第2話 付き合うからには
「……さて、まあ晴れて付き合うことになった訳だけれど、君には少しだけ要求したいことがあるんだ」
「要求、なんですか?」
「無理強いするつもりはないけれど、やはり恋人になったからにはそれなりに恋人らしいことはするべきだろう。例えば呼び方とか」
「呼び方、ですか……」
黒宮先輩の言葉に、俺は少し考えることになった。
確かに今の黒宮先輩という呼び方は距離があるような気はする。というか、実際に距離があるからそういう呼び方である訳だが。
とはいえ、恋人になるというならもっと砕けた感じでもいいのかもしれない。例えば、下の名前とかはどうだろうか。
「それでは、夜空先輩と呼んでもいいですか?」
「ああ、それはいいね。それなら私も、総一と呼ばせてもらうことにしよう」
夜空先輩は、俺の呼びかけに笑顔で答えてくれた。
こうして改めて顔を見てみると、本当に先輩が美人であるということを実感する。
そんな人が俺の彼女であるというのは、なんというか変な感じだ。今は嬉しさよりも、やはり混乱が勝ってしまう。
「ああそれから一応注意しておくけれど、浮気はご法度だよ?」
「それは……当たり前のことではありませんか?」
「もちろん当たり前だとも。でも私達は、お互いに好意を抱いていない状態だ。つまり、他に好きな人ができる可能性だってあるだろう?」
「まあ、そうかもしれませんが……」
「でもだからといって、付き合っている状態でその人に告白したりするなんてあってはならないことだ。そういう時には、話をしてからにしよう。円満に別れてから、お互いに新しい道を歩む。それが必要な工程だ」
「……わかりました」
何故かはわからないが、夜空先輩は少し怖かった。
元々浮気しようなんて思ってはいなかったが、絶対にしない方がいいだろう。その言葉からそれが伝わってきた。
「所で総一、私の記憶が確かなら君は帰宅部であったはずだが、その認識も間違ってはいないだろうか?」
「あ、はい。俺は間違いなく帰宅部です」
「これから部活に入る予定などはあるかな?」
「いえ、流石に二年になって部活に入ろうとは思いませんよ」
「ふむ、それなら生徒会に入り給え」
「え?」
流れるように発せられた勧誘の言葉に、俺は思わず変な声を出してしまった。
夜空先輩は、生徒会長である。それは生徒会選挙によって決められるものだ。
一方で、生徒会役員に関してはそういうものがない。我が校では生徒会長以外は勧誘とか、推薦とかそういうので決まるのだ。
よって別に俺が急に生徒会に入っても学校的には問題はない。ただ、俺の心情的には色々と問題がある。
「そんな急に言われても……」
「生徒会に入るのは嫌かな?」
「嫌という訳ではありません。でも、なんというか変じゃありませんか?」
「変?」
「職権乱用としか思えません」
生徒会に入ること自体に問題がある訳ではない。部活にも入っていない訳だし、他にやるべきこともないため大丈夫だ。
しかしながら、今このタイミングで夜空先輩の彼氏が生徒会に入っていくという構図は、どう解釈してもいいものではない。他の生徒会役員も、いい気持ちはしないだろう。
「職権乱用……確かに」
先程まで堂々としていた夜空先輩は、そこで勢いを失った。どうやら、その事実をまったく客観的に見られていなかったようだ。それは俺と恋人という関係であるという意識が薄かったからなのだろうか。
意外なことだが夜空先輩にも結構抜けている所があるようだ。ただ完璧な人間などいる訳がないのだし、そういう所があって当たり前なのかもしれない。
「まあそれなら、君が善意で手伝ってくれているということにしよう」
「……どういうことです?」
「私の彼氏が私を思って手伝う。それなら対面的には何も問題はない。生徒会というものは意外と手伝ってくれる人も多いんだ。君もその一人になればいい」
「なるほど、確かにそれなら問題はなさそうですね」
夜空先輩が言っている通りの構図なら、反感も特に起こりはしないだろう。
しかしそこまで理由をつけて、俺が生徒会の仕事に参加する意味はあるのだろうか。それは少し疑問である。もしかして意外に人手不足だったりするのだろうか。
ただ彼氏になったのだから、彼女のことを助けるは当たり前であるような気もする。特に断る理由もないのだから、手伝うということでいいのだろう。
「よし、それなら話もまとまったことだし、帰るとしようか?」
「あ、送っていきますよ」
「……いい心掛けだね。それなら一緒に帰ろうか」
「はい、夜空先輩」
色々とあったが、俺は夜空先輩と恋人になった。
彼女が欲しいという望みがこんなに早く叶うなんて思っていなかったし、その相手が学校一の美人だなんて今でも信じられないことだ。
だが事実として夜空先輩は俺の隣にいる。そんな彼女を大切にしていこう。そんなことを思いながら、俺は夜空先輩と一緒に帰るのだった。
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