10 第一章・結び


無理矢理むりやりに大穴を穿うがたれた大気が轟音ごうおんの悲鳴を上げる。


その大穴をめるべく、大気はまわりの空気を巻き込んで強い気流を生みだし、瞬時しゅんじ暴風ぼうふうと化した。


はげしい戦いが各地に大きく拡大かくだいしてゆく様子を"戦嵐せんらんれる"などとファンタジックにたとえたりするが、本当に暴風ぼうふうによってがれてしまった場合は、おちおち地上で戦ってなどいられないだろう。


事実、ティハラザンバーが空をいたと錯覚さっかくさせるほどの極大きょくだい衝撃波しょうげきははなっている間、地上の戦闘はこおりついており、敵味方の区別無くそこにいたすべての者が灰塵かいじんへと消えてゆくつばさの怪物たちをあおぎ見ていた。


「何だありゃ?………ティハラザンバーのヤツか!うわ、えげつねぇーなぁ」


すさまじい剣をるって、この戦いの機先きせんせいしたじっさんこと白獅子しろじし御大将おんたいしょうだけは、そんな状況じょうきょうにあってゲラゲラ笑っている。


のちに、間近まぢかで成り行きのすべてを目撃していたジャガーの獣人じゅうじんベニアからのこちゃんが聞かされた話によれば、力任ちからまかせでティハラザンバーの両手の平を組み合わせたと同時に、20を下らないつばさの怪物たちが衝撃波しょうげきはの通る辺りの空中へ突然とつぜん集まったという。


それも、怪物たちの意志いしとは関係無く、まるで見えない大きな手でかき集められた様に不自然な体勢たいせいでの集結しゅうけつだったらしい。


もしかすると、手の平を組み合わせる事に強い抵抗ていこうしょうじていたのは、つばさの怪物たちへそんな影響えいきょうおよぼしていたからなのかも知れない。


それが本当ならば、単なる強い攻撃と言うよりも、ティハラザンバーの能力による一方的な蹂躙じゅうりんに近い。



――――――――――――――――



「おお、天晴あっぱれなものよ」


ドラゴン系クラスターの尖角兵団せんかくへいだんひきいる豪傑ごうけつベルクも、つい先ほど自身で見極みきわめた若者の迅速じんそくなる頭角とうかく顕現けんげんには、期待も相俟あいまって思わず賛称しょうさんの言葉をもらした。


特に戦闘中では、指示しじ鼓舞こぶといった必要な事以外をしゃべらないベルク本来の性格とあって、まわりの者をおどろかせる。


やがて暴風ぼうふうおさまり、それまで恐らくつばさの怪物をアテにしつつ何とかみとどまっていた襲撃者しゅうげきしゃの部隊は、動ける者の全員が一目散いちもくさんに戦闘を放棄ほうきして壊走かいそうを始めた。


さすがに一撃で全滅ぜんめつさせられるとは、想像していなかったにちがいない。


ティハラザンバーの見せたちからは、その心を折るに十分な脅威きょういだった訳である。


そのままほうっておいても広がる荒野こうや自滅じめつしそうなものの、異次元いじげん踏破とうは傭兵団ようへいだん"魔刃殿まじんでん"としての面子めんつがあるのか、尖角兵団せんかくへいだんは、ベルクみずからの指揮しき即時そくじ襲撃者しゅうげきしゃたちの追撃ついげきを開始した。


魔刃殿まじんでんに手を出したおろものがどうなるのか、その末路まつろと共にへ知らしめよ!」


全身をうろこに守られるドラゴン系の獣人じゅうじんは、きんでた筋力きんりょく耐久力たいきゅうりょくといった生来せいらいの身体能力が戦いにいても優位ゆういはたらき、戦闘せんとうれない者でも生き残りやす特性とくせいを持つ。


そして、それが続けば歴戦れきせん勇士ゆうしへとなんなく育ってゆき、最終的には、一騎当千いっきとうせん猛者もさへと完成する。


えるベルクの号令ごうれいで、尖角兵団せんかくへいだん猛者もされが一斉いっせいきばをむいた。


しかも、逃げる敵の背中へ向けての文字通り掃討戦そうとうせんとあって、敗者はいしゃの結末としては、抵抗できない所を一方的にひねりつぶされてゆく最悪のたぐいである。


最初に手を出してきた自業自得じごうじとくではあるにせよ、悲惨ひさんと言うほかない。


尖角兵団せんかくへいだんでは、各々おのおのに自前の強固なうろこがあるためよろいるいする装備が必要ないのか、軍服的な布の服をおそろいであつらえている。


入団の時期によって色が変わるらしく、現在の新人たちは白を基調きちょうとしていた。


ほぼかえちの危険がない追撃ついげきとあり、白い兵団服へいだんふくを身にまとう者らは、張り切ってポイントをかせいでいる姿が目立つ。


新人でもドラゴン系クラスターの面目躍如めんもくやくじょと言うべきか、襲撃者しゅうげきしゃたちは金属の甲冑かっちゅうで全身をかためているにも係わらず、その装甲そうこうごと身体をかち割られたりつぶされたりとみるみるその数をらしていった。


常軌じょうきいっしたティハラザンバーの衝撃波しょうげきはくらぶべくもないものの、蹂躙じゅうりんという意味では、こちらがまだ現実的な様相ようそうなのだろう。



そんな中で、白い兵団服へいだんふくにも係わらず、率先そっせんして掃討戦そうとうせんくわわらない者がいた。


一応、標的ひょうてきの方から近づいて来れば、手にしたやり片付かたづけるもののそれ以上の動きはない。


つややかな濃い青と白銀しろがねうろこがツートーンでしなやかな肢体したいおおう、それは、若い女性のドラゴン系獣人じゅうじんである。


うろこと同様の青い角は、頭部の両側面そくめんより二本ずつ後方へけい四本が優美ゆうびに、それでいて遠慮えんりょの無い感じにびている。


顔はドラゴンのそれなものの、凹凸おうとつの少ないつるりと鋭利えいり刃物はものの様であり、青黒いまっすぐな長いかみをたてがみのごとくたなびかせる。


深いみずうみの水面を彷彿ほうふつとさせる濃い水色のひとみは、逃げまどう襲撃者しゅうげきしゃの背にとらわれる事なく、側防塔そくぼうとうの屋上にポカンとつっ立っているティハラザンバーへ向けられていた。


「あれは、神獣しんじゅうおおティハラの衝撃波しょうげきは……………………

ティハラザンバーとは、つまり………そういう事でしたか」


今日、尖角兵団せんかくへいだん遠征えんせいより帰還きかんしてからの話なのだが、ぽっと出の新人が白獅子しろじし御大将おんたいしょうわたったといううわさは耳にしていた。


そもそも、不真面目ふまじめさでつぶぞろいと名高い猫系クラスターであり、白銀しろがねよろい聖女せいじょ伝説でんせつにあやかったとおぼしき安直あんちょくな名前のティハラザンバーを、最初は取るに足らない手合てあいであろうとあなどってもいた。


しかし、たった今、それは早計そうけいだったと思い知らされたのである。


「アインさん、ごらんになりまして?

今のは、いったい何ですの………すさまじいなんてくらいじゃ言い表せないちからでしたわ??」


アインスブラウ、"アイン"と呼ばれたそれが、青の印象的なドラゴン獣人じゅうじんの名である。


「ガラ、あれが今期の育成組いくせいぐみへ入ったという、ティハラザンバーらしいですね」


「…ああ、うわさは、わたくしも聞いていますわ」


アインと同じく白い兵団服へいだんふくのガラもまた、尖角兵団せんかくへいだんに連なる、若い女性のドラゴン系獣人じゅうじんである。


この掃討戦そうとうせんにあまり乗り気ではないのも、アインと同様らしかった。


見た目は、メタリックなショッキングピンクとうす桃色ももいろで構成されたうろこと、頭部から太く豪快ごうかいに左右へそそり立つ二本の角という派手はでさに加え、長い金色のクセっ毛がゴージャスにまとめられている。


顔は、本人いわく"シュッとしている"らしいドラゴンのそれであり、ルベライトの様な濃い紅色べにいろの大きなひとみ圧倒的あっとうてきだ。


ちなみに、ルベライトとは宝石のピンクトルマリンの事でありチャムケアシリーズにもアイテムとして登場するので、のこちゃんがガラを知れば思う所もあるのかも知れない。


「いくら打診だしんされても興味きょうみはありませんでしたが…ガラ、わたしは、育成組いくせいぐみへ参加する事にしました」


アインの急な宣言せんげんに、ガラは少し目を丸くする。


「あら、どういう…いえ、アインさんが参加するのなら、わたくしもしない訳にはゆきませんわね」


背丈せたけもさほど変わらないアインの視線の先をガラが見やれば、当のティハラザンバーは、あわてた様子でちょうど屋上の奥へ下がる所だった。



――――――――――――――――



『まさしく、かつておおティハラが自在じざいあやつっていた衝撃波しょうげきはそのものだったぞ…のこ』


などとトレーナーがお気楽な高評価をのたまっていた頃には、襲撃者しゅうげきしゃたちから戦う意志が失われて総崩そうくずれになっており、魔刃殿まじんでんぜい掃討戦そうとうせんへと状況じょうきょう推移すいいさせていた。


「………………!?」


ハッとわれに返ったあとあわてて後へ引っこんだものの、のこちゃんはこころ此処ここあらずな状態で、ティハラザンバーの足取りも明らかにふらついている。


ティハラザンバーが見せた超常現象ちょうじょうげんしょう的なちからには、おおかみ獣人じゅうじんのセイランとジャガーの獣人じゅうじんベニアも想定範囲そうていはんいを超えていたと見えて、さすがにおどろきをかくせない様子だ。


もっとも、のこちゃん自身ビックリを超越ちょうえつしてしまって、精神状態せいしんじょうたい呆然ぼうぜんから自失じしついた過程かていで言えば、現在は丁度ちょうどまん中くらいな感じである。


押しちゃいけないボタンをうっかり押して、取り返しのつかない事態じたいをその手でまねいてしまったものの、どう考えても挽回ばんかいはできない上に、これから自分が何をすれば最善さいぜんなのかまったく見当がつかない焦燥感しょうそうかんが近いだろうか。


もうぶんない、ティハラザンバー。

この結果の前に、疑念ぎねんをはさんでくる者はおるまい、よくやった」


「………はぁ」


おおかみ獣人じゅうじんクラスターの長であり"育成組いくせいぐみ"の指導しどうを受け持つ老矛ろうぼうは、上機嫌じょうきげんでティハラザンバーをめた後、ほうけたティハラザンバーの生返事なまへんじとがめることもなく、今日の所はこれまでと解散かいさんむねをその場のみなに伝えた。


のこちゃんはベニアと共に、セイランも老矛ろうぼうしたがって、各々おのおの帰路きろへとつく。


その道すがら、ベニアは、ティハラザンバーの様子を気遣きづかってなのか、何か思案しあんげな様子でだまったままである。


猫系クラスターが住むとうもどると、軽い挨拶あいさつだけして、二人は素気すげなく別れた。



自分の部屋へ到着とうちゃくしたのこちゃんは、ドアを閉めると、そのまま寝台ベッドへティハラザンバーの身体をえいやぁと投げ出す。


黒豹くろひょう獣人じゅうじんのパニアから昨日あてがわれたばかりの部屋とは言え、一人になれれば、やはりホッとするものなのだ。


ゴロンと仰向あおむけけに体勢たいせいを変えると、深いため息をきながら、その顔を両手でおおう。


「手がふるえてる…」


のこちゃんは、ティハラザンバーの両手を見ながらポツリとつぶやいた。


あんずるな、初陣ういじんでは誰しもそんなものだ。

この先、無事にびるためには、れるしかない…のこ』


トレーナーの説明では、戦争に兵器として利用すれば敵を躊躇ちゅうちょ無くほふり、野生だと誰彼だれかれかまわずおそいかかって殺戮さつりくする性質たちの悪い怪物との事であった。


そしてあの場合、おそわれる前に対処たいしょできたのは、色々いろいろな意味で正しかったとのこちゃんも思っている。


しかし、である。


「あんな簡単に、消しちゃったのか………………わたしが」


おのれの意志を持って現実に生きていたれごと跡形あとかたもなく抹殺まっさつしてしまえるそのちからは、正直な所、のこちゃんにしてみれば単純に恐ろしかったのだ。


傭兵ようへいなどという立場にあれば、いずれこのちからで人を状況じょうきょうは、どうしてもない事だろう。


たとえそれが自分をたおそうと向かってくる敵で、この身を守るためにやむをなかったとしても、結局はそれをくり返してしまう自分を想像しただけで恐ろしい。


『ふむ、ちからは、強かろうが弱かろうが、ちからである事に変わりはない。

強いちからおくすれば飲み込まれ、弱いちからさげすめば、本来できたはずの事もままならなくなる。

それが必要なちからならば、相応そうおうに使いこなすだけなのだ…のこ』


はげましとも説得せっとくとも取れるトレーナーの言葉に、初代チャムケアが初めて意志のある敵幹部怪人かんぶかいじんほうむってショックを受けていた時、変身アイテムをねたパートナー妖精のヨイフルは「あいつは発生した混沌こんとんのエネルギーにかえっただけヨル」と、明るい口調くちょうで気にするなと主人公を言いくるめていたなぁとか思い出す相変あいかわらずなのこちゃんである。


言われてみれば、敵の殲滅せんめつは、チャムケアも通った道なのだ。


言われていないが。


それはそれとして、現実では、間違まちがいなくむずかしい事だろう。


ただ、思えばチャムケアの歴史は、市井しせいらす凡庸ぼんような少女たちが、偶然ぐうぜんたその身にあまちからを自分の意志で正義のために生かしてゆく記録だったはず。


そう考えると、いまの自分ができる事、やるべき事に一条ひとすじ光明こうみょう見出みいだせる気がした。


「使いこなす………か」


それが何であれ、恐ろしいと感じるのは、おのれがそれを知らないからという話をのこちゃんも聞いた事がある。


知らないなら知れば良い。


知ってもなおそれが恐ろしいのならば、そしてそれが必要なものならば、その時は、恐ろしさをまえた上で正面から向き合うしかない。


ないのであれば、その時その時で最善さいぜんくすしかないのだ。


その上で、なるべく穏便おんびん解決方法かいけつほうほうさぐってゆく。


現代日本の中二女子キャパシティーに準拠じゅんきょしたそのていどが、現時点では、のこちゃんのリアルな限界げんかいだろう。


のこちゃんは、もう一度深いため息をくと、両手の平でティハラザンバーの顔をばしんとたたいた。


「ここでやらなきゃ、乙女おとめ名折なおれだよ!」


それから『スカウトチャムケア♯』に登場する主人公ケアメルティの決めゼリフで自分に気合いを入れ、果断かだんなる気概きがいもって、ティハラザンバーの身体を寝台ベッドからいきおいよく立ち上がらせる。


この、ティハラザンバーという身にあまちから制御せいぎょには、のこちゃん自身が強くなるしかない。


そして、そのためには訓練が必要であり、始めるなら少しでも早い方が良いに決まっている。


このままなしくずしで本当にかい人生じんせいを歩んでしまっては、チャムケアの気高けだかたましいぐ、のこちゃんの本懐ほんかいではない。


チャムケアは絶対にくじけないのだ。



『ふむ、がいなくなっても、今の力を上手うまく使いこなして、しぶとくびるのだぞ…のこ』


あれ?とのこちゃんは、この流れに既視感きしかんおぼえた。


昨晩さくばんも、のこちゃんが気合いを入れた所で、トレーナーはいずれ自分が消えてしまう運命にあると告白してきたのだ。


「な、何か………良くない感じですか、トレーナーさん?」


どこか不穏ふおんさを感じるトレーナーの物言いに、のこちゃんは、恐る恐るおうかがいを立てる。


『良くないと言うほどの事ではないのだが…のこ』


よくよく話をいてみれば、先ほどの全力ぜんりょくはなった衝撃波しょうげきはで、押し入れにあった余剰よじょうエネルギーが半分ほど失われたとの事であった。


「いやいやいやいや、だからダメじゃないですか!!」


『しかし、安心して良い。

特殊とくしゅ結界けっかいの大きさがかなりちぢんでしまったのだが、双剣そうけんが飛び出さぬ様に形状けいじょう調整ちょうせい上手うまくできた。

どうやら、には、その辺りの管理かんりも可能らしい…のこ』


これからこまかな調整ちょうせいまかせよとトレーナーにどや声で言われた所で、安心材料にはまったくならない。


こんな事でうっかりトレーナーが消える事態じたいになれば、恐れていた通り、早々そうそうにのこちゃんがひとりでティハラザンバーをやる羽目はめになってしまう。


「訓練の前に、ず、こっちを何とかしないと!」


あわてて、のこちゃんは、部屋を飛び出した。



――――――――――――――――



ストレートブーツが、石材せきざいゆかにコツコツと足音をひびかせる。


猫系クラスターが使うとう廊下ろうかを、ベニアは、黙々もくもくと自分の部屋に向かって歩いていた。


しずけさが支配しはいする、直近ちょっきん荒野こうやにて現在も続いているであろう殺戮さつりく喧噪けんそうとは、まるで無縁むえんの世界の様だった。


もうれてしまったのか、建物のかべゆかが素材むき出しの無骨ぶこつな造りでも、特にこれといって思う所は無さそうである。


「………………(本当に、猫系ここって、他人ひと気配けはいしないよねー)」


のこちゃんのみならず、育成組いくせいぐみへ参加している者は全員が新人であり、ベニアもまた魔刃殿まじんでん在籍ざいせきして日があさい方であった。


育成組いくせいぐみの参加者は、それぞれのクラスターがこれぞと見こんだ将来有望しょうらいゆうぼうな若者であり、わば幹部かんぶ戦士の候補こうほたちなのだ。


しのぎをけずるライバルしかまわりにいない環境かんきょうとあり、親類であるパニアのコネクションだけではどうにもならない、そんな実力を問われる集まりに名をつらねている時点で、ベニアも並みの器量きりょうのはずもない。


実際の所、ティハラザンバーと分かれる前の思案しあんげな様子は、これからのおのれの身のり方を模索もさくしての姿である。



ティハラザンバーとは、昨日紹介しょうかいされて、今日ほんの一時ひととき行動を共にしたにぎない。


ベニアにしてみれば、すべてはこれから次第しだいとしか言えない間柄あいだがらだった。


同じクラスターから育成組いくせいぐみへ参加するならば、仲の良い方がおたがいに有利ゆうりな事は間違まちがいない。


最初にベニアから相棒あいぼうポジションを希望したのは、そんな打算ださんがあったからこその、本心である。


どんな育ち方をしたのか、ティハラザンバーの怖い姿に似合にあわない素直な性格には、不思議ふしぎに思いつつも好感こうかんが持てた。


その辺りは、中二女子を素体そたいとして最近でっち上げられた存在だと、ベニアどころか魔刃殿まじんでんの全員がよしもない事なので戸惑とまどうのも仕方がないのだが。


見た目とちがって意外とつきあいづらくもなさそうで、セイランとの模擬戦もぎせんで見せたその実力も及第きゅうだいを超えてきたとなれば、ティハラザンバーと組む事にはこれといった問題もないはずであった。


「………………(あんなのを見せられたらねー)」


よもや、訓練くんれんスペースで少し見せたあのちからがあそこまでのすさまじさだったとは、誰が予測よそくできただろうか。


ベニアが目撃もくげきしたその真なる恐ろしさは、もちろん破壊力はかいりょくもさる事ながら、すべてのつばさの怪物を衝撃波しょうげきは射線しゃせんじょうへ引き寄せて、そのまま空中に固定こていしてしまった事である。


あれでは、ねらわれたら最後、のがれられるものものがれられない絶対的ぜったいてき破滅はめつ強要きょうようだろう。


まさしく、ベニアは、想像をするという経験をさせられた。


「………………(アレを見て、興味きょうみを持ったヤツは多いだろうねー)」


ただ、ティハラザンバーは、明らかに諸刃もろはつるぎであるのだが、それと同時に強力なカードにはちがいない。


要は、あつかい方によって、どうにでもなりるのだ。


「………………(パニアおばさんも、その辺をり込んで、めいのアタシを紹介しょうかいしたんだろうねー)」


昨日、パニアの事をティハラザンバーは、それと分かる憧憬しょうけいの念をもって女幹部かんぶ賞賛しょうさんしていた。


確かに、傭兵団ようへいだんなどという戦闘を生業なりわいとする組織にあり、女の身ながら一つのクラスターを仕切っているという事実は、運をふくめた実力しかものを言わぬ世界にあって生半可なまはんか台頭たいとうではないだろう。


おさない頃からパニアの武勇伝ぶゆうでんをよく聞かされていたベニアとしては、ティハラザンバーがあこがれる気持ちもよく分かる。


まぁ、チャムケア基準きじゅんあこがれなので誤解ごかいはなはだしいのだが、それはさておき。


どうせならば、自分も魔刃殿まじんでん中核ちゅうかくへとがり、あこがれのパニアと肩を並べるくらいになりたい気概きがいがベニアにはあるのだ。


そのためには、際立きわだったちからが必要になってくる。


さいわい、ティハラザンバーとベニアの価値観には、通底つうていするものがあると感じられた。


ならば、この幸運なめぐり合わせに乗っからない手はない。


環境かんきょう戸惑とまどう様子のティハラザンバーには、何かにつけ世話を焼く感じで仲良くなっていき、同じクラスターの相棒あいぼうとして定着さえしてしまえば良いのだ。


ベニアは、これから育成組いくせいぐみでティハラザンバーと共に、上手うまくやるつもりであった。


ベニアが思案しあんしていたおのれの身のり方とは、うまくそのちからを最大限に有効活用ゆうこうかつようさせてもらう、その方法である。



――――――――――――――――



「………………(それにしても、白獅子しろじし御大将おんたいしょうやパニアおばさんが期待をかけるだけあって、あいつ使えるよね…)」


「ベニア!ご飯を食べられる所ってドコ!?」


のこちゃんはトレーナーが消えない様にするため、しっかりご飯を食べたり、ちゃんと睡眠すいみんして意識的にエネルギーの回復をはかからなければならないと、食堂しょくどうに当たる場所を探してとうの中を走り回っていたのだ。


そんな最中さなか、たまたま姿を見つけた、しかも色々いろいろと親切に教えてくれたベニアに食堂しょくどう所在しょざいただすのは、自然な事である。


突然のティハラザンバー出現に、仰天ぎょうてんしたベニアがその場で1メートルくらい飛び上がったのは言うまでもない。



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵



くだんの爆発事件から数日が経過けいかした午後、7月の終盤しゅうばんにも係わらず、すでに真夏まなつと言わんばかりの強い陽射ひざしが街を容赦ようしゃなく焼く。


日によってゲリラ豪雨ごううなどと呼ばれる雨天うてんも少なくないのだが、現在は、雲ひとつ無いくすんだ青空が広がっている。



そこは、都内をいずれかへ向かって走行している、高級リムジンのリアシートであった。


広い車内は、質の良い革張かわばりの内装ないそうあわせ、シートもゆったりとした相応そうおうなソファーであり、スーツ姿の成人男性が複数人乗車していても窮屈きゅうくつさの欠片かけらもない。


空調エアコンの効いた紫外線しがいせんと熱をカットするサイドウィンドウから光がやわらかくらすその快適かいてきな空間は、ひととき酷暑こくしょを忘れさせ、さながら移動する応接室おうせつしつといった所である。


その中に、私立スタープレーン学園初等部の夏期かき制服を着用した低学年とおぼしき少女が、大人たちにざってちょこんと座っていた。


両方のひざに大きめの絆創膏ばんそうこうられていて痛々いたいたしさがあるものの、肩までのびたクセのあるストロベリーブロンドの髪が窓から差し込む陽光ようこう反射はんしゃして、その身にまと雰囲気ふんいきはキラキラとはなやいでいる。


抜ける様な白い肌と強い意志を宿す大きなあおが印象的なその少女は、男性の一人から一冊いっさつの手帳を小さな手で受け取ると、真剣しんけんなまなざしで見入り始めた。


「それが、現場で発見された生徒手帳です。

身分証みぶんしょう証明写真しょうめいしゃしんうつる女子生徒は、お嬢様じょうさまおっしゃっていた方で間違まちがいありませんか?」


剣持けんもちとら…これがあのひとの………………はい、間違まちがいありません、この方でした」


それは、爆発事件の現場にて警察が押収おうしゅうしていた、表面がげてしまったのこちゃんの生徒手帳である。


「確かに、重症者じゅうしょうしゃ死亡者しぼうしゃの中に、この方…剣持けんもちとらさんはおられなかったのですね?」


「はい、当日作られた生存者せいぞんしゃ名簿めいぼせて、何度も確認したむねの報告を受けています」


「そう………………やはり、あの時、消えてしまったのかも知れませんね」


少女は、顔を上げ、手帳をわたしてきたスーツの男性へとなおる。


は、こちらでおあずかりしても?」


「ええ、その方はあの場に存在していませんでした。

ならば、押収おうしゅうされるはずもない物でしょう。

そちらのお役に立てるのなら、どうぞおおさめ下さい、お嬢様じょうさま


「ありがとうございます」


少女は、無垢むくの白いハンカチを取り出すと、のこちゃんの生徒手帳を大事そうにくるみ、手元のポーチへしまった。


そして、その場の全員へ視線を一巡いちじゅんさせた後おもむろに、しかし、表情をかたくして話し始める。


此度こたびのあの爆発は、恐らくわたくし個人こじんねらった敵の仕業しわざんでおります。

皆様みなさまには、対策たいさくや後始末でこれからも斯様かようなご迷惑をおかけするかも知れませんので、ずおびを…」


少女はぺこりと頭を下げる。


しかし、警察の関係者らしいその男性は、あわててそれを止めさせた。


「いけません、お嬢様じょうさま

敵が奸計かんけいをめぐらせ凶行きょうこうおよぶのは、お嬢様じょうさまわれらのかなめと理解しての事です。

ならば、われらは全力ぜんりょくでお助けこそすれ、迷惑をかけるなどと気負われるそのお気遣きづかいこそが心外しんがいとお心得こころえ下さい」


他の男性たちも追随ついずいする。


「お嬢様じょうさま御神託ごしんたくなければ、我々われわれは敵の存在にも気づけず、そなえる事もできなかったのですよ」


「それだけお嬢様じょうさまは、敵の脅威きょういなのです。

どうか、気概きがいもって、我々われわれにおまかせ下さい」


まわりの男性たちから次々つぎつぎと続くはげましの様な忠言ちゅうげんに、少女はこまった様に笑うと、もう一度ぺこりと頭を下げた。


「わかりました。

これからも皆様みなさまちからをおし下さい」


しっかりとした物言いの中に垣間見かいまみえる年齢ねんれい相応そうおう屈託くったくの無さが、スーツの男性たちにはまぶしかったらしい。


やや緊張感きんちょうかんが支配していたリアシートスペースの空気が、つかの間、ゆったりとしたやさしい空気につつまれる。


「しかしながら、この身に御神託ごしんたくたとは言え、相手はこれまでわたくしたちの文化にあられた事のない異界いかいの神です。

人の世界に侵入しんにゅうしていた敵に警鐘けいしょうを鳴らしていただけたその事自体は、本当にその敵の存在を確認できた時点で有難ありがたかったのですが、それでもいまだ全面的に信用して良いものか分かりません………」


少女の言葉に、再び緊張感きんちょうかんがその場にもどされる。


「ともあれ、わたくしたちの計画は順調じゅんちょうに実現しつつあります。

どうか皆様みなさまも、このおよんでは、ご油断ゆだんされませぬ様にお願いいたします」


りんとした少女の下知げじを受け、スーツの男性たちは、一斉いっせいつつんで承諾しょうだくする意の姿勢しせいを取った。



それにしてもと、少女は、自分を救ってくれた剣持けんもちとらが、この神託しんたくから始まった一連の状況じょうきょうに巻き込まれたのではないか?とうたがう気持ちを押さえられないでいた。


あの瞬間、少女の身を案じて笑ってくれた、あの人を犠牲ぎせいにしてしまったのではないかという恐れである。


間違まちがいなく、剣持けんもちとら自身にとっても、あれは災禍さいか見舞みまわれた恐ろしい瞬間だったはずである。


最初、少女には、彼女が何故なぜ笑っていたのか分からなかった。


しかし、どう思い出してみても、どう考えても、その手で爆炎ばくえんから救った自分の無事を知って安堵あんどしていた様に感じるのだ。


少女は、現実でそんな人を見た事がなかった。


おのれが最悪の状況じょうきょうの中で、たまたま目の前にいただけの他人を助け気遣きづかえる、そんなやさしい人を。


平時へいじいて、口では何とでも言えるだろうし、かくあるべきと日頃ひごろから努力どりょくしている人もいるだろう。


では、その瞬間がおとずれた時、実際に行動できるだろうか。


かく言う少女にも、そんな自信は無かった。


だからこそ、少女のあおひとみは、あの人の最後に見た笑顔を忘れる事ができない。


もしも人のやさしさが強さならば、少女は、あの笑顔にこたえられるだけの強さを自分も持たなければならないと心に決めた。


現在、謎の敵に対する不退転ふたいてんの決意をうながしているのは、あの時の情景じょうけいが大きくめている。


そして、それは今後も変わらないであろうと確信できた。


しかし、だ。


もしこの事態じたいに神を名乗る超越者ちょうえつしゃ介在かいざいしているのならば、あの様な人は、まっさきに救われるのではないかと強く思うのだ。


これまで遺体いたいが発見されていないのならば、もしかすると、あの人は何処どこかで救われているのかも知れない。


しかし、その確証かくしょうは、何も無いのである。


最悪、神託しんたくすらこちらを利用するだけの目的であり、かの存在も敵の敵にすぎない可能性すらありると少女は考慮こうりょしていた。


異界いかいの神リナリーシア…できる事ならば信じたいものですが」


その少女の小さなつぶきが、まわりの大人たちへ届く事はなかった。

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