第49話 元気……ではなさそうだな
翌日……じゃなくて厳密には今日、昼過ぎに俺は目覚めた。
家の中は誰の気配もない。
スマホで日にちを確認すると、今日は土曜日のようだ。
舞は部活で、母さんはおおかた休日出勤といったところだろう。
そう言えば酷い夢を見たような。
そう思いつつ辺りを見回したところで、机の上に置かれたくしゃくしゃの紙に気付く。起き上がって机の前に行き、紙を開いた。どうやら酷い夢は夢じゃなかったらしい。
あーあ、とベッドに倒れ込む。
なんだか身体に力が入らない。
ちょっと前に風邪を引いたことがあったが、何ならあの日より怠いまである。
これからどうするかな、とぼんやり天井を見つめていると、不意にスマホがブーッと振動音を鳴らした。まさかと思いつつスマホを取り出すと、修二からのLIMEが一件きている。
――なんだ、修二か。
一瞬でもそう思ってしまった自分を嫌悪しつつ、半ば義務のように俺は修二のアイコンをタップする。やつからのメッセージは『雨で部活が午前練だけになったから、これから遊ぼうぜ』というものだった。
いやいや、自分で雨って言ってるじゃん。
雨の日にわざわざ遊びに行くのか?
普段ならそう突っ込むところだが、今はそんな気力すらない。
かと言って取り繕う余裕すらなかったらしく、気付いたら『ごめん。今日はそういう気分じゃない』というメッセージを送っていた。
ヤバいな。こんなのかまって欲しいって言ってるみたいじゃないか。
咄嗟にそう気付いて送信を取り消そうとした頃には、ばっちり既読を付けられている。
まあ、もう何でもいいか。
今日は夜中に水谷にボコボコに振られたばかりなんだし、これ以上何が起こっても俺にはノーダメージ。ある意味無敵状態だよ、ハッハッハ……。
とだいぶ虚しいことを考えていると、修二からのレスが返ってくる。
『んじゃ、これからお前ン家行くわ』
「……は?」
驚きのあまり、LIMEじゃなくてリアルの方で声が出た。
……何を言ってるんだ、修二のやつは。
ついさっきこちらが送った文面を、本当にちゃんと見てたのか?
遊ぶ気分じゃないと訴えている相手に対して「家行くわ」って。
あいつの中では、友達の家に行くのは遊びとは別枠なのだろうか。
『つーわけで、30分後にまた』
『やめとけ』
どうせ来ないだろ、と思いつつ返事を送る。
最近毎夜家を出ていたせいか、睡眠が足りていないのだろう。
ベッドに寝転がっていると、まもなく睡魔が襲ってくる。
俺は特に抵抗することなく二度寝に入った。
* * *
ピンポーンというインターフォンの音で目が覚めた。
初めは夢と現実の狭間で記憶が曖昧だったが、しばらくして修二とのLIMEでのやり取りを思い出す。
――修二のやつ、本当に来たのか?
正直疑わしいが、万が一ということもある。
前にアポなしで水谷が襲来した件もあるし……と思いつつ玄関へ向かった。
ドアスコープから外を覗くと、茶髪で彫りの深い顔立ちの男が映った。
ジャージに部活バッグを肩から掛けたその姿は、どう見ても修二そのものだ。
……マジで来たのか、あいつ。
「よう、秋斗。元気……ではなさそうだな」
仕方なくドアを開けると、修二がにやっと笑っていた。
制汗剤の匂いがかすかにした。部活後に念入りにかけてきたのだろう。
「……まあな」
「今、秋斗一人だけ?」
「他に誰かいるように見えるか?」
照明の付いていない暗い屋内を、修二が俺の肩越しに覗く。
「いや、見えない。……んじゃ、お邪魔しまーす」
一声掛けると、修二がさっと家の中に入ってきた。
止めるタイミングを失ってぼけっとしていると、靴を脱いでいた修二が不意に顔をしかめる。
「……秋斗。お前、なんか臭くね?」
「……あー。そういやシャワー浴びてないな」
一瞬ぎょっとしたものの、記憶を辿ってみて気付いた。
昨日の夜中に帰ってきてから、着替えてすらいない。
精神的なダメージが大き過ぎて、そのまま気を失うように寝てしまったようだ。
しかし、部活後のやつに臭いと言われるならよほどなんだろうな。
ショックだけど、不衛生な俺が悪い。というわけで、
「悪い、やっぱり帰ってくれ。今からシャワー浴びないと」
「じゃあ俺、中で待ってるわ。冷蔵庫の麦茶でも飲みながら」
「……何他人《ひと》ン家で勝手に寛ごうとしてんだよ」
「え、むしろ駄目なのか? わざわざここまで来たのに?」
「…………」
雨の日に来てもらっておいて追い返すのは、確かに申し訳ないか――って、違うだろ。そもそも修二が勝手に来ただけで、俺が頼んだわけじゃない。つまり、俺がこいつを家にあげる義理はないはず。そう頭では分かってたんだが……。
「……分かったよ。上げればいいんだろ、上げれば」
結局俺は修二に根負けした。
「流石秋斗、よく分かってるな」
修二がこちらの肩を叩いてから、俺の横を通って家に上がった。
抵抗する気力を無くした俺は、修二を抜かしてリビングに入る。
要望通り冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで食卓の上に置いた。
それから、コップに一番近い椅子を指差して言う。
「そこ、座って待っててくれ」
「りょーかい」
「勝手に動くなよ。そこでじっとしてろよ」
「分かってるって」
「後は……まあ、こんなもんか。とにかく、修二はそこから動くなよ。俺は今からシャワー浴びるから」
「はいはい、動かない動かない。ガキじゃないんだし、そのくらい守れるって」
「…………」
不安だ。具体的に何がとは言えないけど、色んな意味で。
……まあ、もう家に入れてしまったんだし受け入れるしかないか。
今の俺には失うものなんてないわけだし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます