第15話 クリスマスコンサート

「ねえ、河合。クリスマスにコンサートやろうよ。此処のホールで……」

「え?コンサート」

「うん、あ、イブの夜じゃなくてもいいよ。そのあたりがいいかなって思っただけだからさ。安朗のチェロもゆっくり噛み締めて聞きたいし、裕美ちゃんの歓迎会もやってないし、みんなひっくるめてやったら楽しいんじゃないかと思ってね」

「よくそんな事思い付くなあ。俺だってこの頃少しはみんなに慣れてきたけど。そんなに手放しで何でもいいです。って訳にはいかないよ」

 河合の反応に暢子はがっかりした。

「じゃあ駄目ってこと?あ、裕美ちゃん、今河合にクリスマスのコンサートしようって言ったんだけど、良い顔しないんだよね。裕美ちゃんはどう思う?」

「え、あ、コンサート。コンサートですか?」

 河合の顔色をうかがって即答できない。

「うん、此処のホールでね。みんなでローソク囲んでやりたいなあって思ったんだけど」

「ローソク…ですか……」

 裕美はおでこにしわを寄せて河合を見た。

「なんか二人とも乗り悪いな。パーとやろうよパーと」

 そう言うと、河合は返事もせずに出かける様子で、

「勝手に言ってろ」

 と腰を上げた。

「あ、先輩じゃ、じゃあ私も…」

 めげる。あの二人の仲良く?でもないだろうが、肩並べて歩く後ろ姿は、意識するなと言っても、意識しないではいられない。裕美ちゃんこの間まで河合のこと好きだったし……まったく安朗は何してるのよ。

 理子は理子でこのところ何かろくでもないことを考えてそうだし、暢子らしくもなく自分の気持ちを持て余し、部屋中にため息をばらまいていた。


「理子、河合にクリスマスコンサートやろうっていったら何かかたくなな感じでさ、そんなことまで面倒見切れませんって顔するの。やっぱそういうの駄目なのかなあ……理子」

「ん、なんて……」

 上の空で返事をする理子に、

「あんたこの頃ボーッとしてない。ちょっと心配だけど大丈夫なの。まだ…失恋の後遺症?」

 と、つい言わなくてもいいことまで言ってしまった。

「何言ってるのよ~あ、私、私なら大丈夫よ、暢子に心配されちゃ、お仕舞いだわ」

「なにその言い方。あ、さっき聞いてなかったでしょう。クリスマスにコンサートやりたいって話、ねえ、どう思う?ま、私の一人よがりだけどさ今のところ」

 そう、まだ誰にもいい返事をもらっていない。

「コンサートって誰の?」

 理子の黄色い声にこれは見込みがないとほとほと参った。

「ここの住人の楽しい親睦会よ」

「なんでそういう事を次から次から思い付くかなあ?いつまでも幼稚園の子みたいに……

 この前あんたの誕生日にやったでしょ、みんな忙しいんだからあれで十分よ!…

あ、でも、そう言うのいいかもね」

 風向きが変わる。

「ね、でしょ、でしょ」

 久しぶりに安朗のチェロも聞きたい。河合のピアノも裕美ちゃんのピアノもいいなあと思っても、暢子は自分が何か演奏出来るっていう訳では無い。言い出しにくいのを勇気を出して言ってみたのに、みんなの乗りが今一じゃ…クリスマスどころじゃないかなあーっと、諦めてもいた……。

 そこに理子が少し乗り気のような顔を見せたから、暢子は又調子を数倍盛り返した。一人で、理子の本心などちっともわからずにはしゃぎ回っていた。

 イブは誰もみなバイト、どこの世界にイブに休むパブなんてあるかよと、かきいれ時なんだよとクレームがついて、だからイブじゃなくていいと始めから言っている。

みんなの機嫌そこねながらやることもないかと思っていたけど、少し早めに22日の夜6時頃からやろうということになった。

「本当にやっていいの?」

「いいですよ。僕もたまにはみんなにチェロ聞いてもらいたいし、そんなにしょっちゅうやってる訳じゃないんだし」

 ついに聞けた。安朗の優しい声。

「そ、そう言ってくれると嬉しいけど……」

 暢子は横目でチラッと河合を見た。河合は知らん顔して新聞を読んでいた。

「河合なんか機嫌悪いの?」

「いやあ、そんなこと無いよ」

「そう、私がコンサートやろうなんていったから怒ってるんじゃないの?」

「そんなことないって」

「そう……」

「お前、明日暇?」

 河合の考えていることはいつもどこかに飛んでいる。

「え、昼からのデッサン教室終わったら、時間あるけど……」

「俺、昼からバイトだ」

「時間、合わないね……」

「そうだな」

「明日、何時に出るの?」

「9時すぎかな」

「じゃ一緒に出ようよ。8時頃。それなら少し時間取れるから」

「そうするか」

 このところバタバタしていてゆっくり二人で話すことも無かった。時間作って一緒にいられるのって良いな……といまさら恋に恋してる暢子は思った。


 朝の道を河合と歩いた。

 二人とも早く目が醒めて、7時半過ぎにアパートを出た。12月も中を越え、寒い。河合はポケットに手を突っ込んで、少し前かがみになって歩いた。暢子は一歩後ろを、少し顔を綻ばせて、ウキウキした感じで河合の背中を追い掛けていた……。

「この頃、忙しいんだね」

「え、ああ、バイト?」

「うん、」

「クリスマス前は忙しいんだ。中々予定が立てられない」

「…………」

「お前は?」

「私?相変わらず……」

 何が相変わらずなんだか…

「お前の事、見てる分には楽しいけど、のめり込むとしんどいって、すぐ遠巻きにしたくなるんだな。俺……」

「クリスマス会のこと?それって」

「まあ、色々」

「見てる分には楽しいか……ずっと、離れててもいいよ。河合がしんどいならさ」

「本当にそう思ってるのか?」

「なにか河合に告白されてから守りに入ってるみたいでさ、失うのがこわいって……

裕美ちゃんと歩いてたりすると、私よか似合うなあ。とか思ったりして情けなくなる……。

同級生って可愛くないよね。女の方がふけてみえるし私この通りだし」

「何がこの通りなんだよ」

 河合は余裕で笑ってる。

「だから……」

「お、此処、此処、此処のホットドックうまいぜ、喰ってこ」

「え……」

 私の思い過ごし……河合、何も無いのかなあ…

暢子は河合の後について、すごすごと店に入りながら、自己嫌悪に陥った。

どんなにメリハリのあるボディをしていても、とびきり可愛くても自信失すってこんなもんなんだろうな……と。

 河合の一言一言にゆれてまいってる自分を情けなく思った。残念ながらここんとこ正直いってずっとこんな調子だった。

「お前、可笑しいよ。だいたい告白したのは俺で、片思いしてたのも俺なんだからな。お前なんて、何があっても全然平気でーす。って顔して、おせっかいにも俺と芦田のことを引っ付けようとしてたじゃないか」

「そうだね」

「そうだねって、なんだよ!すんなり納得すんなよ」

 どう反応するのが正解なのかわからない。

「じゃあ、なんて言ったらいいのよ!」

「お、その調子」

「はあ?」

「とにかく元気にしてろよ」

「元気?いつもいつも元気になんてしてられないよ。私だって生身の人間なんだから」

 暢子の気持ちとか、寂しさとか、河合はちっともわかってなさそうに笑った。

だけど……自分にしか話をしない河合じゃなくて、誰とでも楽しくやれたらいいと思ったのも暢子なんだから、言っていることが凄くちぐはぐだと、ため息が出た……

「お前さ、何で落ち込んでるの?」

「え?」

「ここんとこ暗いだろう。俺に言いたいこととかあるのか?」

「ううん、言いたいことなんて無いよ」

「そう、じゃマンガでも取って来るかな。話もないんじゃ、まだある時間を有効に使わないとな」

 そういって河合は立ち上がり、暢子に背中を向けた。

「あ、もう、出ようよ」

「なんで?」

「ゆっくり歩きたいなと思って……」

「だろ、誰だってささやかな欲望はあるもんだよ」

「~」

 河合にはついて行けそうに無い。

「よし、じゃあ行くぞ」

 自分の気持ちを上手く伝えられなということはこういうことなんだ。と河合に見透かされた乙女心がしぼむ。

……二人は、公園の裸木の下を黙って歩いた。

「河合、手、繋いでもいい?」

 と聞くと、

「肩、抱いてやるよ」

 と、コートで包んでくれる優しい河合の仕草。冬は寒いけれど温かい朝だった。

河合は、暢子より交際範囲が狭いみたいに言うけれど、暢子より、よほど自分の言いたい事を自分の言葉で言うことができる。こうやって河合とひっついていたいということでさえ、自分では気が付けなくて、だんだんわからなくなって、そうか言いたいのはこれだったんだ。とすごく遠回りしないと辿り着けないもどかしさが歯がゆい。

 気持ちが鈍くなっている分、ため息になるんだとわかった。憎いけど、河合は相変わらず、ちっとも変わっていない不思議ないい奴だと暢子は思った。

「ねえ、河合。河合のくれたこの指輪。しゃくだけど、私の中の勇ましいもの、どんどん吸い取っていくのかなあ?」

「それってなに?その指輪が良くないってことか」

「違うよ。だからしゃくだけどって言ってるじゃん……私も河合のこと好きだったのかなあってね」

「両想いになってからが大変らしいぜ」

「え~なんで?」

「お互いに独占欲が強くなるだろう。そうすると、心の中に葛藤が起きて、苦しくなるらしいぞ」

「まさか……」

 なるらしいぞ、と、河合は自分だけは全然そう言うのとは無縁ですって顔をしている。

 調子狂ってしまうけれど、まあ、それは始めからそうだったな。と暢子は脱帽し、こいつには、そういうのは無いとわかっているのに、一人でもがいてんだな~。と遅ればせながら悟った。

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