09 のこちゃんと異次元踏破傭兵団"魔刃殿"


のこちゃんがその目で見てきたかぎり、異次元いじげん踏破とうは傭兵団ようへいだん"魔刃殿まじんでん"の所在しょざいは、広大こうだい荒涼こうりょうとした不毛ふもうの大地に隔絶かくぜつされていた。


はからずもチャムケアの大ジャンプの様に高く飛び上がって全方位ぜんほういを見渡したところ、彼方かなたかすんでいる山まで、ほぼ緑や水辺みずべが無いというガチの荒野こうやであったのだ。


さまたげる物は何も無く、かわいた風のけてゆく空だけがてしなく広い、ただそれだけの荒れ地が延々えんえんと続いている。


魔刃殿まじんでん施設しせつは、中心にそびえている巨大な半球はんきゅうのオブジェ?をかくとした建物ぐんによって町の規模きぼくらいあるのだが、文字通りおか孤島ことうだった。



そんな場所への襲撃しゅうげきを考えると、少人数では辿たどり着くまで消耗しょうもうはげしい上に、進入口しんにゅうこうが限られている事もあって侵入しんにゅう自体もむずかしい。


例え入りこめた所で、前もってよほどの下調したしらべをしておかなければ、施設しせつ何処どこをどうするべきなのか途方とほうれる未来しかないだろう。


逆に軍隊などでかこむ場合は、まわりに布陣ふじんするスペースが十分あるとは言え、八方がかくれる場所さえ無い丸見え状態なのである。


そもそも、大勢おおぜいでやって来るまでが地理的にも生命維持せいめいいじ的にも大変な上に、戦った後は、その来た道を再び帰らなくてはならないのだ。


戦いの素人しろうとであるのこちゃんでさえ、想像した時点でやらない方が良いと思える。


これほどの僻地へきちであればこそ、いったん飛び出してはみたものの、のこちゃんも魔刃殿まじんでんへ身をせるしかなかったのだ。


それにも係わらず、金属の甲冑かっちゅうで全身をかためた所謂いわゆるプレートアーマーの戦士からなる大部隊が、魔刃殿まじんでんめるべく荒野こうやに展開していた。


よほどの自信があると見えて、陽光ようこうもと堂々どうどう土煙つちけむりを上げながらである。


数千の頭数あたまかずであろう、軍団にも匹敵しそうな部隊を構成する戦士たちは、大凡おおよそ歩兵ほへい何某なにがしかの生き物に騎乗きじょうする騎兵きへいを中心としていた。


その襲撃者しゅうげきしゃたちが軍隊なのかどうかは不明なのだが、ハッキリと指揮系統しきけいとう機能きのうしていると見えて、その行動に規律性きりつせいうかがえる。


一方向からのあつい集中攻撃を想定そうていした陣形じんけいなのか、全体的にそれほど広がらない様にしながら、今まさに配置はいちを完成しつつあるらしい。


ひしめき合うよろいが、の光をキラキラと反射はんしゃさせて、荒野こうや無機質むきしつ躍動やくどうせしめている。



「よく、こんな所まで、あんな大人数おおにんずうでやってこれたよね…」


素直すなおに、全員での移動はさぞや苦労しただろうなと、変な感心をしてしまうのこちゃんである。


これから襲撃しゅうげきされる場所にいるという、現実感がとぼしいのだろう。


『ふむ、ならばそれでもなおめるにあたいする"うま味"が魔刃殿ここにあるのであろうよ。

飛び出した後、再びこちらへおもむく前に、独自の補給手段ほきゅうしゅだんがあると見て良いと、が話した事をおぼえているか?…のこ』


「ああ、魔刃殿ここの中には結構けっこうな人数がいるみたいだし、何か秘密があるって事かって、あ!」


そう言えば、のこちゃんは、最初におおかみ獣人じゅうじん警備けいび担当たんとうぜいから包囲ほういされた時、食事を用意してくれるみたいな話を聞いた事と、魔刃殿まじんでんへ来てからこちら何も飲み食いしていなかった事を思い出した。


「でも、あんまりお腹がってる気がしないんだよなぁ………」


不思議ふしぎに思いながら、のこちゃんは、ティハラザンバーのお腹をさする。


『もしかすると、睡眠すいみんをとらずに活動可能な事と、同じ理由かも知れないな…のこ』


「え!?それって………」


「先ほどから一人で何をぶつぶつ言っておる、ティハラザンバーよ」


トレーナーとの話しに夢中になって、のこちゃんは、一緒いっしょ襲撃者しゅうげきしゃの部隊を見ていた老矛ろうぼうからいぶかしまれてしまった。



現在、のこちゃんは、これから戦場にならんとする荒野こうや一望いちぼうできる場所に立っていた。


魔刃殿まじんでんの外側を仕切る建築物けんちくぶつ境界きょうかい部分には、平たい壁面へきめんのビルっぽい物やねじれたとうなど、施設しせつの内側に林立りんりつしているそれと似た物が隙間すきま無くめられている。


さながらいびつ城壁じょうへき様相ようそうていするそこには、大凡おおよそしろとりで防護壁ぼうごへきがそうである様に、警戒けいかい警備けいび防衛ぼうえいになうための側防塔そくぼうとうが並びに点在てんざいする。


側防塔そくぼうとうの部分には、もれなく外側を見渡みわたせる広い屋上が用意されていて、高い位置から地上の状況じょうきょうがよく把握はあくできるのだ。


老矛ろうぼうは、おおかみ獣人じゅうじんのクラスターをひきいる立場に加えて、有望ゆうぼうな新人をあらかじきたえて戦力としての底上げをするこころみ、通称つうしょう"育成組いくせいぐみ"の指導しどうを受け持つ教育者きょういくしゃでもある。


敵の襲撃しゅうげきしらせに集合した警備けいび担当者たんとうしゃたちへ指示しじを出した後、これも育成組いくせいぐみの見学であるとしょうする老矛ろうぼうによって、ティハラザンバーはここへ連れて来られたのだ。


もちろん、ジャガーの獣人じゅうじんベニアやおおかみ獣人じゅうじんのセイランたちも、一緒いっしょに連れられて来ていた。


屋上は、余裕よゆうでティハラザンバーが歩き回れるくらいのスペースがあるため、みなのぼっても窮屈きゅうくつにならない。


ひょっとすると、のこちゃんが通っていた中学校の屋上よりも広いのではないだろうか。



「その、いきなりの事で、おどろいてしまって…つい」


老矛ろうぼうに不意を突かれた形ののこちゃんは、苦しいと分かりながらも、言い訳をひねり出した。


少なくとも、ティハラザンバーとして目覚めざめてからおどろきの連続だったと言えるので、うそでは無い。


「…そうか」


それで納得なっとくしたのか不明なものの、片眉かたまゆを少し上げると、老矛ろうぼう襲撃者しゅうげきしゃたちに視線をもどす。


そもそもトレーナーの事は、他人ひとにどう説明したら良いのか、自分でもよく分からない。


とは言え、これからもトレーナーとのやり取りは必須ひっすなのだから、説明しないならしないなりの対策たいさくを考える必要があるときもやしたのこちゃんである。


「………………(気をつけよう)」


「やっぱり、戦いが始まりそうな空気って、そわそわするよね!」


ちょっとした挙動不審きょどうふしんな空気になっていたティハラザンバーを気遣きづかう様に、ベニアは、それを戦う気分が高揚こうようしていると解釈かいしゃくしたらしく、分かる分かるとあいづちをつ。


今後の事を思えば、ティハラザンバーが好戦的な性格とされるのは、またからまれたりしそうなのであまり歓迎かんげいすべき状態ではない気がするものの、かたくなな態度も反感を買いやすくて同じくらいにまずい。


「え?、あぁ…そうかな、そうだね」


のこちゃんは、日本的な曖昧あいまいさと、小学校時代につちかった遠ざけられつつも悪感情ヘイトを集めない様に過ごすノウハウを駆使くしして、無難ぶなんこたえた。


同級生のみならずその親たちにも対面する機会があったので、咄嗟とっさにのらりくらりとした対処たいしょをする事には、それなりにれている。


何より、それで場がおさまるなら仕方がないのだ。


も注意しよう…のこ』


真面目まじめなトレーナーに、のこちゃんは、少し笑ってしまった。



おどろいたと言えば、襲撃者しゅうげきしゃの大部隊が展開する中に、全身を長い体毛におおわれた恐らくアフリカゾウより巨大な生き物が散見さんけんされる事である。


空にはまた、別の全身を長い体毛におおわれた生き物が、そこそこ大きなつばさで風を切りながらかなりの数でむれしている。


甲冑かっちゅう姿の戦士たちも中身が人間なのかハッキリとよく分からないものの、のこちゃんには、それらがどんな生き物なのかまったく判断はんだんがつかない。


「それより、何か、陸のでっかいのと、飛んでるでっかいのが………」


としか言い様がなかった。


『ふむ、あれらの怪物は、戦いの決定力けっていりょくとしてらされているのであろうよ…のこ』


トレーナーは怪物について知っていた様で、特に陸の方は露払つゆはらいとして敵の軍勢ぐんぜい突撃とつげきさせたり、城塞じょうさい防壁ぼうへき突破とっぱするために使役しえきされると説明を続けた。


「怪物なんだ、アレ」


確かに、あんな巨体で突進とっしんして来られたら、並大抵なみたいてい脅威きょういではないだろう。


飛んでいる怪物もあわせ、長い体毛が金属の様にかたくて、なかなか頑丈がんじょうなのでいきおいがつくと厄介やっかいなのだとトレーナーは話しをめくくる。


気をつけて簡潔かんけつに話す様にしているらしい事が、のこちゃんには分かった。


「ふん、攻城こうじょうさくまで用意して来ている様だな。

あれらで、空から運んだとみえる…ご苦労な事だ」


のこちゃんのつぶやきに反応したのか、老矛ろうぼうは、つばさの怪物たちを一瞥いちべつすると歯牙しがにもかけない様子でひとりごちる。


「飛んでるのは、こっち来そうでヤダな…」


よく考えると、青空天井あおぞらてんじょうおのれの姿も外へさらしているこの状況じょうきょうは、不安と言えば不安である。


特に昼日中ひるひなかとなれば、ティハラザンバーの黄金の毛並みは目立つ気がしてならないので、怪物の目につくのではないかとついキョロキョロ空を見てしまう。


いくら身体ハードがティハラザンバーでも、基本の中身ソフトは、小市民的な中二女子であるのこちゃんなのだ。



「見て見てティハラザンバー、魔刃殿こっちの戦力も出てるよ!」


ベニアにうながされて視線を地上へ動かしたのこちゃんは、展開する襲撃者しゅうげきしゃ側の部隊とは比較ひかくにならないほどの小さな集団が、その正面にこうから対峙たいじしている姿を確認する。


瞬間しゅんかん、先ほど集まっていた警備けいび担当たんとうおおかみ獣人じゅうじんたちを連想したのこちゃんであったが、よく見ればつのがあったり体格がいかつかったりと、魔刃殿まじんでんには他にもまだまだ色々な種族しゅぞくがいる事が分かった。


よく思い出してみれば、引き続き施設しせつ内部の警備けいびをしっかりするようにと、老矛ろうぼう指示しじを出していた気がする。


外へは、出ていないだろう。


尖角兵団せんかくへいだんか…確かに、丁度ちょうどもど頃合ころあいであったな」


「ああ、尖角兵団せんかくへいだんっていうのは、ドラゴン系のクラスターでね、魔刃殿ここでも特にマッチョな連中なんだよ!」


何やら老矛ろうぼうつぶやく横で、ティハラザンバーの頭の上から"?マーク"が出ていたのをさっしたのか、ベニアが補足ほそくしてくれた。


ただ、強いのは良いのだけど、まったく冗談じょうだんが通じないツマラナイ奴ばかりなんだと、悪評あくひょうかたよっている気はしたのだが。


「………それにしても、少なくない?」


「あれだけではない、まわりをよく見てみろ」


セイランもいくつか視線をめぐらせて、のこちゃんをうながす。


明るく見晴らしの良い荒野こうやである事も手伝ってか、ティハラザンバーの目をらせば、大凡おおよその存在はのこちゃんにも認識にんしきできた。


「本当だ」


確かに、言われてみれば尖角兵団せんかくへいだんの他にも、魔刃殿まじんでんの戦士とおぼしき数名が襲撃者しゅうげきしゃの部隊をかこむ様に散開さんかいしていた。


だからと言って数が少ないのは変わらず、当然と言うべきか、襲撃者しゅうげきしゃ側もそれらに対して反応はんのうしていない。


粛々しゅくしゅくと部隊配置はいちととのえる様子からは、正面の尖角兵団せんかくへいだんふくめ、大勢おおぜい圧倒的あっとうてきな攻撃で一気に飲み込んでしまうつもりなのだろう。


その意味でも、怪物の存在が有効なのかも知れないと、のこちゃんはちた。



「………あれ?、あの白っぽいのは、じっさんかな」


のこちゃんは、散らばっている戦士の中に、ティハラザンバーやベニアが所属する猫系クラスターの頭をやっているらしい者の姿を発見した。


『ふむ、昨日見せられた力の道筋みちすじたがわぬな…のこ』


トレーナーが肯定こうていし、すぐ前へ出たがるのは白獅子しろじしの悪いくせよなどと、老矛ろうぼうもぼやいているのでやはり本人なのだろう。


そう言えば、黒豹くろひょう獣人じゅうじんのパニアからも立場に対する自覚が足りない的な説教されていたなと、のこちゃんは思い出した。


パニアは、ベニアのおばさんであり、じっさんの代わりに猫系を仕切しきっている女幹部かんぶである。


ティハラザンバーのおしりを気にして、服をくれた良い人なのだ。


ちなみに、パニアが猫系を仕切しきっていると言っていたのは、じっさん本人なのでそれも本当なのだろう。


それは、それとしてである。


「あれ………パニアさんに、また怒られるんじゃないかな?」


素朴そぼくに思った事をのこちゃんがつぶやくと、ベニアは、ただただかわいた笑いをこぼしていた。


どうやら、怒られるらしい。


『そら、あやつから仕掛しかけるようだぞ…のこ』


トレーナーがそう言うやいなや、じっさんのはなっていたらめきの流れは一気にふくれあがり、奔流ほんりゅうとなって前方へと向かう。


「あっ、昨日わたしがされたのと同じ感じだ…って、え?!」


確かに、間近まぢかで見せられたモノとじっさんから感じるモノは同じなのだが、どう見ても様子がおかしかった。


上から見ていて分かるのは、じっさんのらめきの流れがいきおいをつけた後、膨張ぼうちょう異様いようび方をしめした事だ。


あたかも山奥の渓流けいりゅうがやがて大河たいがへと変遷へんせんする様に、大きく長く、そしてそれは、ほとんどの陸の怪物へと一直線にいたっている。


最初から、陸の怪物をその直線上にとらえるための位置取りをしていたにちがいない。


相変わらず襲撃者しゅうげきしゃの部隊には何も動きがなかったものの、のこちゃんが体験したあの空気が変わる怖さを察知さっちしたのだろう、怪物たちが一斉いっせいにそわそわと落ち着つかなくなった。


「じっさんは、陸の怪物ヤツをひとまとめでぜんぶねらってるんだ!…でも、どうやって?」


のこちゃんの言葉にとなりおどろきの声を上げたベニアは、集中してじっさんの挙動きょどう注目ちゅうもくしている。


『どうやっても何も、も恐らく昨日の太刀筋たちすじと同じ様なものだと思うぞ…のこ』


同じ感じがするのであろう?とあらためて問われても、それは間違まちがいないにせよ、状況じょうきょうちがいすぎて戸惑とまどうばかりである。


「あっ、じっさんがかまえたよ、ティハラザンバー…」


ベニアに声をかけられるまでもなく、既視感きしかんのある両手持ちの大上段へ大剣をかかげたじっさんの姿を、一刀いっとうのためのみまでは、のこちゃんもハッキリととらえていた。


しかし、ティハラザンバーの眼をもってしても、あっけなく見失みうしなった。


その刹那せつな一筋ひとすじ疾風はやてが、襲撃者しゅうげきしゃ部隊をとおける。


一拍いっぱくの後で、すべての陸の怪物とその直線上に存在していた甲冑かっちゅうの戦士が、その身体をぷたつにされて地へくずれ落ちた。


それ以外は、攻撃の余波よはまわりを吹き飛ばす訳でもなく、他の甲冑かっちゅうの戦士たちに何事も起こらないまま静かなものである。


空気の変化に気が付かなかった甲冑かっちゅうの戦士たちは、自分が斬られた事に、若しくはとなり僚友りょうゆう一瞬いっしゅんにして絶命ぜつめいした事にも気がつかなかっただろう。


ただ、その直後、両断りょうだんされた怪物と戦士たちの死体から血液がまき散らされる段になり、ようやく自分たちは攻撃されたのだという事に理解がおよぶ。


われに返った襲撃者しゅうげきしゃたちの動揺どうようがどんどんとエスカレートしてゆくさ中、のこちゃんが気がついた時には、元々立っていた場所から襲撃者しゅうげきしゃ部隊の反対側へとじっさんもすでに移動を終えていた。


文字通り、一瞬いっしゅんにして、一直線に斬り進んだらしい。


『ふむ、やはり昨日のものと同じ太刀筋たちすじであったな…のこ』


それ見た事かと言わんばかりのトレーナーの陽気な口調に、つまり、あそこで双剣そうけんが出てこなければティハラザンバーもぷたつだったにちがいないと、今更いまさらながら、のこちゃんは背筋せすじこおらせる。


「………………………………」


「………………………………」


じっさんのすさまじい剣技けんぎにのこちゃんとベニアがあっけにとられて言葉を失っている中、老矛ろうぼうは、セイランに話しかけた。


「見たかセイラン?

白獅子しろじしのヤツは、いまだにムラッ気も多い戦いたがりの粗忽者そこつものではあるが、こと接近戦にいたっては一つの到達点とうたつてんであろう。

今日見た事は、かならずお前の良き教材になるはずだ」


「はい、老師ろうし

白獅子しろじし御大将おんたいしょう、恐ろしいお方です………」


そう言いつつも、セイランは、チラリとティハラザンバーの方を見た。



思わぬ戦いの幕開まくあけに襲撃者しゅうげきしゃたちの部隊が浮き足だった機をのがさず、正面の尖角兵団せんかくへいだんと他の魔刃殿まじんでんの戦士たちは、一斉いっせいに敵へとおそいかかった。


じっさんの剣とは打って変わり、どの攻撃も力任ちからまかせで派手な威力いりょくの大技を使って、はしから襲撃者しゅうげきしゃたちを蹴散けちらしている。


のこちゃんがようやく心の平静へいせいを取り戻した頃には、どうやら指揮系統しきけいとうみだれていて襲撃者しゅうげきしゃ部隊が数の優勢ゆうせいを無かった事に、ともすれば劣勢れっせいにも見えるほどだった。


それでも、何とか状況じょうきょうを立て直しつつ持ちこたえているのは、このまま壊走かいそうしても荒野こうやでのたれ死ぬしかないと分かっているからだろう。


「高みの見物か?老矛ろうぼう


眼下がんかの戦闘に気を取られていた所、背後はいごから急に声がしたのでおどいたのこちゃんが振り向けば、そこには、ティハラザンバーよりも二回りほど大きな身体の者が立っていた。


それは、偉丈夫いじょうぶを絵に描いた様な分厚い逆三角の上半身とドッシリとした下半身に、鈍色にびいろうろこを全身によろ武者むしゃの様である。


とがった顔には、真紅しんくの瞳が炯々けいけいとしており、言葉を発する度に開閉するあぎとからミッシリと並んだするどきばがのぞく。


頭部からは、のこちゃんがいつか写真で見た水牛すいぎゅうの様な豪快ごうかいで立派なつのが、上に横にと八本くらいそびえる。


その身にまとたけが長い陣羽織じんばおりの下からは、やはり鈍色にびいろうろこよろった太いしっぽが飛び出していて、強く主張しゅちょうしている。


それは、まさしく直立したドラゴンであった。


「後学のための見学だ、ベルクよ」


老矛ろうぼうは、振り返りもせず、ツマラン事をわざわざくなとばかりに背後の直立ドラゴンへ言いはなつ。


「なるほど、育成組いくせいぐみ一環いっかんであるか…」


そのまま、老矛ろうぼうと直立ドラゴンは何やら低い声で話し始めたが、ティハラザンバーの耳にもよく聞き取れなかった。


「あれが、尖角兵団せんかくへいだんの頭だよっ」


ティハラザンバーの顔に自分の顔をせてきたベニアが、また、小声で補足ほそくしてくれる。


確かに、現物をたりにすれば、事前のマッチョひょうにもうなずけたのこちゃんである。


「顔、怖いね…」


「………そうだね」


のこちゃんも小声でおうじたのだが、今のベニアの間は何だったのだろうと、ちょっと引っ掛かった。


ともあれ、老矛ろうぼうと話しに来たのであれば関わりを持たないにした事はないと、のこちゃんは、再び地上の戦闘へ意識いしきを向ける。


『ふむ、こやつにもいずいどんでみるのも良いと思うぞ…のこ』


トレーナーがまたしてもご無体むたいな事を言い出したので、のこちゃんは、かわいた笑いで聞き流す。


ちなみに"ご無体むたいな"とは、きょう姉さんと一緒に見ていた時代劇で、悪者のえらい人が立場の弱い人へ理不尽りふじん要求ようきゅうを突きつける際によく言われていたものである。


使い方は合っているはずと、のこちゃんは、余計よけいな事を考えて後の直立ドラゴンからできるだけ気をそらす。


あんな身体をぷたつにされかねないあぶない事は、じっさんだけでもう十分なので、みずから望むなどもってのほかなのだ。


其方そちが、ティハラザンバーであるな?」


それは、ティハラザンバーにしっぽがあれば、ビックリのあまりふくらんで立っていた所であろう、その2だった。



さすがに無視する訳にもいかないので、はあ…と思わず出てしまった間の抜けた声と共に、のこちゃんは、直立ドラゴンの方へ渋々しぶしぶなおった。


やはり顔が怖い。


ベニアが言う"魔刃殿まじんでんの一番のマッチョたち"をひきいる幹部かんぶだけの事はあるのだろう。


大きな姿で、ティハラザンバーの身体をもってしても見上げる形のそれは、間近まぢかだからなのか威圧感いあつかんがとんでもない。


そんなのにまた突然とつぜん因縁いんねんをつけられて攻撃されたらヤダなと、のこちゃんは、どうしても悲しい気持ちになってしまう。


言うまでもなく、そうなれば命がけなのだ。


「ティハラザンバーよ、このベルクは、白獅子しろじしのヤツやわれと同様に、いま戦っている尖角兵団せんかくへいだんあずかる者だ。

そうそう無意味に下の者へ手を出したりせぬから、お前もそんな顔をするな………まったく、白獅子しろじしのヤツは、下を育てる事に本当に向いておらぬな」


老矛ろうぼうは、ヤレヤレといった口調くちょうで、直立ドラゴンことベルクをのこちゃんに紹介しょうかいする。


「あ、はい………………」


身共みどもは、ベルクという。

遠征えんせいがえゆえ白獅子しろじしが手ずからひろってきたとうわさに聞いた、其方そちの顔を見に来ただけである。

取って喰ったりせぬから、安心するが良い」


ベルクはそう言うと、ぐわっと身をかがめ、値踏ねぶみみする様にティハラザンバーを頭からつま先にまで視線をわせ、思う所があるらしくフムフムと何やらうなずいている。


言われてみれば、老矛ろうぼうもそうであった様に理知的なスタンスで話しが通じそうではあるものの、目をそらしたら気が変わって攻撃されない保証ほしょうもない。


のこちゃんは、何かあればすぐ逃げられる様にベルクから注意をそらない事をつとめつつも、より間近まぢかに見るベルクのドラゴン顔に戦慄せんりつしていた。


ティハラザンバーの頭部に比較すると、三倍以上の大きさがあるのだ。


気をけば折れそうなこの精神状態せいしんじょうたいでは、『TUGって!チャムケア』の主人公ケアフリューゲルの様に心の中で自分を鼓舞こぶし続けなければ、のこちゃんの胆力たんりょくが追いつかない。


ちなみに『TUGって!チャムケア』はシリーズ15作目の周年記念タイトルであり、ファンの間で結末に賛否両論さんぴりょうろんあるものの、いつも誰かを応援おうえんするために小さな体とすぐに折れてしまいそうな心をみずからの強い意志で鼓舞こぶして戦い続けた主人公、ケアフリューゲルが根強ねづよい人気をほこっている。


これまでも気弱になった時には、ケアフリューゲルの応援おうえんするフレーズを心の中でかえして、何とかなおしてきたのこちゃんなのだ。


「………………(ヤサカヤサカともだち!ヤサカヤサカ自分!ヤサカヤサカともだち…)」


ほどなくして、満足したのかベルクは姿勢しせいもどす。


しかし、のこちゃんは少しホッとしたものの、油断大敵ゆだんたいてきとまだ警戒けいかいゆるめたりせず、じっとベルクの挙動きょどうを注意して見ていた。


ベルクはその様子に、目を細める。


「なるほど、それでティハラザンバーであろうかな…確かにちからは感じるな、面白い。

老矛ろうぼうよ、身共みどもかまわぬ、其許そこもと采配さいはいゆだねよう」


ベルクはくふくふと楽しげに息をほころばせながら老矛ろうぼうにそんな事を言ったかと思えば、ひょいと縁側えんがわから庭へ出る様な気安さで、3~40メートルくらいありそうな側防塔そくぼうとうの屋上から戦闘中の地上へ飛び降りてしまった。


「えっ?!」


いかつい見かけによらず、足音も立てない身軽さの素早い行動であったため、意表を突かれたのこちゃんである。


しばらくして、地上からは低い地響じひびきが聞こえた。


「うわ、飛べたわけでもないのか………ビックリさせられっぱなしだったよ」


「ねー、マッチョでしょ?無駄むだ頑丈がんじょうだから、やる事が何でも大雑把おおざっぱなんだよ」


『ふむ、ティハラザンバーは、もっと高い所まで自力じりきで飛び上がった後、なんなく着地していたではないか。

ここは、あれよりずいぶんと低い位置だぞ…のこ』


ベニアと一緒に下をのぞき込んでさすが幹部かんぶ怪人かいじんいやドラゴンとあきれていた所、トレーナーから軽くつっこまれてしまい、のこちゃんは、そう言えばそうだったと複雑な気持ちになった。


当然、あらためてティハラザンバーの脚力きゃくりょくをここでためすつもりは、毛頭もうとうない。



「さて、ティハラザンバーよ、先ほどセイランとの手合わせで見せたは、今ここでも使えるか?」


不意に話しかけてきた老矛ろうぼうの言葉に、のこちゃんは、へ?と再び間の抜けた声を出してしまった。


とは、やはり衝撃波しょうげきはの事であろう。


「あぁ…はい、出そうと思えば出せるとは思うんですけど………」


あの時、ケアアンティアのバトルスタイルをイメージして身体を動かす事に集中していたから、まさか衝撃波しょうげきはをこの手で発現はつげんさせる事になるとは思わなかった。


しかし、トレーナーが言っていた"戦いに有利ゆうりとなる能力のうりょくならばあるに越した事はない"の理屈も分からざるをないので、のこちゃんは、今後の練習次第れんしゅうしだいなのだが何とかする必要性も感じていた。


ただ、今すぐここでとなると、正直しょうじき言って自信は半々はんはんである。


ただ、感触かんしょくからすれば、何かしらチャムケアの技をイメージする事で形にできる気はするのだが。


「そうか」


ポツリとそう言うと、老矛ろうぼうは、手刀しゅとうの形にした手を空へ向けてばす。


その先には、地上の戦闘の流れ如何いかんによって攻撃にも参加しそうな様子を見せる、つばさの怪物がむれしていた。


その数は、20を下らないだろう。


月輪がちりん想拳そうけんみなも見ておくが良い」


ティハラザンバーとベニアが注目し、セイランが姿勢しせいを正す中で、ばされた老矛ろうぼう手刀しゅとうの先がかがやき始める。


かがや手刀しゅとうが軽く円をえんけば、光の老矛ろうぼうからするりとはなれ、手近てぢかつばさの怪物へと向かってはしった。


そして、かわす間もなく二頭にとうの怪物が光のに焼きつらぬかれ、バラバラにされた身体の部位を地上へとまき散らす。


淡々たんたんとした殺戮さつりくを残して光のは消えたのだが、怪物のれに、さしせま脅威きょういらしめる結果となった。


つばさの怪物たちの敵意が、側防塔そくぼうとうの屋上にいるティハラザンバーたちへと集中する。


むれ全体が一斉いっせい滑空かっくうを始め、勢いとねらいをつけて、こちらへ殺到さっとうする気配を濃厚のうこうにしていた。


「ティハラザンバーよ、お前もで、あの怪物どもを攻撃して見せよ」


「そんな、ご無体むたいな………」


思わず口に出してしまった、のこちゃんである。



「タイミングが悪かったのだ」


「え?」


襲撃者しゅうげきしゃはそれなりに現れるのだが、この様なそこそこの規模きぼ部隊編成ぶたいへんせいを準備した、本格的な侵攻しんこうの形は滅多めったにないからな…」


老矛ろうぼうは、ティハラザンバーを正面から見据みすえて、お前が敵の内通者ないつうしゃであると魔刃殿まじんでん内部で嫌疑けんぎがかけられているとハッキリ伝えた。


一瞬いっしゅん、何を言われたのか理解できずにキョトンとしてから一拍いっぱく置いて、ティハラザンバーの目は丸くなり、口があんぐりと開かれる。


「ええええええっ?!?、いや、あたしは勝手に連れてこられて、でも、他に行ける所もないから、だから、それなりに覚悟もしてるのに、ええええええっ!?!」


もちろん根も葉もないぎぬであるのだが、のこちゃんはそれを主張するあまり、動揺どうようしすぎでかえって怪しい感じになってしまっていた。


ずは落ち着いて、こやつの話を聞くのだ…のこ』


「ああ、わかっておる。

お前の馬鹿正直ばかしょうじきな戦い方を見れば、そんな腹芸はらげいのできるたまではないとな…だが、実際にお前を見ておらぬ者どもは、そうもいかぬのだ」


新参者しんざんものが未知の存在ゆえけられぬ負荷ふかがあると、老矛ろうぼうは相変わらずヤレヤレとした口調くちょうで、ある意味ティハラザンバーの狂態きょうたいにもまどわされず言い聞かせた。


トレーナーのたしなめをあわせて、この老矛ろうぼう淡々たんたんとした姿勢しせいにより、こちゃんの気の動転どうてんにも多少のブレーキがかかる。


確かに、老矛ろうぼうは、教育者きょういくしゃとしての才覚さいかくけているのかも知れない。


それにしても、信じてもらえてうれしい様な、けなされてムッとしている様な、どちらともつかない複雑な面持おももちで、のこちゃんはうーんとうなる。


『ふむ、なればこやつは、ティハラザンバー自身の手で敵勢てきぜいを攻撃して見せ、おのれの立場を衆目しゅうもくに知らしめよと言っている訳だな…のこ』


「ぐう………………」


追い詰められて文字通りぐうのをこぼしているティハラザンバーから空へ視線を移し、老矛ろうぼうは話しを続けた。


「どうれ、怪物どもがそろそろ良い塩梅あんばいで集まって来る頃合ころあいだな。

何も、完全にとして見せなくとも良い。

先ほど見せたを、れた怪物のなか辺りへ派手はではなてば、一応いちおう体裁ていさいととのうだろう」


そうなれば白獅子しろじしのヤツもわれも先ほどのベルクもお前のうしろだてになってやれると、老矛ろうぼうは、再度さいどティハラザンバーに強く攻撃をうながす。


さすがにここまでお膳立ぜんだてをされてしまえば、やらない選択肢は無い状況じょうきょうだとのこちゃんにも分かる。


のこちゃんは、不安でいっぱいになりながら、つばさの怪物たちを見据みすえた。


あれから一気に怪物たちが殺到さっとうしてこないのは、老矛ろうぼうはなった光のを警戒しているのだろう。


怪物あれらは、使役しえきされれば使う者の思惑おもわく通りに人へ害をすが、野にはなたれれば無差別むさべつに人へ害をたぐいのものだ。

遠慮えんりょせずに、あらぬうたがいをらせ…のこ』


トレーナーも、のこちゃんの気持ちを軽くするために、気をつかっている様だ。


こうなったら、恐らく怪物をビックリさせれば逃げたり落ちたりしてくれるかも知れないし、ダメならダメだったで何とかしてもらえるだろうとのこちゃんは腹をくくった。


「………出せれば良いんだけど…こんな状況じょうきょうは初めてだから、本当に知りませんよ?」


経験そのものがないと念を押したつもりののこちゃんなのだが、当の老矛ろうぼうは、分かった分かったとうなずくのみである。


「外しても牽制けんせいになるから、その代わりに、全力ぜんりょくはなて」


実の所、ティハラザンバーが田舎いなかから出てきたばかりで、大がかりな戦いに経験がないので戸惑とまどっているくらいにしか、老矛ろうぼうは思っていない。


本当に分かっているのかなぁとぼやくティハラザンバーのに、今度は、ベニアとセイランが手をえた。


「こっちもドキドキしてきたよ!」


「期待している」


「………善処ぜんしょします」


文字通り、二人に背中を押されたこのシチュエーションは、なかなかチャムケアっぽいぞと少しだけテンションが上がるのこちゃんだった。



やはり、イメージしやすいのは必殺技である。


しかも、威力いりょくすごそうないきおいと派手はでさを重視するとなれば、初代チャムケアを思い出さざるをない。


黒を基調きちょうとしたケアナイトと白を基調きちょうとしたケアライトの二人による記念すべきシリーズ最初の合体攻撃であり、二作目『チャムケア!MarvelousマーベラスHowl・ハウル』のそれは、放送二年目のパワーアップ版もである。


すでに、のこちゃんの脳内では、ファンからも親愛を込めて断罪だんざいかねやら処刑しょけいのファンファーレなどと呼ばれる必殺技のBGMが鳴り響いていた。


「あの…」


「何だ?」


「イメージをかためたいだけで、これから言う事には特に意味がないので、あまり気にしないでください」


老矛ろうぼうの方へティハラザンバーの首だけを向けて、のこちゃんは、少しはずずかしそうにげた。


方術ほうじゅつ詠唱えいしょうの様なものか?構わん、続けよ」


のこちゃんはうなずくとあらためてつばさの怪物たちへ向き直り、ティハラザンバーの右手を開き思い切り前へ突き出して「ナイトゲイザー!」、同様に左手を天へと突き出し「ライトゲイザー!」とさけんだ。


これは言うまでもなく、初代チャムケアの二人による必殺技の前段階に当たる仕草しぐさであり、もう後に退けないという、のこちゃんが覚悟かくご宣言せんげんしたものである。


大勢おおぜいの友だちを前にして、自信のないカラオケを歌う時に、いきなり絶叫ぜっきょうしてしまうアレとた様なものだろう。


かくして、のこちゃんの明確なイメージに、身体ティハラザンバーは再びこたえた。


その両手には、軽くまわりの空気を巻き込む様なうねりがまとわりつき始め、衝撃波しょうげきは予兆よちょうあらわれる。


これは行けそうだぞとんだのこちゃんは、呪文じゅもんの様に必殺技の口上こうじょう情感じょうかん込めて、さらにイメージをかためてゆく。


「チャムケアの気高けだかたましいが!悪辣あくらつ性根しょうね粉砕ふんさいする!」


のこちゃんが調子に乗ってきたせいか、ティハラザンバーの全身からも発せられた衝撃波しょうげきは予兆よちょうが両腕へと集中して行き、収束しゅうそくを見せ始めた。


両腕のまわりの空気がうずを巻き、それは、次第しだいうなりをひびかせながら速度をす。


刻々こくこくと変化を見せるティハラザンバーの様子を、まわりの三人も固唾かたずをのんで見守っている。


「チャムケア・グレイ・ストリーム!…」


ここにきてのこちゃんは、どうせならつばさの怪物たち全体に影響えいきょうさせたいなぁと思い始めた。


老矛ろうぼうは外しても牽制けんせいになると言っていたものの、影響えいきょうが無かった怪物からおそわれてしまう可能性に気が付いたからだ。


しかし、攻撃が分散ぶんさんしてしまったら、それはせっかくかためた必殺技のイメージとことなってしまう。


どうしたものかとなやみながら、のこちゃんは、ティハラザンバーの腕をばしたまま両手の平を前でガッチリと組み合わせ様とする。


その手の組み合わせがこの必殺技のミソなのだが、高速回転する空気の収束しゅうそくが原因なのか、強い抵抗ていこうしょうじてなかなか組み合わせられなかった。


「?!?!?!?!」


ここで止めたら、さすがにずかしすぎる。


目に見えて、のこちゃんはあせり始めた。


そんなティハラザンバーの動きを察知さっちしてなのか、あるいは最大の脅威きょうい見定みさだめてなのか、怪物のれがついに攻撃の態勢たいせいへ入る。


「…早くせよ」


「っくっ」


老矛ろうぼうにせっつかれて、あわてたのこちゃんは、力任ちからまかせに両手の平をガッチリと組み合わせた。


ぎゅう…と組み合う手、これなのだ。


刹那せつな、両腕に収束しゅうそくしていた高速回転する空気が一つの巨大なうずとなりのこちゃんの視界をおおくすと、衝撃波しょうげきははなつ準備がととのった事を知らせる。


おっと、その前にこれを忘れてはいけないと、のこちゃんは、組んでいた両手を一旦いったんいて、同時に引いた両腕へちからを込め、ちからこぶを作る形にしてから再び前へ向かって突き出し手を開いた。


「マーベラスー!!」


一度ととのった巨大なうずは、のこちゃんが訳の分からない動きをしても律儀りちぎにその場にとどまっており、あらためて撃ち出す意志を受けるやいなや爆発的な反応をしめした。


大きくふくらんだと思えば、しかし分散ぶんさんせずに、前方へのベクトルを維持いじしたまま極太ごくぶと収束しゅうそくされた衝撃波しょうげきはとして一気に解放かいほうされたのだ。


トレーナーや老矛ろうぼうから言われた通りに、のこちゃんは全力ぜんりょくで撃ち出すイメージをつむぎ、ティハラザンバーから衝撃波しょうげきははなった結果である。


巨大なうずから変化した衝撃波しょうげきはは、疾風怒濤しっぷうどとういきおいで、つばさの怪物たちのれをまっすぐに撃ちいた。


周囲しゅういの空気をんで大きく穿うがつそれは、さながら戦場の空がかれた様な、圧倒的あっとうてきな光景だった。


やがて、衝撃しょうげき奔流ほんりゅうおさまれば、巨大なうずふさがれていたのこちゃんの視界も晴れてゆく。


轟々ごうごうと、衝撃波しょうげきはの通りすぎた空間は文字通り一掃いっそうされ、怪物のれは肉片にくへんひとつ残さずに消滅しょうめつしてしまっていた。


「………………………………あれ?」


そこには、両手を前へ突き出す形で衆目しゅうもくさらされている、ポカンとしたティハラザンバーの姿があった。

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