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「お腹空いた! シャワー浴びたい! ホントなんなのよ、マジでサイアクなんだけど!?」
吊り天井に潰されかけた時はマジ泣き三秒前だったメイコちゃんですが、変わり映えしない一本道を三十秒も歩けばケロリと元通り。
流石です。一月から十二月を英語で言えないくらい低容量な記憶力は伊達ではありません。ファミコンの方が幾らか優秀です。
そんな、峠の走り屋も目を剥くだろうコーナーからの立ち上がりに敬意を表し、望みをひとつ叶えてあげましょう。
お待ちかねのシャワーです。
「きゃああああっ!?」
相変わらずな可愛い悲鳴を上げるメイコちゃん。
降り注ぐナイアガラ瀑布もかくやの水流に、いたく御満悦の様子。
しかし喜びあれば、その背後に憂えが待ち構えているもの。
メイコちゃんを洗う水、実はただの水ではありません。
服が溶ける特別性です。紳士の皆様は大枚叩いても欲しがることでしょう。
でも残念。非売品なのです。一番の転売対策とは、そもそも商品を売らないことなのです。
「けほっけほっ……て、え、ちょ、なに、なんで!?」
効果覿面。やたら攻めた丈のスカートと黒地のセーラー服、更にはローファーが見る影も無く溶け去りました。
ただし肌や髪は寧ろ艶が増し、派手な豹柄の下着も無事です。これぞ匠の仕事と呼べるでしょう。
本当は靴下も溶けない仕様ですが、メイコちゃんは直履きなので素足です。
「あ、髪ツヤツヤ……じゃねーし!? ざっけんな、マジざっけんな、ざっけんなオイ!」
どうやら基礎的な知識量が少ないと、罵倒や悪態の語彙も乏しくなる模様。うっせぇうっせぇうっせぇわ。
性格がキツ過ぎて、実はまともな男女交際の経験が無いメイコちゃん。たかが下着に剥かれただけで右往左往、腰が引けて顔も真っ赤です。
黒ギャルの分際で変にギャップを醸し出す必要は無いので、キリキリシャキシャキ歩きましょう。
「訴えてやる、絶対訴えてやる……石ばっかで寒そーなのに普通にあったかいのも腹立つ!」
自分が如何に恵まれているのかも理解せず、産まれたばかりの雛鳥も同然に文句と要求ばかりを垂れ流すメイコちゃん。
同じクラスのオタクくんは週五でバイトに励んでいます。少しは見習うべきでしょう。
人生、遊べるうちに遊んでおくというのも決して間違ってはいませんが、せめて日々の享楽があって当然なものではない、今限りの特別なものであることは自覚しましょう。
「ひっ……!?」
引き攣った小さな悲鳴と共に、メイコちゃんが半歩退きました。
ギリギリ半歩が限界です。すぐ背後は金銀財宝が描かれた壁なのです。
「い、嫌っ、無理無理無理無理無理!」
慄くメイコちゃんの視線の先には、壁の穴から何本も這い出る、ミミズのような触手。
ぬらりと濡れた表面、うぞうぞと蠢く姿は成程、さぞ生理的な厭悪を催すでしょう。
「やめ、や──ぎっ!?」
錆びたロボットのような抵抗も虚しく、手足を絡め取られてしまうメイコちゃん。
だけど安心、ここは紳士のダンジョン。暴力的な意味でもそれ以外の意味でも、成人未満お断りな展開はノーグッド。
当然この触手達も同じ。寧ろ指折りに紳士だとさえ言えるでしょう。
「え、ちょ、やだ、やだ、何それ」
彼等は知覚範囲内に人間が踏み入ると、今のように素早く捕らえます。
そして。
「──あ、が、ぃぃぃぃぎぎぎぎっっ!!」
一斉に電撃を浴びせます。
「あ、あ、あぐ、あっ、がっ!」
勿論、死んでしまったり後遺症が残ったりするような強さではありません。
どちらかと言えば逆。肩こり、冷え性、慢性疲労、関節痛、神経痛など、様々な症状を解消する一種の療治。
「あぇっ、ご、ごっ」
ただし足つぼマッサージの比ではないくらい痛いので、相応の覚悟を以て臨みましょう。
どっとはらい。
「も、やめ──許じ、でぇ──」
ちなみに今回は三十分コースです。
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