閑章:"ひとつの青"と呼ばれた竜

閑章:"ひとつの青"と呼ばれた竜


ドラゴンと竜は、まったく別の存在である。


脅威きょういの意味でドラゴンが地上にらす生き物の頂点ちょうてんであるならば、竜は、元より神の領域りょういき顕在化けんざいかしたちから結晶けっしょうと言えた。


寒冷かんれい地帯にそびえる山脈の奥まったそこは、標高ひょうこうもずばけて高く、盛夏せいかであろうとも見渡みわたす限りの銀世界がつね途絶とだえた事がない。


間断かんだんなく低温が身体から熱をうばい、晴れていても陽光ようこうかがや雪面せつめんが視力をうばい、頻々ひんぴんれる吹雪ふぶきと陽がかたむけば極度きょくどの冷気で生存率せいぞんりつうばう。


そんな、人や他の生物が足をがた静寂せいじゃくの場に、その竜、"ひとつの青"はいると巷間こうかんうわさされた。


てついた死の世界で生きているとされる、大きくしなやかな肢体したいつややかな濃い青と白銀しろがねうろこおおう、その神秘的しんぴてきな姿に夢を見る者は少なくない。


確かに、民間伝承みんかんでんしょうでも、"ひとつの青"の名が寡聞かぶんながら寓話ぐうわ的に語られてはいる。


しかし、何者も立ち入りがた領域りょういきでの話を現実のうわさとして最初に語ったのが誰であるのか、それは一切いっさいの謎である。


それでも、夢は、人をき動かす。


他に類を見ない狩猟しゅりょうほまれをんがため数多あまたの名うて狩猟者ハンターたちや英雄願望えいゆうがんぼういだいた若き冒険者アドベンチャーたちが無謀むぼうにも挑戦を敢行かんこうして、ことごとくが帰らぬ者となった。


考えつくあらゆる対策たいさくたずさえて行こうとも、どれだけひいでた才者をつのろうとも、それらは死出しで道行みちゆきみ出す事に他ならない。


何故ならば、相手は竜だからである。


それにも係わらず、夢想むそうおのれの人生をけ、氷雪ひょうせつの中にてる者が後を絶たなかった。


そして皮肉にも、それら被害ひがいが大きくなるにつれてうわさ信憑性しんぴょうせいは高まってゆき、新たな被害ひがいを助長させた。


浪費ろうひとも言うべきあまりの人的被害じんてきひがい憂慮ゆうりょしたその地を治める為政者いせいしゃにより、禁止令が施行せこうされてから大がかりな所謂いわゆる"竜遠征えんせい"ができなくって、一時の熱狂ねっきょうはとりあえず下火になった。


ただ、抑制よくせいされただけでは、虎視眈々こしたんたんと機会をうかがう者のえる理由にならない。


いまも竜は、はかなき挑戦者たちのすえを見届けるべく、その青き姿を白銀の中にたたずませると言われている。

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