ぜんしんの筋肉を瞬時しゅんじにハネさせ、ティハラザンバーは、別の巨木きょぼくへと飛びうつった。


その刹那せつな背後はいごから再びみきがえぐられたとおぼしき、強くにぶい音がひびく。


危機感ききかんから、飛びうつった先のみきって、もっと高い位置へとティハラザンバーにさらなる上昇じょうしょう跳躍ちょうやくをさせる。


いくら林立りんりつしているからといっても、巨木きょぼく巨木きょぼくの間は、それなりにひらいていた。


そのため、埴輪はにわの巨人がつるぎまわす事にさほど支障ししょうはなく、いかにまわろうと果敢かかんねらってくるのだ。


巨木きょぼくから別の巨木きょぼくへとジグザグに跳躍ちょうやくしてけ続けても、つるぎには剛力ごうりきめられているとあって、そのさきがかすっただけで全身ぜんしんを持って行かれそうないきおいである。


られたつるぎちゅう風鳴かざなりだけで、さながら暴風ぼうふういきだった。


ティハラザンバーの動体視力どうたいしりょく俊敏性しゅんびんせいがなければ、黒いあいつよろしく、早々そうそうにスパーンとやられていたかも知れない。


時間にすればまばたくだったにも係わらず、そんなはげしい攻防こうぼうの中でつるぎ軌道きどう必死ひっし見極みきわめながら、のこちゃんは、ようやく埴輪はにわの巨人の攻撃圏内こうげきけんないよりっする事ができた。


それでも、まだギリギリの位置である。


なりふりかまわなかったからとはいえ、頭を下にして巨木きょぼくみきにへばりついている姿が本当に黒いあいつぽいなと、ティハラザンバーの口からは小さくかわいた笑いがこぼれた。


つるぎとどかなくなった埴輪はにわの巨人は、それでもすき見逃みのがすまいと、こちらの様子をジッとうかがっている。


「あ、あぶなかった………」


安心するのはまだ早いものの、一息つけた事で、少し冷静に埴輪はにわの巨人を観察かんさつできたのこちゃんである。


そこで、また一つ異変いへんに気がついた。


「って、何で?!」


あろう事か、ティハラザンバーが戦わざるをない際には、いつもたよりにしていた"らめきの流れ"が埴輪はにわの巨人から見えなかったのだ。


そう言えば、あれだけ散々さんざん攻撃されたのに、まったく視界しかいにはとらえられていなかった。


いや、よく思い返してみれば、のこちゃんのボケに対するツッコミの様だった最初の一撃いちげきから無かったのである。


われながらよく無事ぶじんだものだと、のこちゃんは、変な感心をした。


もちろん、すわ大問題発生はっせいとばかりにトレーナーへ事情を説明する。


『ふむ、戦闘巨人ゴーレムといった心を持たないつくられたたぐいのモノからは、ちから道筋みちすじ見出みいだす事はかなわぬだろうよ…のこ』


「まじですか…」


『あれは、手足を使った攻撃であろうと武器であろうと方術ほうじゅつであろうと、行使こうしする者がどうしたいかという意志のあらわれなのだから、決められた動きをめいじられたままおこなうだけの存在にはっせられる訳がない…のこ』


だからこそ、戦いにたくみな者になれば単純な手数てかずに加えて虚偽きょぎの意志をまぎませられるという厄介やっかいさもあるので、その都度つど臨機応変りんきおうへんに対するしかないのだとトレーナーはめくくった。


こうなると、さきほどいきいでかわし切ったあの大きなつるぎから、今後ものがれ続けられる自信は無い。


現在、のこちゃんの埴輪はにわの巨人に対する率直そっちょくな感想は、"係わったらヤバい"である。


「引けば良かった………」


もう、脅威きょういを感じないとか思っていたころなつかしい、清々すがすがしいほどのあとまつりであった。


とは言え、係わってしまったからには、何らかの決着が必要だろう。


このまま、巨木きょぼくの高い位置をつたってげたとしても、追跡ついせきされるのは目に見えている。


それでは、シマユリとの合流もむずかしい。


この状況じょうきょう打破だはするためにのこされた手段しゅだんは、だいぶかぎられている。


のこちゃんは、今度こそアプローチを間違まちがえない様にと、頭をフル回転させた。



「………あっあっ…あのーお!、ちょっと良いーですかー?!」


ティハラザンバーを巨木きょぼくみきにへばりつかせたまま、のこちゃんは、眼下がんか埴輪はにわの巨人へ呼びかけた。


そもそも、こちらには敵意てきいが無い上に、意図いとしていない挑発行為ちょうはつこういが原因での戦闘など不幸な事故である。


そんなちがいをただすのであれば、ずは、やらかしたこちらからあやまってみるしかない。


身体ティハラザンバーりきませない様に注意しながら、のこちゃんは、気合いを入れて呼びかけ続けた。


「ちょーっとー、良いーですかー!?!」


埴輪はにわの巨人は、相変あいかわらずこちらの様子をうかがったままの姿勢しせいで、微動びどうだにしていない。


「わーたーしーはー、たーたーかーうーつーもーりーがー、あーりーまーせーんーっ」


のこちゃんの呼びかけも、聞こえているのか不明だ。


こんな事をしても、もし埴輪はにわの巨人があらかじめ一定の動きをインプットされているだけな単純構造たんじゅんこうぞうのロボ系だったとしたら、まったく意味はないかも知れない。


「…もしかして、言葉が通じないのかな?」


不安が、のこちゃんの弱気の頭をもたげさせる。


『ふむ、神器じんぎである白銀しろがねかぶとには、意思の疎通そつう補完ほかんする御力みちからそなわっているのだ。

生前せいぜんが、天空の女神リナリーシア様の天啓てんけいみちびかれ、その御心みこころのままに地上の安寧あんねいおびやかすあらゆるモノと戦いほろぼす旅をしていた事は話したであろう?…のこ』


「え?あ、はい、聞きました」


『その行く先々さきざきで、現地の者にこまかな話を聞かねばならぬし、協力をあおがなければなぬ事がつねとなれば、一々いちいちその土地の言葉を習得しゅうとくしている余裕よゆうはない。

事態じたい切迫せっぱくしている場合も、少なくなかったのでな…のこ』


読み書きはかく、言葉を持つ相手ならば人であろうと"ああいったもの"であろうと何とかしてしまう御力みちからなのだと、トレーナーはほこらしげに語った。


言われてみれば、トレーナーはもちろん、魔刃殿まじんでん面々めんめんと言葉で不自由ふじゆうした事がない。


のこちゃんは、少しだけなものの、ティハラザンバーの能力のうりょくに希望をいだいた。


「分かりました。

自分を信じて、続けてみますっ」


『失敗を恐れず思いついた事は、いくらでも試すが良い。

その助けとして、は存在しているのだ…のこ』


自分とトレーナーそして天空の女神リナリーシア神器じんぎを信じて、のこちゃんは、再び埴輪はにわの巨人へ向き合った。


こちらに戦う意志のない事をうったえかけ、この場を何としてもおさめる覚悟かくごを決めたのだ。


のこちゃんは、たましいから呼びかけるつもりで、渾身こんしんの声をはっした。


「ゴオオオオォォォォアアアアァァァァァァァァァ!!!!」


ティハラザンバーのさけびが空気をふるわせ、巨木きょぼく大森林だいしんりんひびわたり、みずうみ水面みなもはげしくらす。


まさしく、伝説にその名をせし魔にくみする神獣しんじゅうおおティハラがえる声、その再現と言えた。


ひろがる鳴動めいどう余韻よいんが、世界を支配する。


『ふむ、咆吼ほうこうしてどうするのだ?…のこ』


そりゃそうですよねと、巨木きょぼくみきからずり落ちそうになるのを身体がりきまない様に必死ひっしにこらえつつ、のこちゃんは、文字通り開いた口がふさがらないでいた。


もちろん、ティハラザンバーの目もうるんでいる。


このタイミングで、さらなる怪人かいじん能力のうりょく的なものが発現はつげんするとなると、やはり怪人かいじんライフいざ宿命しゅくめいが良い仕事をしているのだろう。


のこちゃんがやっぱり何も信じない方が良いかもと思い始めた所、埴輪はにわの巨人に変化が起こった。


その手に持った大きなつるぎをスーッと持ち上げ、頭上のティハラザンバーへさきを向けると、ピタリと止めた。


何事かと、固唾かたずをのんで身構みがまえてから、どれくらいの時間がったのだろう。


「オマエハ、コドモヲ、サライ、アヤメタ…ケッシテ、ユルセル、モノデハナイ………」


埴輪はにわの巨人がハッキリとしゃべったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望- 虎竜王NV @toraryuou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ