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 概ね十五分の間で三度も息を詰まらせたメイコちゃんは、忿懣遣る方無い様相で肩を怒らせ、大股に歩いています。

 完全に八つ当たりです。外に責任を求めたところで何も変わりはしないのだと学びましょう。

 不平不満を怒鳴り散らすのではなく、どう対処すべきかを己自身で考え、模索できる人間をこそ、世間は大人と呼ぶのです。


「っ、どこまで続いてるのよ! 歩いても歩いても同じ景色! 進んでる気がしないんだけど!?」


 歩いても歩いても、と言えるほどには歩いていません。精々、気の早い人がお湯を注いだカップラーメンを食べ始める程度の時間です。

 でも仕方ありません。メイコちゃんは家を十分早く出た分速六十メートルのタカシくんに、分速八十メートルのヒトシくんが何分で追い付けるか計算できないくらい頭が弱いのです。だいぶ洒落にならなくて可哀想ですね。


 そして、当ダンジョンの全長はと言うと、実のところ誰も知りません。

 何故なら毎度毎度、創造主の気まぐれで変わるからです。上司と営業部の胸先三寸で前後する納期と少し似ていますね。

 まあ長い時は万里の長城より長いです。万里の長城がどのくらい長いかは寡聞にして存じ上げませんが、可愛い女の子の時ほど長い傾向にあります。

 逆に短い時はピッチャーゴロと同じくらいです。男が来た時は大体短いです。創造主は男性を物理的に痛め付ける行為に魅力を感じないからです。武名で知られた益荒男が民衆の前で裸踊りさせられるなどの尊厳破壊は大好物です。


 なので次の一歩がゴールと信じ、更に次の一歩もゴールと信じ、兎にも角にも盲目的に信じ続け、唯々諾々と進みましょう。

 きっといつかは辿り着ける筈。結果が伴うかは分かりませんが、信じるだけならタダなのです。






 メイコちゃんが足を止めます。立ち止まってばかりの人生です。


「またキモいのが出てきたし」


 ダンジョンは一本道ですが、目と鼻の先に迫るまでモンスターの存在に気付くことは出来ません。

 だいたい六馬身ほどで視認可能になります。逃げ馬有利ですね。


 さて。メイコちゃんの前に現れたのは、身長一六〇センチ少々ばかりのバンタム級ゴブリンです。

 両拳に巻いたバンテージの具合を確かめながら、ステップを踏みつつ近付いて来ています。


「なに? チビのくせにアタシとやろうっての?」


 メイコちゃんは一般成人男性より大柄で、特に脚が長いです。

 しかも中学まで空手を習っていたので、蹴りの威力が割とえげつないです。

 最近は同じクラスのオタクくんが座る椅子を、日に三度は蹴っています。陰湿ですね。


「はっ。ちょーどストレス溜まってたし、いい感じに発散──」


 しかし所詮、人間はスライム未満に非力なので、モンスターには逆立ちしようと勝てません。無理無理無理のカタツムリです。

 不用意に距離を詰めたところ、メイコちゃんのお腹にゴブリンの拳が深くめり込みました。

 ヘビー級ボクサーも顔負けのパンチです。


「かっ」


 悶絶し、膝をつくメイコちゃん。

 テンカウント制なら、この一撃だけでノックアウトです。


 尚、当ダンジョンのゴブリンはジェントルマンなので、ダウンを取った相手に対する追撃はしません。ボクシングは紳士のスポーツなのです。

 ただし立ち上がる度、リスキルの要領でボディブローを見舞います。ボクサーとは徹底した効率厨でもあるのです。


「げほ、げほっげほっ!」


 的確に鳩尾を突かれ、動くに動けないメイコちゃん。

 けれどもプライドだけは一人前なので、歯を食い縛り、気丈にも立ち向かいます。

 頑張れメイコちゃん。


「ぐぶっ」


 ただし頑張れば結果が着いてくるかと言えば、そう甘くないのが世の中。

 またも腹部を突き刺す、捻りの入ったコークスクリュー。

 胃の中身がリバースしない、目立つ痣も残らない、絶妙なラインの力加減。名人芸ですね、素晴らしい。


 完全に力の差を分からせられたメイコちゃんが、今度は四つん這いに崩れ落ちます。

 でも大丈夫。返す返すも当ダンジョンのゴブリンはジェントルマンなので、酷い目には遭いません。


 ただし一回のエンカウントにつき最低五発のボディブローがノルマです。

 達成出来なければ給与査定に差し障るので、家で妻と三匹の子供が帰りを待つ彼も、生活のため必死なのです。

 世知辛いですね。





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