第60話 なんかいいね。家族みたいで
翌日。
「おーい、兄貴。そろそろ起きなよ。母さんはとっくに仕事行ったし、花凛ちゃんも私ももう起きてるよ」
「う……ん……」
いきなりガチャリとドアの開く音がして、ドタドタと誰がが部屋に入ってきた。
とはいえ姿を見なくとも、声を聞けば誰かなんてすぐに分かる。我が妹の舞だ。
ちなみにだが、水谷と舞は昨夜のゲームでかなり仲良くなり、お互いにちゃん付けで呼び合うまでになっていた。全く、羨ましいことだ。俺なんて未だに水谷とは苗字で呼び合ってるのに。
「……今、何時」
「そろそろお昼だね」
「マジかよ……」
まあ、冷静に考えればそれほど不思議な話じゃない。
昨日は母さんが寝たのをいいことに、かなり遅い時間までゲームをしてたのだ。
最近は睡眠不足気味だったし、予定がなければ普通に昼まで寝てしまう。
「てなわけで私は部活行くから。……あっ、花凛ちゃんと二人きりだからって、変なことしちゃ駄目だよ」
「するわけないだろ!」
付け加えるように言われた最後の一言で、こちらは完全に目が覚めた。
がばりと飛び起きて否定すると、舞が「べーっ」と舌を出して部屋から逃げる。
俺がもそもそとベッドを降りて部屋を出る頃には、既に家に居なかった。
「あいつ、余計なこと言いやがって……」
誰もいない玄関を見つめながら悪態をついていると、背後から「おはよう」と声が聞こえる。振り返ると、そこには制服に着替えた水谷がいた。舞の一言がまだ頭から離れてなかった俺は、気まずくなって目を逸らす。
「……こんちは」
「ふふっ。確かにもうおはようの時間じゃないよね」
「……ちょっと顔洗ってくる」
分かってたこととはいえ、起きてすぐ水谷と会うのは俺には刺激が強すぎた。
ワンクッション置きたかったので、そう告げて洗面所へ向かう。顔を洗う前に洗面台の鏡で、改めて自分の顔をまじまじと見つめた。
……寝起きって1日の中でも、最もブサイクな顔だと思う。そしてそのブサイクな面を、たった今俺は水谷に見られたわけで。元が元だから他人から見れば大して変わらないんだろうけど、ほんのちょっとだけ凹む。
顔を洗って洗面所を出る。
部屋に戻り着替えてリビングに出ると、水谷がソファでテレビを見ていた。
リビングはクーラーが効いていて涼しかった。
「今日、これからどうする?」
「うーん……その前に相澤は、朝ご飯食べなくていいの?」
少し考え込んだ後、こちらを振り返って水谷が言う。
俺はテレビの上に掛けられた時計の針を見た。
現在時刻は11時半。舞の言ってた通り、もうそろそろ正午になる。
「起きた時間が時間だし、今日はもうブランチにするよ」
「それ、ブランチじゃなくて、単に朝食を抜いただけだよね」
「そうとも言う」
呆れた、と言いながらも水谷は笑ってくれた。
その後また何かを考え込むように黙ってから、しばらくしてぽつりと言う。
「そうだ。私、料理したい。家じゃ料理させてくれないし」
「……そういやそんなこと言ってたな」
もしかして昨日カレー作りを手伝うと言い出したのも、親切心からではなくて、単に料理がしたかったからなのか。今振り返るとそんな気がする。料理は腹を満たす手段の一つ、という見方をしている俺にはない発想だった。
「具体的に、何が作りたいんだ?」
「なんだろう……しょうが焼きとか?」
「……しょうが焼きか。いいね」
冷蔵庫を開けて、中身を確認する。キャベツやしょうがはあったが、肝心の豚肉がない。買いたいものを頭の中でまとめてスマホにメモする最中、しょうが焼きだけじゃ足りないよな、と他のおかずも考える。
献立を考えた後、買い物へ行く前に炊飯器でお米を炊くことにした。
すると水谷が、興味津々な様子で台所へやって来る。
「これからお米作るの?」
「作りはしない。作るのは農家、俺は研ぐだけ。そして炊くのは炊飯器」
「あ、なんか今の、語呂がいいね。『作るのは農家、俺は研ぐだけ。そして炊くのは炊飯器』」
何が面白いのかは分からないが、水谷が嬉しそうに繰り返す。
というか水谷って、もしかして米を研いだことがないのか?
「なんならお米、研いでみるか?」
「あっ、やってみたい」
俺の提案に、水谷が頷く。
別に面白いもんでもないけどな、と思いつつ米の研ぎ方を説明する。
水谷は言われた通りに米を研ぎ、作業が終わると満足げな顔を見せた。
研ぎ終わった米の入った釜を、炊飯器に移してスイッチを押す。
あとは炊飯器が勝手に頑張ってくれるので、水谷の方を振り返って言う。
「じゃあ、今からスーパー行くか」
うん、と水谷が微笑んだ。
* * *
スーパーで豚肉等を買った後。
家に帰った俺たちは、二人で台所に並んで立っていた。
水谷は制服にエプロンという姿だ。
舞のものを貸したのだが、舞よりよく似合っている。
少しの間見とれていると、料理をしてみたくて仕方なかった水谷が、勝手にキャベツの千切りを始めていた。非常に怪しい手つきだったので、慌てて指導に入る。
水谷に逐一やり方を教えつつ、普段一人で料理する時よりゆっくりと工程を進めてゆく。薄力粉をまぶした豚肉を油の敷かれたフライパンに投入したところで、水谷がぽつりと呟いた。
「なんかいいね。家族みたいで」
「……は?」
どきりとして水谷の方を振り返った。
だって、家族ってそういう意味だろ?
俺と水谷が、もしそうなったら……みたいな。
でも、フライパンに優しい目を向ける水谷を見て、そんな考えは吹き飛んだ。
昨日の水谷の話を聞く限り——。
水谷家には、通常の家庭における家族団欒と呼べるものが、存在しなかったのだろう。あったとしても、とても少なかったに違いない。
俺の家も片親だが、幸い家族仲は悪くないし、父親の不在を不便だと思ったこともない。恐らく水谷は俺が思うより遥かに、「普通の家族」に飢えてるんだ。
「……そうだな。家族みたいだな」
迷った末、俺はそう口にした。
水谷がちらりとこちらを見た。口元に微笑が浮かんでいる。
「ありがと」
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