08 のこちゃんのチャムケア・アクション


全体の印象としては、公立中学校の体育館たいいくかんくらいだろうか。


高い天井てんじょうと大きなかべだけの殺風景さっぷうけいな広い部屋。


仕方なくのこちゃんが所属してしまった異次元いじげん踏破とうは傭兵団ようへいだん"魔刃殿まじんでん"の施設しせつには、あちらこちらにこういった訓練くんれんに使えそうなスペースが点在てんざいしているらしい。


現在そのひとつでは、のこちゃんことティハラザンバーと、セイランとの素手どうしによる立ち合いが続いていた。


セイランは、光沢のある灰色の毛並みがしっぽまでピカピカモフモフな、おおかみ獣人じゅうじんの若い女性だ。


それを仕切るのは、つやのあるうすい水色の毛並みが印象的な、おおかみ獣人じゅうじんクラスター破壊牙々はかいががひきいる老矛ろうぼうである。


のこちゃんを案内してきたジャガーの獣人じゅうじんベニアも、立ち合いの様子を真剣なまなざしで見守っている。



ティハラザンバーへ次々つぎつぎと攻撃をすセイランの姿は、ひとことで言えばコマであった。


身体にたてしんでも通っているかの様な安定した回転を右へ左へ、時に真正面ましょうめんから、時に意表いひょういた角度からと、その動きには、清流せいりゅうごと一切いっさいよどみが無い。


息切いきぎれの気配けはいも見せず、緩急かんきゅうをつけて自由自在じゆうじざいびて来るその手足には、一々いちいち必殺の威力いりょくともなっているのだ。


今もまた、セイランが右腕にめられたちからはなつ様にこぶしけば、ギリギリかわしたティハラザンバーの黄金の毛並みをざわめかせる。


間髪かんはつれずにセイランは、その右こぶしいたいきおいを生かして、右足をみ込ませティハラザンバーの足をかんとするどねらった。


「!?!」


咄嗟とっさに、足を引いたティハラザンバーの動きを予測よそくしていたのか、セイランは切り込ませた右足をゆかじくへと切り替え、空気をく様な左の後ろまわりで低空からティハラザンバーの脇腹わきばらぐ。


急激きゅうげきな回転の加速に、それをささえるセイランの軸足じくあしせっするゆかでは、えぐる様な擦過音さっかおんひびく。


セイランのりがティハラザンバーの白銀しろがねよろい部分にかすって火花を散らせると、同時にティハラザンバーは、攻撃にはね飛ばされたかと見紛みまごうほどのいきおいでみずから飛び退いた。


とりあえずは、セイランが攻撃を挙動きょどう範囲はんいから、一時的にのがれた格好かっこうである。


もっとも、みすみすそれをゆるすセイランではなく、間を置かずに追撃ついげきが行われる。


「……ティハラザンバーよ、お前も少しは手を出して見せぬか」


老矛ろうぼうは、少しあきれた口調くちょうで、ティハラザンバーにセイランへの攻撃を指示しじする。


戦いにおける素養そよう見極みきわめるためとして行われているこの立ち合いでは、のこちゃんが格闘技の素人しろうとである事から、セイランの一方的な攻撃をティハラザンバーの身体能力で何とかしのぐという形に終始しゅうししていた。


確かに、ティハラザンバーの戦闘センスを見極みきわめる意味で、これでは今ひとつな状況じょうきょうなのだろう。


なのだろうが…


「!(無理)、!!(無理無理)、!!!(無理無理無理)、!!!!(無理無理無理無理………………)」


口に出す余裕よゆうがないだけで、セイランのたたみかける猛攻もうこうの前では、ただただテンパるしかないのこちゃんである。


のこちゃんに出来る事と言えば、セイランのはならめきの流れを、ティハラザンバーの運動神経を駆使くしして必死にけるだけだった。


とにかくよく見て、何が何でもけるしかない。


けるったらけるのである。


どうしてもけられない場合は、白銀しろがねよろい部分の頑丈がんじょうさをたよって受けたりはじいたりと応急的おうきゅうてき対応たいおうで、のこちゃんもまたちがう意味のフル回転中であった。


もはや、心情しんじょうだけならば、這々ほうほうていなのだ。



『ふむ、それにしては、よく攻撃をさばけていると思うぞ…のこ』


この状態では、トレーナーのささやかな気遣きづかいもむなしい。


「うう、生きてさえいれば、いつか良いことがあるさって意味ですね…」


『いや、気休めを言っているのではないよ。

ここまで対処たいしょできているのは、相手の動きが見えているからに他ならないのだから、同様に光明こうみょうも見えてこようという意味だ…のこ』


「見えているって言うか、トレーナーさんに教わったアレを必死にけてるだけなんですけどっ」


小さな声で抗議こうぎするのこちゃんに、それならばとトレーナーが話しを続ける。


『力の道筋みちすじを流れとしてとらえる事には、れたのであろう?

あとは、相手の実際の動きと合わせて見られるのであれば、おのずとこちらから拍子ひょうしも分かってこよう。

そら、たとえば今だ…のこ』


確かに言われてみれば、間断かんだんなくはなたれている様なセイランのらめきの流れにも、一瞬いっしゅんぷつりと途切とぎれる時があるなぁとのこちゃんは思い当たる。


そしてその直後には、かならず強いらめきの流れと共に、いくらこの身体ティハラザンバーでも直撃したらヤバイと直感させられる攻撃がおそろしい速度で…


「来た!うぉっとぉ」


もう必殺の威力いりょくは当たり前となっていて、それを超えてくる攻撃となると、ティハラザンバーでもけられるかどうかスレスレの精一杯せいいっぱいなのだ。


しかしトレーナーの言う通りだとすれば、これまでは一方的にめられていたとあって、ちょっと試したくなるのも人情にんじょうである。


たった今、下からすり上げる様にそのヤバイり技をはなったばかりのセイランは、連続して同様の強い攻撃を出すつもりなのだろう。


再び、らめきの流れを一瞬いっしゅん途切とぎれさせながら、ティハラザンバーに無防備むぼうびな背中をさらす形になっていた。


「!」


しかも、接近せっきん戦の最中とあって、そこには余裕よゆうで手が届くのだ。


「えいっ」


のこちゃんは、少しちからめて、そのセイランの背中を平手でトンといてみた。


「ふはっ?!」


『ふむ、だ…のこ』


セイランは、ティハラザンバーの不意の反撃におどろいたのか、攻撃の予備動作中にバランスをくずされて、変な声と共にその場でたたらをんだ。


「ほう、セイランの悪いくせ見破みやぶっておったか」


「へー、やるなぁ…」


老矛ろうぼうとベニアが感心の声を上げる。



強い攻撃をすその手前で、力をめる事を優先するあまり、無意識むいしきに身体の動きがほんの一瞬いっしゅん止まってしまう。


それが、老矛ろうぼうの言うセイランの悪いくせだった。


幾度いくどとなく老矛ろうぼうから注意され、自分でもどうにか克服こくふくしようとしている最中のセイランなのだが、初対面しょたいめんのティハラザンバーに容易たやすくそこをかれてしまっては、まるで面目めんもくが立たない。


しかも、得意とくいとする格闘戦の土俵どひょうじょうでとなれば、尚更なおさらである。


おっとっと…と、二三歩にさんぽくずした体勢たいせいから無理矢理むりやりに持ちなおしたセイランは、くやしげにしつつも改めてティハラザンバーへ向かいかまえた。


どうやら、かいてしまったはじは、その場で雪辱せつじょくたしてしまうタイプなのだろう。


セイランのひとみが、らんと光をはっする。


『ふむ、今のであやつは、本気になった様だぞ…のこ?』


「えっ、ちょっとさわっただけじゃないですか!?」


トレーナーの指摘してきを確かめてみれば、セイランは、その身からはっするらめきの流れの密度みつどを変えていた。


なるほど、は、いずれもこれまでより力強ちからづよくてはげしい。


「ええぇぇ………」


ここまでセイランの方が圧倒的あっとうてき手数てかずであったし、白銀しろがねよろい部分とは言え何発も当てられているのだから、少しやり返したくらいで本気になられては理不尽りふじんな話である。


老矛ろうぼうも、セイランに対しては、ティハラザンバーのちからを引き出せと言っていた。


しかし、その者の逆鱗げきりんれたり地雷じらいむ行動は、あらかじめ内容を知るよしもなければ不可抗力ふかこうりょくで、そもそもが理不尽りふじん以外の何者でもない。


所謂いわゆるおこられぞんというヤツである。


こういう場合は、やらかした方が不運だったと、あきらめるのがことわりなのだ。


『昨日の白獅子しろじし何某なにがしに比べれば、可愛かわいいものであろうよ。

先ほども言った様に、みずからの身体をどう動かすのか、イメージをつかむのだ。

こちらからもせめるとなれば、相手は対応たいおう余儀よぎなくされて、力の道筋みちすじようもまた変わってこよう…のこ』


この身体はかならずイメージにこたえてくれるであろうと、トレーナーが事も無げに言う。


こんな窮々きゅうきゅうとさせられた状態で、格闘技の経験けいけんが無いのにイメージなんてどうつかめば良いのか…と再びテンパりかけたのこちゃんは、ふと思いついた。


「格闘技じゃないけど…」



セイランは、ひゅっと呼気こきはっすると同時に、はじけ飛ぶ様にティハラザンバーへせまる。


それと同時に、殺到さっとうしてくる明らかにけ切れないらめきの流れの数々かずかずを、のこちゃんは見た。


接近せっきん戦ともなれば、大凡おおよその場合、大柄おおがらなティハラザンバーの身体は、大きな脅威きょういを相手へあたえうる。


ただ、セイランもさほど負けていない上背うわぜいがあり、師匠ししょう老矛ろうぼうによってきたえられた技をもってすれば、その大柄おおがらさは、むしろ攻撃を当てやす格好かっこう標的ひょうてきと言えた。


手加減てかげんかせはずしたならば、その精度せいどね上がり、まず攻撃をはずす事は無いだろう。


何より、セイランにしてみれば、の前で醜態しゅうたいさらしたまま終わらせて良いはずが無い。


セイランは、現在る最高の自分をもってティハラザンバーに当たるつもりだった。


「悪いがなっ…」


身体を上下させず高速でスライドする様にけているセイランは、そのいきおいを殺さぬまま、低空の宙返ちゅうがえりをする。


宙返ちゅうがえりからは、すかさず、つま先をとがらせた足がびた。


突進とっしん伸身しんしんいきおいを合わせる、渾身こんしん前蹴まえげりである。


この場合は、相手の意表いひょうを突く意図いとがあるにせよ、目標とするティハラザンバーに攻撃範囲はんいが広く取れる分、思い切り打ち出せる点が大きい。


その挙動きょどうをじっと見ていた老矛ろうぼうは、わずかにまゆせる。


しかし、その瞬間しゅんかん、ティハラザンバーの姿がセイランの眼前がんぜんからかき消えた。


「何っ?!」


くうを切った前蹴まえげりからなんなくその場に着地したセイランは、ざっとまわりを探しても見つからないティハラザンバーの行方ゆくえを、消去法しょうきょほう宙空ちゅうくうへ求める。


確かに、セイランの上にティハラザンバーは、いた。


それはまるで、天井てんじょうり付いた様な姿であった。


「できた!」


のこちゃんは、何度か体験した跳躍力ちょうやくりょくがあれば、ジャンプで一気に天井てんじょうへ飛びつく様なマネが可能な気がしたのだ。


そのためには、どんな体勢たいせいからでも足で着地できる、ティハラザンバーの姿勢しせい制御せいぎょの身体能力があればこそである。


そしてこれは、待避たいひだけのために起こした行動ではない。


ぶっちゃけると、本当に天井てんじょうり付ける訳ではないので、そのまま落っこちてしまう前にまたそこから飛び出す必要がある。


だったら、そのいきおいを使ってセイランへ反撃しようという寸法すんぽうなのだ。


イメージしたのは、初代チャムケアがOP映像で見せた、敵に宙高ちゅうたかくふき飛ばされた様な状況じょうきょうから、高層建築こうそうけんちくおぼしき建物の側面そくめん一瞬いっしゅん着地をして反撃の体勢たいせいととのえる仕草しぐさである。


それはその後も、劇中で何度も使用されたり、別のシリーズタイトルでもオマージュされたりと、チャムケアの歴史の中でもなかなか印象的なアクションなのだ。


のこちゃんは、天井てんじょうへ着地する時にジャンプのいきおいを吸収きゅうしゅうさせる様たわめた、ティハラザンバーのあしと全身の筋肉を再びハネさせた。


ただ、いくら広いとは言え体育館たいいくかんゆか天井てんじょうていどの距離きょりなので、ここから急遽きゅうきょやれる攻撃方法はキックくらいしかないだろう。


「そう言えば、キックなんてした事ないな…」


などと思いつつ、のこちゃんは空中くうちゅう姿勢しせいを変えて、とりあえずセイランにティハラザンバーの足を向ける。


「やあぁ!」


形だけのキックとは言え、なかなかのいきおいなので、当たればかなりのダメージになるだろう。


しかし、セイランは、それをけるでもなく迎撃げいげきへと打って出た。


瞬時しゅんじに身体をちぢめてちからめると、全身を使って、そのちからを一気にはなつ。


今日、セイランが見せた中でも最高で最強の上段じょうだん横蹴よこげりである。


はっ!!」


ティハラザンバーのキックとセイランのりが、真正面ましょうめんから激突げきとつした。


その衝撃しょうげきは、ブーツ状の白銀しろがねよろい部分で大きな金属音をひびかせ、部屋の空気を振動しんどうさせる。


いきおいまかせでほとんど攻撃のていを成していないのこちゃんとちがい、セイランは、最大のインパクトをたたき出す的確てきかくな瞬間をその技に合わせ、後手ごてに回った不利ふり相殺そうさいさせた。


拮抗きっこうして、行き場を失った二人分の攻撃エネルギーが、両者を別々べつべつの方向へと大きくはじき飛ばす。


それでも、相変わらず何とか足から着地を成功させるティハラザンバーと、姿勢しせい良く音もなく着地するセイランの双方そうほうにダメージの様子は見られない。


間髪入かんはついれず、セイランは、次の攻撃を仕掛しかけけるべく地をった。


あわてて、のこちゃんもいきおいよくティハラザンバーを走らせる。



みずから相手の真正面ましょうめんへ向かうとは、何か考えがあるのか…のこ?』


「う~ん、まぁ…」


一つできたなら、もう少し試したくなるのもまた人情にんじょうである。


チャムケアシリーズと言えば肉弾戦にくだんせん代名詞だいめいしであり、中でものこちゃんが印象的だったのは、やはり『Joy!フロイラインチャムケア』のケアアンティアだろう。


『Joy!フロイラインチャムケア』は、おしとやかなご令嬢れいじょうはなやかな世界をモチーフとしたタイトルで、主人公が変身するケアアンティアも花のチャムケアという可愛かわいらしさなのだが、ギャップねらいなのか、最初から最後まで全身全霊ぜんしんぜんれいたたきつける様な壮絶そうぜつバトルをひろげる作風なのである。


特に、序盤じょばん撃退げきたいした敵の幹部かんぶがパワーアップを果たし、逆襲ぎゃくしゅうのために仕掛しかけられた作戦で心をられそうになったアンティアが、あやうい状態からほぼ自力で復活するくだりには涙しつつも興奮こうふんさせられたファンも多い。


その際、挿入歌そうにゅうかとして使用された「フロイラインの情熱じょうねつ」は、主人公の体が部分的に少しずつケアアンティアに変身してゆく事で、立ち直る経過けいか象徴しょうちょうさせるという演出と相俟あいまって、あつい反撃のアクションをいろどった珠玉しゅぎょくの名曲と言わざるをないのこちゃんである。


当然とうぜん、きょう姉さんからお下がりのMyPhoneマイフォンには、高音質で入れてあった。


そんなケアアンティアが初めて変身した時に見せた超低空ていくうの突撃とそれに続く転がる様な怪物とのはげしい戦闘描写びょうしゃでは、主人公の健気けなげさを応援する気持ちも手伝って、あっという間に作品世界へ意識を没入ぼつにゅうさせられた記憶がのこちゃんの中で鮮明せんめいよみがえる。


「これだ!」


のこちゃんは、走りながら思い切り足をらせて、地面スレスレを水平にティハラザンバーを跳躍ちょうやくさせた。


ケアアンティアよろしく、ティハラザンバーの低空ていくう突撃で、セイランとの距離は一気にちぢむ。


「なっ…」


またしても不意を突かれた形のセイランは、咄嗟とっさにその身をちゅうへ逃がしてやりごし、上からティハラザンバーに攻撃をくわえようとした。


しかし、そこは、ケアアンティアのイメージ最中さいちゅうなのこちゃんである。


脳内では、怪物の攻撃から俊敏しゅんびんに身をかわし、積極的せっきょくてき接近せっきん戦を仕掛しかけるその勇姿ゆうし走馬燈そうまとうの様に再生されているのだ。


のこちゃんは、イメージにならって低空ていくう突撃の中で思い切りゆかへ手をつき、強制的きょうせいてきに身体の移動方向いどうほうこう転換てんかんさせると、横回転のきりもみ状態ではね上がった。


その高いテンションといきおいのまま、上空じょうくうのセイランを追いかけて、腕ではらいのけようというこころみだろう。


「やあっ!」


『そら、相手の力の道筋みちすじもよく見るのだ…のこ』


トレーナーに注意され、のこちゃんは、ハッとした。


こんな状況でも、セイランのらめきの流れは、したたかにティハラザンバーをとらえていたのだ。


油断ゆだんのならない格闘巧者かくとうこうしゃである。


だが、もうはらう腕の動きは止められない。


のこちゃんは、予想されるセイランの攻撃を、アームカバー状の白銀しろがねよろい部分で受ける事に腹をくくった。


腕の軌道きどうを無理矢理に合わせたその直後、空中で双方そうほうの攻撃が激突げきとつし、再び大きな金属音がひびかせる。


「間に合った!」


セイランは上からみつける様なりを出していたのだが、空中であったために力が入りきらず、ティハラザンバーの腕払うでばらいに力負ちからまけをしてしまった。


「くっ、馬鹿力ばかぢからめ…」


不覚ふかくにも体勢たいせいくずしてしまったセイランだったが、ティハラザンバーのきりもみ運動は、まだおさまっていない。


身体の横回転にまかせ、はらいをした腕とは逆の方の腕が、攻撃の予備動作を終えた状態で空中のセイランへ正対せいたいする。


「うっ」


「やあああぁぁぁっっ!!」



ちなみにケアアンティアは、はがねのメンタルをグーパンチに乗せて、正面から敵を粉砕ふんさいしにかかるストロングスタイルのチャムケアである。


のこちゃんは、そんな感じでティハラザンバーのこぶしを前へ、セイランに向けてときはなった。


『ふむっ、良いな…のこ』


改めて言うまでもないが、ティハラザンバーの身体は、魔の神獣しんじゅうおおティハラとそれをった白銀しろがねよろい聖女せいじょからできている。


かくとなっているのこちゃんこそ単なるチャムケア好きの中二女子にすぎないものの、要するにそれは、伝説でんせつがもらった服を着て歩いている様な存在なのだ。


そんなアレな存在が、空中でまったく力が入らない状態でとは言え、その気になって渾身こんしんの攻撃をり出せばどうなるのか。


先ほどのイメージも何も無い、形だけでっち上げたキックとはわけが違う。


トレーナーの言った通り、のこちゃんがそのこぶしめたいわばチャムケア好きのたましいに、身体ティハラザンバーこたえた。


ずは、まわりの空気を巻き込む様なうねりが、ティハラザンバーのこぶし追従ついじゅうする。


うねりは、空間そのものをく様な振動しんどうへと昇華しょうかし、衝撃しょうげき奔流ほんりゅうとなってねらったさき穿うがつのだ。


衝撃波しょうげきはとは、よく言ったものである。


実際、かれた空気は部屋の中にも係わらず暴風ぼうふう逆巻さかまかせ、震動しんどうが部屋どころか建物そのものをはげしくらした…


「ぬぅっ」


「はぁ?!」


のだが、その現象げんしょう一瞬いっしゅんにして霧散むさんした。


立ち合いを注視ちゅうししていた老矛ろうぼうとベニアも、何が起きたのか分からぬまま、この成り行きに驚愕きょうがくきんない。


「え…」


ただし、一番ビックリしたのは、攻撃をはなったのこちゃんご本人だろう。


嵐の様な衝撃波しょうげきは発生はっせいあわてて、のこちゃんが途中とちゅうこぶしめたので、威力いりょくはすぐにしぼんでしまったのだ。


絵にいた様な、虎頭蛇尾ことうだびである。


その結果、キョトンとした顔のままティハラザンバーはゆかに落っこちて、したたかに頭を打った。


「あいたっ!!」


『ふむ、最初だから仕方ないが、ゆくゆくは胆力たんりょくやしなってゆかねばならないな…のこ』


トレーナーのダメ出しで、のこちゃんは、ハッとわれに返る。


「なな、何ですか今のは…ルックスはともかく、こんなの出しちゃったら本当に怪人かいじんじゃないですか!?」


ゆかに転がったまま、小声でのこちゃんは、トレーナーにクレームを入れた。


おおティハラがた様なちからを使っていたから、恐らくは、それをティハラザンバーもいだのであろうよ。

その身一つでびようと思うのなら、戦いに有利ゆうりになる能力のうりょくは、少しでも多い方が良いのだ。

逆に、良かったとよろこぶべき事実じじつではないか?…のこ』


まさかの怪人かいじん要素肯定こうてい論に、のこちゃんは唖然あぜんとする。


そしてそれは、凶悪きょうあく容姿ようしと運動性が高い大柄おおがらな身体に、殺意さついの強い大きな武器をまわして、手からなぞ衝撃波しょうげきはを出す系怪人かいじんぞうとは言え、のこちゃんの基本的な戦闘スタイルが完成コンプリートした事を意味した。


もちろん、これからの成長を考えれば、前途洋々ぜんとようようと言えなくもない。


全然ぜんぜんうれしくない………………」



さいわいにも、ティハラザンバーのこぶしは、セイランからそれていた。


しかし、一瞬いっしゅんだけ猛威もういをふるった衝撃しょうげき余波よはに飛ばされたセイランは、ゆか尻餅しりもちをついた姿で呆然ぼうぜんとしている。


特に、身体へきずった様子は無いのだが、よほどティハラザンバーのちからおどろいたのであろうか。


まだ部屋の中の空気が少しそよいでいて、セイランのほお辺りでは、光沢のある灰色の毛並みがかすかにれた。


「………ティハラザンバー、お前もか…」


何かをポツリとつぶやいたセイランの声をかき消す様に、警報けいほうおぼしき大きな音が、建物全体へとひびわたる。


のこちゃんは、救急車きゅうきゅうしゃかな?などとボンヤリ思ってから、再びビックリして飛び起きた。


「何これ、サイレン!?、火事?!、地震?!」


タイミングを考えれば明らかにティハラザンバーの引き起こした現象に対する警戒警報けいかいけいほうなのだが、その自覚は無いのこちゃんである。


狼狽うろたえるな、まわりの者をよく見るのだ…のこ』


「え?あ…」


なるほど言われてみれば、このむねを主に使っているらしいおおかみ獣人じゅうじんクラスターの老矛ろうぼうやセイランはともかく、ジャガーの獣人じゅうじんであるベニアさえも特に動揺どうようをしていなかった。


もしかすると、これくらいの警報けいほうなど、魔刃殿ここではそれほどめずらしい事でもないのかも知れない。


「ああ、そうなんだ、おどろいたぁ」


本当の所は、前日にティハラザンバーが暴れて出ていったり、白獅子しろじし御大将おんたいしょうことじっさんと決闘させられたりしていた時に警報けいほうっていたので、"またらしたか"といったみなの反応だったのであるのだが。


やれやれと言わんばかりに、老矛ろうぼうふところから小さな道具らしき物を取り出し、手元でそれを操作そうさをすると間もなく、警戒警報けいかいけいほう停止ていしした。


警報けいほうれていないのこちゃんが安堵あんどしていると、いつの間にかセイランは、ティハラザンバーの後に立っていた。


何も言わずにティハラザンバーを見つめているので、これには、さすがにギョッとしたのこちゃんである。


「なっ、何でしょうか?」


「次は、今のをどんどん使ってくれてかまわない」


セイランは、ティハラザンバーのはなった衝撃波しょうげきは間近まぢかせっしていても、まだやる気十分であった。


むしろ、ひとみからはっする光りは、つよまっている。


戦うスタイルがどうやら怪人かいじん型に決定された直後とあって、えてやる気の欠片かけらも無いのこちゃんは、マジですかぁと引き気味なのだが。


「もう、良いであろう。

双方そうほうとももどれ、これまでとする。」


セイランをたしなめる様に、老矛ろうぼうが立ち合いの終了をげた。


老師ろうし?!」


間違まちがえるなセイラン。

今日のこれは、あくまでもティハラザンバーの素養そようはかる事が目的なのだ。

お前も育成組いくせいぐみなのだから、こやつとは、これからいくらでも稽古けいこする機会があるだろう…ちがうか?」


「………………はい…」


不承不承ふしょうぶしょうな様子で、セイランはうなずく。


どうやら、本当に終わらせて良いらしい。


もちろん、のこちゃんは態度に出ない様に細心さいしんの注意をはらいつつ、心の底から、そして、心の中にとどめたままでバンザイをしていた。



「ってことは、トマト…ティハラザンバーの育成組いくせいぐみ入りに、納得なっとくしたんですか?」


老矛ろうぼう言質げんちに、すかさずベニアが確認を入れる。


左様さよう

われあずかるにる者とはんじた………ティハラザンバーよ」


老矛ろうぼうは、ティハラザンバーがこぶしはなった先の天井てんじょうをチラリと見やってから、のこちゃんへ呼びかけた。


「…え?あ、はいっ」


「ご苦労だった、今日はもう良い。

明日からは育成組いくせいぐみへ参加する様に…また、ベニアカーラ・ベニアについてくれば集まる場所も分かろう。」


くわしい予定はそこで話すと、老矛ろうぼうがこの場をめくくろうとしたその時である。


何やら、部屋の出入り口の方で騒然そうぜんとした気配けはいがわき起こり、大勢おおぜいおおかみ獣人じゅうじんが、どやどやとなだんできた。


どこか殺気立さっきだっている様に、のこちゃんには見える。


一同が目をみはる中で、おおかみ獣人じゅうじんたちは、素早く老矛ろうぼうの前に整列せいれつをしてゆく。


ティハラザンバーを気にしているのか、チラチラ見ている者も多い。


『こやつらには、見覚みおぼえがあるな…のこ』


小柄こがら体格たいかくに、簡素かんそよろい姿と短いやりの様な武器を持っているおそろいのちで、のこちゃんは、昨日きのう自分をかこんだ警備けいび担当たんとうの者たちと思い当たる。


「あんまり、良い印象は持たれてないですよねぇ…」


整列せいれつんでも、彼らの雰囲気ふんいきはピリついていた。


何事なにごとだ、物々ものものしい。

今の警報けいほうなら、すで状況じょうきょうは終了しておる。

すみやかに、通常つうじょうの配置へもどる様に…」


老矛ろうぼうは、現状に問題の無い事を伝える。


しかし、お待ち下さいとリーダーらしき者が大勢おおぜいの中より進み出て、緊張きんちょうした口調くちょう報告ほうこくをした。


「おかしら襲撃者しゅうげきしゃです!」

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