第6話 彼氏としての当然の責務

「……人間関係というのは、なんとも難しいものであるとつくづく思ってしまうよ」

「やっぱり色々と大変なんですか?」

「正直に言うとそうだね。結構大変なんだ」


 夜空先輩は、明らかに弱音を吐いていた。いつも堂々としている彼女がそのようなことを言うとは思っておらず、俺は少し面食らってしまう。

 だが、俺が見てきたのは所詮人前に立つ時の夜空先輩だ。彼女だって人間なのだから当たり前に弱音を吐くし、悩みがあるのだろう。それは今までのやり取りからもわかっていることだ。

 俺はきっと、そんな夜空先輩が甘えられる存在になるべきなのだろう。俺は彼氏なのだから、彼女を支えるのは当然の役目だ。


「悩みや愚痴があるなら聞きますよ?」

「うむ……あまりよくないことかもしれないが、せっかくだから聞いてもらおうかな? 話すだけでも楽になるものだろうし……」

「ええ、きっとそうですよ」


 俺の提案に、夜空先輩は少し安心したような顔をしていた。誰かに話せる。それだけで心が軽くなったのだろう。

 人気者というのは、良くも悪くも色々と言われるものだ。だからきっと、夜空先輩もかなりストレスを抱えているのだろう。それはなんというか、悲しい話だ。


「まあ君も知っている通り、私は多くの男子から好意を寄せられているんだ。これまでの間、上級生からも同級生からも下級生からも告白されてきたんだよ」

「ええ、そういう噂は聞いています」

「そういう人達には色々といてね……もちろん、真面目に私のことを好きになってくれて誠実だった人もいるんだけど、問題がある人の方が多かった」


 夜空先輩はしみじみといった感じでそう呟いた。そこには、長年の想いが籠っているような気がする。


「例えば一年の時に告白してきた三年生なんてひどかった。上から目線で、俺の彼女にしてやってもいいみたいなことを言ってきてね」

「……どうしてそんなことを?」

「彼は人気者だったらしいんだ。バスケ部のエースとかだったかな? 女子達からとにかくモテていたらしい。だから調子に乗って私にそんなことを言ってきたんだろうね。あの時のことはひどすぎてよく覚えている。その三年生の名前はまったく覚えていないが……」


 過去のひどい告白を語る夜空先輩は、怒りながらも楽しそうにしていた。それはその告白が、彼女にとってどれだけ不快だったかを表しているような気がする。

 三年間の中で何度も告白されているということは、きっと色々な人がいたのだろう。母数が多ければ、問題がある人も多くなるのは当然だ。そんな人達の相手をずっとしている夜空先輩は、思えばかなり大変な気がする。


「それにしつこい人もいるんだよね。断ったのに、一か月後にもう一回告白をされた時には参ったよ。別にその間に関わったという訳でもないのに……」

「それはなんというか、怖いですよね……」

「そうだね。正直怖かったよ。ストーカーなんて話はよく聞くからね。まあ幸いなことに、まだ警察沙汰にはなっていないから、そう考えると私は恵まれている方といえるかもしれないね」

「警察沙汰なんて……」


 人の好意というものは、時に狂気を孕むものだ。何度も告白してくる人などにストーカーの片鱗を感じても、それは仕方ないことであるだろう。

 諦めないといえば聞こえはいいが、流石に何度もしつこく迫るのはいいこととは言い難い。告白される側からすれば、段々と怖くなってくるだろう。

 ただ幸いにもこの学校の生徒には一線を越す者はいなかったようだ。色々と問題はあったらしいが、そういう人がいなかったのは不幸中の幸いといえるかもしれない。


「ああもしかして、俺と付き合ってのもそういう面があったからなんですか?」

「そういう面? それはどういうことかな?」

「彼氏がいれば、告白しようと思う人は少なくなるでしょう?」

「……ああ、確かにそれはそうかもしれないね」


 俺の言葉に、夜空先輩は驚いたような顔をしていた。

 ということは、俺が予測したようなことは彼女の頭の中にはまったくなかったということになる。


「それは予想外の利点といえるね……ああでも、私の代わりに君が矢面に立つことになるのかな?」

「さっきも言いましたが大丈夫です。それくらいはお安い御用ですよ。彼氏として当然の責務というやつです」

「本当に君には迷惑をかけてしまうね……」

「だから気にしないでください」


 俺の存在によって、夜空先輩の憂いが減るなら何も問題はない。俺はそのように思っていた。

 大変な彼女の煩わしい事柄を、半分でも背負うことができるなら俺は嬉しい。そのためになら、いくらでも矢面に立ちたいと思う。

 しかしきっとそれでも夜空先輩への告白は、なくならないように思える。彼氏の存在なんて気にしない人もいるだろうから。


「本当にしつこい人がいたら言ってくださいね。彼氏がいるのに関係なく迫る奴とかがいたら、俺がなんとかしますよ。彼氏が実際に出てきたらそういう人の勢いは収まるかもしれませんし」

「君の手は煩わせたくないが……まあ確かにそういう時は相談した方がいいのかもしれないね」


 俺の言葉に、夜空先輩はゆっくりと頷いてくれた。

 それは頼りにしてくれているということなのだろう。俺はそれがとても嬉しかった。

 彼氏として夜空先輩を守っていく。俺はその決意を改めて固めることにした。

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