02 のこちゃん改造される


のこちゃんが意識をもどすと、そこは暗い場所だった。


いや、暗いと言うより、光が無いと言うべきだろうか。


確かに、のこちゃんは目を開いたはずなのだが、目を閉じた時と何も変わらず視界しかいに何もとらえられないのだ。


目をつむってもやみ


開けてもやみ


そして、まわりからは何も聞こえてこない、静寂せいじゃくがのこちゃんを飲み込んでいた。


ぼんやりと、何故なぜ自分がこんな状態じょうたいなのか、この前って何かあったっけと記憶を辿たどるうちに、爆発らしきものに吹き飛ばされた事を思い出したのこちゃんである。


『………死んだか、これ………』


出したつもりの声は出なかった。


あわてて身じろぎしようとしたら体も動かなかったのだが、のこちゃんには、これが感覚が麻痺まひしているだけなのか、本当に自分の体があるのかどうかすらも判断はんだんがつかない。


『うわ、マジかぁ………』


やはり声は出ないものの、うめかざるをないのこちゃんである。


とは言え、こうして意識はあるのだから、よく考えてみればそこまで絶望的な状況じょうきょうでもないのかも知れない。


のこちゃんがその結論にいたったのは、かなりの時間を使って、あせってみたり狼狽うろたえたりの堂々どうどうめぐりをかえした後であった。


しかし、そうなればなったで、今度は反省会が始まる。


『やっぱりあれかなぁ………こっそりチャーミングストアへ行こうとして、バチが当たったのかなぁ………そう言えば神社あったし、ってそれはちょっときびしくない?………いや、だけど、おじいちゃんとおばあちゃんは反対していたからなぁ………』


他にできる事もないとあり、結局、堂々どうどうめぐりは終わらないらしい。



しばらくするとそれにもきてしまったのか、のこちゃんは、何も考えずにただぼうっとしたままやみを見つめていた。


いったい、どれくらいの間、この状態じょうたいが続くのだろう。


ふと、そんな思いがよぎった時である。


『君には、二つの選択せんたくが可能だ』


突然、女性の声がのこちゃんに話しかけてきた。


『ケアビースティ!?』


『…い、いや、ちがうが?』


本来は凛々りりしいお姉さんらしいその声色こわいろが、思いがけずのこちゃんに言い切られた事で、すこしらいだ。


『ああっ、すみません!ここに他の人がいるとは思わなかったもので!!』


のこちゃんは、不意を突かれたとは言え咄嗟とっさにトンチンカンな事を言ってしまった自覚があったので、あわててお姉さんの声に謝罪しゃざいをする。


『………まあ、いいさ………君が落ち着くのを待っていたんだが、おどろかせてしまった様だからな』


『そうでしたか』


まっ暗闇くらやみでまだその姿を知らないお姉さんなのだが、怪訝けげんそうな様子は想像にかたくなく、なかなかのずかしさであった。


相手に自分の顔を見られていないのが、不幸中ふこうさいわいであろうか。


『それで、その、ここはどこなんでしょうか?

わたしたち、これからどうなるのか、お姉さんはご存じなんですか??』


のこちゃんは、おのれ動揺どうようをごまかしつつ、それでも心底しんそこ聞きたい事を素直すなおいた。


『ふむ、そうだな……ここは、ひとことで言えば、監獄かんごくだ』


監獄かんごく


予想していなかった答えを返してきたお姉さんの声に、のこちゃんは、思わず復唱ふくしょうしてしまった。


『その監獄かんごくっていうのは、閉じこめる的なあの監獄かんごくですか?』


『そう、その監獄かんごくだな』


英語の教科書を和訳わやくした様な会話をした後は、のこちゃんが咀嚼そしゃくするのを待つ様に、再び静寂せいじゃくがその場を支配する。


決して状況じょうきょうが飲み込めた訳ではないものの、このまま固まっていても良い方向へころがるはずもなく、のこちゃんはお姉さんの最初の言葉を思い出して、えずその話しを聞いてみようと思った。


『………さっき、二つの選択せんたくって、言ってましたよね?』


『ふむ、続けて良いかな?』


『お願いします』


『ふむ……まずは、君の状態なのだが…』


お姉さんの声がそうげた直後、のこちゃんの視界からやみが一気にはらわれ、そこには黄金おうごん白銀しろがね混濁こんだくした様にかがやく大きなぞうあらわれた。


何かの動物からぼうが2本突き出している感じのモチーフだろうか、のこちゃんは、ほえーと自分の3倍ぐらいの大きさがあるかがやぞうを見上げる。


いや、あれはぼうじゃなくて、モチーフの動物に2本の剣がさっている形なのかも知れない。


そんな事を考えている中で、ふと違和感いわかんおぼえたのこちゃんが原因をさぐるべく視線を動かしたその先には、ぞう足下あしもとにもたれかかっている人の姿を見つけた。


一瞬、あれが声の主であるお姉さんなのかと思ったのこちゃんであったのだが、よくよく見るとそれは………


『あたしじゃん!?』


そこには、恐らく爆発によってはじかれ、大けがと火傷やけどを負ったであろう、息もえののこちゃんがいた。


『ふむ、かろうじて絶命ぜつめいにはいたっていない、君の肉体だ』


だったらこの自分は何なのかとさら状況じょうきょうが分からなくなって混乱こんらんしてしまい、げず、のこちゃんは、ただただ自分の姿を見ていた。


『君は自分が声をはっさずと会話していた事に気づいていなかった様だが、あれが君の本体からだ間違まちがいない』


『………………………』


さいわいと言うべきか、ここは…先ほど監獄かんごくと言ったが、時間の経過けいかが外のそれとことなるのだ。

明らかに致命傷ちめいしょうを負った状態じょうたいではあっても、まだ少しはつであろうよ』


ただしそう長くはないとお姉さんは、のこちゃんへ淡々たんたんげる。


元より声をはっしていなかったので沈黙ちんもくと言えるのか分からないものの、のこちゃんが再びお姉さんに問いかけたのは、それからしばらくしてからであった。


『どうしたら良いんでしょうか』


ただ、ポツリとひとごとつぶやく様な、弱々しさである。


そもそも、正気をたもっているのが不思議ふしぎなほどの、14年の人生経験キャリアだけでははかり知れない事態じたいとあって、本当に何をするべきか分からないのだ。


『ふむ、同情はするものの、このままであれば助からない重傷じゅうしょうである事は見ての通りだ。

ず、年端としはも行かぬ君の様な者が斯様かような目に会うすさんだ世界を生きてきたのだとするならば、このまま痛みを感じる事もなく今生こんじょうを終わらせるのは一つのなさけではあろう。

それが君が選べる最初の選択せんたくだ…』


『いやいやいやっマテマテマテ!』


おごそかにさとす様なお姉さんに、いささかい気味で、のこちゃんのたましいさけびとも言えそうなツッコミがねじまれる。


『ふむ、意外と元気だな。

心身しんしんともにすりっているとなれば、君のたましいを肉体から分離ぶんりさせ、おだやかに"その時"をむかえさせてやろうと思ったのだが』


本当に、のこちゃんの分離ぶんりされたたましいさけびだった模様である。


『わたしの命を助ける前提ぜんていのお話だと思っていました!』


たましいなので息切れは起こらないはずなのだが、ゼエゼエしながら、のこちゃんの抗議こうぎが上がる。


それは、そうだろう。


確かに、謎の爆発にやられてしまったらしいとは言え、家族や友だちにも恵まれ、何より大好きなチャムケアと出会って、さぁ人生これからだ的な前向きの心持ちだったのである。


すさんだ世界かどうだったか分からないものの、のこちゃんのたましいには、今でも生きる力エネルギーみなぎっている。


チャムケアは、絶対にくじけないのだ。



『ならば、もう一つの選択せんたくになるであろうな………』


のこちゃんが復活したので、お姉さんは、何事もなかったかの様に話を次へ進める。


もしかしたら、のこちゃんのたましいかつを入れるために、話す順番じゅんばんを考えてくれたのかも知れない。


『君が助かるには、ず人間である事をてねばならない』


そうでもなかった。


『人間である事をてる』


のこちゃんは、また思わず復唱ふくしょうしてしまった。


『人間である事をてる?』


大事だいじなことであるに加えてなかなかセンセーショナルな選択肢せんたくしだったので、二度目の復唱ふくしょうは、かろうじて疑問形ぎもんけいになった。


『ふむ、このまま放って置いても君の命がそう長くないのは、この監獄かんごく…正確には、漂流結界ひょうりゅうけっかいの"おり"と言う術式じゅつしきなのだが、間もなく全壊ぜんかいするからだ』


こわれるって事ですか?』


『ふむ、この漂流結界ひょうりゅうけっかいは、あらゆる世界のあらゆる場所に固定されることなく転々てんてんとしてり続け、ながきにわたってゆらめいてきた場だ。

何処どこにでもあるが何処どこにもないという式をみ、神獣しんじゅうおおティハラを仕留しとめた後、何人なんびとにもぬ様にとみずから取り込まれる形で封印ふういんほどこしたのだが…』


『………………………………?』


『どういう訳なのか君がここへ突入とつにゅうして来てしまってな、中に満ちていた神獣しんじゅうおおティハラのパワーバランスがくずれて、結界けっかい維持いじが出来なくなりつつある。

この結界けっかいってから数千年らい無かった事、いや、そもそもこれは、万が一にもありない状況じょうきょうなのだ』


数千年とか聞こえた気がして話の内容はよく理解できないものの、どうやら自分の所為せいで、この場がこわれるらしい事だけ分かったのこちゃんである。


『ここがこわれたら、どうなるんですか?』


『恐らく、の存在は霧散むさんの果て消滅しょうめつし、いずれかの地にあらぶる神獣しんじゅうおおティハラが復活する。

そして、外の時間経過けいかに影響されて間も無く、君も最期さいごむかえるであろうよ』


と君のこれまで行ってきたすべての事が無にすのだと、お姉さんはめくくる。


のこちゃんは、その結末が一番ダメなやつだとくぎされた気がした。


『それで、その、わたしが人間である事をてると、何とかできそうなんですか?』


お姉さんがのこちゃんに提示ていじした選択肢せんたくしは、要するに、死にますか?人間やめますか?死にますか?だったので、流石さすがにそういてみるしかない。


『ふむ、なれば、すでに肉体を持たないではかなわぬ再構築さいこうちく術式じゅつしきを、君の肉体を触媒しょくばいとして、この場にちる全てのエネルギーを使ってしまおうという……乱暴らんぼうな方法なのだがな』


『助かるって事ですか?!』


『簡単に言えばそうだが、神獣しんじゅうおおティハラのちからは、小さな君の体が受け入れられる大きさをはるかにえるものだ。

どうしても、おおティハラ復活をさまたげるためにはちからすべて使い切る必要があって、その際、君の肉体その物を大きく変質へんしつさせねばならない。』


それは、到底とうてい、人の姿形すがたかたちたもてない、根本こんぽんからのつくりかえなのだとお姉さんが説明する。


『それが、人間である事をてるか………』


『ふむ、当然、君の肉体を基礎きそとするのだ。

そのたましいもしっかりと新しい肉体のかくおさまるであろうから、その点は安心して欲しい』


それがたして安心材料あんしんざいりょうなのかはさておき、"帰れるかも知れない!"という一縷いちるのぞみみが、光明としてのこちゃんのたましいらす。


実質じっしつ、生きる気満々まんまんだったのこちゃんに選択せんたく余地よちこそ無かったものの、それでもおのれの意志で前を向くのは意味があるのだろう。


『お、お願いします!』


のこちゃんは、ハッキリと選択せんたくの決意をげる。


『分かった』


お姉さんがそうこたえると、黄金おうごん白銀しろがね混濁こんだくしたかがやきを放っていたぞうは全体をうねらせ始め、無色透明むしょくとうめいな存在感の無さへと変貌へんぼうしてゆく。


それと同時に、のこちゃんの傷ついた体は、その輪郭りんかく徐々じょじょにぼやけさせ始める。


説明にあった結界けっかいが、どれほどの空間を維持いじしていたのか分からないものの、その場が急激きゅうげき圧縮あっしゅくされて行く気配けはいをのこちゃんはひしひしと感じた。



そして、のこちゃんの意識いしきは、再びやみおおわれて途絶とだえていた。



――――――――――――――――



「………………という夢を見たのさ」


「何か、余裕よゆうあるな、のこ」


そろそろ1学期の中間考査ちゅうかんこうさが始まる時期なので、のこちゃんの友人である 大賀美おおがみ宿福すくね は、しばらく部活がお休みになった模様もようだ。


放課後になると、自分の教室から昇降口しょうこうぐちへの動線上どうせんじょうにある、のこちゃんの教室へ毎日顔を出す様になっていた。


もちろん、それが分かっているのこちゃんも、校内清掃こうないせいそうの時間が終わってもすぐには下校せず待っているのだが。


「ふふふ、宿福すくねちゃんとちがって、普段からちゃんと勉強しているからねぇ」


「うわ、こいつ、うぜぇーっ」


「くっ、何をするキサマ!」


のこちゃんが宿福すくねからの髪の毛ぐしゃぐしゃ攻撃の魔手ましゅ必死ひっし阻止そししていると、やはり仲の良い 諏訪すわ愛茅まなち宇須うす陽菜ひな の二人がって合流してきた。


「のこちゃん、おそわれちゃってるのかい?」


「ここに来て、急な百合ゆり展開てんかいなのかしら?」


テキトーな事を言いつつまわりの席からイスを引いて二人がすわると、のこちゃんと宿福すくねもじゃれ合いをおさめながら、その場は雑談ざつだんへとなだれ込む。


春も終盤しゅうばんとなって日が長くなったものの初夏しょかに届かず、夕方の空気はまだまだおだやかで、いつまでもたゆたっていられる黄金の時間である。


陽がかたむいてきても、そこからることをしむ様に誰かが話し終えるとまた誰かが話し始め、次々と途切とぎれることなく話題は連鎖れんさして行く。


この楽しい時間がずっと続けば良いなと思っているのは自分だけじゃないと、うれしい気持ちが回るままに、その連鎖れんさに乗っかるのこちゃんであった。


「そー言えば、この前、山の方へ行った時にさぁ………………」



ふと、のこちゃんは、おしゃべりをしながら3人の顔をながめる。



宿福すくねは、歯にきぬ着せぬ裏表の少ないまっすぐな性格で、よく知らない人から誤解ごかいをされがちなのだが、逆に言えば付き合いやすい正直さである。


背の高さはのこちゃんよりも大きく、整った顔立ちと生来せいらいのやや茶髪ちゃぱつが印象的で、ヤンキー系に見られてしまうのが大きいのかも知れない。


しかし本当の所は、幼いころ、上の兄弟につきあわされてヒーロー作品からチャムケアまで一通り見ていたからであろうか、悪い事や筋の通らない事を嫌う良いだったりする。


「ん?どうした、のこ」



愛茅まなちは、いつも何かしら本を読んでいる様な、どちらかと言えばのこちゃんがわの目立たない系女子なものの知恵者ちえしゃであり、よく自分の思考しこうを読まれてしまうので吃驚びっくりさせられる。


のこちゃんと同じくらいか少し高めの背で、ふんわりとした毛質の黒髪を耳が隠れてしまう程度ていどのボリュームを残して短く切りそろえているのは、ややキノコっぽい印象だ。


目も大きく愛嬌あいきょうのある顔立ちであり、この年代の少女らしく全体的に少しふっくらしている辺り、健康的で可愛かわいいとのこちゃんは思う。


めても、何も出ないよのこちゃん」



陽菜ひなは、のこちゃんと同じ小学校出身であり、中学校へ上がってから愛茅まなちを通して話す様になったのだが、最近すっかり馴染なじんでしまった。


やはり、皆で山の方へ遊びに行った事と、春のチャムケア映画に一緒いっしょに行って発覚はっかくした『ローリンゲット!チャムケア』リアタイぜいという事実が決定的であったとのこちゃんは確信する。


宿福すくねに近い背の高さとサラサラとしたくせのない黒い髪、まゆが細く、切れ長な目と輪郭りんかくがすっきりととのったなかなかの美形でも好きなチャムケアがあるとは、同志としてたのもしい限りである。


「何か言いたげね、剣持けんもちさん?」



急に胸がいっぱいになったのこちゃんは、大好きなこの友だちたちに言わずにはいられなかった。


「………………秋のチャムケア映画は、皆で一緒いっしょに行こうよ!」


一瞬、その場の空気が停止ていしする。


「ああ、のこ、お前、何考えているのかと思ったら、もう、しょうがねぇなこいつ、ああぁぁぁ」


「くくっ、タイミングが合ったら考えるよ、あっははは」


「言っておくけど、"ローリンゲット!チャムケア"は、たまたま見ていただけなのよ?」


大げさにあきれてみせる宿福すくね、苦笑を通り越してゲラゲラ笑い始める愛茅まなち、小さな声で言い訳をする陽菜ひな


夕陽の差し込む教室で、3人のその姿は、のこちゃんを多幸感たこうかんの海へいざなって行く。


この楽しい時間がずっと続けば良いな………………


一筋の涙が、のこちゃんのほほを流れていった。


落ちてしまったしずくは、二度と元にもどらないのだ。



――――――――――――――――



のこちゃんがうっすらと目を開けると、そこは、曇天どんてんの空が広がるれ地だった。


かわいた地面にもうわけ程度ていどの雑草が生えているだけの、文字通り不毛ふもうな土地が見渡みわたす限り続いている。


その身をなでる風もかわいていて、風切り音が耳をさわがせ、口と目の辺りが引きつってヒリヒリする。


相変わらず、体は動かない。


うめき声を出す気力もない。


それでも、背中に感じるざらつきは、自分が現実にいる事を感じさせてくれた。


横たわるのこちゃんの体を、びょうびょうと、風だけが通りぎて行く。


わたしはここにいる。


ただ、それだけの事であるのだが、少しだけのこちゃんは安堵あんどした。



しばらくして、意識が再びしずもうとしたころかたくつで大地をみしめているとおぼしき複数ふくすうの足音が近づいてくる事を、のこちゃんはぼんやりと知覚ちかくした。


ガチャリガチャリと金属音きんぞくおんざっているので、恐らく武装ぶそうした集団らしいのだが、今の状態じょうたいではどうする事も出来ない。


そのまま、危機感ききかん覚醒かくせいすることもなく、のこちゃんの意識はしずんでしまった。



「おい、見ろよ、だおれじゃねえか?」


集団の中の誰かが、のこちゃんの存在に気がついて、指をさす。


「この辺りで戦闘があったとは聞いてねえが………死んでるのか?」


その集団は、甲冑かっちゅうを着込んだ上からフード付きのマントをすっぽりとかぶった、恐らく戦士たちの一行いっこうである。


移動する方向をのこちゃんへ変えた集団が、興味きょうみぶかげにその様子をさぐる。


どうやら意識がないと判断はんだんしたのであろう、のこちゃんから一定の距離きょりを置いてとどまった集団から一人だけ歩み出たその者が、何かを調べる様にのこちゃんの体へれた。


「いや、気を失っているだけだな………だいぶ消耗しょうもうもしている。

軽くよろいを着込んでいる様だが、武器は見あたらないな、丸腰まるごしだ」


それを聞いた残りの者たちも、のこちゃんへと近づいては、気を抜かないままに各々おのおのかこんでゆく。


咄嗟とっさの時に、応戦おうせんできる配置はいちなのだろう。


「ほう………」


「こいつは見事な………」


「意外とでかいな………」


横たわるのこちゃんを見て、その者たちは、口々くちぐち感嘆かんたんをもらす。


そう、漂流結界ひょうりゅうけっかいの"おり"に満ちたエネルギーを転換てんかんして作りかえられてしまったのこちゃんの身体からだは、すでに2メートルを越える巨体になっていた。


ひろってくかい?」


最初にのこちゃんへ近づいた者が、集団のある一人へ向けてく。


「そうだなぁ、どうやらこいつは俺ン所の領分りょうぶんだろうしな」


そう言いながらフードをめくって頭部を現したその者は、歴戦の疵痕きずあときざまれている、白い獅子ししの顔を持っていた。


所謂いわゆる獣人じゅうじんの男である。


少ししわがれた声から察するにかなり年季ねんきが入っている人物らしいのだが、体の大きさは現在ののこちゃんにも負けておらず、3メートル近くありそうなきたえかれた姿であった。


「それにしても、黄金の毛並みを持つ虎とは、伝説の神獣じゃあるまいし………初めて見る種族しゅぞくだな」


白い獅子しし顔の戦士は、獰猛どうもうな笑みを浮かべ、面白おもしい事になるかもなと言いながらのこちゃんを片手でかつぎ上げる。


「まだ強制きょうせい帰還きかんまで時間があるが、俺は、こいつかかえて先に戻るけど良いよな?」


この戦士集団をひきいているらしい者に白い獅子しし顔の戦士がたずねると、かまわないむねの返事が返ってきた。


「予定通りの戦果せんかはあがっているし、後は、時間まで掃討そうとうするだけだからな。

じっさんは、帰還きかんしてくれ」


そう言うと、その者は、他の者たちと共に元々向かっていた方へとって行った。



「さて……」


じっさんと呼ばれた白い獅子しし顔の戦士は、ふところから何か道具らしき物を出して、空いている片手で操作そうさを始める。


しばらくは何事もなくたたずんでいたのだが、突然、目の前の空間が大きくゆがんだ。


ゆがんだ空間の大きさは5~6メートル四方へとおよび、のこちゃんをかついだ白い獅子しし顔の戦士をつつみ込む様に丸まったかと思えば、2人の姿がその場から消失しょうしつする。


どうやら、未知みち移動手段いどうしゅだんを持っているらしい。



れ地にかわいた風だけが、何も変わらないままだった。

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