第59話 意外とかわいいとこあるよな

 夕飯を食べ終えた後、俺はリビングのソファにいた。

 いつもならさっさと部屋に戻るところだが、今日は水谷がいるからだ。せっかくだし舞も含めて3人でゲームをしようと、ゲーム機を向かいのテレビに繋ぐ。


 ソファには既に舞と水谷もいた。

 真ん中が舞で右が俺、左が水谷という並びである。 


「花凛さん、スマブラやったことあります?」


 水谷とゲームできるのが嬉しいのか、舞がテンション高く尋ねた。

 水谷は首を振る。


「そもそもゲーム自体、ほとんどやったことなくて……」

「じゃあ、私が教えますよ」

「ならせっかくだし、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 水谷が微笑むと、舞が満面の笑みで「はいっ!」と頷いた。

 仲が良さそうで何よりだ。二人の様子を横目に見つつ、ソフトをゲーム機に入れてゲームの準備をする。


「舞さんと相澤だと、どっちが強いの?」

「…………」

「まあ、俺かな」


 水谷の質問に、今度は俺が答えた。

 というより舞が答えないので、俺が言うしかなかった。

 舞は負けず嫌いだから、事実とはいえ自分の口から言いたくなかったのだろう。


「兄貴は暇なんで、練習する時間が沢山あるんですよ」


 舞が嫌味ったらしく付け加える。


「お、負け惜しみか?」

「違うよ、事実を言っただけ。それに今日は私が勝つから」

「へえ……いつも負けてるのに?」

「うざっ」


 舞が本気でうざそうに顔をしかめてから、水谷の方を見る。


「花凛さんって、なんで兄貴と付き合ってるんですか? 花凛さんの立場なら、よりどりみどりのはずなのに」

「そんなことないよ。それに相澤はこう見えて結構、やる時はやるから。ね?」


 妹との軽い口喧嘩はいつものことだったから、水谷が俺をフォローする展開は正直予想外だった。そのうえ急に話を振られたので、「さ、さあ」と少しきょどってしまう。


「へー……」


 舞の相槌には何やら含みを感じたが、俺は努めて気にしないようにした。

 とにかく今はゲームだ。うん、ゲームに集中しよう。


「『付き合ってる』ってところは否定しないんだね。この間は必死に違うって言ってたのに」


 いよいよゲームを始めようとコントローラーを持った時、水谷には見えない角度で舞が耳打ちしてきた。俺は思わずコントローラーを落としそうになり、舞をひと睨みする。あいつは素知らぬ顔で水谷との会話に戻っていた。


 ……言われてみればそうだ。以前舞と会った時に舞の前で俺の彼女だと嘘をついた水谷はともかくとして、俺ですらそこに疑問を持たなかった。そして舞から指摘された今も、特に訂正する必要性を感じていない。


 多分、空港で水谷を連れ出したあの時から、俺たちの関係は何かが決定的に変わってしまったのだろう。でも、今の俺はそれをポジティブに捉えられている。


 そして多分、水谷も。


* * *


 ゲームは最初俺が他の二人を圧倒した。しかし、舞が途中から水谷と協力し始めると、苦戦が目立ち始めた。なにせ常に2対1の状況が作られるうえ、水谷は舞の教えでどんどん上手くなっていくのだ。こちらとしては堪ったものではない。


 しばらくゲームに熱中していると、玄関の方から何か音が聞こえた。代表して俺がリビングを出ると、「ただいまァ」と言う母さんの姿が目に入る。


 同窓会に行ってたからか、母さんはいつもより小綺麗な格好をしていた。

 顔が赤いところを見ると、相当呑んでいるようだ。


「お帰り。風呂入るか?」

「そうね、入っちゃおうかな……って、後ろの子はだあれ?」


 いつもより舌ったらずに、母さんが言った。

 振り返ると、水谷がいつの間にかついて来ている。

 

「あ、あのっ」


 少し緊張気味に水谷は切り出した。


「水谷花凛です。今日は訳あって、相澤くんの家に泊めさせてもらってます。本当にすいません。それで、ご迷惑になるかもしれませんけど、もしよければ、何日か泊めて頂けると……」


 水谷が頭を下げると、綺麗な金髪がさらりと流れた。

 水谷の緊張が俺にまで伝染して、恐々と母さんを見る。

 母さんはぼけっと水谷の後頭部をしばらく眺めた後、


「あんた、どんな手使ってこんなかわいい子家に招いたの。まさか変な犯罪に手を染めてないでしょうね」

「んな訳ないだろ。さっさと風呂入れこの酔っ払い」


 これ以上水谷と会話させると余計なことしか言わなさそうなので、俺は母さんを洗面所に押し込んだ。去り際母さんが水谷に「秋斗から話は聞いてるわよ。よろしくねー」と手をひらひらさせる。


 母さんの着替えを部屋から取ってきて洗面所に置いた後、洗面所を出ると水谷が待ち構えていた。俺を責めるような目をしているようにも見える。


「どうかしたか?」

「お母様に、私が今日泊まること話してたんだ」

「あれ、言ってなかったっけ。水谷を誘ったすぐ後に、母さんにはLIMEで連絡したんだけど」


 正直に答えると、水谷がその場でへなへなと座り込む。


「言ってないよ。言われてたら私、あんなに緊張しなかったし」


 なるほど、それで緊張してたのか。

 確かに「もしよければ、何日か泊めて頂けると……」なんて言ってたもんな。

 あれはまだ許可を取ってないと思ってる人でないと、出てこない台詞だ。


 ところで母さんに連絡した時、母さんの反応はそっけなかった。家出した友達を泊めると伝えれば、普通もう少しなんかあると思うのだが。なんだよ、「それで、何日くらい泊まってくの?」って。うちは民泊か、と突っ込みたくなる。


 座り込んだ水谷を見下ろす。

 不貞腐れて体育座りする水谷は、いつにも増してかわいく見えた。


「水谷って、意外とかわいいとこあるよな」

「……どうせ普段はかわいくないよ」


 水谷が拗ねたようにそっぽを向いた。


 ——普段からかわいいよ。


 なんて台詞、当然俺に言えるはずもなく。


「ちょっと二人とも、さっさと戻って来てよ。ゲーム、まだ途中なんですけど!」


 舞に大声で呼ばれた俺たちは、リビングに戻ってゲームの続きをした。

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