02 のこちゃん、投入される


ついに、のこちゃんの恐れていた戦場への出向しゅっこうが決まり、ティハラザンバーとしての傭兵ようへい活動が始まろうとしていた。


恐らく、この頑丈がんじょうで高性能なティハラザンバーならば、大凡おおよそ状況下じょうきょうかもうぶんのない戦力たりるのだろう。


しかし、何度確かめようと、中身はのこちゃんなのだ。


硬度こうどでダイヤモンドを凌駕りょうがする外殻がいかくとしてイメージできるティハラザンバーにくらべれば、現代に生きる凡庸ぼんような中二女子に過ぎないそのメンタル強度などは、おはしでつままれたきぬごし冷ややっこくらいである。


いくらもと伝説の白銀しろがねよろい聖女せいじょがサポートしてくれたとしても、いざきびしい場面に遭遇そうぐうしてしまえば、主にのこちゃん部分だけ鎧袖一触がいしゅういっしょくされてしまうにちがいない。


育成組いくせいぐみ指導者しどうしゃである老矛ろうぼうめいじられた課題は、が、現実の脅威きょういとして眼前がんぜんに突きつけられた形であった。


もちろん、のこちゃんとしても、悪の組織に加担かたんする事無く、無難ぶなん色々いろいろとやり過ごしたいのは山々やまやまである。


それでも、つばさの怪物に対峙たいじした時と同様に、しっかりとお膳立おぜんだてをされてしまっては、魔刃殿まじんでんへ身を寄せるしかない以上、その提示ていじされた道をあゆんで見せておのれの立場をかためるしかないのだ。


少なくとも、のこちゃんがこの身体ティハラザンバーれていない現状げんじょうでは、それが唯一ゆいいつ自衛じえいさくとも言える。


特別みそっかすあつかいしてもらえないのであれば、これからも何かある都度つどおのれ脆弱性ぜいじゃくせい考慮こうりょして行き先は自身で見極みきわめねばならない。



ただ、そんな条件に対して、猛禽もうきん獣人じゅうじんの男性から提示ていじされたものは、どれもきびしそうである。


それでも、とりあえず依頼いらい案件あんけんの中からのこちゃんが選択せんたくしたのは、せめて誰かを救う要素ようそがあるという事が決め手となり…


孤立こりつ籠城ろうじょう中の寡兵かへい集団救出きゅうしゅつとその敵対勢てきたいぜい壊滅かいめつ作戦】


…であった。


「うう、でもいやだなぁ」


『ふむ、悪くない選択せんたくであろうよ。

行動に指針ししんがあるのは、何をするにせよ漠然ばくぜんと事に当たるよりも、おのれ見失みうしなわぬために思った以上に必要ひつよう不可欠ふかけつなのだ…のこ』


トレーナーは評価ひょうかしてくれたものの、苦肉くにくさくである事に変わりがない。


ジャガーの獣人じゅうじんベニアは、実習じっしゅうに出る事が楽しいらしく、嬉々ききとして手続きを進めている。


その様子をながめながら、暗澹あんたんたる思いで、のこちゃんは無意識にティハラザンバーのお腹辺りへ手を当ててしまう。


ちなみに、ティハラザンバーに胃があるのかどうかは、空腹くうふくを感じないためよく分からない。


「そう言えば、お腹も、痛くならないからなぁ………」


「何か言った?

この受付のオッサンが、合流ごうりゅう場所まで連れて行ってくれるらしいよ!」


手続きを終えたベニアが、顔をこちらへ向ける。


「ワシの名は、ワシオウだ。

猫系ってヤツは、気まぐれで不躾ぶしつけなのしかいないのか、まったく」


「あっ、すいませんっ」


初対面しょたいめんであろう、ベニアからいきなりオッサンばわりされて不機嫌ふきげんになった猛禽もうきん獣人じゅうじんのワシオウに、のこちゃんは思わずあやまってしまった。


やはり、日本人ムーブは無意識むいしきなだけに、如何いかんともしがたいらしい。


ワシオウは、受付カウンターから出てくると、ティハラザンバーたちをうながした。


「…まぁ良い、この案件あんけん受託じゅたくした連中の所には連れて行ってやるさ。

ワシの仕事だからな」


そうかと、のこちゃんは思う。


これは、あくまでも育成組いくせいぐみカリキュラムの一環いっかんであり、正式に仕事を受託じゅたくした者たちについて行くおまけ参加なのだ。


いざとなれば、直接ちょくせつ戦闘に参加しないでむ方法があるかも知れない。


とは言え、それには、致命的ちめいてき難点なんてんがあるのだが。


「ティハラザンバーって、金ピカで目立つんだよなぁ………」


きっと、手をこうとしたりサボろうとすると、誰かしらに見咎みとがめられやす仕様しようなのである。


『そればかりは、もうどうにもならないな…のこ』


ですよねぇと、のこちゃんは、案内のワシオウに追従ついじゅうしてとぼとぼ歩き始めた。


その横にはベニアが続き、後からドラゴン獣人じゅうじんのアインとガラがついてくる。



のこちゃんたちに合流してきたアインとガラは、自己紹介じこしょうかいあわせて、当面とうめんあいだ行動を共にするむねげてきた。


老矛ろうぼうからは、ちゃんと許可きょかを取りつけてあるらしい。


のこちゃんへ積極的せっきょくてきに話しかけてきたのは、アインである。


アインは、青と白銀しろがねのツートーンのうろこ特徴的とくちょうてきで、ティハラザンバーより少し背が高い。


間近まぢかで見てみると、若い女性であってもドラゴン獣人じゅうじんらしく、ガッシリとした身体の作りがうかがえる。


遠目とおめで見た時には、シャープな体つきと相俟あいまって、そんな感じもしなかったのだが。


頭部の両側りょうがわより後方へ二本ずつ青い角がびていて、それがアインの存在感をより大きく印象いんしょうづけている。


ティハラザンバーの持つ感覚かんかくなのか、こちらを見つめるその濃い水色のひとみには、知的な光があると同時に見る者を射貫いぬく様な強い攻撃性もおびている気がした。


のこちゃんとしては、警戒けいかいしてしまうのも無理からぬ話で、もしかするとよそよそしい態度たいどでアインに接してしまったかも知れない。


ただ、それはそれとして、アインの長い直毛ストレートの青みがかった黒髪くろかみが、『OK!チャムケア4!』に登場したシリーズで最初の青いチャムケアであるケアセオリツのイメージに合っているとくれば、知性を売りにしているのに大概たいがいの事を腕力わんりょくで解決するいきおいまかせのキャラだったから、アインにもそんな二面性があるのかも?と、いつもの調子で考えていた。


もちろん、ほんの少ししか話していないので、まだ、本当の所は分からない。


ガラの方は、反対にほぼ口を開かないとあって、そもそもこちらへ係わる気があるのかどうかさえも分からなかった。


頭部の左右に大きな角が一本ずつ立ち、ショッキングピンクのうろこは、部分的にうす桃色ももいろへグラデーションしている。


どこかの王侯貴族おうこうきぞくの様に、金色の長いクセっ毛を華美かびまとめた派手はでさと、堂々どうどうとしたたたずまい。


それがドラゴン獣人じゅうじんらしさなのか、アインと同じく若い女性との事なのだが、自尊心プライドが高いので自分から話さないのかなと予想はできた。


それでもいやな感じがしないのは、ガラの持つ色の取り合わせが『バシバシ!チャムケア』の主人公チャムケアである、ケアソウルのそれに近いからだろう。


ケアソウルと言えば、通っている中学校の生徒会長であり、学業の優秀さやスポーツの万能さに加えて、気が優しくてふところも深いため人望じんぼうあついという、完璧超人かんぺきちょうじんなどとファンからひょうされるほどの女傑じょけつである。


それでいて、どこか抜けていたり歌が下手へただったりと、にくめないえがかれ方をされた人気キャラなのだ。


のこちゃんは、決めゼリフである「このケアソウルが、あなたの根性バシバシ高めてあげる!」を心の中でガラに言わせてみたりして、勝手に好感度こうかんどを上げているに過ぎない。


自分を客観的きゃっかんてきに見られるならば、かなり失礼な事をしていると分かる上に、ガラ本人には何も関係性がない事に気がつくはずである。


しかし、最初に育成組いくせいぐみの集まりで見た"王道おうどうももと青"という感想のインパクトがまさってしまい、いざ本人たちが目の前に来たとなると余計よけい妄想もうそうはかどってしまうのも、のこちゃんでは仕方がない。


そう言えばケアセオリツも生徒会長だったなと、思わぬ合致がっちみょうに、のこちゃんはひとりで合点がてんがいっていた。


とは言え、ドラゴン獣人じゅうじんのクラスター、尖角兵団せんかくへいだんひきいる巨大な直立ドラゴンことベルクを思いだして、アインとガラも本質的ほんしつてき猛者もさだろうという確信はある。


ベニアと同様、ティハラザンバーの課題に便乗びんじょうして、少しでも実習じっしゅうに出たいのかも知れない。


「…アインとガラって、おそろいの服を着るくらい仲が良いのかな?」


「あれは、尖角兵団せんかくへいだん兵団服へいだんふくだよ。

入団にゅうだんした時期で色がちがうから、白は、一番新しい団員だんいんって事だねー…」


のこちゃんが小声でけば、後のふたりを気にしている様子でありつつも、ベニアは説明してくれた。


ワシオウの案内にしたがって歩いている間、元よりティハラザンバーと同行どうこうする予定だったベニアは、急なふたりの参加に思う所があるらしくそれまで寡黙かもくであった。



のこちゃんたちが連れてこられたのは、同じ斡旋あっせん事務所じむしょの建物の中で、くだんの作戦を受託じゅたくした者たちが集められている待機たいき部屋べやだった。


要は、よく見かける高い天井てんじょうと大きなかべだけの殺風景さっぷうけい訓練くんれんスペースなのだが、こういった用途ようとにも使用される多目的な空間だったらしい。


「ああ、この建物にもやっぱりこの部屋あるんだ………」


かべには、くだんの金属製でフラットな鏡面きょうめん部分があった。


場所によって、があったり無かったりするのも、何かしら意味があるのかも知れない。


「思っていたより大人数おおにんずうだよ、ティハラザンバー!」


ここに集まっているのは、すでに現場に出て戦っている者たちばかりである。


その雰囲気ふんいきに飲まれまいとしているのだろうか、一転いってんして高揚こうようしたベニアの言葉を受け、のこちゃんは、なるべくティハラザンバーの視覚しかく注力ちゅうりょくしない様に軽く部屋の中を見渡みわたす。


作戦に参加する者たちは、個人個人で受託じゅたくしていると見えて、育成組いくせいぐみよりも多種多様たしゅたよう獣人じゅうじんが数多く集結けっしゅうしている。


大きなぞうの様な者もいれば、巨体の水牛バッファローらしい者にトナカイっぽい者、猿系にうさぎ系や体が小さめのねずみ系やイタチ系、もうお馴染なじみのおおかみ系や猫系の姿も見えた。


「すごいねぇ………」


総勢そうぜい、ざっと百人くらいはいるだろうか。


それぞれ、武装ぶそうや防具の有無うむに、体格たいかくの大小と格好かっこうもまちまちで、一切いっさい統一感とういつかんがない面々めんめんである。


ティハラザンバーより二回りほど小さなワシオウは、素の人間の男性で言えば、巨漢きょかんたぐいにあたる大きさだろうとトレーナーが教えてくれた。


それより大きなティハラザンバーになってしまった自分って…と一瞬思ったのこちゃんではあるものの、さらに大きな連中が魔刃殿ここにはうようよいるので、それ以上考えるのをやめた。


どちらにせよ、トレーナーの提案ていあんにすがって、命を助けてもらった時に人間はやめてしまったのだ。


家族や友だちは当然としても、チャムケアに出会ってさらに楽しくなったこの人生を、どんな形にせよあきらめられなかった。


今後、どうなるのかは、まるで見当がつかないものの………


それより、この雑然ざつぜんとした大所帯おおじょたいならばティハラザンバーが金ピカでもフェードアウト可能では?


そう、のこちゃんがあわい希望を見出みいだした次の瞬間、どよめきと共に参加者全員が部屋の入り口に現れたティハラザンバーを刮目かつもくしていた。


所々から、おいあいつは…とか、あれがうわさの…とか、何でこんな所に…とか、聞いていた以上に金ピカだな…などのささやきが待機たいき部屋べやを満たしてゆく。


絵に描いた様な、"悪目立わるめだち"の効果てきめんである。


「………だめだこりゃ」


『こうなれば、腹をくくるしかない様だな…のこ』


トレーナーの言う通り、開き直る以外の道は、のこちゃんに残されていないのだろう。


「あっ、受付のオッサンが中で呼んでるよ、行こう!」


愕然がくぜんとしたていで、諦観ていかん海原うなばらに精神をひとときただよわせていたのこちゃんは、ベニアにうながされて部屋の中へ足をみ入れた。


見れば、ワシオウが手招てまねきしている様だ。


そちらを目指めざして進むティハラザンバーとベニアに続き、アインとガラも待機たいき部屋べやへ入った。


すると、再び参加者たちのどよめきが広がる。


この尖角兵団せんかくへいだんの新人たちは、みなに知られた存在だったらしい。


おおむめずらしいもの見たさのどよめきだったティハラザンバーのそれとちがい、アインとガラに対しては、ちょっとした畏怖いふの様な感情がざっていた。


「………………」


「………………」


しかし、ふたりは、そんなまわりの反応をかいさない様子である。


前を向いたままで、ティハラザンバーとベニアの少し後を、泰然自若たいぜんじじゃくと歩いている。


育成組いくせいぐみには新人しかいないとしても、そんな実力者なら何故わざわざぽっと出の自分と行動を共にするのだろうと、のこちゃんはいぶかしむ。


のこちゃんとしては、たった今サボりづらいと実証じっしょうされてしまったティハラザンバーが、よりサボれなくするために監視かんしの目が増えた様な気分だった。



ワシオウの横には、この作戦受託じゅたく者グループを仕切しきっているリーダーとおぼしき、大柄おおがらな男性の獣人じゅうじんが立っていた。


とは言え、ワシオウより上背うわぜいがあるものの、ティハラザンバーにはおよんでいない。


ずんぐりとした体型で、大きな頭に手足が太くみじかめなのも特徴的とくちょうてきである。


「ん?…」


あれってくま獣人じゅうじんだろうかと、少し興味きょうみがそそられて、のこちゃんはついしげしげとながめてしまった。


獣人じゅうじんだらけのこのおよんで何を今さらという感じなのだが、くまが世界に通じる愛されキャラクターのモチーフとあって、少し別腹べつばらの気持ちなのだろう。


のこちゃんにも、チャムケアに出会う以前の幼女時代に多少のたしなみはあったのだ。


その格好かっこうは、オーバーオールの様な胸までかくすズボンをはいて、前の空いたよろいの胸当てをチョッキにしている。


黒に近い茶色い毛並みの胸部きょうぶには、アクセントの三日月みかづき模様もようが笑っているのだから、キャラぜんとしたいかにもな姿だ。


言葉が通じるとなれば、なおさらそれっぽくなってしまう。


もちろん、いて言えば『ふしぎまじっくチャムケア!』にくまキャラはいるけど、どちらかと言えばテディーベアだしなぁと一瞬の検討けんとうてからなのだが。


『そら、また目が威嚇いかくしているぞ…のこ』


くま獣人じゅうじんが少し後ずさりした様に見えたものの、のこちゃんはすかさず、こんにちはよろしくお願いしますとご挨拶あいさつをした。


結局は、最初に相手へあたえる心象しんしょう肝心かんじんなのだ。


特に色眼鏡いろめがねで見られている場合は、真摯しんしに相手へ向き合う事でけられるトラブルも少なくない。


その辺りは、小学校時代にはだまなんできたのこちゃんである。


加えて、これから向かうさきでもサボりがばれた時には、多少のプラス効果こうかがあるはずともんでもいた。


「あ、ああ…よろしく、ティハラザンバーだな?…」


くま獣人じゅうじんは、なかなかしぶい声だった。


「ワシはここまでだ。

後は、こいつの指示しじしたがえ」


それだけ言うと、ワシオウは部屋を出て行く。


気を取り直したのであろう、くま獣人じゅうじんは、ワシオウに渡されたとおぼしき書類にざっと目を通した後で、ティハラザンバーに顔を向けた。


「オレは、この即席そくせき部隊の責任者せきにんしゃでプレセントというんだが…やはり、聞いていた感じとだいぶちがうな」


「ははは…」


もはや、どんな素行そこううわさされているのか、つとめて気にしない様にしているのこちゃんである。


気のけた笑いで流しておくしかない。


プレセントは、育成組いくせいぐみから参加する他のメンバーへと視線しせんうつしてゆく。


「ベニアカーラ・ベニア」


ベニアは、受付でワシオウにせっした時と同様、なく名乗なのった。


「アインブラウです」


「…ガラですわ」


アインとガラの名乗なのりも、なさではベニアと同じくらいである。


もしかすると、あれくらいのテンションが普通なのかも知れない。


のこちゃんは、あまり魔刃殿ここで浮かないためにも自分もそうするべきだろうかと思った所で、ひとつのかりをおぼえた。


「(ですわ…って言ったな!?)」


のこちゃんがガラに想定そうていしていたのは、その桃色ももいろ中心の色合いからケアソウルであった。


しかし、ケアソウルは、完璧超人かんぺきちょうじんな設定でもまわりにへだたりを作らない様な、年齢とし相応そうおうくだけた口調くちょうなのだ。


「(ガラは、お嬢様じょうさま系だったのか…)」


そうなると、話は変わってくる。


『バシバシ!チャムケア』でお嬢様じょうさまチャムケアと言えば、ケアソウルの幼馴染おさななじみでもあるケアラジアルだ。


しかし、ケアラジアルは黄色系であり、桃色ももいろが主体であるガラのイメージとちがってしまう。


「(でも、もものお嬢様じょうさま系って、いないよねぇ…)」


強いて言うならば、『Joy!フロイラインチャムケア』のケアエカルラートが、あか系のですわ調でお姫様だから近いと言えば近い。


当初とうしょ、ケアエカルラートは敵に洗脳せんのうされ、宿敵ライバルクレプスキュールとして主人公であるケアアンティアの前に立ちふさがった。


しかし、ケアアンティアたちチャムケアの活躍かつやく洗脳せんのうから解放かいほうされ、自身もチャムケアになったという所謂いわゆる"光落ひかりおち"の人気キャラだ。


初見しょけんの時は、それまで敵にさんざん利用されてしまった無念むねんさを背負せおって戦うケアエカルラートの姿勢しせいに、凄味すごみすら感じたものである。


などと、のこちゃんが他人ひとからすれば超どうでも良い思考しこうめぐらせていた所で、トレーナーに呼びかけられわれに返った。


『良いのか?

プレセントとやらが、さきほどから何か話しかけてきている様だが…のこ』


あろう事か、作戦について説明しようとしていたプレセントを、ティハラザンバーはめんと向かってガン無視していたらしい。


「はあっ、ああっすいませんっ、ちょっと考え事をしていました!」


あわてたのこちゃんは、相変わらずの無意識むいしき日本人ムーブでティハラザンバーをぺこぺこさせて、プレセントにあやまった。


「ああ…いや、本当にイメージとはちがうんだな。

何と言うか、新人らしいと言えば、そうなのかも知れんが………」


むしろ、困惑こんわく気味ぎみのプレセントである。


そんなティハラザンバーには、ベニアこそもうれはじめているものの、アインとガラも心なしか目を丸くしている。


「この作戦を受託じゅたくした参加者たち全員にくばっているんだが、行動中は、必ずこれを身に着けていてくれ」


そう言って、プレセントは、細いくさりめられたペンダントらしき物を育成組いくせいぐみの四人にそれぞれわたしてきた。


ペンダント部分は、鈍色にびいろうす小判型こばんがたで、中央に青いランプが点灯てんとうしている。


「これは?」


のこちゃんがプレセントにくと、何やらチョッキよろいの内側からB5ノートくらいの装置そうちを取り出し、作戦へ参加している者をこちらにらせるアイテムなのだと回答をた。


その装置そうちが対応して、リーダー側に自分の位置と生存せいぞん認識にんしきされていれば、ランプが青く光るらしい。


「兵隊さんの認識票ドッグタグってやつかな?」


確か、戦死した個人が誰であるのかわかる様に、身に付けると聞いた事がある。


でも、これだと生きて何処どこにいるかどうかしか分からないなと、のこちゃんはつぶやく。


『ふむ、戦死はもちろんだが、これには、逃亡とうぼう対処たいしょする意味もあるのだろうな…のこ』


のこちゃんにしか聞こえないトレーナーの言葉なのだが、それに呼応こおうする様にプレセントが続ける。


「それを紛失ふんしつしてしまうと魔刃殿ここ帰還きかんできなくなるので、十分じゅうぶん気をつけてくれ」


よく分からないものの、それは大変と、のこちゃんはすぐに認識票にんしきひょうを押し入れの中へにしまった。


しかし、その途端とたんに、プレセントの装置そうちから警報けいほうらされた。


「あれ?」


プレセントがあわてて装置そうちを確認する。


『ふむ、ランプが赤くなっているな。

特殊とくしゅ結界けっかいの中だと、あちら側への認識にんしき遮断しゃだんされるのではないか?…のこ』


「あ、そうなんだ!?」


のこちゃんもあわてて認識票にんしきひょう手元てもともどしてみれば、すぐに警報けいほうは止まった。


ティハラザンバーの目の前で、プレセントが首をかしげている。


故障こしょうはしていないらしいが、変だな………」


一応いちおうチェックしてみるかと言いながらプレセントが立ち去るまで、のこちゃんは、認識票にんしきひょうくさりをこれ見よがしにチャラチャラさせてアリバイ作りをしていた。


「うーん、だったら落とさない様にしないとね………………ああ、首は、ちょっと無理だなぁ」


ティハラザンバーの首周くびまわりには、明らかにくさりの長さがりていない。


「アタシらのサイズだと、腕かふところくらいしか入れる所ないよねー」


ベニアも、首にかけるのはあきらめたらしい。


見れば、アインとガラは、白い兵団服へいだんふくの内ポケットに認識票にんしきひょうをしまった様だった。


ベニアのおばさんであるパニアからもらったかわの服だと上下ともポケットが無いし、どうしたものかとのこちゃんが身体ティハラザンバーをあちこちまさぐっている横で、ベニアは服の上から装着そうちゃくしている胸当ての内側に収納しゅうのう場所を見出みいだした様だ。


ティハラザンバーの白銀しろがねよろい部分は、れっきとした身体の一部であり、装着そうちゃくしている訳ではない。


つまり、装甲そうこうと身体の間に隙間すきまは存在しないのだが、アームカバーのひじに少しだけ覆いガードっている。


のこちゃんは、その内側の腕へアイテムのくさりを巻くと、上着うわぎ袖口そでぐちかぶせた。


少しまくれば、青いランプがチラリと見えるので、これで問題はなさそうだ。


「…こんなもんかな」


これなら、うっかり何かにける事も無いだろう。



「おーベニアじゃん、魔刃殿まじんでんに入ったの知ってたけど、初めて見た気がするわ~」


そんな事をしていると、猫系の女性がのこちゃんのとなりにいたベニアに声をかけてきた。


パニアとベニアよりも少し小柄こがらなものの、純白じゅんぱくの体毛にうすい青の豹柄ひょうがらが浮かぶ、綺麗きれいひょう獣人じゅうじんらしい。


らしいと言うのも、一瞬、のこちゃんが白熊しろくま獣人じゅうじんかと思ったくらいに白かったからである。


プレセントの時といい、まだくまキャラが好きなのかも知れないと、のこちゃんは人知れず新しい自分を発見していた。


白いひょう獣人じゅうじんは、草色くさいろたけの長い外套がいとうから飛び出した顔に、豹柄ひょうがらよりも濃い二つの青いひとみ爛々らんらんとしていてる。


この場にいるという事は、こんなに綺麗きれいな姿でも、傭兵ようへい家業かぎょうの戦士なのだ。


「イルねえ、ひさしぶりー…って言うか、住んでるとうで他の猫系、ほとんど見かけないのどーなってんの?!」


ふたりは知り合いだった模様もようで、イルねえと呼ばれた白いひょう獣人じゅうじんも、ベニアのグチにそれな~と笑っている。


確かに、言われてみればベニアとパニアと食堂しょくどうで働いている者くらいしかとうの中では見かけないなと、のこちゃんもうなずく。


襲撃者しゅうげきしゃとの戦いに参加していたじっさんはともかく、キットカッチェも、ここへ来た日以来いらい見ていない。


あれから、ちゃんと元気になったのだろうか。


「ああ、ティハラザンバー、こちらイルねえ…イルヴィシアさん。

パニアおばさんの後輩なんだよー!」


ベニアは、しろひょう獣人じゅうじんを、のこちゃんへ紹介しょうかいした。


のこちゃんは、ティハラザンバーをしっかりイルヴィシアに正対せいたいさせて、初めましてと頭を下げる。


「あんたがティハラザンバーだね~…うわさも耳にしてるけど、パニアあねさんから話は聞いてっから、何かあったらうちに言いなよ~。

さっきベニアが言ってた通り、あんまいないけどな~」


などと言いながら、イルヴィシアはケラケラと笑い、でかいねあんた~とティハラザンバーを肉球にくきゅうの手でぺしぺしたたく。


「ははは…」


完全におばちゃんだなと思っても口には出さない、世渡よわた巧者こうしゃなのこちゃんだった。



「まぁ、いきなり修羅場しゅらばのど真ん中へ参加させるって話じゃないんだから、かたちからいとけな~」


たまたま手の届くトコにいたらうちがメンド~見てやっからさ~と、イルヴィシアは、安請やすういの様な、そもそも手の届く所にいなさそうなテキトーな感じで軽口かるくちを続けていた。


そこには、のこちゃんとベニアを安心させようという気持ちが何となく見える。


ただ、その間、同じ育成組いくせいぐみであるアインとガラに対して一瞥いちべつもくれなかった事に、のこちゃんは少し気になったのだが。


『プレセントとやらが何か動き始めた様だぞ…のこ』


トレーナーにうながされ、のこちゃんは、くま獣人じゅうじんの姿を探す。


プレセントは、ここの金属製でフラットな鏡面きょうめん部分の近くで、まわりの者と話しをしていた。


「あ、そろそろ移動の準備が始まるみたいだね~」


イルヴィシアもそんな気配けはいさっしてか、現地げんちで会えたらラッキ~だね~と言い残して、自分が担当たんとうするグループの所へもどって行った。


「よく聞く"猫系らしい"って、ああいう自由さなのか…」


「イルねえは、いつもあんな感じだねー…」


間もなく、プレセントがこの場にいる者たちに傾聴けいちょう要求ようきゅうする声を上げる。


「これより全員、逐次ちくじ現場へ移動し、すみやかに配置はいちいてもらう!

状況じょうきょう開始のタイミングは、グループ分けの際に任命にんめいしたリーダー役へ伝えてあるので、それにしたがってくれ!」


作戦の参加者一同いちどうも、了解りょうかいの声でこたえる。


くばったアイテムは、いのちある限り絶対に無くすなよ!

現場への移動もそうだが、状況じょうきょう終了しゅうりょう回収かいしゅうができなくなるからな!」


そんなプレセントの念押ねんおしに、何を当たり前の事を言っているのだという、かる失笑しっしょうが参加者たちからこぼれた。


『今のは、こちらへ向けてであろうな…のこ』


「ああ、そうか」


プレセントは、育成組いくせいぐみの新人であるこの四人に、責任者せきにんしゃとしてくぎしたのだ。


「…ん、どういう事?」


認識票にんしきひょうを無くすと帰ってこれなくなる様な話は聞いていたものの、身分証みぶんしょうくらいに思っていたのこちゃんには、そこまで大事おおごとなのかなと疑問が浮かぶ。


ベニアの顔を見ても、のこちゃんが何を疑問に思ったのか分からない様子で、キョトンとした表情をしていた。


「それは、見ていれば分かりますよ」


それまで寡黙かもくだったアインが急に話しかけてきたと思えば、プレセントがいる方へ、ティハラザンバーの注意をうながす。


そちらへ視線をやれば、プレセントは、先ほどの装置そうちを取り出して何やら操作そうさしている。


そうしている内に、金属製の鏡面きょうめん部分が発光はっこうを始めた。


「あっ」


のこちゃんが思わず声をもらせば、間髪かんはつれずに鏡面きょうめん発光はっこうは強さをしてゆき、待機たいき部屋べやの中を煌々こうこうらす。


その光にまれる様に、グループで分けられた作戦の参加者たちが、次々つぎつぎと集団で姿を消していった。


ちらっとこちらに手をふるイルヴィシアが見えたのだが、まわりの者たちと一緒に、その姿はすぐ光と共に霧散むさんする。


移動と言っていたのは、この特殊とくしゅな手段であり、恐らくあのアイテムが関係しているのだろう。


納得なっとくはしたものの、消えるのがちょっと怖いのこちゃんである。


『これは、まずいかも知れないぞ…のこ』


トレーナーが何か言ったのと同時に、プレセントがこちらへ向けてさけぶ。


育成組いくせいぐみの四人は、オレたちと一緒いっしょだ!」


二つの呼びかけに注意が分散ぶんさんしてしまった次の瞬間、のこちゃんは、光が目の前の空間を大きくゆがめる様子を目撃した。


ゆがんだ光の空間は、ティハラザンバーをつつみ込む様におおかぶさる。


「ふぁーっ?!」


のこちゃんは、さらに、間抜まぬけな声をもらしてしまった。



気がつけば、足下そっかには、魔刃殿まじんでんの中心にそびえるくだんの青黒い巨大な半球はんきゅうがあった。


半球はんきゅうの表面にびっしりときざまれている幾何学模様きかがくもようちゅうに青白い光を浮き上がらせ、特定パターンの明滅めいめつをくり返している。


ティハラザンバーとして上空から本拠地ほんきょち全体をのぞんだ以来の位置取りなのだが、その時とちがい、自身で滞空たいくうしている感覚かんかくはない。


強いて言うならば、じっさんと決闘させられた時に見た、おおティハラをった白銀しろがねよろい聖女せいじょ伝説でんせつのVR映像的なである。


「ど、どうなったの?」


ふと見れば、まわりにはベニアにアインとガラの育成組いくせいぐみメンバーもいて、少し離れた位置にも、プレセントと数人の作戦参加者が見えた。


「ここから、本格的にびますよ」


アインの言葉に、トレーナーが反応した。


『これは、やはりわたりの術式か!?

ならば、ティハラザンバーには………』


「え?」


パチリとティハラザンバーの体毛に電光でんこうが走る。


のこちゃんがそれに気がついた時は、体毛を走る電光でんこうが恐ろしい速度でその数をやし、すでに全身へとひろがっていた。


「何これ…」


一瞬、放電球プラズマボールの様に周囲しゅうい電光でんこうをばらまいてから、ティハラザンバーの黄金の体毛そのものが発光はっこうを始めた。


その光量こうりょうは、鏡面きょうめんのそれと同様、またたに強くなってゆく。


「どうしたのティハラザンバー?!」


近くで異変いへんを見ていたベニアがおどろきの声を上げる。


「あっ、こんな、えっ…」


何が起きているのかなど、のこちゃんの方こそ分からない。


そして、どうする事もできない。


やがて、黄金色こがねいろの光が、のこちゃんの視界しかいいっぱいに広がっていった。



――――――――――――――――



のこちゃんが気がついた時、ティハラザンバーは、巨木きょぼくかこまれた森林しんりん地帯ちたいの地面にちょこんとすわっていた。


ひざかかええない体育たいいくずわりとでも言おうか。


両腕りょううでは、だらりと地面に放り出している。


お尻の下は、地表に出た根っこの部分がこんがらがって、ぼこぼこしていた。


ティハラザンバーから見ても巨木きょぼく林立りんりつしている光景なのだから、ここは、かなりのスケールで成された深い森林しんりんちがいない。


あれから、ヤカンが沸騰ふっとうする様な湯気ゆげと共に体毛の光がおさまってゆく途中経過とちゅうけいかを見た記憶があるので、気絶はしていないはずである。


だからといって、のこちゃんの気が動転どうてんしていない訳がなかった。


「あぁ………………」


えずは、呆然ぼうぜんとしているしかやる事がないので、そのまま空を見上げたりしていた。


木々きぎの隙間から、明るい光がもれている。


まだ、は高いらしい。


『大丈夫か?…のこ』


「…はあ、それなりにですが」


トレーナーの呼びかけには、呆然ぼうぜん範囲内はんいないであるものの、こたえるのこちゃんだった。


しかし、トラブルの衝撃しょうげきから、いまだ立ち直れていないのは明白めいはくである。



そんなり、こんな場所にも係わらず、ティハラザンバーに話しかける者がいた。


「…なあ、なあ…」


その声は、足下あしもとから聞こえる。


「…なあ、なあ…」


のこちゃんが声のするの方へ視線しせんをやると、そこには、人間の子供らしい小さな者だった。


「…なあ、あんた、ぶしんさまだろ?」


たけは、ティハラザンバーのひざまであるかどうかくらいである。


「こんなとこにいんだから、ぶしんさまなんだろ?」


身に着けているのは、素朴そぼく野良着のらぎと、その上から外套がいとうにしている、ぼろか何かだろう。


「たすけとくれよ、ぶしんさま!」


その、切実せつじつさをおびた小さな者の声に、のこちゃんの意識いしきは、みるみるうちに明瞭めいりょうさをもどしていった。

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