第14話 アトリエの景色

 一年の裕美を迎えたアパートの生活は少し平均年令が下がった。

安朗と裕美の若々しいやり取りを聞いて、自分たちも年貢の納め時だ。なんて、年長組は落ち着く方向に向かって時間が動き出した。

 理子も山崎教授に失恋して以来、大人のムードが漂って、調子狂ちゃうけど益々いい女って感じがしていた。

 河合が裕美とピアノを弾いていたりすると、望んでいたことなのに心中穏やかではない。華やかで羨ましい眺め。自分よりやっぱ裕美ちゃんの方が似合ってるな~なんて、暢子は今更ながら自己嫌悪に陥ったりする。

 唯一ホッとできるのは、悟の来ている時間で、ストーブの上にかけたやかんの湯のチンチンと沸く音や、スケッチブックを鉛筆がサラサラ走る音が静かなアトリエに響いていた。

これが暢子の中の切なさにピッタリって重なって、柄にも無くセンチメンタルになっていた。

「僕が此処へ来てるって言ったら、榎並先生が如月さん元気かって聞いてました」

「先生驚いてたでしょう。本気で美術やる気になったなんて言ったら」

「才能っていうものがあるって思ってたけど、好きになるとそうでもないかなって」

「うん、好きって良いよね。それだけやってたら時間がどんどん過ぎて、うまくてもどうでも満足なんだ。

 才能なんてとっくに追い越してると思うよ」

 本当にそうだと自分に言い聞かせていた。

「僕、理子さんの絵も見せてもらって感激しました。大きくて、絵っていうより存在って感じで、此処に来るといろんな人に会えて楽しいです」

「チェロって知ってる?」

「セロひきのゴーシュのセロですか?」

「そう、このアパートにね、安朗って言うのがいるの。そのチェロの名手でね。良い音なの。心の中がわーと広がって深ーい海の底に降りていくような、そんな音を出す人がいるんだ。聞いてるとうっとりして、世の中にこんなものがあるのかーって感動するよ。

 あ、そうだ、そうだ、クリスマスにみんなでコンサートやろうか?悟君も招待するよ。良いものを見たり聞いたりするとね、勉強になると思う。そうだ、それいいよ、榎並先生も誘ってみようか?」

「はい、僕からも話してみます」

「そうと決まったら、みんなにも言っとかないとね」

 暢子は久しぶりにワクワクしていた。忙しいみんなだから、本格的なコンサートがやれるかどうかわからないけれど、たまにはみんなでそんなこともしたいな。とそう思った。

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