第一章:のこちゃん、怪人になる

01 のこちゃんの最期


容赦ようしゃなく陽射ひざしがりつける、平日へいじつ、夏の昼下ひるさがり。


都内の繁華街はんかがい人々ひとびとの中には、生業なりわいのためにやむをず出歩く者たちにまぎれて、遊びに出てきたとおぼしき少年少女たちの姿も散見さんけんされる。


すでに、学生たちは期末テストを乗り越えて、夏休みの時期に入っていた。


「あっ、もうみんな集まってるってよ!」


「何言われるか分かんねーから、急ごうぜっ」


メッセージ交換中こうかんちゅうのスマホを片手に、仲間と合流すべく二人の少年が大人たちの横をパタパタとけて行く。


「ああ、夏休みかぁ………」


「自分も一昨年おととしまでは、あっちがわでした…やっぱり、いいなぁ」


夏の開放感かいほうかんと共にあるその楽しげなを様子をちらりと見やり、営業のサラリーマンたちが陽射ひざしに目をすがめながら愚痴ぐち日常にちじょうには、それでも何処どこおだやかさがある。


「この帽子ぼうし、旅行用に買っちゃった。変じゃない?」


みょうに気合いが入ってんね。あんた、だれねらってんの?」


「あー、かわいい、かわいい」


「何よ、そのぼうみはっ」


二十歳はたちくらいの女性たちが、キャスター付きの旅行バッグをカラカラと引きずりながら、かしましく駅の方へと向かう。


そのまま何事も起こらねば、陽光ようこうと気温のあつさに辟易へきえきとしつつも、ありきたりないつもの風景が続くはずであった。



都心に近く大きな通りに面した要駅ようえき周辺しゅうへんは、交通の利便性りべんせいもあって、季節をわず人の流れにがない。


タクシー乗り場からも少しはなれている歩道の外側そとがわでは、メーターが設置せっちされた路上ろじょうパーキングに、多種たしゅ多様たようの自動車が列をしている。


このとおりには、車道と歩道をしっかりへだてるガードレールや街路樹がいろじゅが無く、車体に反射はんしゃした太陽の光が無防備むぼうびな歩行者を横かららす。


最寄もよりの横断歩道では、信号機が色を変え視覚障害しかくしょうがいの人たちに対するフォローの音をらすと、双方の端々はしばしより歩行者たちが往来おうらいを始める。


いち早く目的地に到着とうちゃくして夏の陽射ひざしからのがれたいからか、駅へ向かう者、駅から離れる者、交差こうさする歩行者たちは一様いちよう足早あしばやである。


車道では、信号に止められている自動車の運転席うんてんせきから、ドライバーがその様子をながめている。


太陽に熱せられたアスファルトからは、少し陽炎かげろうが立ち始める。


まだ初夏しょかとも言える今からこの調子だと今年の夏はどこまで気温が上がるのかといった、うんざりとした雰囲気ふんいきが街にただよう。


そんな中で、崩壊ほうかいは、不意ふいに突きつけられた。


「?」


ずは衝撃しょうげき轟音ごうおんがあり、続けてほのおかたまりが四方へけた。


多くの歩行者たちがうその間近まぢかで、路上ろじょうパーキングに駐車ちゅうしゃされていた一台のセダンが、文字通りぜたのだ。


同時に、車体を構成こうせいしていたであろうすべての部品が、本来ならばありないばらけ方で爆発のいきおいとともに四方八方へと飛びる。


歩行者たちは、悲鳴を上げる間もなく、その場で爆発に蹂躙じゅうりんされるしかなかった。


それは、一瞬いっしゅんにして人々ひとびとらしの一角いっかくをなぎたおし、確かにそこに存在そんざいしていた平和を焼いた。


それは、何者かにより、何かしらの目的をねらって仕掛しかけられた悪意あくいだった。


それは、日常にちじょうが、あっけなくへし折られてしまった瞬間しゅんかんであった。



被害者ひがいしゃは、すでに物が言えなくなってしまった者をふくめ、老若男女ろうにゃくなんにょかなりの数にわたってしまっていた。


爆発の中心からははなれていても、突然の惨事さんじにパニックへおちいる人たちが少なくない。


我先われさきにと逃げまどい、ころんでケガをする人も続出ぞくしゅつした。


そんな渦中かちゅうでも、生存者せいぞんしゃ救助きゅうじょもとめて、またパニックを沈静ちんせいさせるべく、けたたましいサイレンとけつけた警察官や救急隊員の大声が現場にひびく。


空には、すでに残骸ざんがいと化している車の延焼えんしょうしたけむりが、まだ色濃いろこく残って見えた。



要救助者ようきゅうじょしゃのうち比較的ひかくてき軽傷けいしょうの者が集められた臨時りんじ避難ひなん場所ばしょでは、動員どういんされた看護師かんごしたちがその対応たいおうに追われていた。


中には無傷むきずの者もいたが、精神的なショックで茫然自失ぼうぜんじしつな状態が大凡おおよそである。


親とはぐれてしまった幼児や小学生くらいの子供たちも、念のために検査けんさをした方が良い場合をふくめ、保護者と再会しやすい様にとこの場にまとめられている。


泣きやまない未就学児童みしゅうがくじどうや不安と涙をがまんして体をふるわせる高学年とおぼしき子、ぼうっと前を見つめて押しだまっている低学年の子などを気遣きづかいながら、暫定的ざんていてき名簿めいぼ作成さくせいしている若い女性警察官の表情もかたい。


この起きてはならない状況じょうきょうに対する怒りを押し殺して、子供たちへは、笑顔につとめているのだろう。


「あなた、お名前は言えるかな?」


できるだけ無理むりいはしない様にしつつ、それでも子供たちの現状げんじょうを可能な限り好転こうてんさせるべく、各々おのおのの確認をとってゆかねばならない。


「ふう…」


タブレット端末たんまつに子供のデータを打ち込みながら、まわりに聞こえない様な小さなため息をつく。


しかし、不安でいっぱいいっぱいになっているであろう子供たちの力になるべき自分がそんなヤワなメンタルでどうすると、若い女性警察官は、すぐに気持ちを強く立て直しあらためて子供たちを見る。


時間がった事に加え、自分をふくめた大人たちの介在かいざいで落ち着きをみせる子供はいるものの、全体的に蔓延まんえんする不安感はそれほどぬぐえていない。


そんな子供たちの中にあって、その少女は、際立きわだっていた。


「…あなた、えーと、日本語は話せるかな?」


「ええ、問題ありません」


恐らく、小学校低学年とおぼしきその少女のしっかりとした受け答えに、予想外だったのか若い女性警察官は少したじろいだ。


年齢とし相応そうおうにふっくらとした小さな体つきはかく、クセがあって肩までのびている赤味がかったブロンドのかみに、ける様な白い肌と強い意志を宿やどす大きなあおには、この場にあってどうしても異彩いさいはなっているのだ。


両方のひざに大きめの絆創膏ばんそうこうられていて手当がされている模様もようだったが、本人にそれを気にしている様子はない。


「え、えーと、その制服せいふくは確か、私立スタープレーン学園だったかな?」


「はい。よくごぞんじですね。夏服なのですが」


相変わらず、臆面おくめんのないハッキリとした物言ものいいが返ってくる。


「来年、めいが受けるらしくて色々と………ああいや、たまたま知っていてね」


「そうでしたか。もしかすると、姪御めいごさんは、わたくしの後輩になるかも知れませんね」


にっこりとしながらそんな大人びたやり取りをする少女から必要な事を聞き終えると、若い女性警察官は、あたふたと次の子供へ向かってしまった。


ここには、事件に居合いあわせた以外の関係性もなくただ集められているだけなので、おしゃべりをする子供などいない。


全員が、各々おのおの一人なのである。


ふたたび一人にもどった少女は、若い女性警察官に見せていたにこやかさから沈痛ちんつう面持おももちに表情を変えて、ポツリとつぶやいた。


「何故、あなたは、笑っていたの?」



その日、本格的ほんかくてき現場検証げんばけんしょうが始まると、爆発の痕跡こんせきが生々しい位置から少し離れた地点で、表面がげてしまった中学校の生徒手帳が発見される。


その中に"剣持けんもちとら"という女子生徒の身分証みぶんしょうがあったものの、その被害者ひがいしゃであろう本人の名前は、生存せいぞんの確認されたリストに入っていなかった。


現在は、重症じゅうしょうで意識がもどらない者と、残念ながら帰らぬ人になってしまった者たちの身元みもと確認が急がれていた。



――――――――――――――――



時間は、少しさかのぼる。



夏休みに入ってからというもの、剣持けんもちとらこと、のこちゃんは少しひまであった。


ちなみに、かなりいさましそうな名前ながら、のこちゃんは現代に生きる14歳のれっきとした中二女子である。


まわりからは、剣持けんもちさん、親しい間柄あいだがらだと のこちゃん と呼ばれている。


身長が155㎝くらいで体格も細からず太からずなその印象いんしょうは、肩へかかるくらいの短めなその黒い髪とあわせて、同年代の少年少女の中にまぎれればあっさり見失われてしまいそうな地味さとなっていた。


とは言え、基本的に真面目まじめな性格であり、友だちにもかこまれて学校生活は楽しくやれている。


ただ最近、そんな仲の良い友だちらが部活やら習い事やら法事ほうじやらとそれぞれ皆しばらく何かしらの予定をかかえていて都合つごうが悪いらしく、家のお手伝いでお使いへ行くなど以外では結果として単独たんどく行動が多くなっていた。


まぁ、わざわざ暑いさ中にすよりは、空調くうちょういた部屋で大好きなチャムケアを見ていれば良いはずなのであるが。


『チャムケア』とは、悪と戦う正義のヒーローをコンセプトに、どこにでもいそうな中学二年生くらいの少女を主人公にえた、人気の女児向けアニメシリーズだ。


フリフリでヒラヒラな衣裳いしょうのカワイイ超人に変身した少女が邪悪じゃあくな敵と主にフルコンタクトの格闘で戦うというギャップが受けて、近年の地上波テレビでは珍しく、シリーズ作品がかれこれ20年近くも日曜日の朝に放送され続けているご長寿ちょうじゅ番組である。


具体的ぐたいてきには、記念すべきシリーズ第1作目『チャムケア』のタイトルが"チャーミングとケア"からの造語ぞうごである通り、可愛かわいらしさとお手入れによるいやしを作品の柱としながらも、大地に、空に、海に、宇宙にと、大きな舞台を所せましとおのれの肉体を駆使くしした主人公たちと怪物の繰り広げる壮絶そうぜつバトルがシリーズの魅力みりょくなのだ。


登場人物たちの成長をえがくドラマ仕立てとも相俟あいまって、メイン視聴者しちょうしゃの女児はもちろん、こども向け番組にもかかわらず大人のファンからも広い年齢層ねんれいそう支持しじされていた。


かなり前に女児層から外れてしまったのこちゃんではあるものの熱心なファンを絶賛ぜっさん継続中けいぞくちゅうであり、シリーズ作品を新旧しんきゅうぜて見ようと思えばいつまでも見ていられるし、語ろうと思えばいくらでも早口で語れるというなかなかの重い方ヘビーである。


であるのだが…


それでも、夏場の生き物たちを一斉いっせいに活気づける陽気さに14歳という若さが当てられてしまうのか、特に陽のある内は外へ出かけて何かをしなければならない様な気がしてそわそわするのだ。


その日に予定した課題をませると、特に家のお手伝いが無い場合は、取り敢えず公立の図書館へ足を向けたりアテも無いまま散歩的な事をしている。


そんな折り、今日はどうするかなぁとのこちゃんが考えあぐねていると、部屋の外から祖母の声がかかった。


「のこちゃん、ちょっと良い?」


「何、おばあちゃん」


ドアを開けてみると、一つの封筒を持った祖母が複雑な面持おももちで立っている。


「のこちゃんてに、なんだけど………」


「?」


受け取ってよく見てみれば、公的なたぐいおぼしきその封筒は、以前のこちゃんが住んでいた管轄かんかつの警察から届いた物である。


戸惑とまどいつつ祖母と二人で中身を確かめてみると、要は、のこちゃんに対する協力きょうりょく要請ようせいであった。



その夜、祖父に相談すると、どうやら電話でも事前に警察から連絡が入っていたと判明はんめいした。


どうやら祖父は祖父で、のこちゃんへどう伝えるか、そもそも伝えるかどうかを悩んでいたらしい。


両親を亡くしたのこちゃんがお母さんの実家である佐橋さはしの家に引き取られたのは、7年ほど前、小学校1年生のころである。


お母さんとはもっと早く事故で死別しべつしており、その後、お父さんとのこちゃんの二人暮ふたりぐらしを続けていたものの、お父さんも亡くなってしまったのだ。


そのお父さんが、生前せいぜん古い任侠道にんきょうどうの一家にお世話になっていた、平たく言えばやくざ者であった。


「ああ、お父さん関係か」


「都内の警察署まで、のこちゃん一人で直接ちょくせつ来て欲しいなんて話だったからねぇ。

協力きょうりょく要請ようせいなんて言いながら、まるで出頭しゅっとう命令めいれいじゃないか。

最近は都内のあちらこちらで物騒ぷっそうだし、正直、断っちゃっても良いかとさえ思ってねぇ……」


「別に、お父さんの事は嫌ってないからかまわないんだけど、誰かの顔を見るだけらしいし?」


のこちゃんは、幼い頃から、特徴とくちょうさえつかめれば一度見た人の顔を何となく忘れない特技があった。


協力きょうりょく要請ようせいの内容は、近頃ちかごろ逮捕たいほされた男がかつてお父さんと共に同じ組へ所属しょぞくしていたやくざ者らしく、その顔をのこちゃんに確認して欲しいというものである。


すでに、組長を始め、当時その組に所属しょぞくしていた構成員こうせいいんほとんどが亡くなっているらしい。


もちろん、のこちゃんがそのやくざ者の顔を憶えている保証ほしょうは無いものの、念のために白羽しらはが立てられたとの説明だった。


「確かに、最近の都内は危ない感じよねぇ………」


「そうだろぅ?

せめて、京華きょうかおくむかえさせられるならかく、なぁ………」


佐橋京華さはしきょうかは、のこちゃんのお母さんにとって妹に当たる叔母おばさんであり、のこちゃんを可愛がってくれる上にチャムケアとの出会いをうながしてくれた大恩人だいおんじんなのだ。


のこちゃんは、親愛を込めて、きょう姉さんとんでいる。


「まぁ、きょう姉さんも出張中だしねぇ、でも何とかなるよ」


治安ちあんの心配に加え、自分たちの体力的に都心へのいがむずかしい事もあり、のこちゃん一人で行かせるには反対な模様もようの祖父母である。


ただ、のこちゃんには思う所があるらしく、すでに一人で行く気になっていた。


「パッと行って、パッと帰ってくるからねっ」



当日、警察署に着いてからのこちゃんがお願いされた事は、逮捕たいほされた男をマジックミラーになっている別室の窓から見て、知っているかどうかを確認するだけの簡単なものである。


マジックミラー越しに見えたのは、短髪でやくざ者と聞かされていたのに覇気はきがない、40代くらいの小太りな男だった。


終始ぼんやりと目の前の何も無い空間を見つめるばかりで少し気になったものの、鼻の形に特徴とくちょうがあり、まだおさなころお父さんと一緒いっしょにいた事をのこちゃんはよく憶えていた。


しかし、名前は知らないし、のこちゃんと直接親しくしていた訳でもないというただそれだけの相手である。


のこちゃんに付いていた女性警察官にそれを伝えると、女性警察官は手にしたタブレット端末たんまつへ何かしらを打ち込んでから、刑事らしきスーツ姿の中年男性と一言二言交わした後で、受付のあるフロアまでのこちゃんを送ってくれた。


ここまで色々と覚悟かくごして来た割には、あっけなく解放かいほうされてしまったのだ。


「………ちょっと肩透かたすかしだったな」


これなら、わざわざ足を運ぶまでもなく、動画や写真でも良かったんじゃなかろうかと思うのこちゃんである。


とは言え、午後一ごごいちで始まった面通めんとおしと言うのだったか一方的な面会だったのでまだ陽も高く、のこちゃんが都内に来た真の目的を果たすにはなかなか都合つごうが良い。


そう、この話が持ちかけられた時、のこちゃんはかねてからの懸案けんあん事項じこうであったチャムケア・チャーミングストア東京店への遠征えんせい画策かくさくしたのだ。


何しろ、警察からの要請ようせいとなれば、おじいちゃんはああ言っていたものの、断るのも難しいのではないか?


ならば、帰りの電車をうっかり乗り間違まちがえて東京駅に行っちゃう事もあるだろうし、ついでにご無沙汰ぶさたのチャーミングストアをたまたまのぞいたりするのは可能なはずであると。


もちろん、身分証みぶんしょうとして持って行かねばならない生徒手帳を気にするあまりわすれた事にした、きょう姉さんのお下がりであるのこちゃんのMyPhoneマイフォンはしっかり家に置いてきた。


調べようと思ってもスマホが無いんだからしょうがないよねと、この完璧かんぺき状況じょうきょう設定せっていには、自分の生徒手帳を手に取りながらついニヤニヤしてしまうのこちゃんである。


じゃあ駅員さんに聞けよとツッコミを入れてくれる友だちは、その時、残念ながらのこちゃんの近くにいなかった。



――――――――――――――――



のこちゃんがその少女に気がついたのは、計画を順調じゅんちょうに進められそうとあって、意気いき揚々ようよう最寄もよりの駅へ向かう最中さなかであった。


小学校低学年くらいだろうか。


小さな体つきはそれとしても、夏の陽射ひざしに肩までのびたブロンドのクセっ毛と白い肌がかがやき、大きなあおの放つ光が少女に大きな存在感を与えている。


言ってしまえば、王道ファンタジー物語のイメージイラストに好んで描かれそうな、文字通りの美少女である。


都心の要駅ようえきに近い大通りに面したその歩道は、全体的にコンクリとアスファルトで固められた都会の景色であり、路上パーキングの都合つごうなのか街路樹がいろじゅも植えられておらず灰色な印象が強い。


しかし、その少女の立っている場所だけは、色鮮いろあざやかな異空間いくうかん様相ようそうていしていた。


ビルとビルの間に出来たスペースの入り口付近ふきんで歩行者の邪魔じゃまにならない様にしているのだが、少女の前を往来おうらいする通行人たちも、老若男女ろうにゃくなんにょを問わずその非日常性につい目をみはってしまうのは無理からぬ事である。


ただ、おのれの地味さを自覚しているのこちゃんは、自分とまった対照的たいしょうてきでしかも突き抜けたその容姿ようしに感心しながらも、少女の着ている制服の方に気を取られていた。


「あれ、多分カナハちゃんと同じだよねぇ………」


カナハちゃんは、小中高しょうちゅうこう一貫いっかんの名門校、私立スタープレーン学園に通うチャムケア好きの同志である。


小学校低学年の女の子なのだがひょんな事で知りあい、今では、チャット用アプリ"レイナー"でチャムケア専用のグループを作って、毎日の様にチャムケアについて熱く語り合う仲になっていた。


夏休みに入る前の衣替ころもがえで、カナハちゃんには、初等部の夏服姿を披露ひろうしてもらっていたのだ。


現在、カナハちゃんも家族で海外へ旅行中で、ひまつぶしの相手をしてもらうのはむずかしい状態じょうたいである。


「はぁ~、お嬢様じょうさま系が多いとは聞いていたけど、やっぱりすごいんだね」


お子様にしてこの美貌びぼうもさることながら、のこちゃんがよこしまな計画をふくめつつもあれやこれやと覚悟しながら電車を乗りいで都心まで来た事に対して、彼女は何事もなく一人でこの場に立っている。


聞いた話では、カナハちゃんの家から学園に通う方が、この都心へ出るよりもよっぽど近いらしい。


恐らく、親御おやごさんなりお付きの人が近くにいると思うものの、交通手段からしてのこちゃんが知る小学校低学年の世界とは丸で別物なのだろう。


そんな事を考えながら歩いていると、その少女がこちらをじっと見ている気がして、のこちゃんは首をかしげた。


「気のせいかな?」


少女が立っているのは、のこちゃんの進む先である。


そのため、のこちゃんが少女に接近せっきんする形になり、距離きょりちぢまるにつれて"見られている"疑惑ぎわくは"ガン見されている"確信かくしんへと変わっていった。


「………もしかして、カナハちゃん関係かな?」


その少女を一目ひとめ見た時から、カナハちゃんと似た様な背格好せかっこうであり同じ制服姿だったので、同級生なのかも知れないと当たりは付けていた。


とは言え、特にカナハちゃんからその少女について聞いた事も無いので、戸惑とまどいながら前へ進むしかないのこちゃんである。



ふと、少女に近づく事でその背後はいごにあるスペース、それまでビルの影で死角しかくとなって見えなかった部分がのこちゃんの視界しかいに飛び込んできた。


そこは、大人の男性が二人並べるくらいのはば階段かいだんで少しりるくぼんだ段差だんさがあり、奥まった所で小さな鳥居とりいかまえる神社になっていた。


鳥居とりいの向こうには、玉砂利たまじゃりめられ、もうわけていどに木が植えられてる土地の中央ちゅうおうに小さなやしろたたずんでいる。


もしかするとほこらなのかも知れないが、のこちゃんには判断がつかない。


そんな事よりも、都心の近代的なビルぐんの中に突然とつぜんあらわれた、小ぶりの神社の存在がのこちゃんには不思議ふしぎだった。


以前、都市へ開発される前からその土地でまつられていた神社やほこらを、何らかの理由でそのまま残すケースは都心でもめずしくないときょう姉さんから聞いた事がある。


この新しいものといにしえのものの取り合わせは、実際にたりにしてみると、なかなか面白い。


目の前でこちらをガン見している少女が放つ非日常性と相俟あいまって、何やら神秘的しんぴてきなシチュエーションでさえあった。


そんな変な感心をしつつも、少女とは、おたがいに手のとどく位置まで来てしまったのこちゃんである。


もうこうなったら少女へ話しかけるしかないと、のこちゃんは、決意してもう一歩前へみ出した。


「ねえ?あなたは………」



その時である。



それが轟音ごうおん振動しんどうだったのか爆発の熱波ねっぱだったのか分からないものの、自分の背後から生じたそのただならぬ気配けはいに対して、のこちゃんが反応できたのは偶然ぐうぜん以外の何者でもなかった。


一歩前へみ出したいきおいのまま、咄嗟とっさにその少女を神社のスペースへと突き落としたのだ。


そして、爆炎ばくえんと共に何か大きなかたまりがのこちゃんの背中へおそいかかったのは、その直後である。


すべもなく、衝撃しょうげきにその身をはじき飛ばされたのこちゃんの視界しかいには、吃驚びっくりして目を丸くした少女の無事な姿があった。


わたしのチャムケア活動。


そんな感覚があったのかどうかも分からないが、意識がうすれるのこちゃんの中では、"良かった"という安堵あんどが確かに存在していた。



二度目のひときわ大きな爆発で、少女はその場にうずくまるしかなかった。


それから、どれ程の時間がったのであろう。


あたりは、まだ騒然そうぜんとしたままである。


けつけた警察官に発見され声をかけられた少女がおそおそる顔を上げてみると、げた大きな自動車のドアらしき物によって破損はそんしてしまった、鳥居とりいの様子がうかがえただけであった。


しかし、そこに、のこちゃんの姿は見あたらない。


無惨むざんな結末を見たくなくて顔を上げられなかった少女は、少し胸をなで下ろしたのちまわりを見回すと途方とほうれた。


彼女は、どこへ消えたのだろう。


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