彼女が欲しいと叫んだら、何故か学校一の美少女と付き合うことになりました。
木山楽斗
第1話 一風変わった恋人関係
「悪いな、
友人である
しかしそれは仕方ないことであるだろう。あいつには友達よりも優先するべき存在ができたのである。きっと今の坂崎は、青春を謳歌しているだろう。それ自体は祝福するべきことだ。。
「……」
一方で俺は仲が良かった友人が構ってくれなくなり、一人で寂しい学園生活を送っている。
もちろん、今から友達の輪を広げることができないという訳ではない。ただ俺には一つの望みがあった。坂崎を見ていて思ったのである。
「彼女が欲しい!」
誰もいない見晴らしのいい丘の上で、俺はそのように叫んだ。
木霊して聞こえてくるその言葉は、誰に向けたものでもない戯言であった。
虚しく聞こえなくなる俺の願望に応えてくれる者はいない。だがそれでもよかった。今の自分の望みを口にできて少しだけすっきりしたからだ。
「それなら、私が君の彼女になってあげようか?」
「……え?」
そう思っていた俺の耳に聞こえてきたのは、透き通るような女性の声だった。
ゆっくりと声が聞こえてきた方を向くと、黒い髪の女性が立っている。俺と同じ高校の制服を着た彼女のことを、俺はよく知っている。
「あなたは……
「ああ、私は間違いなく黒宮
真っ黒な長髪に整った顔立ち、背が高くスタイルも良い目の前の女性は、間違いなく我が校の生徒会長である黒宮夜空先輩だ。
学校一の美人であるといわれている先輩がどうしてこんな所にいるのかと思ったが、それはすぐに解決した。同じ高校に通っている以上、ここで偶然彼女と会う可能性はあるからだ。
ただわからなかった。黒宮先輩が何を考えているのかが。
俺と先輩の間に、面識はない。生徒会長で有名人ということで俺は一方的に彼女を知っているが、特に有名でもない俺のことを先輩が知っているとは思えない。
それなのに、今黒宮先輩は俺の彼女になると言った。その突拍子のない発言の意図が読めないのだ。
「そういう君は、
「え、ええ、そうですけど……どうしてそれを」
「生徒会長だからね」
意外なことに、黒宮先輩は俺の名前を知っていた。
もしかして、生徒会長というのは全校生徒の名前を覚えているものなのだろうか。彼女の言い分的にはそう考えるべきなのだろうが、それは驚くべき事実である。
「それで先程の話だけど、どうかな?」
「先程の話、ですか?」
「ああ、私が君の彼女になってあげるという話さ」
「それは……」
黒宮先輩は、楽しそうに笑っていた。その笑顔で俺は悟る。これはきっと、からかわれているのだろうと。
俺は先輩のことを知っているが、彼女の性格までわかっているという訳ではない。イメージ的にはもっとお堅い感じだと思っていたが、結構お茶目な性格ということなのかもしれない。
学校の帰りにふと寄った丘で同じ高校の男子生徒が訳のわからないことを言っていたので乗っかった。それは充分あり得る話ではある。
「まあ、先輩が彼女になってくれるならそれはもう光栄ではありますけど」
「そうかい? そう言ってもらえるのは嬉しいね。それなら、今から私は君の彼女ということでいいかな?」
「え? あの冗談ですよね?」
「冗談?」
俺の質問に対して、黒宮先輩はきょとんとしていた。まるでわからないといった感じだ。
それはつまり、彼女になるというのが本気の言葉だったということだろうか。いや、そんなはずはない。きっとここまでが黒宮先輩の演技なのだろう。
「からかっているのはわかっていますよ、黒宮先輩」
「からかってなどいないよ。私は本気だ」
「本気な訳がないでしょう。俺達はまだお互いのことを何も知りません。それなのに付き合うなんておかしな話です」
「ふむ」
俺の論に対して、先輩は終始真面目な顔をしていた。
そういう顔をされると、本気で言っているように思えてしまう。いや、もしかしたら実際に本気なのかもしれない。
ただ本気だとしたら、本当に意外である。黒宮先輩は、意外にも恋愛面に緩い人だったのだろうか。
「実の所、私は生まれてこの方誰かと付き合ったことがないんだ」
「え?」
直後に発せられた言葉によって、俺の考えは否定されることになった。
もちろん先輩が本当のことを言っている保証はない訳だが、なんとなく嘘を言っているようには見えない。だがそうすると、いよいよ訳がわからなくなってくる。
「そういうことに漠然と憧れはあったけれど、誰かと恋に落ちる機会には恵まれなくてね。だけど、このまま学園生活を終わらせるのはもったいないだろう? だから彼氏の一人でも作って青春を体験してみようと思ってね」
「青春を体験……」
黒宮先輩は三年生だ。今は四月なので、残りの高校生活は約一年間ということになる。
その一年間で青春を謳歌するために適当に彼氏を作ってみたくなった。その流れはまあぎりぎりわからなくもない。
ただそれでもその対象として俺が選ばれた意味がわからなかった。黒宮先輩なら、候補はいくらでもいたはずである。
「……先輩なら色々な人に告白されているでしょう? 人気だということは、俺の耳にも入ってきます。その中から選んだら良かったのでは?」
「そういう人達とはそういう関係にはなりたいと思わなかったのさ」
黒宮先輩は、はっきりとそう言い切った。
もちろん彼女にも好みはあるのだから、普通に考えればそれは仕方ないだと済ませることができる。
しかし今の状況が俺を混乱させていた。まさか俺が黒宮先輩のタイプだということだろうか。
いやしかし、俺達はお互いのことなんて知らないのだからそうも考えにくい。一目惚れされる程顔立ちが整っている覚えはないし、どうにも違和感がある。
「そういう人達と俺に違いがあるんですか?」
「私に告白してくる者達は皆少なからず私に好意を抱ている。ただ私にとってそれは面倒な要素だったんだ」
「面倒?」
「私はね、対等な相手が欲しかったんだ。片方が好意を抱いていると、やはり歪な状況ができあがってしまうだろう? だからまっさらな相手が良かったんだ。少なくとも私には告白していない人が望ましかった」
黒宮先輩の言っていることは、理解できない訳ではなかった。
告白した者が彼女と付き合えば、それはもう好かれようと努力するし、色々と要求してきたりもするかもしれない。
そういったものが面倒くさいと思ってしまう。それは仕方ないことかもしれない。
とはいえ、恋人になるというのはそういうことなのだから、それを面倒くさがるのも結構ひどい話であるような気がするのだが。
「……ああ、一応聞いておいた方がいいかな? 君は私のことが好きかな?」
「え? いや、別に好きという訳ではありません」
「おっとひどいな。それじゃあ、嫌いだと?」
「いやいや、そんなことは言ってないですよ。というか、その聞き方はずるくありませんか?」
「ふふっ……」
質問に対する俺の反応に、黒宮先輩は笑っていた。
これは、明確にからかわれたと思っていいだろう。最初の予測は外れていたが、どうやら彼女が結構お茶目であるということは事実だったらしい。
「うむ、悪くないものだね。やはり君となら上手くやっていけそうだ」
「……本気なんですか? 俺の彼女になるなんて」
「ああ、本気だとも。それとも、私では不満かな?」
「さっき言った通り光栄ですよ。でも正直混乱しています」
俺は確かに彼女が欲しかった。その相手が黒宮先輩であるなら、正直結構嬉しいとは思う。
しかしやはりまだ混乱の方が大きかった。突然の出来事に、思考が追いつて来ていないのだ。
「まあいいじゃないか。別に好きな人がいるという訳ではないのだろう。お互いに漠然と恋人が欲しいと思った者同士、上手くやっていこうじゃないか……」
「……わかりました。それならよろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むよ」
色々と考えた末、俺は黒宮先輩の案を受け入れることにした。
それはひとえに、彼女が欲しかったからでもある。青春を謳歌したいという気持ちが、俺の中で強かったのは事実だ。
ただ理由はもう一つあった。それは本当に感覚的なことではあるのだが、なんだか黒宮先輩のことが放っておけなかったのだ。
どうしてそう思ったのかはわからない。ただここで彼女の手を取らなければ後悔すると思ってしまった。だから俺は手を伸ばしたのだ。その一風変わった恋人関係を受け入れたのである。
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