06.橋渡し

「あ、拓真兄ちゃん?」


 颯斗くんの電話の相手は……やっぱり、拓真くんだ。どうしよう、心臓がおかしくなりそう!!


「うん、移植の後、ちょっとGVHDが出たけど、もうほとんど治った。すごい順調だよ。……ありがとう。ねえそれよりさ、園田さんって看護師さん覚えてる?」


 ちょっといきなり私の名前を出さないでよー!! 変に思われちゃうじゃない!!

 口パクで『やめて』っていくら伝えても、颯斗くんはニヤニヤしてるだけ……。颯斗くん、こんな性格だったの!? もうヤダー!! 言うんじゃなかった!!

 涙目になっていると、颯斗くんが私に視線を投げかけてきた。そして小さな声で教えてくれる。


「かわいいって言ってる」


 え……拓真くんが、私のことを? かわいい……本当に?!

 どうしよう……すっごく、嬉しい……っ。


「今さ、その園田さんがいるんだ。電話かわるな」

「え、ちょ、ちょっとぉっ」

「だいじょぶだいじょぶ」


 なにが大丈夫なの、と泣き叫びたい気持ちだったけど、スマホを渡されると話をしないわけにはいかない。

 ああ、心臓が破れちゃいそう……。

 私は「んんっ」と喉を整えてから声を上げた。


「も、もしもし、園田です」

『園田さん、久しぶりです』


 うわぁああ、拓真くんの声だぁ……っ!

 どうしよう、嬉しすぎて死にそう!!


「うん、お久しぶり。リナちゃんの具合はどう?」

『あー、元気元気! 学校の方も、ちょっと慣れてきたみたいで』

「うん」


 ああ、『うん』だけじゃなく、他にもなにか言わなきゃ〜。


『先週に外来行った時も、なんの問題もなく順調だったみたいだし』

「うん、よかったね」


 ああ、もっと会話を広げたいのに、できない………なにを話せばいいんだろう? こういう時。


「じゃあまた通院に来た時にでも、病棟の方に顔を見せに来てってリナちゃんに伝えておいてくれる? お願いしまーす。 じゃあ、颯斗くんに代わります」


 もうダメ、限界。

 もっといっぱいいっぱいお話ししたいのに……。私がいっぱいいっぱいだわ。

 スマホをグッと颯斗くんに押しつけるように返した。颯斗くんは『仕方ねーな』と言った大人びた顔で、「もしもし」と拓真くんとおしゃべりしている。いいなぁ、自然におしゃべりできて。


「あー、それでさ」


 拓真くんと電話しながら、颯斗くんがチラリと私を見てきた。

 ……ちょっと、なに言うつもり?


「いちいち俺が中継するのも面倒だから、園田さんに拓真兄ちゃんの携帯番号教えておいていい?」


 え、えええええ?!

 そ、そんないきなり……こ、断られるに決まってるじゃないの!!

 不自然過ぎるよー、颯斗くん!!

 泣きそうになっていたら、颯斗くんがニッと笑ってオッケーサインを出してきた。

 え……ええ!? 教えてもらっちゃって……いいの!? 教えてくれるの!?


「ありがと、じゃあ園田さんに後で伝えとくよ。オッケー、わかった」


 じゃあまた、と言って颯斗くんは通話を切る。

 それを見て、色々ホッとすると同時に怒りも込み上げてきた。


「……そ、園田さん?」

「もう、いきなりあんなことしてーっ! びっくりするでしょ!」

「でも、電話できてよかっただろ?」

「こういうのは、心の準備がいるのよ。緊張しすぎて口から心臓が飛び出しそうだったんだから!」



 颯斗くんは「そんな風には見えなかったけどなぁ」と小さな声で呟いている。

 そりゃあ、平常心を保つのに必死だったからね、こっちは!

 けど患者さん関係の携帯番号の交換なんて、私は初めてだ。大丈夫なのかなぁっていう不安が過ぎる。


「それに、患者さんとこうなるのはマズイっていうか……」


 言い訳のようにそう言うと、「拓真兄ちゃんは患者じゃないし」と颯斗くんは平然としている。

 確かに、看護師と患者が恋愛してはいけないっていう規則はないんだけど。


「そうだけど……」


 規則はなくても、周りの目が気になるなぁ。


「リナも退院してるしいいんじゃないの? もしダメだったとしても、俺が黙ってればいい話だろ?」

「でも……」


 それでも悩んでしまう私に、颯斗くんは溜め息を吐き出すように言った。


「じゃあ拓真兄ちゃんの携帯番号いらない?」

「い、いるっ」


 私は見せられたスマホの画面に映る番号を、必死にメモした。

 もうこんな機会、絶対ない!! これを逃したら、本当に拓真くんと連絡取れなくなっちゃう!!

 颯斗くんは苦笑いしてたみたいだけど、もうそんなことは気にならなかった。


「あ、ありがとね、颯斗君……もう会うこともないし、連絡も取れないと思ってたから……」

「よかったな」

「うん……っ」


 まさか、まさか中学生の男の子に橋渡ししてもらえるとは思ってなかった。

 もう、颯斗くんには本当に感謝!!

 あとでワンコールしておいたら登録してもらえるらしく、私は仕事が終わった後、そっとその番号に電話を掛けるとすぐに切っておいた。

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