第二章:のこちゃんの怪人生、黎明編

01 のこちゃんの抵抗


剣持けんもちとらこと、のこちゃんは、ついこの前まで現代に生きる14歳のれっきとした中二女子であった。


地味ながらまじめに過ごしてきた自負じふもあるのだが、現在はどうなのかと言えば、アレなきがぎて、伝説になっている魔の神獣しんじゅう白銀しろがねよろい聖女せいじょをミックスした感じのなかなかインパクトのある見た目になっていた。


もちろん、人を見た目で判断はんだんしてはいけない。


例え"それ"が、のこちゃんの3倍くらい巨体きょたいで直立した虎によろいをお仕着しきせている様な、言ってしまえば怪人かいじんにしか見えなくても、そのたましいまでも怪人かいじんであるとは限らないからだ。


ちなみに、のこちゃんの本来の身長が155㎝くらいなので、単純な背の高さだけでも4m以上にはなっている。


加えて、虎と言えば虎なもののその顔は"動物の虎"そのままにあらず、かなり攻撃的な怪獣めいたフォルムであり、まわりの猫系獣人じゅうじんの様子からも恐ろしい面構つらがまえという認識にんしきらしい。


要は、怪人かいじん顔である。


その名をティハラザンバーという。


怪人かいじんぽい姿をさらに強調してしまいそうな名前であろうとも、のこちゃんがいきおいでそう名乗ってしまったので、それはもういたし方ない。


強靱きょうじんな身体と運動能力で地をちゅうい、そのたけに合った長大ちょうだい二振ふたふりの豪刀ごうとうあやつり、てには、巨大な怪物のれを衝撃波しょうげきは一撃いちげきほうむる。


あれは、怪人かいじんですか?


はい、それは怪人かいじんです。


そんな英語教科書の最初の方にっていそうな例文和訳れいぶんわやくに似た単純で強烈きょうれつ印象いんしょうをティハラザンバーがふりまいていようとも、その中身は、あくまでものこちゃんなのだ。


チャムケアの気高けだかたましいいだと自称じしょうする、正義感あふれる心の持ち主であり、およばずながらもまっすぐに生きようと心がける無力な市井しせいの少女にすぎない。



『チャムケア』とは、悪と戦う正義のヒーローをコンセプトに、どこにでもいそうな中学二年生くらいの少女を主人公にえた、人気の女児向けアニメシリーズだ。


フリフリでヒラヒラな衣裳いしょうのカワイイ超人に変身した少女が邪悪じゃあくな敵と主にフルコンタクトの格闘で戦うというギャップが受けて、近年の地上波テレビでは珍しく、シリーズ作品がかれこれ20年近くも日曜日の朝に放送され続けているご長寿ちょうじゅ番組である。


具体的ぐたいてきには、記念すべきシリーズ第1作目『チャムケア』のタイトルが"チャーミングとケア"からの造語ぞうごである通り、可愛かわいらしさとお手入れによるいやしを作品の柱としながらも、大地に、空に、海に、宇宙にと、大きな舞台を所せましとおのれの肉体を駆使くしした主人公たちと怪物のり広げる壮絶そうぜつバトルがシリーズの魅力みりょくなのだ。


登場人物たちの成長をえがくドラマ仕立てとも相俟あいまって、メイン視聴者しちょうしゃの女児はもちろん、こども向け番組にもかかわらず大人のファンからも広い年齢層ねんれいそう支持しじされていた。


かなり前に女児層から外れてしまったのこちゃんではあるものの、シリーズ作品を新旧しんきゅうぜて見ようと思えばいつまでも見ていられるし、語ろうと思えばいくらでも早口で語れるという重い方ヘビーなファンである。


いや、あったと言うべきだろうか。


何故なら現在は、もうめた録画や手をつくくしてそろえたディスクも関連書籍かんれんしょせきにさえも手の届かない場所にり、公式のチャムケアグッズ専門店である"チャムケア・チャーミングストア"へ二度とアイテムをあさりに出かけられなくなってしまったのだから。


そもそも、この状況じょうきょういたけがそのチャーミングストアへこっそり行こうとしたからなのだが、ファンである事を継続けいぞくするにしても、比喩ひゆではなく心の中で完結かんけつするしかないのだ。


それでも、のこちゃんは、チャムケアが好きな事をみずかてるつもりも無かった。


むしろ、これまでたましいきざんできたすべてのチャムケア要素ようそを生きちからへと変換へんかんして、あらゆる困難こんなんつつもりだ。


のこちゃんの中では、"どんなにつらい時でもチャムケアはいつも君とともにいる"的な周年記念しゅうねんきねんPVの様なイメージがつねまわっており、わばチャムケア・コネクションの体勢たいせいである。


そして、不幸中ふこうちゅうさいわいなのか、ティハラザンバーには、凶悪きょうあくな見た目を気にしなければ"それ"を可能とするスペックがあった。


ならば、答えはひとつ。


チャムケアは、絶対にくじけないのだ。



しかし、不本意ながら現状げんじょうでは、その見た目通りの活躍かつやくみとめられてと言うか、怪人かいじんムーブのかさねで心の底からさけけたいと願うかい人生じんせいへむしろられ気味なのこちゃんである。


ただ、たとえ本当にそうであったとしても、矜恃きょうじたる心の最終防衛線さいしゅうぼうえいせんでは、何があっても怪人かいじんライフちるまいと決意していた。


どうちがうのか、余人よじんにはよく分からない線引せんびきなものの、それだけがのこちゃんにできる現実への抵抗なのだろう。



――――――――――――――――



ティハラザンバーが、全力ぜんりょく衝撃波しょうげきはつばさの怪物たちを一掃いっそうしてから数日がぎていた。


その翌日からすぐに始まると思われた異次元いじげん踏破とうは傭兵団ようへいだん"魔刃殿まじんでん"での活動は、襲撃者しゅうげきしゃに対する事後調査じごちょうさやら何やらでびになり、つかのこちゃんを安堵あんどさせた。


タイミングが悪く、にわかに襲撃者しゅうげきしゃを手引きした工作員という、ティハラザンバーにかけられていた嫌疑けんぎもスッパリと晴れたらしい。


それに関しては、勝手に連れてこられた経緯けいいがあるので、いまだに納得なっとくのいかないのこちゃんなのだが、他に行き場の無い事もあって不承不承ふしょうぶしょう飲み込むしかなかった。



のこちゃんがティハラザンバーとして所属しょぞく余儀よぎなくされている魔刃殿まじんでんでは、次期じき主力候補しゅりょくこうほ育成いくせい計画けいかく通称つうしょう"育成組いくせいぐみ"と呼ばれる有望ゆうぼうな新人の技量ぎりょうを底上げするカリキュラムがおためしされていた。


じっさんこと猫系クラスターのあたまである白獅子しろじし御大将おんたいしょうにその実力じつりょくを買われて、のこちゃんは、いきなり育成組いくせいぐみへ参加する事になってしまったのだ。


そう言えば、くだん嫌疑けんぎの事を知ったじっさんがティハラザンバーの面倒めんどうを見ている自分の面子めんつつぶされたと、激怒げきどして何人か関係者の首が飛んだとのうわさをのこちゃんは聞いた。


比喩ひゆではなく本当に首が飛んでいる気がして、その事を考えると目がさえて、うわさを聞いた日の夜にまた睡眠すいみんそこねてしまった。


いかに姿が変わろうとも、根幹こんかん小心者しょうしんものである部分は、ビクともしないらしい。


ただ、同時にのこちゃんは、それで良いとも思っている。


いかにも悪の組織的な殺伐さつばつとした環境かんきょうれてしまえば、恐らく、怪人かいじんライフへ一直線にちがいないからだ。


小心者しょうしんものであればこそ、したたかに、注意深く行動しなければならない。


おとなしくなか謹慎きんしんていで猫系クラスターが使うとうの自室と食堂しょくどう往復おうふくし、衝撃波しょうげきは放出ほうしゅつしてしまったティハラザンバーのちからを回復させる日々ひびを送っていたのこちゃんは、いよいよ育成組いくせいぐみへ参加するようにとのしらせを受け取った。



正式に同期どうき育成組いくせいぐみ参加者全員への顔見せ、その初日しょにちむかえ、観念かんねんして集合場所へ向かうしかないのこちゃんの足取りはおもい。


やっと到着とうちゃくしたそこは、高い天井てんじょうと大きなかべだけの殺風景さっぷうけいな、だとよく見かける訓練くんれんスペースだった。


しかし、先日せんじつ"育成組いくせいぐみ"の指導しどうを受け持つ老矛ろうぼうに呼び出された所と、また別の場所である。


こういった訓練くんれんスペースは、あちらこちらに用意されている模様だ。


同期どうきかずは、すでに知りあっているジャガーの獣人じゅうじんベニアやおおかみ獣人じゅうじんのセイランをふくめても、十名ほどである。


それでもそこには、多種多様たしゅたよう獣人じゅうじんすでに集まっていて、みなが個性的な者たちばかりであった。


中でも、ふたり参加しているドラゴン系獣人じゅうじんは、うろこの色がそれぞれハッキリとしたピンクと青という印象的な組み合わせなので、ももと青とは王道おうどうだなぁなどと、のこちゃんのうわついた注意力ちゅういりょくそそがれてしまう。


青いうろこの方のドラゴン獣人じゅうじん興味深きょうみぶかげに視線を投げ返してきた気がしたので、のこちゃんはあわてて目をそららした。


ここにざって何をさせられるのか、不安ばかりが先に立つ。



「ええと、その………………ティハラザンバーです」


よろしくお願いしますと、のこちゃんは目の前にいる者たちへ、おのれの身体であるティハラザンバーの頭をぺこりと下げさせた。


そのちょっとした所作しょさだけで、まわりは表に出さない動揺どうよう気配けはいとでも言うのだろうか、場の雰囲気ふんいきをざわつかせる。


元になっている魔の神獣しんじゅうおおティハラが、全身を黄金の毛におおわれつつ漆黒しっこく縞模様しまもようが入るという派手はでな姿だったために、それをそのまま継承けいしょうしたティハラザンバーの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくには、注意喚起ちゅういかんきの意味で耳目じもくを集めやす傾向けいこうにあるらしい。


さながら、毒を持った生き物が、目立つ警戒色けいかいしょくを身にまとっているのとた様なものなのだろう。


さらにその上から、白銀しろがねよろい聖女せいじょよりいだ、かつて白銀しろがねよろいかぶとだった装甲そうこうが身体へ部分的にかぶさる造形ぞうけいになっているのだ。


一応いちおう、ベニアのおばさんである黒豹くろひょう獣人じゅうじんのパニアからもらった、革製かわせいでやや色落ちした濃紺のうこん上着うわぎとズボンを身に着けてはいた。


しかしいしみずごとくと言うべきか、ティハラザンバーが何かしら身体を動かすたびに、黄金の毛皮と白銀しろがね装甲そうこうからキラキラと反射はんしゃした光のつぶ周囲しゅういへと広がってゆく。


もはや、存在の派手はでさだけでは、おおティハラを超えているのかも知れない。


ちなみに、白銀しろがね装甲そうこうは完全に身体の一部と化していて脱着だっちゃくが不可能であり、のこちゃんのイメージする怪人かいじんぞうをより補完ほかんしていた。



『どうした?あれほど派手はで実力じつりょくしめしておいて、今さら、ものじするでもないであろう…のこ』


萎縮いしゅくした様なのこちゃんのあいさつに、トレーナーは、怪訝けげんそうな声をかけてきた。


トレーナーは、たましいのみの存在である。


生前は、魔の神獣しんじゅうおおティハラをち取り封印ふういんしたという、白銀しろがねよろい聖女せいじょと伝説に名高いせいザンバー=リナその人であった。


おおティハラが封印ふういんされていた漂流結界ひょうりゅうけっかい"おり"の中に肉体がほろんだ後もたましいり続け、結界けっかい内にあるおのれふくめたすべてのちからを使い、瀕死ひんしだったのこちゃんの命をティハラザンバーへつくりかえる事で救ったのだ。


その際、少しあまったちから貯蔵ちょぞうさせるタンクとして新たに特殊とくしゅ結界けっかいを作りティハラザンバーの身体へ付属ふぞくさせたのだが、せいザンバー=リナのたましいは消えずにその中でり続ける事となった。


以来、のこちゃんがティハラザンバーとしてこれから生きいてゆける様に、名も"トレーナー"とあらためて戦う方法などをサポートしていた。


ただし、このたましいり続ける現象げんしょう偶然ぐうぜん結果けっかにすぎず、近い将来しょうらいに消えてしまうだろうとトレーナー自身が予測よそくしている。


「…………こういうの苦手だった事、わすれてましたよ」


まわりにとどかない小さな声で、のこちゃんは、姿のないトレーナーへささやいた。


チャムケアシリーズでは、転校生であったり新入生であったりと、主人公が新天地しんてんちへ足をれる所から物語が始まるケースが散見さんけんされる。


そのシチュエーションを想定そうていして、不安や不本意といった精神的なあれやこれやをおだやかに乗り越えられる気がしていたのこちゃんなのだが、転校で思い出すのはやはり小学校での体験だった。


やくざ者であった父親がくなり、すでに母親もくしていたため、のこちゃんは母方の実家である佐橋さはしの家へ引き取られた。


その春に小学校へ上がったばかりだったのこちゃんは、夏を待たず転校する事になり、ガラリと生活環境せいかつかんきょうが変わってしまった。


見知らぬ町、見知らぬ人々ひとびと、見知らぬ子供たち。


それでも一からやり直すだけであれば何も問題は無かったのだが、転校して間もなく、のこちゃんのき父親がやくざ者だったと、どこからどういう訳で流れたのかうわさになってしまったのだ。


悪目立わるめだちではあったものの、何故かのこちゃん自身にも"粗暴そぼうでキレるとヤバイらしい"という設定せっていわり、さいわいながら手を出してくる者もいなかった。


のこちゃんは、クラスメイトたちに距離きょりを取られながら、その奇異きい好奇心こうきしんの光をおびた目にさらされ続ける事となり、新しい家族である祖父母ときょう姉さんにおさないながら心配をかけるまいと、無理矢理むりやりに何も気にしていないそぶりで小学生時代をごしたのである。


それ相応そうおう負担ふたん瑕疵かしが、のこちゃんの心へいられた。


現在でも、大きな影響えいきょうが残っているのは当然だろう。


ちなみに、きょう姉さんとは、母の妹に当たる叔母おば佐橋さはし京華きょうかの事を、のこちゃんが親愛を込めてそう呼んでいる。


理由は分からないものの、暗澹あんたんたる様子だったのこちゃんを、とにかく元気づけようと可愛がってくれたのがきょう姉さんなのだ。


その一環いっかんで、きょう姉さんの趣味である特撮ヒーロー作品コレクションぐんびる様に見せられたのだが、のこちゃんには素養そようがあったらしく特に拒絶きょぜつもしなかった結果、チャムケアシリーズとの運命的な邂逅かいこうたした。


それがおさないのこちゃんにとってどれほどの救済きゅうさいであったのか、これもまた、余人よじんにははかれない事だろう。


のこちゃんの人生と言っても過言ではないチャムケアと出会わせてくれた大恩人&師匠スピリチュアルメンターこそが、きょう姉さんなのである。


あの大転換だいてんかんがなければ、中学校へ上がってからの楽しい日常にちじょうは無かったかも知れないのだ。


「みんな、どうしてるだろう…………」


苦手意識にがていしきられ、いろいろと思い出したのこちゃんは、いま立たされている状況じょうきょう意気消沈いきしょうちんしてしまった。



「ずいぶんと、しおらしい自己紹介じこしょうかいだな、ティハラザンバーよ」


当然ながら、育成組いくせいぐみ面々めんめんへ引き合わせる指導者しどうしゃとして、ティハラザンバーの横には老矛ろうぼうが並んで立っていた。


老矛ろうぼうは、おおかみ獣人じゅうじんで、満月の様なひとみつやのあるうすい水色の毛並みがおおう顔にけんもなく、一見いっけんしておだやかそうである。


背筋のびた自然なたたずまいは、モノトーンのやわらかそうな生地きじを使ったたけの長い詰襟つめえりの服をゆったり着こなす姿とあわせ、武人ぶじんと言うよりもまいう者の様なみやびやかさがうかがえた。


しかし、育成組いくせいぐみ指導者しどうしゃである以前に、おおかみ獣人じゅうじんのクラスター破壊牙々はかいががひきいる長老格ちょうろうかくであり、魔刃殿まじんでんでは屈指くっし実力者じつりょくしゃなのだ。


老矛ろうぼうもトレーナーとた様な意見らしく、実力相応じつりょくそうおうのアピールをしないティハラザンバーにはやる気がないと見て、しょうのないやつだとばかりにのこちゃんの自己紹介じこしょうかいいだ。


「…みなも話には聞いていると思うが、ティハラザンバーは、その実力じつりょくもって正式に"育成組いくせいぐみ"へとむかえ入れられる事となった。

ここに集められた者ならば心得こころえているであろう通り、これよりさらなる切磋琢磨せっさたくまにてはげみ合い、おたがいのかてとせよ」


老矛ろうぼうの言葉を受けて、ティハラザンバーを見る育成組いくせいぐみ参加者全員の目が一斉いっせいにギラリと光る。


ここでは、小学校時代のクラスメイトの様に、距離きょりを取ってくれる者もいないだろう。


むしろ、率先そっせんしてからまれそうな熱が、その視線しせんぐんからは感じとれた。


『ふむ、こやつらの士気しきを上げるために、ていの良いあおり材料にされているな…のこ』


「うう、いやだなぁ」


それは、正真正銘しょうしんしょうめいのこちゃんの本心ほんしんからもれて落ちた切実せつじつなる弱音よわね本弱音ほんよわねである。


そもそも、魔刃殿まじんでんでの活動に対して、のこちゃんには積極的せっきょくてきにやる気が無い。


その意味でならば、老矛ろうぼうの見立ては、正しかった。


しかも、切磋琢磨せっさたくまとか、いかにも怪人かいじんライフで言われそうなスローガンであり、のこちゃんとしてはもってのほかなのだ。


努力どりょくをするにしても、決してそちらの方向ではない。


そんなのこちゃんの本弱音ほんよわねを耳ざとく聞きひろった老矛ろうぼうが、前を向いたまま両目をほそめる。


「ティハラザンバーよ、ぼーっとしておると、いくらちからを持っていようとも足下あしもとをすくわれるぞ?」


どうやら、ティハラザンバーが怠惰的たいだてきに気をいていると思われたらしい。


まさか本気でいやがっているとは、一撃でつばさの怪物たちをほふった勇猛ゆうもうな姿を間近まぢかで見たからこそ、想像の範疇はんちゅうを超えているのだろう。


さすがの老矛ろうぼうであろうとも、やはり、中身の中二女子がしょんぼりしている様子まで見切みきるのは不可能である。


「あっ、ハイ………」


それでも、そのさり気ない教育的指導きょういくてきしどうは、のこちゃんの意識いしきを現実に向けさせた。


白獅子しろじしのヤツといい、そういう所は、お前もしっかり猫系という事か」


そして、あきれた様な老矛ろうぼうの言葉に、どういう所が猫系なのか後でベニアにいてみようと思いつつ、のこちゃんは、気を取り直そうと少し反省はんせいする。


「しまったな…」


自分は心根こころねが弱いと知っているからこそ、チャムケアにちからを借りているし、したたかに、注意深くとみずいましめたはずなのだ。


いくらティハラザンバーの身体が強くても、心が負けていたら決して事態じたい好転こうてんしないだろうと、チャムケアでもしっかりまなんできた。


だとすれば、ここで気落ちしているのは、迂闊うかつでさえあったと言える。


『この状況じょうきょうにも、れてゆくしかないな…のこ』


「………そうですね………やるべきことは、ちゃんと、やっていかないと」


にはよく分からなかったのだが、ここの連中の前でもアレをやれば良いのではないか?

ワガハイはティハラザンバー!…であったか、せっかく練習していたのであろう?…のこ』


「二度とやるか!」


そんな事よりもと、のこちゃんは、これまでトレーナーと相談してきたティハラザンバーの身体と能力をちゃんと自分のものとしてあつかえる様にする訓練について、どこから手を付けるべきかを考え始めた。


「………やっぱり、せっかくある双剣そうけんが使えないとヤバイですよね」


『その意気いきや良し、なれどあせらずに、先ほども言ったがれる事から始めるのだ。

手始てはじめに双剣そうけんは、特殊とくしゅ結界けっかいへしまっておかず、つねに両手で持っているのが良いだろうよ…のこ』


「それだと、単にヤバイやつじゃないですか!」


見た目がすで凶悪きょうあくと言えるティハラザンバーが、普段より双剣そうけんを両手にブラブラさせていたら、おに金棒かなぼうどころのレベルではなくなる。


怪人かいじんライフへの道程みちのり容易たやすく、その入り口もつね身近みぢかであり、のこちゃんがいつでもころげ落ちて来ても良い様に大きく開かれているのだ。


なかなか油断ゆだんがならない。



トレーナーとの会話は、余人よじんからするとブツブツひとごとつぶやいている様にしか見えなった。


しかし、ティハラザンバーの目が炯々けいけいとした光をおびてきた事で、老矛ろうぼうはフッと満足そうに小さな息をく。


「やはり、お前に足りていないのは、単純に場数をむ事だろう。

ず、現場げんばへ出る事を最優先さいゆうせんすべきか…ベニアカーラ・ベニアよっ」


老矛ろうぼうから名指なざしされ、毛並みに赤味がかかっているジャガー獣人じゅうじんのベニアが、同期どうきの者たちの中より一歩前に進み出た。


「話は通しておく。

なるべく戦闘こみの依頼いらい案件あんけんを中心に実習じっしゅう設定せっていするから、同じクラスターのよしみで、しばらくはティハラザンバーにつき合ってやるが良い」


指導者しどうしゃめいに、黙礼もくれいするベニアの目は、少しにやけている様に見えた。


「……ん?何か今、不穏ふおんな事を言われた様な」


残念ながら、トレーナーと話していたのこちゃんは、老矛ろうぼうの話をよく聞いていなかった。


『ふむ、思った通りこやつは、相手を見極みきわめての教導きょうどうけている様だな。

訓練は、かなり過酷かこくになりそうだぞ?…のこ』


「え?………………」


確かに、迂闊うかつな、のこちゃんである。



――――――――――――――――



魔刃殿まじんでん本拠地ほんきょちとしているは、青黒い巨大な半球はんきゅうを中心に建物ぐんが取り巻いて、ちょっとした城下町じょうかまちの様に構成されている。


ただ、その建物というのが石と金属らしい建材けんざいを混ぜた様なつくりに加え、所々ところどころ平たい壁面へきめんのビルの様であったりねじれたとうの様であったりと、どう見ても異様いよう建築物けんちくぶつ数々かずかずであり、実際に住み始めたのこちゃんからしても町という感じがしない。


外側の境界きょうかいに当たる部分には、それらの建物が隙間すきま無くめられていて、しろとりで防護壁ぼうごへきさながらいびつに守りをかためていた。


そんな場所が、見渡みわたかぎ荒涼こうりょうとした大地に忽然こつぜんと、文字通りおか孤島ことうとして存在しているのだ。



魔刃殿まじんでんの名に異次元いじげん踏破とうは傭兵団ようへいだんかんされている通り、ここに所属しょぞくする者たちの主な活動内容は、やとわれ戦士の傭兵ようへい家業かぎょうである。


前半の異次元いじげん踏破とうはについては、のこちゃんにもよく分からない。


超強力ちょうきょうりょくとか効果抜群こうかばつぐんといった、商品のキャッチコピーみたいなものと予想はするものの、さほど気にもしていないのだが。


のこちゃんが老矛ろうぼう指示しじによってベニアと共におとずれたのは、魔刃殿まじんでんとしてった仕事の依頼いらい一括いっかつ管理かんりして、種族としての適性てきせい得意とくいな戦い方の力量りきりょうはかった上で受託じゅたく希望者へ差配さはいする、言ってみれば斡旋あっせん事務所じむしょの様な場所だった。


「こんな他から隔絶かくぜつされた場所で、仕事の依頼いらいって、どうやって受け付けるんだろう?」


それが、のこちゃんの率直そっちょくな感想である。


トレーナーは、それなりの集団が拠点きょてんとしているのなら、独自の補給手段ほきゅうしゅだんがあると見て良いと言っていた。


確かに、ティハラザンバーもそれなりの量を飲み食いして、ちからの回復には貢献こうけんしてもらっている。


やはり、同じ様な独自の通信手段つうしんしゅだんがあるのかも知れないと、のこちゃんはえず納得なっとくしておくしかない。


所在地しょざいち中央ちゅうおうりで、間近まじかそびえ立つ半球はんきゅうからも、その御影石みかげいしなのか重金属じゅうきんぞくなのかよく分からない材質感の表面にびっしりときざまれている幾何学模様きかがくもようがよりハッキリと見て取れる。


何度見ても悪の本拠地ほんきょちぜんとしていて、じっさんによればあの中にラスボスなんていないらしいのだが、のこちゃんはいまだに懐疑的かいぎてきだ。


建物たてものは、事務所じむしょの様なと言っても猫系クラスターやおおかみ系クラスターが住むとうより大きく立派であり、いかにも中枢ちゅうすう一端いったんになう部門といった感じが強い。


建物それ相応そうおうに、出入り口は大きな門の様で、ティハラザンバーの背丈せたけ余裕よゆうで受け入れられた。


恐らくは、ティハラザンバーも見上げた偉丈夫いじょうぶ尖角兵団せんかくへいだんの頭であるベルクの巨体でさえ問題の無い高さがあるのだろう。


中へ入ると、一階は受付うけつけ窓口まどぐちらしき大きなカウンターが設置せっちされていて、のこちゃんが小学生の時、住所変更などの手続きに祖父とおとづれた市役所を彷彿ほうふつとさせられる。


「………えっと、ドコへ行けば良いんだっけ?」


そう言えば、市役所の場合だとタブレット端末たんまつかかえた職員の人がフロアに立っていて、案内をしてくれたり順番のカードをくれたりした様な記憶がある。


のこちゃんは、た様な役職やくしょくの者がいないか、ティハラザンバーの優れた視覚しかく駆使くしし辺りを探してみた。


『あまり、初めて来た場所での威嚇いかく行動こうどうは、自分にとって良い結果につながらないと思うぞ…のこ』


どうやら、のこちゃんがニヤニヤすればティハラザンバーが牙をむく感じになるのと同じ様に、視覚しかくを集中させると目がわるらしい。


「そんなキョロキョロしなくても、育成組アタシたち専用せんよう受付うけつけがあるって聞いてるよ」


ベニアは、まわりを一度軽く見回すと、苦笑いでそれらしき窓口まどぐちへティハラザンバーをうながした。


「わたし、怖い顔してた?」


のこちゃんがそっとベニアへたずねれば、かわいた笑いのみが帰ってきた。


また一つ、注意しなければならない事が増えてしまったのこちゃんである。



育成組いくせいぐみ実習じっしゅう関連を受け持つカウンターは一般いっぱんの受付と少しはなれたはじの方にあって、いかにも現場からの叩き上げとおぼしき頭部が白い猛禽もうきん系の獣人じゅうじんの男性が、ドッシリとかまえていた。


ティハラザンバーより二回りほど小さな体は、それでもぶあつくて貫禄かんろくがある。


中年ちゅうねんにまだ遠そうで、壮年そうねんこなれた雰囲気ふんいきが見て取れるものの、うす翠色すいしょくひとみするどく光をはなっており、現役感が強い。


ただ、背にあるつばさは左側が失われているらしく、事務職じむしょくなのもその辺りが理由なのかも知れない。


「来たか、老矛ろうぼう様から連絡は受けているよ」


「あっ、よろしくお願いします、ティハラザンバーです」


「…ベニアカーラ・ベニア」


受付カウンターに到着とうちゃくしたティハラザンバーたちが挨拶あいさつをすると、その猛禽もうきん獣人じゅうじんは、数枚の書類を台の上に広げて提示ていじした。


「一応、指示しじに近いものを見繕みつくろっておいたが、お前たちは正式に仕事を受託じゅたくした者たちへついて行く形になるから、そいつらとの相性あいしょうふくめて好きなものを選んでくれ」


おっかなびっくり書類をのぞき込んだのこちゃんは、しかしそこに使われている文字がまったく読めずに、何が書いてあるか分からなかった。


「トレーナーさん、読めます?」


仕方なく、小さな声で助けを求めたのだが………


『ふむ、この文字はの時代では見た事がないな、すまない…のこ』


あえなく希望はたれてしまった。


「………………悪いけど、ベニアが読んでくれる?」


このままなぞの文字列をながめていてもらちがあかないので、のこちゃんは、ずかしながら書類をベニアの方へ回す。


就学しゅうがくしてそれなりの時間を過ごしてきた自尊心じそんしんが少しヒリヒリとしたものの、見た事も聞いた事もない文字文化が相手とあっては、もう仕方ない。


「あー、読み書きダメなのか、じゃあ、そういうのはまかせてよ!」


これから相棒あいぼうをやっていくんだからねと、何やらベニアは、張り切ってティハラザンバーの依頼いらいう。


「なるべく、わたしも読める様に勉強するから………………」


のこちゃんがすまなそうに言えば、一瞬キョトンとしてから、ベニアは再び苦笑いになった。


「こういうのは分業ぶんぎょうって事でも良いんだけど、ティハラザンバーのそういう素直な所も、良いよねー」


『ふむ、それに加えて、みずからの意志で前を向こうと努力する姿勢しせいは、常々つねづね良いと思っているぞ…のこ』


何故か突然ふたりからめられて顔が熱くなってしまったのこちゃんは、かくしに早く書類を読み上げてくれるよう、あわててベニアをうながした。


「えーとね………」


ベニアが読み上げたのは、大凡おおよそこういったものである。


重武装じゅうぶそう野盗やとう組織そしき包囲ほうい掃討そうとう殲滅せんめつ作戦】


聖騎士せいきし軍団ぐんだん聖方術せいほうじゅつ謹製きんせい戦闘巨人ゴーレム排除はいじょ作戦】


孤立こりつ籠城ろうじょう中の寡兵かへい集団救出きゅうしゅつとその敵対勢てきたいぜい壊滅かいめつ作戦】


越境えっきょう侵攻しんこう軍団ぐんだんへの奇襲きしゅう陽動ようどう作戦】


「………規模きぼの大きい集団戦が多い感じだよねー」


「………………………………………………」


『ふむ、ただめるだけでは達成たっせいがたい、一ひねりが必要そうな案件あんけんそろえたものだな…のこ』


「………………………っと、この前、パニアさんの言っていた育成組いくせいぐみ主旨しゅしって、変わったのかな?」


初心者しょしんしゃなら、初心者しょしんしゃらしくお使いとか警備けいびとか、低いハードル設定があってしかるべきとのこちゃんは心の底から思う。



掃討そうとう殲滅せんめつたぐいは、後片付あとかたづけに過ぎないので、経験けいけんが目的ならばあまりおすすめできませんね」


不意に後から声をかけられおどろいて振り返ると、そこには、のこちゃんがももと青の組み合わせが王道おうどうなどとうわついた関心を寄せてしまった、ドラゴン獣人じゅうじんのふたりが立っていた。


その時も感じた様に、青いうろこの方が興味深きょうみぶかげな気配なので、恐らく、話しかけたのもこちらなのだろう。


ベニアが目を丸くしているのが、のこちゃんの視界しかいに見切れている。


「えっと、あなたたちは、どうしてここに…」


そう言いかけたのこちゃんに、こちらの自己紹介じこしょうかいがまだでしたのでと、青いうろこのドラゴン獣人じゅうじんは、まっすぐな視線をティハラザンバーへとはなつ。


「私はアインスブラウ、アインとでもんでください。

こちらは、尖角兵団せんかくへいだん同期どうきのガラともうします」


ガラと紹介しょうかいされたピンクのうろこのドラゴン獣人じゅうじんが、どうもと少しうなずく。


アインは、ガラのために間を開けてから、話しを続けた。


「…育成組いくせいぐみでの活動にはなるべくご一緒いっしょさせていただく事になると思いますので、今後ともよろしくお願いしますね、ティハラザンバーさん」


アインらの突然の接触せっしょくに対していぶかしげなベニアのとなりで、丁寧ていねいなご挨拶あいさつにいやはやこちらこそよろしくお願いしますと、恐縮きょうしゅくしてぺこぺこ頭を下げる日本文化ムーブ丸出しなのこちゃんである。


「ん?なるべくご一緒いっしょ??」


アインが少し口を開いて、牙の列をのぞかせる。


どうやら笑ったらしい事は、のこちゃんにも理解できた。

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