第12話 楽しませる前に

「総一? 本当に良かったのかい?」

「ええ、もちろんですよ」


 回転寿司での食事代は、俺が持つことにした。俺が払うべきだと思ったのだ。

 夜空先輩は、特に何も言うことはなかった。多分俺に花を持たせてくれたのだろう。その雰囲気から、そんな気がする。


「ふふ、総一は気前がいいね?」

「いえ、そんなに褒められるようなことではありませんよ」


 夜空先輩の称賛の言葉に、俺はゆっくりと首を振った。

 この昼食を決める時から、俺は随分と失敗を重ねている。そのため、ここで俺が払うのは当然のことなのだ。

 そもそも本当に気前がいいなら、もっといい店を何の迷いもなく選ぶことがでいたはずである。それこそ先輩にとって馴染み深い回らない寿司にだって、連れていけたかもしれない。


「……総一? どうかしたのかい?」

「いえ、なんでもありません」


 色々と思う所があったが、俺はそれを表面に出さないように心がけた。

 気前の良さも大切なことではあるが、最も重要なのは夜空先輩に楽しんでもらうことだ。それを忘れてはならない。だから落ち込むのは後だ。


「それで、これからどうしますか?」

「……そうだね。せっかくだから、ショッピングモールを見て回らないかい?」

「わかりました。それじゃあ、行きましょうか」

「ああ」


 俺の言葉に、夜空先輩はゆっくりと頷いた。

 という訳で、歩き出した俺はすぐに足を止めることになった。先輩が、その場を動こうしなかったからだ。


「夜空先輩? どうかされたんですか?」

「いや……総一、君に一つ聞きたいことがある」

「聞きたいこと? なんですか?」

「……もしも君の心に憂いがあるというなら、話してくれないかな?」

「それは……」


 夜空先輩は、俺の気持ちを見抜いていた。抑え込んだと思っていたが、鋭い彼女に対しては不十分だったということだろうか。


「回転寿司の間……君はこのデートを楽しめていなかったような気がしているんだ。どうだろうか?」

「いえ、楽しんでいなかった訳ではありません。お寿司は美味しかったですし……」

「……それなら、何かを気にしていたとか?」

「……そうですね。気にしていたのは確かです」


 夜空先輩の追及に、俺はゆっくりと頷いた。

 多分彼女の前で隠し事をしても無駄だろう。ここは素直に話す方がいい気がする。


「その……先輩に気を遣わせてしまったので」

「やはりそのことを気にしていたんだね……」


 俺の言葉に、夜空先輩は悲しそうに笑った。

 それはなんというか、自虐的な笑みのように見える。しかし今回の件で先輩に悪い所はない。全て俺がから回った結果である。


「先輩は何も悪くありませんよ。俺がただ勝手に気にしていただけなので……」

「いや、よく考えてみたらこれは最初に言っておくべき事柄だったね。あまりそういうことを言うのは嫌だったから避けていたけれど、それがまずかった」

「夜空先輩?」


 夜空先輩は、俺にゆっくりと近づいてきて手を握ってきた。

 彼女の温もりが伝わってきて、少しドキドキとしてしまう。しかし今はそんなことを考えている場合ではない。


「私の父は会社の経営者でね。それなりの暮らしをさせてもらっているんだ」

「あ、はい。それはなんとなくわかっていました。学校でも噂を耳にしていましたし……」

「そうだよね。君が私をそういう人間だと認識していることはなんとなくわかっていた。ただ君は、そういう差とかをあまり気にする人ではないと思っていたし、自分でお金持ちの家とかはあまり言いたくなかったから黙っていたんだ」


 夜空先輩は、今まであまり自分が裕福であることを言ってきたりはしなかった。お父さんが会社の経営者というのは、今初めて聞いた情報だ。

 それは噂を聞いていたし、色々な面から察することができたことなので特に驚きはない。そして俺は、夜空先輩の家のこともそんなに気にしてはいなかった。それは事実である。


「言っておくけれど、私と君との間に差なんてないよ」

「それはわかっています。でも先輩に気を遣わせてしまいましたし……」

「いや、君は差を作っている。思えばこのデート中ずっとそうだった。今理解できたよ。それはきっと君の矜持なんだろうね?」

「矜持、ですか?」

「ああ、なんというか、私を楽しませようとしてくれているのだろう?」

「それは……もちろんです」


 俺は夜空先輩の言葉に頷いた。彼女に俺の考えていることが完全に見抜かれたという事実には、驚きを隠せない。本当に先輩は聡い人であるようだ。


「もちろんそれは私にとっては嬉しいことではあるけれどね。それも差なんだよ。君は私を楽しませようとするあまり、自分が楽しむことを忘れていないか?」

「俺が楽しむこと……」


 夜空先輩の言う通り、俺は確かに彼女を楽しませることで頭がいっぱいになっていたような気がする。

 確かにそれでは対等とはいえない。俺はこのデートを楽しもうとしていなかった。それで夜空先輩を楽しませることなんてできる訳がなかったのだ。


「すみません、夜空先輩。俺は……」

「いや、気にしなくていい。ただこれからはもっと気を楽にして楽しんでくれ。私としてもその方が楽しいからね」

「わかりました」


 俺は夜空先輩の言葉に、ゆっくりと頷く。

 こうして俺は意識を改めて、先輩とのデートに臨むことにするのだった。

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