第3話 裸婦モデル

 そもそも暢子が裸婦モデルに挑戦したのは、自分の絵が最初だった。彫塑のポーズを研究するために、こっそり裸になって、鏡の中自分を見つめた。

「これはいけるかも…」

 眺めているうちに興味が湧いてなにか一つ描いてみようと筆を執った。自分の体ながら細かいところまでマジマジと眺めたことのなかった暢子は、改めて女の体のバランスや手足の細かいデティールに関心を持った。肌の質感なども面白く、裸婦デッサンが勉強になることを知った。

 その時のデッサンを出店すると、まぐれ当たりでその年の学展で初入賞。作品は華々しくアルミ製の額に収まり、ネームプレートに菊の花のリボンが付いて飾られた。それ以来…

『自分の身体だから、本物より良く描いてある』とか『あんなきれいな胸、絶対してない』とか、それまで友達と思っていた仲間から散々悪口を言われた。

…よせば良いのに、それを皆んなに証明するために、意地になってデッサン研究会のモデルを引受けた。

 今思えばあの時の捨て身の行動は狂気としか思えない。裸婦モデルという天性の才能が開花したとでも言おうか、暢子は大勢の人の前でも恥ずかしがることもなく、堂々とモデルをやってのけた。

 胸の形の良いのはそこで証明されたが、内気だと思われていた今までの評判はひっくり返り、それからは引く手数多に仕事が舞い込んで、ついに学業よりモデル業の方が忙しくなってしまった。

『性格が大雑把。あんな良い身体してるのに女らしくない。何処でも頼まれれば見境い無く脱ぐ』

 と、並べればきりがない程の言われよう。だけどそれとも戦える。どんなレッテルを張られてもめげない。暗くならない。良い女だと自分で思う暢子だった。


「あ、楽にして…

ひとまず希望とか、これからの考えとか聞こうと思ってますが。特に考えてなければ、進路指導室への予約を取って下さい。三年生のこの時期は混むかと思いますけど、自分のことだからしっかり悔いのないように考えてくださいよ」

「はい」

 そもそも進路指導は希望で受けるものだったか、今年の教授は熱心で、生徒と話すのを生きがいのようにしていた。特に希望のない暢子は窮屈に感じながらその場所に座っていた。

「これからの進路というのではないけれど、臨時講師の仕事をする気は有りませんか?」

「臨時講師ですか?」

「予備校の臨時講師です。交通費も出ますし、自分の進路を見出すのにも役に立ちますよ」

 この手の仕事を世話してくれるのもこの教授独特の方針だった。そんなチラシやパンフレットやらをカバンに詰めて教授室を出たのが午後6時過ぎだった。

「裸婦モデルを一生の仕事にするのはしんどいしな、てか無理か〜」

 真っ暗な校舎の中を一人で歩いていると寂しい気持ちになった。張り切っていてもだんだん暮らしに弾みが無くなる。暢子はあがきながら身体を張っている自分が好きだが、限界もあると思っていた。

「暢子!」

「あ、理子。今帰り」

「うん、山崎教授の手伝いしてたの。絵画室の棚がガタガタでね」

「山崎か〜あれからどう」

「どうって進展なし、あるわけない。でも手伝えるだけでも嬉しいんだ」

「だよね。それくらいで幸せを感じれるのが良いよね」

「暢子はなんだったの?」

「進路指導、具体的にはなにもないけど…」

「しっかりしなくちゃ。モデルで食っていける」

「そこそこ、悩むよね」

 まだお尻に火が付かない暢子は何処かピントの外れた声でそう言った。

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