第48話 何なんだよ、これ
その日、公園にはいつもより早く着いた。
なので、はじめは「まだいなくてもおかしくはないよな」くらいに思ってた。
でも、いくら待てども一向に水谷が姿を現さない。
20分ほど経って、流石におかしいと俺は思い始めた。
……不安だ。どのくらいかと言うと、この間の夏祭りの翌日以上に。
色々と想像してしまう。
水谷の行動が、彼女のお母さんにばれたんじゃないか、とか。
水谷が何か良くないことに、巻き込まれてるんじゃないか……とか。
――いっそのこと、水谷の家に行ってみるか?
そんな考えが、ふと脳裏をよぎった。
水谷の家の場所は、既に分かっている。
なら彼女の家を見に行けば、何か手がかりが掴めるかもしれない。
でも、見に行ったところで何もなかったらどうする?
いや、何事もなく終わりならまだいい。
見に行った俺が不審者扱いされる可能性まである。深夜に人の家を覗きに行くという字面だけ見れば、不審者扱いどころかまんま不審者だが。
そもそもまだたった1日、公園に来なかったってだけだ。
実は寝てただけという可能性もあるし、今日は帰っても良いんじゃないか?
そう考えて、水谷の家とは反対方向に足を踏み出そうとした。
ただ、足が動かない。まるでその場に縫い付けられたかのように。
……ああ、そうか。
水谷は他人と深夜に待ち合わせておいて、寝過ごすような子じゃない。
無意識の内に、そう信じているからだ。今までの彼女との積み重ねのおかげで。
――仕方ない。ちょっと時間を取って確認するだけだ。
心の中で言い訳すると、俺はくるっと反転して水谷の家へ向かった。
少し歩くと、立派な2階建ての家が見える。
そこが水谷の家だと、俺にはすぐに分かった。
なぜなら黒い門扉の横に、「水谷」という表札があったから。
……しかし来てみたのはいいものの、正直何も分からないな。
立派な家だなー、というどうでもいい感想が湧くくらいだ。
水谷の部屋の位置すら分からない。
多分2階かな、と見当をつけてみたはいいものの、通りに面した2階の部屋のカーテンはあいにく閉められている。まあ、夜中にカーテン開けっぱなしのやつの方が珍しいよな。
カーテンの柄だって、特筆すべきものじゃない。
これが分かりやすく女子高生っぽい趣味のカーテンだったら水谷の部屋だと分かるんだが……いや、それはそれで逆に違うか。水谷ってどちらかと言えば、シンプルだけどセンスがいいってタイプだし。
さて、どうしたものか。このまま帰るのもなとは思うが、ここにこれ以上長居したところであまり意味はなさそうだし……ん?
門扉の奥に、白い何かがあるのにふと気付く。
よくよく見ると、それは二つ折りにされた紙だった。
風で飛ばないようにするためか、石が上に乗せられている。
――まさか、水谷からの手紙か?
そんなはずないだろ、と頭の中の冷静な部分が告げている。
なのに足が止まらない。
いつの間にか門扉をゆっくりと開け、俺は中に入っていた。
錆びた蝶番の音をどこか他人事のように聞きながら、手紙へ一歩一歩近づく。
石をどかし、紙を手に取った。開いて中を確認する。
出だしでいきなり「相澤へ」という文字を目にして、全身に緊張が走る。
手紙は横書きで綴られていた。
いつか見た、少し丸っこい文字だ。
——相澤へ。のどかな日差しに包まれた部屋の中、私は今この手紙を書いています。
出だしの文章で、脳裏に一瞬違和感がよぎる。
しかし続きが気になったせいか、違和感はすぐにどこかへ去る。
気付くと俺は、上から下へ舐めるように目で文字を追いかけていた。
* * *
相澤へ
のどかな日差しに包まれた部屋の中、私は今この手紙を書いています。
肩こりのせいか、肩がちょっと痛いです。ピアノって、長時間弾くと意外と肩こるんだよね。相澤はどうですか? 体調とか、問題なさそう?
まあ、そんな話は置いておくとして。急に手紙とか、びっくりしたよね。
駄目なんだ、直接会うのは。それで今回はこういう形にしました。
辛い状況だけど、許してください。
書きたいことは色々あるけど、なるべく手短に書きます。
襟を正して読んでもらえると嬉しいです。ここからは大事なことを書くので。
まずはじめに、私は今まで相澤を騙してました。相澤には勘違いさせてしまったかもしれませんが、私は相澤を何とも思っていません。ただ、流石に良心の呵責に耐えきれなくなってきたので、こうして手紙という形で告白しました。
……すまないとは本当に思っています。
それと、これからは私もピアノ等で大事な時期です。
なので、お互いに会うのは控えましょう。
勝手なことを言っているとは自分でも思います。
相澤には本当に申し訳ないです。
でも、ごめんなさい。私にはこうするしかなかったんです。
……最後に一つだけ。
騙してるとは言ったけど、夏祭りは結構楽しかったです。
ここまで読んだ相澤には信じてもらえないかもしれないけど、これは本当です。
今までありがとう。
水谷花凛より
* * *
……何なんだよ、これ。
「何なんだよ、これ」
心の中で思ったことが、そのまま声に出ていた。
そのくらい、今の俺は冷静じゃなかった。
騙してたって何だよ。
要するに、俺の反応を見てからかってたってことか?
ふわふわし過ぎててわけが分からん。もっと具体的に書いてくれよ。
それに、「勘違いさせてた」って何だよ。
自意識過剰か?
俺は別に水谷のことなんて、何とも……何とも思ってなかったから。
こっちには思い当たる節がないんだ。勝手に謝られても困るんだよ。
でも、そうか……俺、水谷の邪魔してたのかな。
この手紙には「大事な時期」と書いてあるし、彼女はもしかしたら、将来の夢を追う上で大事な時期に差し掛かっているのかもしれない。留学云々なんてことも、前に言ってた気がするし……。
ダメだ。今は何を考えても、悪い方にしかいかない気がする。
とにかく寝よう。寝たら全部夢でしたって可能性もまだあり得る。
もう一度、手紙を見る。
その場で破り捨ててやろうかとも思ったけど、結局俺にはできなかった。
自分の小心さが嫌になる。
はあ、という大きなため息が自然に漏れ出た。
手紙をくしゃくしゃに丸めてポケットにしまうと、門扉を抜けて水谷家を出る。
最後に振り返り、2階の例のカーテンのかかった部屋を見上げた。
そこが水谷の部屋なのかどうかは分からないが、きっとそうだと決めつけて。
……クソッ、クソッ、クソ。
夏祭りが楽しかったとか、最後に書くんじゃねえよ。
余計に未練が残るじゃないか、こっちは。
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