第5話 有名人の彼氏として

「さて、それではいただくとしようか?」

「はい」


 夜空先輩の言葉に頷いてから、俺は手を合わせた。すると彼女も、俺と同じように手を合わせてくれる。


「いただきます」

「うむ、いただきます」


 食事の挨拶をしている夜空先輩は、何故かわからないがとても嬉しそうだった。家政婦さんが作ったというお弁当が、それ程に楽しみなのだろうか。

 いや、もしかしたら俺との食事を楽しみにしてくれているのだろうか。もしもそうだとしたら頑張らなければならない。夜空先輩の彼氏として。


「ふふ、いつも通り美味しいな……」

「やっぱりおいしいんですか?」

「ああ、流石としか言いようがないよ。私は彼女にすっかり胃袋を掴まれているね」「お弁当以外も家政婦さんが?」

「そうだね。そうしてもらっている……私は父と二人暮らしなのだけれど、私も父も料理や家事は駄目でね。その家政婦さんにほとんど任せているんだ」

「そうなんですか」


 家政婦さんのことを語る夜空先輩は、少し悲しそうだった。

 それは恐らく、その言葉の裏にあることが隠れているからだろう。

 父と二人暮らしということは、彼女は父子家庭ということになる。きっと今は、お母さんのことを思い出したということなのだろう。


「……ところで夜空先輩、この昼休みが終わった後、大丈夫ですか?」

「ふむ、それはどういうことかな?」

「いえ、俺が変なことをしてしまったせいで、大変なことになったでしょう?」

「ああ、そのことか」


 あまり触れるべきことではないような気がしたので、俺は少し強引に話を変えた。

 それは、気になっていたことでもある。この昼休みが終わってから、夜空先輩は質問攻めにあってしまうかもしれない。


「……まあ、何れは知られることだからね。生憎私は少々有名人である訳だから、隠しておくことはそもそも難しかっただろう」

「質問攻めにあってしまいますよね?」

「それに関しては問題はない。そういうことには慣れているからね。適当に話をしておくよ。むしろそういったことに関して心配なのは君の方だ」

「俺?」

「噂が広まった時、君だって色々な人から質問攻めされることになるだろう?」

「ああ、そういえばそうですね」

「私はそれがとても心配なんだ」


 夜空先輩の言葉に、俺は思い出した。よく考えてみれば、有名人である彼女の彼氏となった俺も、当然色々と聞かれることになるのだ。

 ただそれは、別にそこまでまずいことでもないだろう。確かに俺は質問されることに慣れている訳ではないが、そこまで心配される程のことではないはずだ。


「さっきも言った通り、私は有名人だ。自分で言うのはなんだが、これでも結構色々な人から好意を寄せられている。そういう人から、君は恨みを買うかもしれない」

「恨みですか?」

「ああ、教室内でも男子の視線に気付いていたかい? なんというか、敵意が籠っていたような気がするんだ。そういう人達に君が詰められるのが心配なんだ。ほら、君は下級生だろう? 上級生の中では後輩に強気に出る者もいるし……」

「なるほど……」


 夜空先輩の懸念は理解することができた。学校一の美少女の彼氏、それは俺が思っていた以上に大変なことなのかもしれない。

 同級生の花形である夜空先輩を下級生である俺が掻っ攫った。結果的にそういう構図になっている現状は、俺にとってはよくないのだろう。

 とはいえ、それはどうにかできる訳でもない。まさか夜空先輩と別れる訳にもいかないし、ここは毅然とした態度で構えておくしかないだろう。


「滅多なことをするような人はいないとは思うけど、嫌味とかそういうことを言われるかもしれない……もちろん、何かされたら然るべき対処をするべきではあるからね」

「まあ、色々と言われるくらいは平気ですよ。そういう人達に負ける気はありません」

「……何かあったら、私に言ってくれ」

「ええ、いざという時は頼らせてもらいます」


 夜空先輩は、俺のことをかなり心配しているようだった。

 敵意の矛先が向けられるとしたら、基本的に俺である。状況的にその原因が自分にあると彼女は思ってしまうので、より辛くなってしまっているのだろう。

 そんな表情を先輩にして欲しくはない。ただこればっかりは、どうしようもないことである。せめて俺が、夜空先輩と付き合ってもおかしくはない程に立派な人間であればよかったのだが。


「やっぱり差があると色々と難しいものなんですね……」

「差? それは、どういうことかな?」

「え? ああ、人気者の先輩と俺なんかじゃ釣り合っていないと思われてしまうということですよ」


 夜空先輩の質問に対する俺の答えに、彼女は目を丸めていた。

 その後にすぐに夜空先輩は少し怒ったような表情をする。そういう表情でも美しいと思えてしまう程に、彼女は綺麗だ。


「私と君に差なんてないよ。あるはずがない」

「それはもちろん、俺だってわかっていますよ。ただ、そういう風に思う人もいるということです」

「あ、そういうことだったのか……」


 少し怒ったような態度だった夜空先輩は、俺の言葉で一気に勢いを失った。

 もしかしたら彼女は、俺が差を感じて卑屈になっていると思ったのかもしれない。


「すまない。少々熱くなってしまった……恥ずかしいね」

「いえ、気にしないでください」


 夜空先輩は、顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた。

 そういう表情をしている時の彼女は、とても可愛いと思う。わかっていたことではあるが、やはり学校一の美少女は伊達ではないようである。

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