第50話 迷惑じゃないか? 向こうにとって

 シャワーを浴び終えた後。

 修二をリビングに置いて自室を片付けた俺は、やつを自室に招いていた。


「水谷となんかあったのか?」

「……は?」


 修二の唐突な質問に、思わず飲んでいた麦茶を吹き出しそうになる。

 ぎりぎり寸前のところで堪えた俺は、正面に座る修二に恨みの目を向けた。


「なんだよ、急に」

「話を振る時なんてたいてい急だろ。それとも『今から水谷のことを聞きます!』って宣言すればいいのか? それはそれで唐突感あるだろ」

「じゃあ、その前に『「今から水谷のことを聞きます!」と今から言います!』って宣言すればいいんじゃないか?」

「おお、確かに……って、ちょっと待て。今度はその宣言が唐突になるぞ」

「なら、その前に『「『今から水谷のことを聞きます!』と今から言います!」と今から言います!』って宣言すればいいだろ」

「ああ、そうか! 秋斗、お前天才だな! ……いや、ちょっと待て。今度はその宣言が……って、もういいだろ、このくだり」


 修二は呆れたように首を振ると、改まったように真剣な表情を浮かべる。


「それで、麦茶こぼしそうになるほど動揺するってことは、水谷となんかあったってことでいいんだな?」

「…………」


 無言を貫いたのは、せめてもの抵抗のつもりだった。

 ただ、修二にはもちろんバレバレなようで、ここぞとばかりにやつはぐいぐい攻めてくる。


「何があったんだ? なあ、せっかくだし話してくれよ。俺今恋バナに飢えてるんだよ、恋バナに! 夏休み入ってから、この間の祭り以外部活ばっかりだしさあ」

「……じゃあ、そっちの恋バナから話せよ。それが礼儀ってもんだろ」


 自分のことを話す気分じゃなかったので、修二にそう振る。

 ただ……どうやら俺は、大きな間違いを犯したらしい。


「それもそうだな。じゃあ、この間菜月と電話した話をするか! ……えー、確かあれはおとといだったかな。俺の方から菜月に話したいってLIMEして、それで二人で2時間以上愛の通話を――」

「ごめん、やっぱり話さなくていいよ」


 水谷の話を打ち明けるより、修二の惚気話を聞かされる方が辛いとはまさか思わなかった。もう冒頭数秒で「うわーっ!」てなったもん。なんだよ愛の通話って。 AIとの通話と間違えてないか?


 すぐに話を遮られたせいか、修二は不満げだった。

 

「はあ? 秋斗が話せって言うから話したのに……まあ、聞きたくないならしょうがないか。ターンエンド」

「……何だよ、ターンエンドって」

「ターンエンドはターンエンドだよ。俺のターンが終了で、今から秋斗のターンってこと。つーわけで、聞かせてくれよ。水谷と何があったのか」

「…………」


 まあ、俺が修二の話の腰を折ったのは事実だしな。

 ちょっと申し訳ないとは思う。


 ……それに、だ。


――いっそのこと、もう全部ぶちまけていいんじゃないか?


 心の中で、そう囁く自分がいるのも事実だった。


 だって、小倉には既に水谷との関係がばれてるんだぞ?

 それに修二に対しては、今まで隠しごとをしてきたという罪悪感があるし。

 水谷に拒絶された今、俺が真実を明かしちゃいけない理由はないし……。


「分かった。話すよ、水谷とのこと。……長くなるかもしれないけど、いいか?」

「おお、いくらでも聞くよ!」


 思い切って言うと、修二が目を輝かせる。


 ……そんな楽しい話じゃないんだけどな。


* * *


 そもそも水谷と付き合っていたのは偽りだったというところから、昨日……じゃなくて今日の深夜にもらった手紙のことまで、俺は全てを修二に明かした。


 修二ははじめの方こそ楽しそうに聞いていた。

 ただ、水谷のお母さんが出てきた辺りから心配そうな顔になり、しまいには難しい顔になってしまった。


 全ての話を終えた後。修二が眉間に皺を寄せて言う。


「うーん……マジかあ。大変な目に遭ったな、秋斗」

「まあな。だから今日、遊ぶ気分じゃないって送ったんだ。悪かったな」

「いや、それは全然いいんだけどさ……でも、そうかー。秋斗たちって、本当は付き合ってなかったのか。全然気付かなかったよ、マジで」

「へえ。お前の彼女には、速攻でばれたんだけどな」


 動物園でのやり取りを思い出しながら、俺は言った。

 あぐらをかいていた修二が、膝の上で頬杖をつく。


「まあ、菜月はそういうとこあるから。……そういや始めの頃は、ちょっとぎこちない感じしたんだよな。付き合いたてだしそんなものだろって思って、特に気にも留めなかったんだけど」

「……『始めの頃は』?」


 修二の言い回しに、引っかかるものを俺は感じた。

 おうむ返しに尋ねると、修二は何でもないことのように答えてくれる。


「おう、確か4月の終わり頃だったか? あと、動物園行った時も。初々しいなーって思ってたんだよ。それがまさか演技だったなんて……返してくれよ! 俺のときめきを!」


 修二がこちらの肩を掴み、がくがくと揺さぶってくる。

 いや、ほんと申し訳ない……って、そうじゃない。


 今聞きたいのは、そこじゃないんだ。


「なあ、修二。始めの頃はぎこちない感じがしたってことは……最近はそうじゃなかったのか?」


 改めてそう尋ねてると「最近?」と修二は記憶を辿るように眉をひそめた。

 しばらくして、ゆっくりと言う。


「最近は……そうだな。全然違和感はなかった。普通にどんどん仲良くなってる感じしたし。……ていうかさ、その手紙の話って本当なのか? 水谷ってそういうことするような子には見えなかったけどな」

「……俺がわざわざ嘘をつくとでも?」

「いや、そう言ってるわけじゃなくて……例えば、誰か別の人が書いた手紙を、秋斗が水谷が書いたものと勘違いしたとか……いや、流石にないか。推理小説じゃあるまいし」

「…………」


 自分で自分の考えに駄目出しし、苦笑を浮かべる修二をよそに。


 俺はふと、手紙を見た時の違和感を思い出していた。

 当時は上手く言語化できずに、違和感をそのまま流したが……あれが突破口になったりしないだろうか。


 思い出した途端、居ても立っても居られなかった。


「お、おい。どうした?」


 こちらを訝しむ修二を置いて、机の上に置かれた手紙をまず回収。

 さらに机横の棚の中のファイルをあらかた引っ張り出し、中を検める。


 これじゃない、これでもない……これだ。


 4つ目のファイルに、目的のものはあった。

 俺はそれ――以前風邪で学校を休んだ時に水谷からもらった、彼女のノートのコピー――を取り出し、手紙の文字とノートの文字を見比べる。


「何してんだよ、秋斗」

「……駄目か」


 俺はぼそりと呟いた。

 修二にも見えるように、床にノートと手紙を並べる。

 ぐっと覗き込んできた修二が、二つを見比べた。


「あー……字は、そうだな……」

「ちゃんと水谷の字だよな」

 

 ためらう修二の後を引き継いでずばりと言った。

 修二がうーんと首を捻る。


「でも、やっぱり水谷がこれを書いたとは——」

「書かされたってことか?」

「そう、それだよ! ほら、水谷のお母さんとか? 秋斗の話聞いてると、明らかにそういうことやりそうじゃないか!」


 修二が興奮した様子で膝を打つ。


 一方の俺はというと、そこまで状況を楽観視できなかった。第三者の修二にそう言ってもらえるのは心強いが……そもそも俺だって、その可能性を1ミリも考えてなかったわけじゃないのだ。


「よし! そうと分かったら、今から水谷の家行くか!」


 修二があぐらの体勢から、勢いよく立ち上がった。

 眩しいものでも見るように、そんな修二を俺は見上げる。


 俺が同じように立ち上がってくれるものと期待してたのだろう。

 訝しげな視線が、頭上から降り注がれる。


「……? どうかしたか、秋斗」

「……迷惑じゃないか? 向こうにとって」

「……え?」


 俺の言葉に、修二がぽかんと口を開けた。

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