第9話 久し振りに来る場所

 俺は、夜空先輩と一緒に水族館に来ていた。

 水族館に来るのは、随分と久し振りだ。前に来た時は家族と一緒だったが、それからどれくらい経っただろうか。ただわからない程に昔であることは確かだ。

 それは夜空先輩も同じであるらしい。つまり今日はお互いに数年振りの水族館なのである。


「うむ、改めて見てみると圧巻だね」

「ええ、そうですね」


 そこで俺達は、感嘆の声をあげていた。

 目の前で大きな水槽を魚達が自由自在に泳ぐ様は本当に圧巻だ。


「幻想的な光景ですね……」

「ああ、違う世界に来ているみたいだ……いや、実際にそうなのかな? 海の中というのは地上とはまったく違う場所である訳だし」

「俺達はそれを垣間見ているということでしょうか……」

「ふふ、そうだね」


 俺の言葉に笑顔を見せる夜空先輩は、とても美しい。水族館が暗いからだろうか。その笑顔がどこか神秘的に見える。

 ただ俺は同時に、少し違和感を覚えていた。よくわからないが、なんとなく彼女の笑顔は儚いような気がするのだ。


「……総一? どうかしたのかい?」

「え?」

「いや、なんというか不思議な顔をしているけれど……」

「あ、えっと……」


 俺が悩んでいると、夜空先輩はそれを指摘してきた。

 その表情からは、先程のような儚い感じはない。俺を心配しているということが、伝わってくる。

 そうすると益々わからない。一体彼女は、何を思っていたのだろうか。


「すみません。なんというか、先輩の顔が気になってしまって」

「私の顔?」


 わからなかったため、俺は少し聞いてみようと思った。

 俺はまだまだ、夜空先輩のことを知らない。それを知るためには、とにかく話をしてみるしかないだろう。勇気を出して、聞いてみることが重要だ。


「……そ、それは見惚れていたということかな?」

「え? あ、ああ……それももちろんあります」


 俺の言葉に対して、夜空先輩は少し照れながらそんなことを聞いてきた。

 その美しい顔に見惚れていたことは確かなので、とりあえず頷いたが、俺が言いたいのはそういうことではなかった。それを察したのか、夜空先輩も少し表情を変える。


「そ、そういうことではないみたいだね……いや、そういうことなのかもしれないけれど、何か別の意図もあるということかな?」

「ええ、そうなんです。なんというか、先輩の笑顔に陰りがあるような気がして」

「なるほど……」


 俺が素直な言葉を口にしてみると、先輩は参ったというような顔になった。

 それはつまり、俺の言葉が図星であるということなのだろう。本人が自覚するくらいには、何かがあったということだ。


「何かあったんですか?」

「……何かあったという訳ではないよ。ただ少しね。昔のことを思い出したんだ」

「昔のこと?」

「前に来た時はね。お母さんも一緒だったんだ」

「それは……」


 夜空先輩の言葉に、俺は自分が余計なことを言ってしまったことを理解した。

 彼女は俺と同じだったと言っていた。それはつまり、かつて家族と来たということなのだろう。

 夜空先輩が父子家庭であるということはわかっていたのだから、その言葉の裏を読むべきだった。これは俺の失敗である。


「すみません。余計なことを聞いてしまって……」

「あ、いや、別に構わないよ。君は私が浮かない顔をしていたから心配してくれた。それだけのことじゃないか。むしろお礼を言わせて欲しい」

「夜空先輩……」


 夜空先輩は、再び俺に笑顔を向けてくれた。

 その笑顔には、先程のような憂いはない。本当に心から笑ってくれているということなのだろう。


「それにね。別にお母さんのことを思い出したからという理由だけではないんだ。私はね。その……まあ、いつかの未来にあの日のように家族でここに来ることもあるのかもしれないと思ったのさ」

「……夜空先輩がお母さんになって、ということですか?」

「ああ、そうさ。そういう未来だってあるかもしれないだろう? 総一はどうなのかな? 将来家庭を持ちたいとか思っているのかい?」

「えっと……まあ、もちろんぼんやりとそういう気持ちはあります」

「そうか。それなら良かった」


 笑顔で言葉を続ける夜空先輩に、俺はまた少しだけ違和感を覚えた。

 やはり先輩の中には、何かしらの憂いがあるような気がする。それがなんなのか、きっと彼女は教えてくれるつもりがないのだろう。

 それが本当にもどかしい。もっと先輩のことが知りたいと、そう思ってしまった。

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