03 のこちゃん、抱える


もうろうとしていた意識いしきがハッキリした場合、人はず、みずからが置かれた状況じょうきょうを確認するものだろう。


それが自宅や自室での事であり、身体にもこれといった支障ししょうがなかったならば、いったん安堵あんどする所である。


その意味では、気がついたら巨木きょぼく群生ぐんせいほこるあまりも地面へほとんどとどいていない薄暗うすぐらい見知らぬ森林しんりんひとりでいましたなど、もってのほかにちがいない。


見渡みわたかぎり、そもそも巨体のティハラザンバーからしても、いきおいよくびにびた数え切れない巨木きょぼくがひしめきあっているのだ。


それぞれのえだからは、葉が鬱蒼うっそうしげり、空をさえぎっている。


そのため、上の方でこそ光が葉の間からキラキラとこぼれているものの、地表ちひょうでは、陽光ようこう恩恵おんけいをほとんど受けられない。


湿気しっけびた地面じめんからいかつい根っこが顔を出し、縦横じゅうおうにはしって、いびつ舗装ほそうの様になっていた。


もうわけていどに背の低い雑草がえる他には、いしくれが散見さんけんされるくらいだ。


こんな環境かんきょうならそれなりにありそうな動物や鳥の気配どころか、虫の一匹も飛んでいない。


まさしく、地の底といったおもむきである。


どうしたらこんな場所にポツンといる羽目はめになったのか、これまでとこれからすべての方向へ不安しかないおのれ端的たんてきあらわしている様だと、のこちゃんは頭がはたらく様になってからずガッカリした。


状況じょうきょうがここまでけていると、逆に何だコレというおかしさがこみ上げて、はははとかわいた笑いを小さくもらしてしまう。


そう言えば、ティハラザンバーに異変いへんが起こった時、トレーナーはこうなってしまった原因げんいんを分かっている様子だったので、後で説明をかなくてはならないだろう。


ただ、のこちゃんの目の前では、悲嘆ひたんれるよりも優先すべきとおぼしき事態じたいが発生している。


それこそ、こんな地の底の様な場所にあって、年端としはもいかない人間の子供がひとりで助けを求めてきたのだ。


さすがに、たよられた年長者おねえさんとしては、気を取りなおさざるをない所だろう。



辺りを見ても、文字通り林立りんりつする太いみき木陰こかげをこれでもかとかさねて作り出された薄暗うすぐらさが広がるばかりで、子供の保護者ほごしゃや仲間の姿は無かった。


のこちゃんが視覚しかく意識いしきを集中すれば、薄暗うすぐらかろうと遠くにあるみき樹皮じゅひまで見分けられるので、人影がないのは確実かくじつである。


子供の様子からは、かなりまっての行動と見受けられた。


年齢ねんれいは、5~6歳だろうか。


よごれているのか、浅黒あさぐろい顔には、ちゃとも取れる黒っぽいかみが短めのざん切りでのっかっている。


じっとティハラザンバーを見つめる、茶色ちゃいろひとみの大きな目が特徴的とくちょうてきだった。


のこちゃんは、その子供をうっかりつぶさない様に注意しながら姿勢しせいを低く動かし、顔をせて話を聞く事にした。


やはり、ちゃんと子供とお話しする場合、おたがいの目の高さを合わせるのは基本だろう。


もちろん、怖がらせない様に笑顔も忘れない。


「こんにちわっ」


「ひいぃ………」


しかし、子供はその場で腰をかしてしまった。


『ここで牙をむいてどうするのだ…のこ』


トレーナーにたしなめられ、のこちゃんは相手が人だったので、つい自分も元の中二女子である剣持けんもちとらのつもりになっていた事を自覚じかくする。


「ああっ………」


そう言えば、トレーナーには姿ビジュアルが無いとあって、人間を相手に話すのもひさしぶりなのだと変な感慨かんがいいだく。


などと、悠長ゆうちょうかまえている場合ではない。


すっかり青ざめ、引きつった顔でその子供は、ティハラザンバーを凝視ぎょうしするばかりである。


しんに恐怖してなおまわりにも助けを求められない状況じょうきょうに置かれたならば、弱者じゃくしゃは悲鳴を上げるでもなくすくんで固まるしかないのだ。


のこちゃんは、あわててティハラザンバーの顔を子供からはなす。


「ごめんねっ、おどろかすつもりは無かったんだよ!」


まだまだ、ティハラザンバーの凶悪きょうあくなルックスに、自覚じかくが足りないのこちゃんである。


仕方なく、低い姿勢しせいのままでいずりながら少し距離きょりを取り、ティハラザンバーの視線しせんを子供のそれへ合わせて待ってみる事にした。


気持ち、背の高い雑草のくさむらがあったので、そこへ身体をかくす様にしずめ、ひょこっと頭だけ出す。


あごが地面じめんについてしまうが、もうしょうがない。


ただ、これなら可愛かわいいまでいかなくとも、敵意てきいなく"たまたまそこにいた動物さん"な感じへ印象を落とし込めるのではないか?という打算ださんもある。


時折ときおり、ちょっと小首こくびかしげて、あざとい仕草しぐさ演出えんしゅつをつけてみたりする。


チャムケア好き独特どくとく感性かんせいで、黄金色こがねいろは、あざとイエローに通ずの精神なのだろう。


もちろん、余人よじんには通じない文脈ぶんみゃくである。


とは言え、そのていどでティハラザンバーの威圧感いあつかん緩和かんわされる訳でもないので、そういう所が自覚じかくの足りなさをよくしめしていた。


『ふむ、獲物えものねらって、地にしている様にも見えるぞ…のこ』


「うぐ………………………………」



それでも、しばらくすると子供が落ち着きを見せ始めたので、のこちゃんは恐る恐る会話をこころみた。


「………君は、迷子まいごになったのかい?」


子供は、し目がちに、ティハラザンバーを見つめながら小さく首をる。


「そうかぁ………迷子まいごじゃないなら、この森に住んでるのかな?」


再び小さく首をる子供に、まぁ、そう言ってるわたしも迷子まいごみたいなものだけどねぇとせんい事を思いつつも、のこちゃんは根気こんきよく話しかけた。


「じゃあ、他所よそからここまで、ひとりで来たのかな?」


ここで、やっと子供はこくりとうなづく。


「そ、そうなんだねぇ」


一瞬いっしゅん、あれ、この森ってそんなに深くないのかな?と、困惑こんわくしてしまうのこちゃんである。


何故なら、小さな子供の足では、それほど活動範囲かつどうはんいが広くないと容易よういに想像できるからだ。


子供の格好かっこうは、素朴そぼく野良着のらぎの上にすり切れた毛布もうふの様な物を外套がいとうにしているだけで、よく見れば荷物にもつも持っていない。


恐らくは、普段の生活からその姿であり、のままというやつなのだろう。


しかし、ティハラザンバーの感覚にれば、この見知らぬ森林しんりん規模きぼは、なかなかの大きさだった。


現に、のこちゃんが視覚しかくをいくら集中してみた所で、どの方位ほういにも巨木きょぼく群生ぐんせいにはそのてが見通みとおせない。


それにも係わらず、子供の生活圏せいかつけんは、ここではないと言う。


ならば、そんな簡素かんそ姿すがたで、小さな子供がひとりで旅をしてきたのだろうか。


いったい、どうやって?


子供の様子からもうそいているとも思えないので、のこちゃんの困惑こんわくは、強まるばかりである。


「むう~っ………」


のこちゃんは、あごを地面にのせた姿勢しせいのまま、頭をかかえた。


見た目がいかついティハラザンバーのそんな様子が面白かったのか、子供は、くすくすと笑い始めた。


「む?」


見れば、そのひとみにも光がもどっている。


どうやら、先ほどうっかり怖がらせてしまった失敗を、多少はぬぐえたのかも知れない。


せっかく受けたらしいので、頭をかかえたポーズをしたまま、のこちゃんは話しを続けた。


「あー、それで君の名前は、何ていうのかな?」


そのティハラザンバーの様子がまた面白かったのか、子供の笑いがヒートアップしてしまった。


のこちゃんが地の底とひょうした暗い森に、子供の明るい笑い声がころがる。


会話が続けられないものの、萎縮いしゅくしてしまっているよりは良いかと、のこちゃんも一緒いっしょに小さく笑う。


それから、しばらく笑った後で子供は、自分の事をシマユリと名のった。



――――――――――――――――



シマユリは、少しだけ自分の事を話してくれた。


「え、女の子なの?じゃあ、シマユリちゃんだねっ」


「あい」


こことはちがう森にかこまれた山間やまあいの小さな村で、両親とらしているらしい。


話を聞いていた途中とちゅうでトレーナーが"シマか…"などとつぶやいていたものの、特に言葉をはさんでくる事も無かった。


もちろん、その間もティハラザンバーは、くさむらの中にした低い姿勢しせいで、頭をかかえるポーズのままである。


シマユリも腰をかした場所で、足を投げ出す形のまま自然にすわっている。


なごんだ空気になったと見たのこちゃんは、話しを本筋ほんすじもどした。


「シマユリちゃんは………どうして、どうやって、この森に来たのかな?」


移動手段が分かれば、両親なのかどうかは不明なものの、保護者ほごしゃなり仲間なりのかりが見えるかも知れない。


やはり、こんな軽装けいそうなのだから、ひとりでここまで辿たどいたにせよ、何らかの補助ほじょはあっただろうとのこちゃんは思う。


それに、ティハラザンバーの様なバチバチバーッと光って気がついたらここにいましたなどと、そんな不調法ぶちょうほうな理由がそうそうころがっているはずもない。


少なくとも、トレーナーにただしてみるまでは、訳が分からないままである。


「…ぶしんさま」


「?」


「おれ、おっかあからきいた、もりのぶしんさまを、さがしにきた」


期待きたいちるひとみでティハラザンバーを見やるシマユリに、のこちゃんは、そこに勘違かんちがいがある事に気がついた。


恐らく、シマユリは何らかの理由から、この大森林だいしんりんにいるとされている何者かをたよってきたのだろう。


その相手をティハラザンバーと思いこんだにちがいない。


当然ながら、ここへは、のこちゃんも来たばかりで該当がいとうするはずもないのだが。


「そうなんだね………………」


のこちゃんは、当初それがシマユリの親戚しんせきか何かと思ったものの、だったらティハラザンバーと間違まちがえるはずもないと、すぐにその考えを却下きゃっかした。


自分がたよるべき者の事を、シマユリ自身もよく知らないのだろう。


「ぶしんさま、なんだろ?」


わらにもすがる様な面持おももちで、シマユリはいてきた。


のこちゃんとしても、そんな希望にいたい気持ちは山々やまやまである。


「………あのね、シマユリちゃん、わたしもこの森は今日が初めてなんだよ」


「え…」


しかし、のこちゃんは、誤魔化ごまかさずシマユリに本当の事をげた。


たとえ相手が小さな子供でも、間違まちがったからっぽの期待きたいを、そのままにしておく方が不誠実ふせいじつだと思うからだ。


ただそうは言っても、その何某なにがしかを目指めざしておさないシマユリがここまで旅して来たのだとすれば、さすがに無碍むげにも出来ない。


「だから、一緒いっしょに探してみようか」


トラブルでたまたま居合いあわせただけにせよ、それも何かのごえんちがいないであろうし、何よりチャムケアのたましいを自主的にいだ者としては、ここでシマユリちゃんのちからになれなければ乙女おとめ名折なおれだよ!と言う所だろう。


ちなみに、乙女おとめ云々うんぬん出典しゅってんは『スカウトチャムケア♯』の主人公、ケアメルティの決めゼリフからである。


「………それじゃダメかな?」


期待きたいはずれな事を言われ、少なからずショックを受けたシマユリは、落胆らくたんかくさなかった。


それでも、のこちゃんのもうだった模様もようで、こくりとうなずく。


「良かったぁ、あたしの事は、の………ティハラザンバーって長いか、好きに呼んでね!」


何言ってんだコイツ的な表情をしつつも、シマユリは、あいと小さく返事をした。



「(それにしても、ぶしんさま?…武神様ぶしんさまかな?)」


言われてみれば、シマユリが最初に話しかけてきた時にそんな事を言っていたなと思い返していたのこちゃんは、ふと目にうつった"それ"が何なのか一瞬いっしゅん理解りかいできなかった。


トレーナーが力の道筋みちすじしょうし、のこちゃんはらめきの流れととらえた、攻撃する者が対象たいしょうに向けて発する意志の軌道きどう


それが、シマユリの小さな身体へ向けて、彼方かなたより線をむすんでいる。


『のこ!』


トレーナーの注意喚起ちゅういかんきがのこちゃんの中でひびいた時には、ティハラザンバーの身体もはじけるいきおいで地をっていた。


何が起きたのか分からぬままポカンとした表情のシマユリとらめきの流れの間をつ様に、白銀しろがね装甲そうこうおおわれたティハラザンバーの太いうでが差し込まれる。


その刹那せつな薄暗うすぐらい森林に三つの金属音が大きくこだました。


はばむものさえ無ければ、一息ひといき三射さんしゃという必殺の矢飛やとびが、正確に的中てきちゅうしたのだろう。


手練てだれの射手いてによる攻撃と思われた。


間に合ってホッとしたのもつかまわりからいくつかのらめきの流れにとらえられているおさないシマユリの姿に、のこちゃんは瞠目どうもくする。


かこまれているなら、考えているひまはない。


「ごめんね!」


飛び出したいきおいまかせに、のこちゃんは、ティハラザンバーの身体をちゅうひねって体勢たいせいととのえると、シマユリをさらった。


シマユリの身体を小脇こわきかかえたまま、巨木きょぼくたよりに、真上まうえへと音もなく跳躍ちょうやくする。


ただし、えだがぶつかったりするとシマユリが危険なので、かなりちからいたジャンプである。


間髪入かんはついれず、地上スレスレに複数の飛来物ひらいぶつがシマユリのいた辺りで交差こうさした気配けはいを、ティハラザンバーの感覚かんかく察知さっちした。


「あっぶな…」


のこちゃんがきもやしている間も、シマユリはポカンとした表情のまま、小荷物こにもつあつかいに甘んじている。


丁度ちょうどティハラザンバーをささえられそうな太いえだを見つけたので、みきにシマユリをかかえていないいた手をついて上昇じょうしょういきおいを殺しつつ、良い感じにぶら下がる。


念のため、射手いて動向どうこうにも注意をしていたのだが、こちらへ追撃ついげき行射ぎょうしゃは無い模様もようだった。


『ふむ、かこみはあさい様だな…のこ』


果たして、シマユリをそれと分かってねらったのか、先ほどの笑い声を何かの獲物えもの勘違かんちがいしたのか………


微妙びみょうですよね」


一応いちおう確認をしたところ、矢が当たった白銀しろがね装甲そうこうには、きず一つ付いていなかった。


攻撃にそれほど威力いりょくが無かったと判断はんだんして余裕よゆうを取りもどしたのこちゃんなのだが、直接シマユリがねらわれているのならば、頑丈がんじょうなティハラザンバーとはくらべるまでもない。


のこちゃんは、慎重しんちょう視覚しかく意識いしきを集中して、上から射手いてたちの姿を探した。


元より害意がいいのある相手なら、いかんともしがたい。


とは言え、もしも地元民じもとみん狩人かりゅうどなら"ぶしんさま"について何か知っているかも知れないので、今のは不幸な事故と水に流し、いっそ素直すなおに話をいてみようかとも思うのだ。


「(それも、シマユリちゃんの反応はんのう次第しだいだけど………)」


いくつかのの人影が、しゃがんだり寝そべったりしながらみきに身をかくして、まわりの様子をうかがっている。


どうやら、上にいるティハラザンバーとシマユリには、気がついていないらしい。


「うん?」


その風体ふうていからいずれも人間の大人おとなたちだろうと見当けんとうをつけた所で、のこちゃんは、シマユリが意外とさわいだりしない事に気がついた。


まだ呆然ぼうぜんとしたままなのかと見てみれば、かかえるティハラザンバーの腕にしっかりとしがみつき、息を殺して下の様子をうかがっている。


意外と、おのれの置かれた状況じょうきょう把握はあくしている様に、のこちゃんには見えた。


そんな視線に気がついたのか、シマユリはやおらティハラザンバーの顔を見上げると、小さな声でいた。


「………あの、しろいひとたちが、きたの?」


「しろいひとたち、白い人?」


のこちゃんが聞きかえせば、シマユリもこくりとうなずく。


白い服でも着ているのかと思い、のこちゃんは、あらためて人影たちの風体ふうていを確認するものの、地味じみな色合いの格好かっこうをしている者たちばかりである。


フードの様なものをかぶっているので顔やかみの感じが分からないものの、森林しんりんで活動するためとおぼしきその服装ふくそうは、やはり地元じもと狩人かりゅうどなのかも知れない。


「白っぽい姿の人は、いないみたいだよ」


「………………」


「何か、他に特徴とくちょうとかあるのかな?」


「わからない」


「う~ん、分からないかぁ………」


のこちゃんが、そりゃあ急に特徴とくちょうとか言われても、戸惑とまどっちゃうよねと思っていた所へシマユリは言葉を続けた。


「しろいひとたちは、みただけじゃ、わからないの」


戸惑とまどったのは、むしろのこちゃんの方だった。


分かった事と言えば、どうやらシマユリには、警戒けいかいすべき相手がいるらしいという背景である。


いずれにせよシマユリが不安がっているのなら、えて危険をおかす事もないと、のこちゃんは下にいる人間たちと接触せっしょくする選択肢せんたくしてて、その場からはなれる事にした。


「どこか落ち着ける場所を見つけて、ちゃんと話を聞かないとなぁ」


『ふむ、それが賢明けんめいと思うぞ。

の時代にも、その身を人の姿に擬態ぎたいするなり、まぎんで来る面倒めんどうな敵が少なからず存在していたものだ…のこ』


「へー、どうやって見分けたんです?」


擬態ぎたいするのは目的あっての事…となれば、おそってきた所をってしまえば正体を現すから、それにはおよばぬものだよ…のこ』


おおティハラの封印ふういん即決そっけつした事といい、この聖女トレーナーは、豪快ごうかいな人生だなと思わざるをないのこちゃんである。



――――――――――――――――



ティハラザンバーの身体は猫系とあってか、片腕でシマユリをかかえたままでも、なんなく巨木きょぼくえだからえだへと飛びうつる事ができた。


その図体ずうたいに似合わないすみやかなる移動とあって、のこちゃんは、自分の事にもかかわらず変な感心をしてしまう。


もしかすると、ティハラザンバーの身体が動き方を分かっていると言った方が正しいのかも知れない。


のこちゃん本来の身体であったなら、体力づくりで毎朝走っていたとは言え、うんていですらあやしい。


大丈夫だいじょうぶ?怖くない、シマユリちゃん?」


時折ときおりのこちゃんが声をかけるも、なかなかどうしてシマユリは、その都度つどティハラザンバーの腕の中であいと元気に返事をする。


きもわっているのか、こういった行動にれているのか気になるものの、怖がっていないなら良しとしておこうと、のこちゃんは移動に集中した。


次に飛び移るえだ選択せんたくや、シマユリがいるのだから危険がない様にまわりへの注意など、意外と瞬時しゅんじ判断はんだんする事が多い。


平成フルヘルムナイトシリーズではお馴染なじみの、"瞬瞬必生しゅんしゅんひっせい"というやつであろうか。


そう言えば、チャムケアシリーズと同じ放送枠ほうそうわくのシュープリム戦団シリーズとフルヘルムナイトシリーズの録画ろくがもだいぶめたままだったなと、余計よけいな事を思い出していきなり気をらすのこちゃんだった。



しばらくすると巨木きょぼくれつひらけて、少し大きなみずうみだろうか、風に波打なみう水辺みずべへと辿たどり着いた。


彼岸ひがんを見やれば、やはりこれまでと変わらず林立りんりつする巨木きょぼくぐんかこまれている。


この大森林だいしんりんけられた訳ではないという事だろう。


すぐに巨木きょぼくえだから飛びりず、のこちゃんは、やはり慎重しんちょうしてまわりの様子をうかがった。


「多分、さっきのと同じ様な人たちは、この辺にもいますよねぇ………」


いか様な活動をしているにせよ、生き物であれば、水場みずばは重要な生活拠点せいかつきょてんちがいない。


シマユリの言う白い人はさて置き、不用意ふよういにその生活圏せいかつけんへ立ち入ってまた攻撃されてしまったら、移動してきた意味がなくなる。


『ふむ、ならば岸に沿って、人が使いづらい場所を見繕みつくろうしかないだろうよ…のこ』


まあそれしかないよねと、のこちゃんは、ティハラザンバーの視力しりょく駆使くしして、休憩きゅうけいに向いていそうな場所を岸辺きしべに求めた。


要は、人間にはむずかしくともともティハラザンバーならなんなく行けて、シマユリが安心して休めれば良いのだ。


間もなく、断崖絶壁だんがいぜっぺきとはいかないまでもゴツゴツした岩場の岸を見つけると、すぐにそちらへ向けての跳躍ちょうやくを再開する。


「外は、意外とまだが高いんだな…」


みずうみに面した側は、巨木きょぼくが開けているので、森林しんりんの内部とちがって移動中でもそこそこ風景ふうけいが見られた。


水面みなも陽光ようこう反射はんしゃして、キラキラとおどる様にってゆく。


シマユリは、ティハラザンバーの腕の中から、そんな流れる景色をまぶしそうに楽しんでいる様だった。



のこちゃんが選んだその場所は、水辺みずべに大きめの岩がならんでいて、まわりからの視線をそれなりに制限せいげんできると思われた。


何しろ、陽光ようこう反射はんしゃするのは水面すいめんに限らず、ティハラザンバーの金ピカ仕様とてなかなかきらびやかに主張しゅちょうしてしまう。


そんなピカピカに好奇心こうきしんをくすぐられて、寄ってくる者がいないとは限らないのだ。


シマユリと落ち着いた場所で話すのもちろんなのだが、そういった無用の接触せっしょくも現在はけたい所である。


かくせるのなら、それにした事はない。


岩と岩の間に休めそうなポイントを見つけたのこちゃんは、ティハラザンバーの腕からシマユリを下ろす。


「おつかれさま、シマユリちゃん、いたい所とか無い?」


「あい」


そんな返事こそするものの、シマユリは小さな岩の上にちょこんとすわんでしまった。


のこちゃんがあれれ?と思った矢先やさきに、クゥと小さくおなかる音が聞こえた。


「ああっ、おなかいちゃったのかぁ」


眉毛まゆげを八の字にしているシマユリを見て、ティハラザンバーになってからわすれていた、人体じんたい燃費ねんぴの悪さを思い出したのこちゃんである。


子供であればあるほど、それが顕著けんちょだったという事も、それほど古い記憶きおくではない。


「食べ物、ある事はあるんだけど、シマユリちゃんの口に合うかなぁ………」


のこちゃんは、空腹くうふくの無いティハラザンバーでも非常用エネルギーげんとして、念のため押し入れに食料をそなえている。


ただし、肉や魚といった料理や発酵はっこう食品のたぐいだと、押し入れの中にある他の物へにおいがうつるという衝撃しょうげきの事実をトレーナーから知らされて、った穀物類こくもつるいかためて焼いた様な、素朴そぼくな物しかなかった。


何やらすえたかぐわしい双剣そうけんとかを想像すると、のこちゃんと言えども、年頃としごろの女の子メンタル的にはさすがに看過かんかできないのだ。


とは言え、所詮しょせんは押し入れなのだから、そんなものかというあきらめもある。


もしも、非常用エネルギーげん必要ひつようとなったその時、もしゃもしゃと咀嚼そしゃくしている余裕よゆうがあるかどうかは分からない。


そのため、すぐパクつける様に小分こわけにした、しかもかなり厳重げんじゅう包装ほうそうされた保存食ほぞんしょくていになっている物をりょうまかなう作戦だ。


恐らくサイズ的にも、小さなシマユリに提供ていきょうそのものは可能だろう。


のこちゃんは、ためしに一粒ひとつぶ分のつつみを手に出してみた。


「食べられなかったら、無理しなくて良いからね?」


つつみをティハラザンバーのつめ一撫ひとなですれば、パカリと中身が顔を見せる。


ただし、ティハラザンバーにとっての一粒ひとつぶだいでも、シマユリにはちがう。


それを受け取ったシマユリは、両手で持ち上げるほどの大きなパンの様なものを見た事がなかったのか、目を丸くしてから一口ひとくちかぶりつくとそのまま無言むごんで食べ始めた。


どうやら大丈夫だいじょうぶだった模様もようなので、のこちゃんもホッとする。


「あ、そうだ、腰に下げているのって水筒すいとうなのかな?」


かかえて移動している時、シマユリのおしり辺りで何か筒状つつじょうの物がぶら下がっている事に気づいたのだ。


シマユリは、食べながらこくりこくりとうなずく。


「水がみたいならんでくるけど、どうする?」


是非ぜひもなく、お願いされたのこちゃんは、シマユリの水筒すいとうあずかって岸辺きしべへとりた。



陽光ようこうらされて、水面みなもとティハラザンバーがあわせてキラキラしているのだが、この際はもう仕方ない。


「とっとと、終わらせよう…」


『移動中の心配こころくばりといい、意外と世話焼せわやきなのだな…のこ』


水際みずぎわにしゃがみんだティハラザンバーがつまんだ小さな水筒すいとうこわさない様に注意してあつっていると、トレーナーが感心した声で話しかけてきた。


のこちゃんは、シマユリの事で後回しにしていたこの現状げんじょうについて、今の内に少したずねておこうと思った。


一緒いっしょに出発した魔刃殿まじんでんの者たちからは、こちらがどう認識にんしきされているのかも気になる。


脱走だっそうしたつもりがなくても、いきなりじっさん辺りから追われる身になれば、現在のティハラザンバーの不慣ふなれさ具合ぐあいでは、早晩そうばんんでしまうだろう。


同じ逃げ出すにせよ、もっと修行しゅぎょうんでから!と、のこちゃんとトレーナーの方針ほうしんは決まっていた。


「そう言えば、こうなった原因げんいんをトレーナーさん、分かってたんですよね?」


『ふむ、まずはくだん認識票にんしきひょうを確かめてみるのだ…のこ』


のこちゃんは、くま獣人じゅうじんのプレセントからわたされた、細いくさりめられているペンダントらしきアイテムの事を思い出した。


「あっ、すっかり忘れてましたよ!」


確か、うでおお白銀しろがね装甲そうこうひじの部分がっているので、そのかくれたうでくさりを巻いたのだった。


「あれ、どっちのうでだったかな?」


上着うわぎ袖口そでぐちかぶせたはずなので、左右とも少しまくって見ると、左のひじガードのかげから青いランプがチラリと見えた。


「良かった、ちゃんとありました」


『ランプが青ならば、プレセントとやらからは、こちらもとらえられているのだろうよ…のこ』


トレーナーは、みな隔絶かくぜつした場所に来ていない証拠しょうこなので、恐らく突発的とっぱつてきな事故とみなされているだろうと予想をかたった。


それならば、しれっと被害者ひがいしゃムーブのまま、回収かいしゅうしてもらえるかも知れない。


「それで、原因げんいんは何だったんですか?」


『ふむ、発動してみて分かったのだが、魔刃殿まじんでん本拠地ほんきょちにある黒っぽい巨大な半球はんきゅう体だ。

あの装置そうちが、人や物を別の場所へ瞬時しゅんじ送迎そうげいさせるのは、この身ティハラザンバーをもって分かったであろう?…のこ』


言われてみれば、あの飛ばされる感じはそういう事だったのか。


そう納得なっとくしかけたのこちゃんなのだが、それだけだと、ティハラザンバーがバチバチバーッとなった理由にはならない。


『しかし、"アレ"はそれだけの代物しろものではない。

そして、ティハラザンバーとの相性あいしょうが悪かったという事だろうよ…のこ』


「え、相性あいしょうですか?」


一度は、あの巨大半球はんきゅうに、魔刃殿まじんでんのラスボスがいると思ったのこちゃんである。


たとえそういった物ではなかったとしても、魔刃殿まじんでん象徴しょうちょうする意味では、文字通り組織の中心に位置している存在にちがいないだろう。


そんなものと相性あいしょうが悪いと言われても、すべての方向にあった不安感が具体的ないばらみちになって、びるハードルが上がるだけでは?と、のこちゃんはまた暗澹あんたんたる気分になった。

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