05 のこちゃんの怪人テスト


「俺は、で猫系連中れんちゅうあたまをやってるんだが、白獅子しろじし…まぁ、じっさんと呼んでくれ」


少ししわがれた声でそう話しかけてきたのは、白い獅子ししの顔を持つ獣人じゅうじんの男、これからのこちゃんと決闘すべく向き合っているいかつい戦士だった。


おおかみ獣人じゅうじんタレンほどの巨漢きょかんではないものの、それでものこちゃんよりも大きくガッシリとした体格で、間近で見れば見るほど屈強くっきょうを絵に描いた様なたたずまいである。


『こやつは、かなりの手練てだれと見て取れるが、先ほどの場のあしらい方を思えば、ただ強いだけの者ではなさそうだ。

君、この際、胸を借りるつもりでその体を色々とためしてみてはどうだろう?

すでにコツはつかめたであろうから、実戦的であっても、さして一方的にはなるまいよ』


などと、お姉さんの声は気安く言ってくれるのだが、実際に事へ当たるのこちゃんにしてみれば何の参考にもならなかった。


「ええぇぇ………」


目の前に立っているだけで、先ほどとは比べものにならないほどのあつを、ひしひしと相手から感じるのこちゃんである。


本当に戦いが始まれば、何を出来るでもなく棒立ぼうだちになる未来しか見えないのだ。


と言うか、そもそも決闘なんてしたくないのであるが。


法衣ほうい獣人じゅうじんはヤレヤレといった仕草しぐさ眉間みけんに手をやり、タレンとのこちゃんのまわりに集まっていた多種多様たしゅたよう獣人じゅうじんたちも、そのまま決闘の見物ギャラリーへと鞍替くらがえをして固唾かたずをのんで見守っている。


事の発端ほったんとなった当のタレンも、その中にざっており、腕組みをしながらすっかり観戦かんせんモードである。


のこちゃんがそれとなくまわりを見渡せば、否応いやおうなく、完全に状況じょうきょうととのってしまっていた。


陽の位置は、まだまだ高い。


この広場に来てから、それほど時間の経過けいかをしていないにも係わらず、のこちゃんにはみょうに長く感じられた。



「よう虎の、お前は、何て名前なんだ?」


まだいてなかったよなと、じっさんと自称じしょうする白獅子しろじし御大将おんたいしょうは、自然体でのこちゃんへの話しを続ける。


当然の様に、戦いを前にした緊張感きんちょうかんは無い。


「え!?の…う~ん」


咄嗟とっさに"のこ"と言いそうになり、のこちゃんは言葉をまらせる。


"とら"はもちろんなのだが、本名とそれに関連するものをここで言うべきではない気がした。


ただ、その理由は自分でもよく分からない。


『ふむ、かつての君の名が何であったにせよ、今の君とでは存在自体がかけ離れている。

恐らく、その名を明かした所で、特定とくていする術式などにもかりはしまいが………

気持ちの問題であるなら、ここは仮に、ティハラザンバーとでも言っておけば良いだろうよ』


「…ティハラザンバー!」


あわてていた上に、お姉さんの声に説得され続けてきたのこちゃんは、脊髄反射せきずいはんしゃでつい提案ていあんされた名前をそのまま名乗ってしまった。


言ってしまってから、あれ?、その名前って怪人かいじんムーブを加速してない?とか冷静に思ってみても後の祭りである。


まわりの獣人じゅうじんたちは口々くちぐちに、あいつティハラザンバーっていうのか、ティハラザンバーだってよ、などと一斉いっせいにザワついており、タレンも憎々にくにくしげに憶えておくぜティハラザンバーとかつぶやいている。


すでに取り返しは付かない。


「ティハラザンバーか…

やはりその風体ふうていなら、魔の神獣しんじゅうとそれをった白銀しろがねよろい聖女せいじょ伝説でんせつは、意識するよな」


ちなみに、伝説でんせつ何某なにがしと言えば、チャムケアの基本コンセプトである。


チャムケアシリーズの各タイトルには、それぞれ独自の世界観がありチャムケアの設定すらも作品ごとまったちがっているのだが、共通きょうつうして必ず"伝説でんせつとなっている先達せんだつのチャムケア"が存在しているのだ。


第1話にて力をた主人公が初めて変身した際には、伝説の存在が再び顕現けんげんしたと敵がおどろいたりするくだりも、シリーズとして一つのお約束になっていた。


なので、のこちゃんにとっては十分なパワーワードであり何それカッコイイと声を出さずに食いついていると、君は今までの話を聞いていたのか?とお姉さんの声があきれる。


『こやつが言っているのは、神獣しんじゅうおおティハラの事だぞ………………

しかし、斯様かような伝説が残っているという事は、この地はえにしがあるのかも知れぬな』


「そ、そうなんだ………伝説でんせつ聖女せいじょか」


どちらかと言えば、のこちゃんが置かれた状況じょうきょうは、よみがえった聖女せいじょ伝説でんせつ奇跡譚きせきたんと言うより怪談かいだんたぐいである。


しかし、そこをさっいても、また新たなチャムケア体験を重ねてちょっと感動したのこちゃんであった。



「それじゃまぁ、ティハラザンバー、始めるぜ?」


じっさんは、そう言うなり腰の後でいていたのであろう、分厚ぶあつはばの広い豪快ごうかいな大剣を片手でするりといた。


軽々かるがると片手で構えるには、のこちゃんにも一目で無理があると分かるほど、大きくて長すぎる剣であった。


その印象いんしょうは、岩をもたたろうかという重厚じゅうこう金属塊きんぞくかいであり、それでいて一枚の紙をすっとち切りそうなやいば禍々まがまがしい光をはなっている。


じっさんは、そんな自分の身長にもとどきそうな大剣のきっさきを、指さし確認をする様な仕草でひょいとのこちゃんへと向ける。


「っ!」


のこちゃんは、思わず息をのんだ。


のこちゃんは剣道の経験者けいけんしゃであるから、れてくると自分の指先が竹刀しない先端せんたん延長えんちょうされた感じになる事や、きっさきれない水平なかまえにどれだけの強さが秘められているのかなど、それなりに分かっている。


そして、じっさんが片手であつかって見せたそれは、サイズ次第しだいとは言え子供でも使える竹刀しないではないのだ。


その事を頭で理解した瞬間、比喩ひゆではなく、のこちゃんの背筋せすじ正真正銘しょうしんしょめい怖気おぞけはしった。


おそれるのは構わないが、こわがるなよ?、君。

感情に支配しはいされて一瞬の判断はんだんおくれれば、せっかくの体も動きをにぶらせてしまう。

特に実力者を相手にする時、それは致命的ちめいてきとなるだろうよ』


先ほどタレンとやらにやって見せた感覚かんかくを忘れるなと、伝説でんせつ聖女せいじょだったらしいお姉さんの声が、のこちゃんをたしなめる。


緊張きんちょうで足がすくみそうになっていたのは、事実だった。


確かに、しっかり気を入れて対応たいおう間違まちがわない様にしなければ、このティハラザンバーの身体能力をもってしてもまずいかも知れないと頭ではわかっている。


そして何より、こんなよく分からない場所で、しかも不本意ふほんいな決闘などで、まかり間違まちがってもたおされてしまう訳にはいかないのだ。


だから、のこちゃんは、こわがる気持ちを何とか押さえ、じっさんから自分へと発せられるらめきの流れをとらえる事ができた。


しかし、そこまでである。


外を歩いていた時に、そよ風が不意にひゅるりとぎる様なと言えば良いだろうか。


そんな拍子ひょうしで、のこちゃんがらめきの流れをけるべく体の向きを変えようとした瞬間に、衝撃しょうげき到達とうたつしていた。


胸の辺りの白銀しろがねよろいに金属と金属がぶつかるはげしい音がひびくと、のこちゃんの体は、いきおいよく後方へはじき飛ばされた。


「くあっ」


のこちゃんの口から、苦しげな息がき出される。


じっさんのした攻撃は、今朝けさの高い空から着地した時の比ではない、途方とほうもなく強い衝撃しょうげきだった。


それでも、その着地する際の感覚かんかくを思い出したのこちゃんは、飛ばされた空中で刹那せつな姿勢しせいひねると足から落ち、かろうじてころげずにます事ができた。


おそらく、猫的な身体になった恩恵おんけいもあったのかも知れない。


いずれにせよ、ふらつきながらも、のこちゃんはじっさんの攻撃にえた形で再び大地に立っていた。


「おお、しんはずしてながすたぁ、やるなティハラザンバー!」


じっさんは、正面にばしていた大剣を下ろすと、うれしそうな声でのこちゃんを賞賛しょうさんした。


まわりの獣人じゅうじんたちからも、感嘆かんたんのどよめきが上がる。


やはり、それほどすさまじい一撃だったらしい。


どうやら攻撃そのものは白銀しろがねよろいはじいたらしいものの、のこちゃんの胸にはしっかりダメージが通っており、まだしびれが強く残っていた。


「び、ビックリしたっ」


ただ、いきなりの事だったので、しびれ以上に、心臓のドキドキが大変な状態じょうたいになっている。


猫だったらしっぽがふくらんで立っているかもと、のこちゃんはさり気なく自分のおしりに手をやったのだが、白銀しろがねよろいの感触があるだけだった。


ティハラザンバーに、しっぽは付いていないらしい。


『ふむ、単なる片手のわざであったな』


「単なるって」


伝説でんせつ聖女せいじょという割にお姉さんの声はけっこう辛口からくちだよなぁ…などとのこちゃんが思っていると、じっさんが大剣をかまえ直す。


「けどよティハラザンバー、今ので終わらせる訳にはいかねぇな。

こりゃあケジメだ………次のは、ちょっとキツいぜ?」


そう言いながら、両手持ちの大上段へ大剣をかかげると、じっさんの雰囲気ふんいきがやおら激変げきへんした。


そのあさい黄色の双眸そうぼうから、ティハラザンバーを射貫いぬく様な光が放たれる。


それまでの圧迫感あっぱくかんがそよ風ならば、現在のそれは暴風ぼうふうだろう。


のこちゃんは、あわてつつも再びらめきの流れをつかもうと目を見開みひらいて、さら瞠目どうもくしてしまった。


「なにこれ………」


『ほう、まさしく裂帛れっぱく気迫きはくというやつだ。

これは、早々そうそうに決めに来る気だぞ?』


何やら楽しげなお姉さんの声は、のこちゃんに届いていない。


それもそのはず。


のこちゃんがとらえたのは、一目ひとめで数え切れないほどにひしめいている、言うなれば放射ほうしゃされる数多あまたらめきの流れであった。


一つ一つハッキリとした虚実きょじつなどのきの無い"必殺ひっさつ意志いし"であり、のこちゃんへ向かって、その全てが収束しゅうそくしている。


死角しかくかわ余地よちも何も無い、あまりの打つ手の無さに愕然がくぜんとするしかない、それは確かに決定的であった。


「覚悟を決めろよ、ティハラザンバー!」


何か、法衣ほうい獣人じゅうじん制止せいしする様な事をさけんでいたものの、この場に耳を貸す者はいない。


「だめだ、けられないよ…」


思わずのこちゃんが弱気をつぶやくと、不意にじっさんかられていた暴風ぼうふうの圧がいだ。


明らかに、まわりの空気が変わる。


『ふむ、ならば、すでに牙は持っているのだ…』


お姉さんの声と重なる様に、じっさんは、自然ななりでただ一歩を前へとむ。


それは、一筋ひとすじ疾風はやてであった。



――――――――――――――――



魔にくみする神獣しんじゅうおおティハラは、全身を黄金の毛におおわれ、漆黒しっこく縞模様しまもよう印象的いんしょうてきな巨大な虎を彷彿ほうふつとさせられる姿だった。


すさまじい力であばれ回り、その一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくに大地が激震げきしんし、咆吼ほうこう大気たいき渦巻うずまかせる嵐となって、豊かな自然とその地にらす人々ひとびとを丸ごとなぎ倒した。


きゅうする人々ひとびとの願いを聞き届けた天空の女神リナリーシア天啓てんけいみちびかれ、おおティハラをつべく戦いをいどんだ者こそは、白銀しろがねよろい聖女せいじょと名高いせいザンバー=リナである。


長くつややかな黒髪と大きな黒いひとみととのった顔立ちに張りのある小麦色のはだ白銀しろがねよろいかぶとによくえると世にうたわれたが、真なるうるわしさは、その高潔こうけつで実直なたましいにあったと伝えられている。



その地の統治者とうちしゃようする軍勢ぐんぜいから協力きょうりょくせいザンバー=リナは、地形を利用したわなめぐらせるなどおおティハラをあらかじめ用意しておいた決戦の場へと誘導ゆうどうし、つい誰憚だれはばかることなく全力で戦える状況じょうきょうを成立させた。


対峙たいじするおおティハラとせいザンバー=リナの両者りょうしゃは、おたがいをほろぼすべき宿敵しゅくてきとしてみとめ合い、どちらもこの場から引きあげる様子もない。


後は、戦いの火蓋ひぶたを切るだけの段にいたり、見つめ合ったままどれほどの時間がったのだろうか。


せいザンバー=リナは、おもむろにおおティハラへ呼びかけた。


「美しきあらぶる神獣しんじゅうよ、そなたは、あまりにも悪行をなしすぎた。

よって、天空の女神リナリーシア様の御名みないて、はそなたを調伏ちょうぶくする!」


よろいと同様の白銀しろがねかぶとから長い黒髪をなびかせ、堂々どうどうとした聖女せいじょ討伐とうばつ宣言せんげんである。


それに対して、おおティハラは、やってみせろと言わんばかりの低いうなり声でこたえた。



伝説でんせつになるだけあって、黄金の毛並みを持つ巨獣きょじゅう白銀しろがねよろいまとった聖女せいじょが陽の光にキラキラと反射して、幻想的げんそうてき光景こうけいだなぁとのこちゃんは感心する。


それにしても、聖女せいじょの話す声がのこちゃんに話しかける辛口からくちなお姉さんの声と同じだったので、ひとことで聖女せいじょと言っても結局は人によるのか的な事を思った辺りでわれに返った。


「…って、あれ?決闘してるのって、わたしじゃなかったっけ??」


確かに、のこちゃんへ向かってじっさんが何だかものすごい攻撃を仕掛しかけて来そうだった事は、どうしようもなく怖かったのでハッキリとおぼえている。


しかし今、何故なぜかのこちゃんは、いにしえの伝説をたりにしているらしかった。


そう言えば、漂流結界ひょうりゅうけっかいの"おり"だったろうか、あそこで出会であって以来ずっと話しかけてきたお姉さんの声が聞こえない。


どうなっちゃってるんだろうコレとしばらく考えて、現状げんじょうわからないもんをいくら考えた所でわかる訳ないよねと結論したのこちゃんは、せっかくの"伝説でんせつ何某なにがし"を堪能たんのうする機会なんだから楽しもうと割り切る事にした。


間もなく、おおティハラとせいザンバー=リナの攻撃が交差こうさをし始める。


おおティハラが前足を大きく振りかぶって地をえると、大きな震動しんどうに続けて土埃つちぼこり石礫せきれきをまき散らしながら、衝撃しょうげきが地面を走りせいザンバー=リナをおびやかす。


せいザンバー=リナは、背負しょっていた二振ふたふりの長い彎刀わんとうはなち、一方でその衝撃しょうげきをどうやったのかってて、もう一方をき、そのてる威力いりょくだけをおおティハラへと投げつけた。


距離が開いていても、大地をえぐり空気をく様な打撃だげき斬撃ざんげき応酬おうしゅうされ、元から荒野だった決戦の地は、さら無惨むざん状態じょうたいへと荒れてゆく。


しかし、これらは牽制けんせいし合っている小手調こてしらべにぎず、接近して直接ちょくせつ攻撃をする段になれば、恐らく両者りょうしゃ共にただではまないであろう事がうかがえた。



「おお、『ハードチャレンジ!チャムケア』や『バシバシ!チャムケア』のプロローグもこんな激闘シーンから始まるし、なかなかそれっぽいシチュエーションですなぁ」


伝説でんせつとは、寓話ぐうわであり、ロマンであり、言ってしまえば現実へじか干渉かんしょうするものではない。


つまり、目の前で起こっているかの様に見えるこれら全ての現象へ、のこちゃんはれる事ができなかった。


ぎゃくもまたしかりで、人の身ならばおそおののくしかない天変地異てんぺんちいとも言うべき状況じょうきょうの中、完全に安全なポジションで娯楽享受エンタメモードなのこちゃんは超リラックス状態じょうたいであり、思わず間の抜けた感想がこぼれたのだ。


決して、自分とじっさんの決闘の見物ギャラリーになっていた獣人じゅうじんたちの事は言えないのこちゃんである。


不意に、せいザンバー=リナの様子がクローズアップされた。


「ふむ、やはり、このままではらちがあかないな………いや、体力的にこちらが不利か」


ならばと、せいザンバー=リナは、おおティハラが連続してはな衝撃しょうげきの合間をい、土埃つちぼこり石礫せきれきの嵐にまぎれてけだした。


一方では、おおティハラもせいザンバー=リナの動きを察知さっちして、大まかな衝撃波しょうげきはから一点をねらい撃つ様に収斂しゅうれんした衝撃波しょうげきはへと攻撃を切り替える。


それを同時にいくつも出現させ、つるべ打ちでられる収斂しゅうれんされた衝撃波しょうげきはれが、必殺の斬撃ざんげきを狙うせいザンバー=リナを串刺くしざしにせんと、いしゆみごとくその進む先々さきざき穿うがたれてゆく。


器用きようなマネを…しかし!」


眉間みけんにしわを寄せつつも飛来する衝撃波しょうげきはいしゆみ次々つぎつぎかわし、けきれないものは、また彎刀わんとうってててけるせいザンバー=リナに、おおティハラがいらだちのうなり声を上げる。


「怒ってる巨獣きょじゅうの顔、こわっ」


ちなみにのこちゃんは、最初に気が付いた位置から少しも動かず、そんな両者りょうしゃの様子をつまびらかに観察する事ができた。



その後も、せいザンバー=リナとおおティハラの激闘は、たがいに必殺の間合いをてもなお拮抗きっこうして続いていた。


それぞれが満身創痍まんしんそういになりつつ、おのれ全身全霊ぜんしんぜんれいして相手をたおす心づもりであるため、絶対に後へは退けないのだ。


最初は、全方位のスクリーンへとうつし出された映像作品えいぞうさくひんでも鑑賞かんしょうしている気分なのこちゃんであったのだが、あまりの苛烈かれつな戦いを見せつけられ、次第しだいに真剣なまなざしで食い入る様に向き合っていた。


そして、この伝説でんせつを目撃する事態じたいについて、みずからが置かれた立場にふと思い当たった。


「そうか、これ、先代チャムケアとの遭遇そうぐう展開だ………」


前述ぜんじゅつの通り、チャムケアには、必ず伝説でんせつとなっている先達せんだつのチャムケアが存在している。


シリーズタイトルによっては、その姿すらデザインが用意されていない場合もあるのだが、敵との度重たびかさなる戦いにかべむかえてしまい、主人公たちへパワーアップをうながけとして、その伝説でんせつのチャムケアと邂逅かいこうする演出があるのだ。


もちろん、いずれの世の中もチャムケア準拠じゅんきょで出来ていない上に、のこちゃんはチャムケアでもないので単なる思いこみにぎない。


しかし、なまじチャムケア体験が続いてしまったせいで、もしもこの事態じたいに意味があるのだとすれば"それ"以外には考えられなかった。


「いやでも、こういうのは、余程よほどのピンチにならないと起こらないんじゃ………」


よく考えたら、じっさんとの決闘で自分がなかなかの窮地きゅうちおちいっていた事を思い出して、更に確信かくしんてしまったのこちゃんである。


それならばかならずここで解決の糸口いとぐちが見つかるにちがいないと視聴しちょうする姿勢しせいあらためた所、ちょうどおおティハラの背面はいめんを取ったせいザンバー=リナが、二振ふたふりの彎刀わんとうをその背に深々ふかぶかと突き立てる場面であった。


おおティハラの断末魔だんまつまが、この戦いで荒れ果てた大地にひびわたる。


かったな神獣しんじゅうよ…

このつるぎは、天空の女神リナリーシア様より下賜かしされたる聖なる神器じんぎ……

一度こうしていつけられたなら、そなたほどの者でもどうにもならぬぞ………」


そう、息をつきながら言う、せいザンバー=リナにもすでに力は残っていないのだろう。


苦しそうに、白銀しろがねよろいの肩を上下じょうげさせている。


「あっ」


のこちゃんには、その光景に見覚みおぼえがあった。


漂流結界ひょうりゅうけっかいの"おり"にあった大きなぞうこそは、せいザンバー=リナによってふうじられた、おおティハラそのものだったのだ。


せいザンバー=リナは、おおティハラの背の上で彎刀わんとうを突き立てた姿勢しせいのまま回復をはかり、息をととのえると意識を集中させ何か文言もんごんとなえ始めた。


「ここに天空の女神リナリーシア様の御力みちからをお借りして、結界けっかいすべすは"おり"、永劫えいごうたる………………」


文言もんごん途中とちゅう、あっという顔をして、せいザンバー=リナの口が止まる。


のこちゃんが、頭の上に見えないクエスチョンマークを出しながら事の成り行きを見守っていると、せいザンバー=リナが深くため息をついた。


「ふむ、とした事が………ここでこのまま結界けっかいを張っては、方術ほうじゅつに取り込まれてしまうではないか。

しかし、いまつるぎはなす訳にはいかぬし…はて?」


しばらく両手でその柄をつかんでいる彎刀わんとうを見つめていたかと思えば、せいザンバー=リナは、苦笑しながら再び文言もんごんとなえ始める。


このわずかな時間で、その身をささげる覚悟を決めたのだ。


ない様でいて、きびしくも高潔こうけつなその決断力けつだんりょくに、のこちゃんからも言葉は出なかった。


永劫えいごうたる御力みちから行使こうし御赦おゆるしをたまわりたく、此処ここにして此処ここあらず、彼処あそこ其処そこに、そして此処ここ流転るてんする聖域せいいき顕現けんげんを願いたてまつる…たてまつる…」


となえが進むにつれて、周囲しゅういの風景が陽炎かげろうの様にらいぎ始め、せいザンバー=リナとおおティハラをつつみ込んでゆく。


やがて………………



『ふむ、ならば、すでに牙は持っているのだ。

けられないのであれば、受けるかってててしまえば良いだろうよ』


のこちゃんの視界しかいが、まぶしい光にあふれる。



――――――――――――――――



じっさんの剣尖けんせんひらめきは、大剣と思えないいきおいと正確さで、のこちゃんの正中線せいちゅうせんとらえた。


まさしく、疾風はやてごと剣筋けんすじである。


これはやっちまったなと、当のじっさんも確信するほどの、明らかに必殺の一撃であったのだが。



それは、出し抜けにのこちゃんの両手へと顕現けんげんした。


つまり、牙である。


「は、え?!」


のこちゃんが思わずたての様に交差させた刹那せつな、それは、事も無げにじっさんの大剣をいきおいごとはばんでみせる。


再び、両者りょうしゃの間で、金属と金属がぶつかるはげしい音がひびいた。


ただし、今回はじき飛ばされたのは、じっさんの方である。


「うぉっと、何だそりゃあ!?」


それは、二振ふたふりのつるぎだった。


しかし、伝説でんせつの中でのこちゃんが目撃した、せいザンバー=リナの彎刀わんとうとはちがう。


野太刀のだちとでも言うのだろうか、ティハラザンバーの体格からすればちょうど良い得物えものと見えて、その実は、長大ちょうだい打刀うちがたなを更に長く広く厚くした様な、白銀しろがねかがやいかついつくりのかたなである。


そんな見た目に反して、かろやかで手に馴染なじ感触かんしょくに、のこちゃんは戸惑とまどった。


「何これ、竹刀しないよりかるい…じゃなくて、こんなの、いつの間に持ってたんだろう、あたし」


『ふむ、その双剣そうけんは、白銀しろがねよろいと同様に天空の女神リナリーシア様より下賜かしされた聖なる神器じんぎなのだ。

たましいと同化していた以上、そのまま君にがれて当然であろうよ』


すかさず、お姉さんの声あらため、せいザンバー=リナのどや声が自慢じまんげな解説を入れてくる。


「いや、こんなの持ってなかったと思うんだけど…って、もしかしてこれも体の一部って事なんじゃ」


よろいもそうなのだが、双剣そうけんと君のたましいは、かつてのおなじく同化してつながっている。

もはや君とは一心同体いっしんどうたいであり、君の心が折れなければ決して折れる事もなく、君自身が成長すれば更に力を増してゆく。

それを体の一部と言うのであれば、確かにそうであろうな』


おのれ怪人かいじんムーブが次々つぎつぎ確固かっこたるものへなってゆく。


そんな恐ろしい結論を思いついてしまい、ちがう意味で戦慄せんりつするのこちゃんである。


「"確かに"とか言わないで欲しかったよねぇ…」


そんな流れで、二振ふたふりのかたなを握ったまま腕をだらんと下げて脱力しているのこちゃんに、体勢たいせいを立て直したじっさんが話しかけてきた。


何処どこかくし持っていたのか知らねえが、白銀しろがねよろい聖女せいじょ伝説でんせつと来れば、やっぱり双剣そうけんだよなぁ」


「え?…ア、ハイ」


「アレをよくしのいだな、ティハラザンバー」


「ガンバリマシタ」


何かもう、本当にがんばる気力もえてしまったので、のこちゃんの返事はテキトーになっていた。



じっさんは、しばらく考える仕草しぐさを見せたかと思えば、いた時と同様に大剣をなんなく腰へおさめるとまわりを見回した。


「こんなもんで良いだろ……さっきも言ったが、コイツは俺が一方的に拾ってきたからな、だいぶ混乱してたんだと思うんだ。

後は、こっちで責任持って色々と言い聞かせとくって事で、どうだタレン?」


じっさんの視線の先で、巨漢きょかんおおかみ獣人じゅうじんうなずく。


「よし、じゃあこれで本当に終わりだ。

お前らも、とっとと自分の持ち場へもどれよ」


まわりで決闘の見物ギャラリーになっていた獣人じゅうじんたちは、じっさんからうながされると、三々さんさん五々ごごに散っていった。


そんな中、法衣ほうい獣人じゅうじんだけは、眉間みけんに手をやったままじっさんへ近づいて来る。


「………一時いちじはどうなる事かと思いましたよ、白獅子しろじし御大将おんたいしょう

何事もなかったから良い様なものの、初撃しょげきはともかく、何ですか二つ目のアレは。

実に大人げない」


「だから、御大将おんたいしょうはやめてくれと…お前、わざと言ってるだろう」


「ご自覚じかくが足らないからですよ」


そんな事を言い合っている二人の獣人じゅうじんをぼんやりながめながら、のこちゃんは疲れた頭で、このかたなどうしたら良いんだろうとか別の事を考えていた。


「なぁ、ティハラザンバーを今期の育成組いくせいぐみにねじ込めないか?」


「そうですね………実力的には、問題ないかと思いますが」


「よし、じゃあそうしてやってくれ。

伝説でんせつあこがれて調子に乗ってるだけならアレなんだが、こいつには見込みがあるからな」


「なるほど、うけたまわりました」



「てな訳だ、ティハラザンバー」


「………………」


「よう、ティハラザンバー…」


「………………」


「ぼやっとしてるんじゃねえぞ、ティハラザンバー!」


突然じっさんに肩をつかまれて、のこちゃんはビクッとしてしまった。


「へ?!あ、わたしの事か、何ですか!?」


「お前なぁ………自分で考えた名前なんだから、もっと…まぁ、良いか」


むっとしながら、それはちがうとあきれるじっさんに抗議こうぎしたいのこちゃんだが、話がややっこしくなるのでぐっとこらえた。


「何か思う所があるんだろうが、お前自身がもどる事を選んだのは事実だ。

そして、それは受け入れられた………理解しているな?ティハラザンバー」


「…はい、そうですね」


他にどうしようもないのでと、のこちゃんは心の中で付け加える。


「なら良い。

じゃあ改めて、異次元いじげん踏破とうは傭兵団ようへいだん"魔刃殿まじんでん"へようこそ。

ティハラザンバー、戦力としてのお前に期待する………よろしくたのむな」


そう言うと、じっさんはのこちゃんと握手あくしゅした。


『ふむ、この握手あくしゅには契約けいやく方術ほうじゅつが込められているな。

恐らく、次にまた脱走だっそうしたら、反逆はんぎゃくと見なされて懲罰ちょうばつされるのではないか、君?』


興味きょうみぶかげに、せいザンバー=リナの声が話しかけてくるものの、のこちゃんにはとどいていなかった。


その前にじっさんからはなたれた、いかにもな組織名そしきめいを聞いて目眩めまいを起こしていたからだ。


「また、怪人かいじんムーブが………………」


ここに、異次元いじげん踏破とうは傭兵団ようへいだん"魔刃殿まじんでん"の怪人かいじん、ティハラザンバーが誕生たんじょうした。

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