06 のこちゃん、謎の武装組織に入る


突然とつぜんたされた二振ふたふりのかたなをどうすれば良いの?問題については、あっさりと解決した。



軽くてあまりにもあつかいやすいため、有耶無耶うやむやの内にじっさんと握手あくしゅした際には、両方のつかを片手で持つ事ができた。


しかし、専用せんようさやがある訳でもないらしく、この先ずっとのまま持ち歩かなければならないとなると両手もしくは片手がつねにふさがる事になって、さすがに邪魔じゃま面倒めんどうくさい。


のこちゃんがそんな事をぼやいていると、せいザンバー=リナの声は、せっかくの神器じんぎ罰当ばちあたりなと苦言くげんはさみながらも、顕現けんげんするまでそのかたながどこにおさまっていたのかを説明し始めた。


『君のその身体、ティハラザンバーへ再構築さいこうちくするに当たって、使い切れないちからがほんのわずかあったので、その受け皿に漂流結界ひょうりゅうけっかいの"おり"の術式をんだのだ。

君が飛びこんできた時ほどの大きさではないのだが、余裕よゆうでそのかたな二振ふたふおさめられるくらいには、新たに特殊とくしゅ結界けっかいを身体へ付属ふぞくさせる事ができた。』


便利べんりな大きめの行李こおりを常に携帯けいたいしているとでも意識してみよとせいザンバー=リナの声は言うものの、"こおり"って何だろうと説明以前にかるのこちゃんである。


素直にその事を質問してみると、たびをする時に必要な物を入れる大きな箱のたぐいだと教えてもらえた。


何でも、白銀しろがねよろい聖女せいじょとしてあちこちに遠征えんせいしなければならず、その際、隊を組んで随行ずいこうするともの者たちが頻繁ひんぱんに使っていたとの事だった。


のこちゃんは、押し入れの収納しゅうのうケースか何か、そんな物だろうと当たりを付ける。


「いや、大きめって事は、押し入れそのものなのかも知れないな…」


自分の中に押し入れがあると思うと複雑な気分なのだが、言われた通りに意識してみると、なかなかの広さがあると分かった。


そこへ放り込む様なイメージをすれば、間髪かんはつれず、二振ふたふりのかたなが同時に手から消えせる。


かたなの大きさからはかった印象としては、のこちゃんのかよう剣道教室が開かれていた公民館の道場くらいあるかもしれない。


「うわ、あたしの部屋より広い押し入れじゃん…ん?」


消えたかたなの存在を認識にんしきできた事で大凡おおよそ仕組しくみが分かったのだが、押し入れの中には、ほかにも何かがあると気が付いたのこちゃんである。


「何だろうコレ」


今度は、取り出す様なイメージをしてみると、"それ"がのこちゃんの手の中にあらわれた。


それは、どこか見覚みおぼえのある小さな子供服であった。


『ああ、それは君が着ていた服だ』


一応、取っておいたのだとせいザンバー=リナの声は、思い出したかの様にのこちゃんへ伝える。


確かに、警察へ協力するていでチャムケア・チャーミングストア東京店への遠征えんせい画策かくさくした際、浮かれながらチョイスしたのこちゃんのお出かけちがいなかった。


去年の夏休みに、家族で出かけたファストファッションの大型おおがた店舗てんぽで、祖母が買ってくれた物だ。


体の大きなティハラザンバーの手で持っていたから、子供服の様に見えたのである。


ただし、爆発の衝撃しょうげきほのおにさらされたあとがあり、とどめに大きな破片はへん激突げきとつしたせいでかなりいたんでしまっているのだが。


あれから、どれくらいの時間がったのだろう。


「おばあちゃん、おじいちゃん、きょう姉さん、心配してるだろうな………………」


もっとも、ティハラザンバーのこんな姿で帰ったら、全員ひっくり返るかと思い直して服をそっと押し入れの中へもどす。


「いや、きょう姉さんだけは、多少たしょうよろこぶかな…ははっ」


のこちゃんは、行き場のない感情をごまかす様に、少しかわいた笑いをこぼした。



――――――――――――――――



白獅子しろじし御大将おんたいしょうこと じっさん に連れられて、のこちゃんは、ようやく魔刃殿まじんでんの建物内へとおされた。


ちなみに、中心にそびえている半球はんきゅうとは別の、建物ぐんの中で比較的ひかくてきおおきなものの内の一つである。


そこは、じっさんがトップにいるらしい、猫系獣人じゅうじんたちのらす区域との事だった。


やっぱり、あの半球はんきゅうはラスボスがいるお城みたいなものにちがいないと、第一印象に確信かくしんたのこちゃんである。


心の中でしばらくお世話せわになりますと言いながら半球はんきゅうに向かって頭を下げていると、それに気が付いたじっさんがいぶかしむ。


「うん?どうかしたのかティハラザンバー」


「いや、ここのラス…一番えらい人があそこにいそうなので、何となく挨拶あいさつを」


「ああ、ありゃあ、そういうんじゃねえよ………まぁ、いずれ分かるさ」


「はあ」


どうやら、魔刃殿まじんでん大首領だいしゅりょうがいる所とかではなかったらしい。


そう言えば、イタチやオコジョのたぐいおぼしき法衣ほうい獣人じゅうじんも、半球はんきゅうに対しては景観けいかんの良さを言っていた気がするから、もしかするとここを象徴しょうちょうするモニュメントのたぐいなのかも知れない。


そう思いながらのこちゃんがあたりを目でさがすと、法衣ほうい獣人じゅうじんは、いつの間にか姿すがたを消してしまっていた。


恐らくは、のこちゃんとじっさんが合流したので、目的をげたのだろう。



のこちゃんが正式に魔刃殿まじんでんむかれられて最初にやった事は、おのれ状態じょうたい確認であった。


すなわち、かがみで現在の自分の顔を見る事である。


えず、寝起ねおきする場所は準備があるから後ほど別に案内させるとじっさんに言われ、訓練場か道場とおぼしき広い部屋へ案内された所で、姿見すがたみの様な大きいかがみを見つけたのだ。


それは、かべの一部が金属製のフラットな鏡面きょうめんになっていたもので、もしかすると別の用途ようとがあるのかも知れないが。


じっさんがどこかへ行ってしまった後、まわりに誰もいない事をたしかめて、のこちゃんはおのれ姿すがたをまじまじとながめた。


「本当に牙は………ある、けど、これはそういう次元じげんじゃ、ああ、しゃべると口が動く、ああ…」


結論けつろんから言えば、そこには、のこちゃんが伝説でんせつの中で目撃したおおティハラの顔が、サイズダウンしてそのままあったのだ。


虎と言えば虎なものの動物の虎そのままではない、どこか怪獣めいたつくりで、かなり攻撃的なフォルムなのがおおティハラの顔である。


目の色はんだ金色でくりくりと動き、口のパクパクに加えてしたもべろんと出せるしで、のこちゃんが意図いとした通りの表情がそこへ乗る。


たとえるなら、人の表情や動作をリアルタイムスキャンして、CGキャラクターをまるで自分の様に動かすグラフィック技術が鏡の中で起こっている感覚だろうか。


肉球にくきゅうの付いた手でその顔をさわりながら、毛はモフモフひげピンピン、牙がチクチクするし耳もちゃんと聞こえるなど、納得なっとくいくまで検証けんしょうしてゆくのこちゃんであった。


いや、基本的に納得なっとくはしないのだから、あきらめがつくまでと言った方が正しいのだろう。


そんな中、意識して耳をませると、おおティハラの"けも耳"がひょこひょこ動くので、ちょっと楽しかったのは発見だった。



ティハラザンバー全体の構成こうせいとしてはず、人型ひとがたへコンパクトに再構築さいこうちくされた、おおティハラの素体そたいがある。


そこへ、首の下辺りからワンピースのハイレグ水着じょうに、両肘りょうひじから手首をおお手甲てっこうじょう、そして両足りょうあしにはひざまで届くブーツじょうと、それぞれ白銀しろがねよろい変態へんたいしたらしい装甲をまとっている。


のこちゃんの予想通り、白銀しろがねよろいおおわれたおしりには、しっぽが見あたらない。


頭部には、白銀しろがねかぶと余韻よいんおぼしき部品が、意匠いしょう的にあつらえられていた。


確かに、目をすがめると迫力はくりょくす事も手伝って、これはもう虎系の怪人かいじんにしか見えない姿である。


見えない?


本当にそうだろうかと往生際おうじょうぎわ悪く、のこちゃんはためしに昭和の特撮ヒーロー作品で登場しそうな怪人かいじんをイメージして………


「ワガハイはティハラザンバー!、マジンデンにサカラウ者はミナゴロシなのだっ、ザンバーァ!!」


などと身振みぶ手振てぶりをまじえてそれっぽくやってみたら、あまりにもさまになっていたのでひざからくずれ落ちた。


その姿勢しせいのまま、これはたまらんなどとさらに昭和の怪人かいじんが使いがちなセリフをつぶやいて、みずから傷口に塩をるのこちゃんである。


ちなみにそれらは、特撮ヒーロー好きなきょう姉さんのおすすめライブラリーや、動画サイトの公式配信などでおぼえたものだ。



「うう、チャムケアに浄化じょうかしてもらったら、元の姿すがたもどれるのかなぁ」


モソモソとそんな事を言って現実逃避げんじつとうひしているのこちゃんに、ひとの名前でみょうな遊びをするのはあまり感心せぬなと、せいザンバー=リナの声がたしなめる。


『そんな事よりも、案内役の者が来た様だぞ?』


のこちゃんが部屋の出入り口の方へ視線をやると、そこには、最初にここで出会った猫の獣人じゅうじん涙目なみだめで腰をかしていた。


「あっあにょ、さからわないので、みなごろさにゃいで下さいぃ………………」


その惨状さんじょうにギョッとするも、すぐわれに返って、原因はさきほど自分がえんじた昭和怪人かいじんと思いいたる。


「ああっ、ごめんなさい!おどろかせるつもりはなかったんですっっ」


あわてて助け起こそうとるのこちゃんの姿を見て、猫の獣人じゅうじんは、ひいぃと小さくうめいてそのまま気を失ってしまった。


顔がいかついティハラザンバーの巨体が急接近きゅうせっきんして来るさまは、さぞや迫力はくりょくがあったにちがいない。


「あっ、あれ?どうしました、猫獣人じゅうじんさん!猫獣人じゅうじんさ~ん!?」


猫の獣人じゅうじんを両手に抱きかかえて、オロオロするしかないのこちゃんであった。



――――――――――――――――



あまりに帰りが遅いので様子を見に来たじっさんに、気絶した猫の獣人じゅうじんを正座で膝枕ひざまくらしている姿を見られたのこちゃんは、何やってんだかとあきれられたものの、ハッと我に返るとうっかりおどろかせてしまった状況じょうきょうを話して助けを求めた。


「お前なぁ、名前もそうなんだが、他者からどう見えてるとか…もっとこう、自分の事をしっかり把握はあくしとけよな。

田舎いなかにいたころは気にしなくて良かったのかも知れないがな、集団で生きるってのはそういうもんなんだからよ」


『ふむ、まったくだな』


「ご、ごめんなさい」


田舎いなかって言われてもなぁ…と思ったのこちゃんなものの、失敗したのは事実である。


じっさんとせいザンバー=リナの声から外と内の二重奏にじゅうそうで軽く説教されつつ、のこちゃんは、じっさんに案内されて救護室きゅうごしつおぼしき施設しせつ寝台ベッドへ、猫の獣人じゅうじんをできるだけ丁寧ていねいに運んだ。


「キットカッチェは…こいつの名前な、方術ほうじゅつの使い手としてはなかなかのもんなんだが、ビックリすると気を失うクセがあってな。

まぁ、見た感じもいつも通りだから、大丈夫だと思うぜ?」


じっさんにそう言われて、事なきをたと分かり一気に緊張きんちょうがほどけたのだろう。


のこちゃんは、寝台ベッドの前のゆかにへにゃっとすわんでしまった。


「良かった………………」


おのれのアホないで猫の獣人じゅうじんさんに何かあったとしたら、さすがに自分がゆるせなくなっていた所である。


キットカッチェさんって名前なのかぁ…などとぼんやり考えながら、のこちゃんは、寝台ベッドの上でいつの間にか寝息をすーすーと立てているその姿を見ていた。



「あらら、そんな所にでかい図体ずうたい居座いすわられると邪魔じゃまだから、どいてくれると助かるわねぇ」


すわむのこちゃんへそんな声をかけてきたのは、獣人じゅうじんで言えば、黒豹くろひょう系の長身ちょうしんな女性であった。


目はティハラザンバーに近い濃い金色なのだが、のこちゃんの性格的なキョトンさとちがい、どこかするどさがある。


黒い体毛とは反対に、体へピッタリとした白い服のパンツ姿で、全身のスマートさをあわせて清潔せいけつな印象だった。


そのうしろにはじっさんもいて、のこちゃんに、この黒豹くろひょう獣人じゅうじんの女性を紹介しょうかいする。


「こいつはパンタニア・パニア、救護施設ここや猫系連中れんちゅうの生活区を全体的に仕切しきってるやつだ。

こえぇから、絶対に怒らすなよ?

パニア、こいつはティハラザンバー、後の事はたのんだぜ」


「ええ…それはそうと、白獅子しろじし御大将おんたいしょうって事をもっとしっかりご自覚じかくしてくれたら、そうそう怒ったりはしませんよ?」


黒豹くろひょう獣人じゅうじんのパニアにジトーとした目で見られながらそんな返しをされると、じっさんは気まずくなったのか、とにかくよろしくと言いながらどこかへ行ってしまった。


法衣ほうい獣人じゅうじんにも似た様な事を言われていたので、何となくではあるが、じっさんのここでのあつかいが見えてきたのこちゃんである。


じっさんの出ていったとびらに軽くため息をはいたパニアは、意識を切り替える様にのこちゃんへ向き直った。


「じっさんがさっき言っていた通り、キットカッチェは、ここに寝かしておけば良いわ。

さあさあ、立って立って、貴方あなたが住む部屋を案内するからね」


「あっ、すみませんっっ」


のこちゃんがあわてて立ち上がると、そんななりをしてずいぶんと素直なのねとパニアは苦笑した。


「ごめんなさいね…聞いていた素行そこうとイメージがちがうから…あら?、貴方あなた女の子なのね」


「え?、あっはい………………一応いちおう


『ふむ、君の体がもとなのだから、その辺りは迷わずとも良い』


「名前は、本当にティハラザンバーで良いの?」


「あー………はい、まぁ、そんな感じです」


『名前に"そんな感じ"も何もないであろうよ』


こまかいツッコミを入れてくるせいザンバー=リナの声を無視して、のこちゃんは、あらためて目の前にいるパニアを見る。


長身とは思ったものの、ティハラザンバーの顔のやや下にまで黒豹くろひょうの頭が来ているのだ。


今まで見てきた獣人じゅうじんたちをかんがみて、女性である事を考慮こうりょすると、かなり突出した立派な体格の持ち主と分かる。


ゆかすわった位置から見た時の印象よりも、均整きんせいの取れた身体のラインが長身さと相俟あいまって、なかなかの魅力みりょく発揮はっきしていた。


それに加え、白獅子しろじし御大将おんたいしょうという、ここでも上の方に位置しているらしい大物にも一目いちもく置かれている存在なのだ。


これには、のこちゃんも結論せざるをない。


「女幹部かんぶですね!」


なので、思わず口に出してしまう。


やはり、悪の組織と来れば、美しくナイスバディなお姉様系の女幹部かんぶが付きものだろう。


それは、主人公ぜいと対立する事でかがやく、裏の花形はながたとも言える。


どちらかと言えば徒花あだばななのだが、物語にはなえるジャンル物としてのお約束であり、チャムケアシリーズでもそれは例外ではない。


またしてもおとずれた新たなチャムケア体験に、のこちゃんのテンションは上がった。


「女幹部かんぶですね!」


『何故、くり返すのだ?』


「何で、くり返したの?」


せいザンバー=リナの声とパニアが、のこちゃんへほぼ同時にツッコミを入れた。


のこちゃんとしては、だいじな事だったからに他ならないのだが。



「しかし、女幹部かんぶなんて言われたのは、初めてね」


ティハラザンバーに用意された部屋へ案内する道すがら、黒い毛並みをキラキラさせながらからからと笑うパニアは、異次元いじげん踏破とうは傭兵団ようへいだん"魔刃殿まじんでん"での身の置き方をザックリと教えてくれた。


魔刃殿ここは、軍隊みたいなトップダウンの命令系統めいれいけいとうがある訳じゃないのよ。

特に猫系うちのクラスターは、協調性きょうちょうせいが無い事で言えばつぶぞろいだから………まぁ、あばれたりしなければ、何か言われるまで自由にしていて良いわ。

いずれ、仕事を取る時になったら自分が何をすべきかは分かるし、そのつど戦力として尽力じんりょくすれば追い出される事も無いはずよ」


「………はあ」


『なれば、当初の予定通り、その身体に慣れる訓練がはかどるであろうよ』


さすがに、傭兵ようへいの意味は、のこちゃんも分かっている。


せいザンバー=リナの声がのんきな事を言ってくるものの、魔刃殿まじんでん所属しょぞくしている以上は、近い将来、怪人かいじんティハラザンバーとして望まない戦いへかり出される事を意味しているのだ。


怪人かいじんかどうかはともかく、それに思いいたれば、チャムケア体験は楽しかったものの覚悟かくごさだまっている訳でもないとあり、ただただ気が重くなるのこちゃんである。


「ああ、でも貴方あなた育成組いくせいぐみに入れられたのよねぇ」


だったら部屋へ行く前に云々うんぬんとぶつぶつ言いながら、パニアは、何処どこかにみちするとのこちゃんへげて案内する方向を変えた。


元より、唯々いい諾々だくだくとついていくしかない現状げんじょうなので、どんな道筋になろうとものこちゃんにいなやはない。


やがて、とびらの無い部屋の入り口へと辿たどいた。


そこは、最初にのこちゃんが通された場所と同じくらいのやはり訓練所か道場として使われているであろう広さで、高い天井てんじょうと大きなかべだけの殺風景さっぷうけいな部屋だった。


そう言えば、ここのかべには、金属製のフラットな鏡面きょうめん部分が無い模様もようだ。


「あのこは、この時間だとトレーニングしていると思うのだけど…ああ、やっぱりいたわね」


のこちゃんが部屋の中全体へ意識を向けると、何者かが発したであろうらめきの流れを自然にとらえる事が出来た。


じっさんとの決闘をて、より分りやすくなった気がする。


そこには、ひとりで訓練らしき動作をくり返す獣人じゅうじんがいた。


「ベニア、ちょっと良い?」


パニアに声をかけられ、こちらに気が付いたその者は、動作を中止してってくる。


毛並みに若干じゃっかん赤味がかかっているのだが、獣人じゅうじんで言えばジャガー系だろう。


「何?パニアおばさん…」


次の瞬間、パニアから発せられた数え切れないほどにひしめく数多あまたらめきの流れが、ベニアと呼ばれたジャガーの獣人じゅうじん殺到さっとうする。


それは、決闘でじっさんがのこちゃんへ見せたものにせまいきおいであった。


それが、見えていたのか分からないものの、ひゃあっと短い悲鳴をこぼして、ジャガーの獣人じゅうじんはその場に尻餅しりもちをついていた。


「ダメでしょベニア?、ここでは、ただのパニアとベニアだと何度も言っているのに」


『ふむ、無防備むぼうびな所へ、あれだけ濃密のうみつなものを一気にぶつけられては、例えあれが見えなくても気圧けおされるだろうよ』


「さすが、女幹部かんぶ………」


パニアが"おばさん"という言葉に過剰かじょうな反応をした気がしたものの、思った事を話す前に一旦いったんよく考えようと気を付けているので、のこちゃんがそれを口にする事はなかった。


一拍いっぱく置いてから、助け起こしたジャガーの獣人じゅうじんを、パニアがのこちゃんへ紹介しょうかいする。


「あんな呼ばれ方をしちゃったから言うけど、このは、私のめいでベニアカーラ・ベニア。

貴方あなたと同じで、猫系うちから今期の育成組いくせいぐみに参加しているの。

分からない事は、このベニアから聞いてちょうだいね」


「ベニアって呼んでね!」


「よ、よろしくっ」


うわさで聞いたよ?本気のじっさんとわたって、ケガもしてないんでしょ!?

猫系うちからは、育成組いくせいぐみひとりで入ってるから、ちょっと心細かったんだよね。

明日から一緒だと思うから、こっちこそよろしくだよ!!」


パニアに似た金色のひとみかがやかせて明るくしゃべるジャガーの獣人じゅうじんベニアは、やはりパニアと同じくらいの背丈せたけであり、ティハラザンバーにせまる体格の持ち主である。


赤味のかかった毛並みに斑紋ひょうもんの黒がえるコントラストで、のこちゃんは、暗い所だと黄金おうごんの毛並みが赤っぽく見えるティハラザンバーに何処どこか通じている印象を受けた。


環境かんきょうの変化がいちじるしいのこちゃんとしては、ベニアの屈託くったくのない話しやすそうな感じも、これから自分にとってありがたい存在となる予感がした。



そう言えば度々たびたび耳にする育成組いくせいぐみとは何であるのか、ベニアにティハラザンバーを紹介しょうかいしているパニアを待って、のこちゃんはいてみた。


育成組いくせいぐみは、次期じき主力候補しゅりょくこうほ育成いくせい計画けいかくの参加者の事だけど、有望ゆうぼうな新人を魔刃殿こちらきたえて、あらかじめ戦力としての底上げをするこころみよ」


せっかくの人材をいきなり実戦じっせん投入とうにゅうしてあっけなく死んじゃったら勿体もったいないでしょ?と、パニアは獰猛どうもうに笑う。


「!」


その凄味すごみのあるパニアの表情に、"こと戦いにいては強くなければ死あるのみ"というおきて言外げんがいにてくぎささされたのだと、のこちゃんは思った。


やはり、悪の組織と来れば、これぐらいの非情ひじょうさも当たり前にちがいない。


のこちゃんは、不本意ふほんいであろうとも覚悟かくごめろと、現実を突きつけられた気持ちだった。


『ふむ、君がニヤニヤしている時も、あんな感じだな』


「………………」


もしかすると、おおかみ獣人じゅうじんタレンにからまれたけは、これだったのかも知れない。


のこちゃんは、ティハラザンバーの身体をふくめた、この環境かんきょうに早くれる必要性を感じた。


「あと、何か、ごめんなさい」


「え、急にどうしたの?」


"他人ひとの事は言えない"とはこの事かと、内心で反省しきりなのこちゃんなのだが、思い当たる理由もなくあやまられて困惑こんわくするパニアである。


ベニアは、よく分かんないけど面白いと言って、けらけら笑っていた。



――――――――――――――――



パニアに案内された部屋は、ティハラザンバーの巨体きょたいをのこちゃん本来の体格として見ると、六畳間ろくじょうまくらいの感覚である。


なので、実際は、ちょっとした旅館の宴会場えんかいじょうくらいの間取りがありそうだった。


むき出しの石造りっぽい壁には、鎧戸よろいどが閉じられていて外が見えないものの、しっかりとした窓もある。


それでも部屋が暗くないのは、天井てんじょう照明装置しょうめいそうちが、それなりの明るさを提供ていきょうしているからだ。


家具は、ティハラザンバーが横になれそうな寝台ベッドと、日常で十分使えそうな卓子テーブル椅子いすまであつらえてあった。


「もっと、大勢おおぜい雑魚寝ざこねする、大部屋みたいな所だと思っていました」


それは、のこちゃんの想像より、かなり上の待遇たいぐうだった。


「言ったでしょ?、有望ゆうぼうな新人に期待してるって…」


それに素直な女の子なんだから多少はねっと、冗談じょうだんめいた言い方をしながら、パニアは部屋から出て行った。


もう、今日は休んで良いという事らしい。


明日は、何処どこかへ顔を出しに行かなければならないとの話で、ベニアがむかえに来る約束になっている。



のこちゃんは、ドカリと寝台ベッド腰掛こしかけると、大きなため息を一つついた。


ひどい一日だったよ」


意識を取り戻してからは、自分の容姿ようし激変げきへんしていた事をふくめて、色々とありすぎた。


『ふむ、いきなりその身体だったからな。

れるまでは、いたかたあるまいよ』


せいザンバー=リナの声は、ねぎらう様に言う。


「あたし、これからどうなるんだろう………って、かい人生じんせいがマストだった、ううっ」


もちろん、かい人生じんせいなるものは、のこちゃんにも想像がついている訳ではない。


とは言え、14年のあいだのこちゃんなりに人としてらしつちかわれてきたすべての常識が、この先、何ら指標しひょうにならない事は明かである。


ただ、現在いる場所にゆかりがあるらしい、せいザンバー=リナの声がいろいろと助言してくれるだけマシではあるのだが。


『それについては、君にひとつ、言っておかねばならない事がある』


頭を抱えるのこちゃんに、せいザンバー=リナの声が口調くちょうあらためて話しかける。


「何ですぅ?、またダメ出しですかぁ………」


見知らぬ土地とは言え、個室という少し気をける場をたからなのか、のこちゃんのろれつがあやしい。


もっとも、いくらティハラザンバーの身体能力が高くても、のこちゃんの精神的な負荷ふかはかれず、いつ折れてしまってもおかしくない状況じょうきょうである。


むしろ、よくここまでっているとも言えた。


だが………


「いやっ、やっぱり気をゆるめている場合じゃないですね!

チャムケアは絶対にくじけないんですから、これからどうするべきなのか、聞きましょう聖女せいじょのお姉さんっ」


ぐだりそうだったのもつか、チャムケアによる情操教育じょうそうきょういく賜物たまもので、のこちゃんは自力で立ち直った。


疾風しっぷう勁草けいそうを知るではないが、その人の持つしんの部分をうかがえるのは、まさしくこういう時なのだろう。


やはり、子供向け作品の影響えいきょうあなどがたしという事である。


『ふふっ、強いな君は………その強さを信じて、やはりハッキリと言おう。

それほど遠くない未来、現在こうして君へ語りかけているは、消滅しょうめつするであろう』


「………ふぇ?」


のこちゃんは、せいザンバー=リナの声が予想よそうを超えた事を言い出したので、理解りかいが追いつけず間の抜けた応答おうとうをしてしまった。


そんな様子を知ってか知らずか、せいザンバー=リナは話を続けた。


『ふむ、そもそも君をティハラザンバーへ再構築さいこうちくする際に、おおティハラとのすべては、純粋じゅんすいちから一度ひとたび変換へんかんされて失われたはずであった。

推察すいさつするに、あますことなくそのちからをその身体へ紐付ひもづけようと"おり"の術式をんだため、たましい些少さしょうながら現存げんぞんしてしまったのだろう』


ちなみに、まだのこちゃんの理解りかいは追いついていない。


『原因は恐らく、天空の女神リナリーシア様の神器じんぎと思われる………

白銀鎧しろがねよろいかぶと、そして双剣そうけんは、たましいと同化していたとは言え、元よりちからおよぶものではないのだからな』


それ以上はにも分からぬと、せいザンバー=リナの声が、めずらしく弱々しい口調くちょうになる。


「………でも、だったら、もう消えたりはしないんじゃないですか?」


その弱々しい口調くちょうに、のこちゃんのチャムケアスピリッツ刺激しげきされたのか、わからないなりにせいザンバー=リナをはげます様な相づちを打つ。


『くり返す様だが、残されたちからがあまりに些少さしょうなのでな、おのずと限界げんかいは知れよう。

それに、必要な時がくれば、結界けっかいで受け皿としたそのちからは、本体であるティハラザンバーへすべてそそがれる』


「それじゃあ…」


『ふむ、なれば消えるその時までは、が知りうる限りの事を君へ伝えよう』


聖女せいじょのお姉さん…」


『そののち、そのティハラザンバーの身体で、君が一人で生きて行ける様に』


せいザンバー=リナの声は、決意をしめす様に、これまでの力強い口調くちょうへと戻った。


「………………」


しかし、のこちゃんは、もう次の言葉が出てこなかった。

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