第二章 SDJO養成所本部支部合同訓練

第十三話 能力差

 徐々に日が出ている時間が長くなり、太陽の日差しが強くなり始める初夏のある日、SDJO養成所支部の生徒全員が会議室に集められた。学年ごとに席に着き、これから来るであろうティラノ先生を待っている。


 円椛は後ろの席に座る夢羽と吾郎の制服姿を始めて見た。夢羽は襟が水色とグレーのチェック模様のグレーのブレザーに、襟と同じ色のチェック模様のスカート。ブレザーの下にSDJO養成所指定のクリーム色のニットを着ており、青色のネクタイをきちんと締めいる。


 吾郎は襟が赤とグレーのチェック模様のグレーのブレザーの袖をまくり、白いシャツのボタンをだらしなく開けていて、胸元が肌蹴ている。履いているズボンはブレザーの襟と同様に赤とグレーのチェック模様だった。


 吾郎は隣に座る雲雀に気さくに話しかけており、雲雀はスマホの画面を見て吾郎の方を見ようともしないが、ちゃんと会話しているようだった。


 円椛は集められた生徒の中に見慣れない人を見つけた。


 夢羽の隣の席に座っている背の高い男子生徒。SDJO養成所の制服に黒いパーカーを身に着け、フードを被り、黒いマスクをしているせいで顔は全く見えない。一見とても怪しい人物だが、隣に座った夢羽は楽しげに会話している。隣の男子生徒が声を発している様子はないが。


 そして、円椛はその背格好に見覚えがあった。


「ねぇ。眞音、十彩」


「なに?」


「なぁに?」


 円椛が両隣に座っている二人に声をかける。


「あの人……」


「楽先輩?」


「あぁ、そっかぁ。円椛は会ったことなかったねぇ」


「あぁ、そっか。綾女楽先輩。三年生。一見不審者だけど、すごくいい先輩」


「SDJO養成所支部の中で一番優しいって言っても過言じゃないよぉ」


「え、そうなの?」


 そうは見えないけど、と言いそうになったのを、円椛はぐっと押さえた。


「夢羽先輩もゴロー先輩も雲雀先輩も優しいけどね。三人ともなんというか……ちょっと個性的だから」


「すっごい誤魔化して言うじゃん、眞音~。ゴロー先輩は夢羽先輩のことになると人が変わるし、夢羽先輩はちょっと怖いし、雲雀先輩はキツイ性格してるしぃ」


「十彩君? 全部聞こえてるよ?」


 十彩の後ろに音も無く現れた夢羽に、十彩と眞音が青冷める。振り向くと、笑顔を浮かべた夢羽が立っていた。


「あ、え、えっとぉ~……夢羽先輩はいつも優しくて大好きですよぉ……?」


「わぁ、嬉しい」


「夢羽先輩、すみません……」


「いいのよ? 眞音君はちゃんと誤魔化したから」


 眞音と十彩は夢羽と目を合わせられない。たしかにちょっと怖いな……と思いながら、円椛は夢羽の隣に立っている楽の方を見た。どこからどう見ようと顔は見えそうにない。すると、楽がなにかとても小さな声を発した。


「え?」


 円椛は聞き取ることが出来ず、聞き返す。


「あ、えっとね。『綾女楽。三年生。よろしく』だって」


「え、あ、玄霧円椛です。よろしくお願いします」


 楽は円椛に右手を差し出した。それが握手を意味していることに気が付くのに少し時間がかかる。円椛は慌てて握手した。


「あのね、楽君とても声が小さいから、耳がいい私ぐらいしか声が聞きとれないけれど、とても優しいから安心してね」


「はい。あ、えっと……昨日助けてくれたのって、楽先輩ですよね?」


「え、なにかあったの?」


「僕たち聞いてないけどぉ」


 黙っていた二人が口を挟む。円椛は「ちょっとね」とはぐらかし、楽の反応を待った。楽は少し考えたように間を置いた後、小さく頷いた。


「あの、本当にありがとうございました」


 円椛が礼を言うと、楽は再度小さく頷いて、何も言わずにもとの席に戻っていった。夢羽も楽に続いて戻っていく。


「ねぇ、なにがあったの?」


「大丈夫。なにもない」


「えぇ~? 僕らだけ除け者ぉ? 教えてよぉ」


「二人は私のことを心配しすぎ」


「はぁ~い。みなさ~ん。お集まりですかぁ?」


 その時、気の抜ける声を出しながら、ティラノ先生が部屋に入ってきた。ティラノ先生は「はいはい、注目~」と両手を叩きながらホワイトボードの前に立った。


「あ、楽の自己紹介終わった? 終わったよね、よし。じゃあ、今日ここにみんなを集めた理由を話そうか」


 そんなに適当でいいのか……? と思いながらも円椛は口には出さず、静かにティラノ先生の言葉を待った。


「今日ここにみんなを集めたのは、他でもない。みんなお待ちかね、SDJO養成所本部支部合同訓練が今年もやってきたからです~! はい、盛り上がれ~‼」


 はやし立てるティラノ先生とは裏腹に、生徒たちは静まり返っている。円椛は聞きなれない言葉を聞き返した。


「SDJO養成所本部支部合同訓練ってなんですか?」


「あれ? 俺、円椛に言ってなかったっけ? あ、まじか。ごめん、ごめん」


 ティラノ先生はたいして悪びれてもいない様子で説明を始めた。


「前々から言ってるけど、ここはSDJO養成所支部。てことはもちろん本部があるんだよ。SDJO養成所本部はSDJO本部にある施設でね。ここよりももっとデカいんだけど、SDJO養成所本部支部は年に一回、合同訓練を行うんだよね」


「合同訓練ですか……?」


「そう! まあ、合同訓練という名の交流戦なんだけど」


 円椛以外の生徒はどこかうんざりしたような顔をしている。


「交流戦って?」


「支部と本部の生徒で戦うの。それで、最後まで残った生徒が本部の生徒か、支部の生徒かで勝敗が決まる。生徒数が少なかったから去年はやってないんだけど、今年は生徒数が支部も本部も増えたからやるって話になったんだ」


 ティラノ先生が円椛以外の生徒の顔色を見て、苦笑した。


「そんな顔しないでよ、みんな。伝えにわざわざやってきた先生が可哀想でしょ?」


「あの……なんでみんな乗り気じゃないんですか?」


「え~……俺が説明しなきゃダメ?」


 ティラノ先生があたりを見回したが、生徒はみんな目を逸らした。ティラノ先生がため息をつく。


「あのね、円椛。SDJO養成所が支部と本部に分かれてる理由、わかる?」


「えっと……どうしてですか?」


「能力差」


 ティラノ先生がピシャリと言い放った。


「本部はね、猛者の集まりなんだよ。だから支部が本部に合同訓練で勝てたことは、SDJO養成所建立以来一度もないんだよねぇ……」


 生徒たちが浮かない顔をしているわけだ。勝てない試合に出たがる人なんていない。


「でもでもでもね⁈ 今年は勝てるかもしれないよ⁈ なんてったって、今年は支部の人数多いから‼」


 その時、静まり返った部屋の中で楽がなにかを呟いた。楽の声は静まり返った室内であるにも関わらず、なんて言っているか聞き取れない。夢羽が翻訳する。


「先生。楽君が『現役時代に支部のことをボコボコにしてたのはどこの誰だ』って言ってます」


「……なんのことかわからないなぁ」


 ティラノ先生がとぼけた様子で笑う。十彩が口を開いた。


「ティラノ先生ってぇ、SDJO養成所本部の卒業生ですよねぇ?」


「そうだよぉ」


「そりゃ、勝てないですよぉ」


 すると、十彩がはっとなにかに気が付いた様子で目を輝かせた。


「キャシーさんもだよねぇ⁈」


「ああ、そうだよ」


「合同訓練、キャシーさんも来る⁈」


「ああ……どうだろう。来るんじゃない?」


「じゃあ、行く‼」


 十彩が嬉しそうに笑う。円椛は隣に座る眞音に問いかけた。


「キャシーさんって誰?」


「十彩の親代わりの人。SDJO本部のデバッカーなんだよ」


「へぇ……」


「はいはい! みんながどれほど嫌がってもあることはあるんだから! 諦めて合同訓練に向けて訓練を積むように! 今年こそは勝つぞー‼」


 ティラノ先生が「おーっ‼」と片手を突き上げたが、それに応える生徒は誰もいなかった。


    ◇


「合同訓練っつってもなぁ……俺らは去年もやってねーし、聞いた限りだとあんまり乗り気にならねーよなぁ」


 ティラノ先生が部屋を後にした後、すぐに出っていってしまった雲雀と楽を除いた生徒は一か所に集まり、話していた。一年生が座っていた場所に、夢羽と吾郎がやってきたのだ。ちなみに、この後も各自自由時間である。ティラノ先生が仕事に行ったからだ。


「俺たちも初めてですけど……どうなんですか? やっぱり強いんですか?」


「強いよ」


 夢羽が口を開いた。


「すごく強い。私は一年の時、一回だけやったけどね、もう、手も足も出なかった」


「そんなに……」


「格が違うんだよね。あれだけ差を見せつけられると、やりたいとは思えないかなぁ……」


 夢羽が苦笑する。


「中でも強いのが咎晴彦とがはるひこ君。私と同い年だから、いま三年生かな。彼はもう、本当に強い」


「そんなに強い人がいるんですね……」


「でも今年の一年生はみんな頑張り屋さんだから、もしかしたらもあるかもね……?」


「買い被りすぎですよぉ」


 十彩が満更でもないという様子で言った。


「大丈夫です‼ 夢羽先輩のためなら俺、勝ちます‼ 勝ってみせます‼」


 吾郎が夢羽の両手を握りながら、真剣な顔で言った。


「うん、ありがとう。でも、無理しないでね?」


「はい‼」


 嬉しそうな笑顔を浮かべる吾郎に、一年生三人はお互いに目を見合わせて苦笑した。

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