第29話 よっぽど大事なものを賭けてるんだね

 うちはそれなりの進学校で、先生もまともな方だ。

 定期試験と言えど、ある程度入試を意識した問題が出題される。

 そのため、勉強に精を出す生徒が、校内のあちこちで見受けられた。


 そんな校舎の教室の一角。

 くっ付けられた4つの机の一つに、俺は座っていた。

 向かいには水谷、隣に修二、対角線上に小倉が座っている。


 今週一杯はこの4人で勉強会。発案は水谷だ。

 どうせなら小倉たちの力も借りてできるだけ不安要素を無くそう、という発想から生まれた会。つまり、ある意味俺のためのものでもある。


「にしても、二人が仲直りして良かったよ~」


 開口一番に小倉が言うと、修二が続いた。


「俺も心配したんだぜ。二人が別れちゃったら、4人で遊びづらくなるからな」

「えっ、心配するところそこ?」

「あ、いや、もちろん、親友として俺はだな――」


 小倉に言い訳する修二には構わず、俺は軽く頭を下げた。


「迷惑かけたな。悪い」

「いやいや、そんな謝ることじゃないから。真面目だなあ、相澤くんは」

「そうだよ。そもそもこっちは勝手に心配してただけで、たいして迷惑かけられてないしな。気にし過ぎなんだよ、秋斗は」

「……そういうもんか?」


 頭を上げて、俺は尋ねた。

 二人が顔を見合わせてから、俺に向けてニッと笑う。


「当たり前だろ!

「当たり前だよ!」


 ……どうやら俺は、友人には恵まれていたらしい。


「……ありがとう、二人とも」


 俺は改めて頭を下げた。


「そんな、良いって良いって! 頭上げてよ、二人とも!」


 二人とも? 

 小倉の言葉に違和感を覚えて向かいを見ると、水谷も頭を下げていた。

 頭を上げる時、彼女と目が合う。水谷はかすかに微笑んだ。



 

「それで、相澤くんの成績っていつもどのくらいなの?」


 挨拶もそこそこに勉強会が始まり、早速小倉が尋ねてきた。


「大体いつも20位くらいだな。得意教科はない。どの教科も満遍なくって感じだ」

「えっ、めっちゃ良いね! 私たちが教えることなんてないんじゃない? ていうか、普通にやったら勝てるんじゃ?」

「それがそうもいかなくてだな……」


 どうやら山本の成績が良いらしいことを、俺は二人に説明した。

 話を聞き終えて、二人は難しい顔をする。


「うーん、それは中々きついけど……でも、やっぱりわたしたちで教えられることなんてあるかな? 私も大して成績良くないし、シュウくんは……」


 小倉が言葉を濁すと、後を引き継ぐように修二が言う。満面の笑みで。


「うん、俺はほぼ赤点ギリギリだな。というか、部活やりながら10位前後取る方がおかしいんだよ」

「……でも、二人にだって得意教科とかあるよね。一つでも相澤に勝てる教科があれば、教えてあげて欲しい」


 水谷が落ち着いた声音で言う。


「得意教科ね……私なら社会だな。特に日本史・世界史は得意だよ!」

「俺は……保健体育かな」

「……シュウくん。残念だけど、保健体育は順位に関係ないんだ」

「マジで!? じゃあ、俺が教えられるものは多分何もないでーす!」


 まあ、修二には元々あまり期待してなかった。

 応援してくれるだけありがたい。


「水谷は何が得意なんだっけ?」

「私は英語と数学。総合順位は相澤と同じくらいだから、この2教科だけは一応教えられると思う」

「えー、花凛ちゃんもそんな成績良いんだ。二人とも凄いね!」

「……習い事やってる水谷はともかく、俺は何もない帰宅部だから。勉強くらいできなきゃ困る」


 褒められ慣れてないからか、つい卑下するような言葉を吐いてしまう。

 修二が咎めるように言った。


「おいおい、秋斗のそういうとこ良くないと思うぞ」


 思わず修二を見ると、やつは真剣な顔で続ける。


「勉強くらいって秋斗は言うけど、そう簡単に勉強できたら、俺がこんな辛い思いをするはずないんだから。お前はもっとその能力を誇るべきだ」

「アハハ、確かに! シュウくんはいつも定期テストで苦しんでるもんね!」

「ああ。ただ、苦しめば苦しむほど俺は強くなっている。だから何の問題もない」

「強くなってるって言う割に、成績は一向に上がってないけどね!」

「……メンタルがって意味だよ。成績なんて表面的なものに、俺はこだわらない」


 おい、さっきと主張が180度違うぞ。


 とまあくだらない会話は程々にして、勉強会が始まった。

 シャーペンの芯がノートを引っかく、かりかりという音が響く。

 時たま俺が水谷や小倉に質問し、逆に質問されたりもする。

 その内俺は、皆で勉強をするメリットを感じ始めた。 


 まず当たり前のことだが、分からないところを他の人に聞ける。

 数学・英語は水谷に、社会科目は小倉に聞くことで、自分一人でうんうん唸るより早く解決する。


 でも、メリットはそれだけじゃない。


「秋斗、運動方程式って何だ?」

「それはな、ma=Fって式のことだ。mは質量、aは加速度で――」


「秋斗ー。ここの選択肢、なんで2じゃダメなん?」

「2は言い切っちゃってるだろ。断定してる選択肢は大抵怪しいんだよ」


「秋斗~。molとか意味分からん」

「……6.0×10の23乗」

「いや、数字だけ言われても」

「……」


 勉強会なので、当然俺だけが一方的に質問するわけじゃない。

 逆に俺が質問されることもあるわけで(主に修二)、それに答えようとすると、自然と理解が深まるのだ。


 そんな感じで俺たちは、この1週間毎日下校時刻まで残って勉強した。

 ただ、学校で勉強したらそれで終わりではない。

 相手は成績優秀者なのだから、使える時間は全部使う。


 家に帰ると、俺は夕食を終えてすぐに机に向かった。

 分からない箇所はLIMEで水谷たちに質問を投げつつ、かりかりとペンを動かす。


「兄貴、今回はすごい頑張ってるねー」


 いつの間にか部屋に来ていた舞が、ふとそう言った。

 振り返ると、舞は相変わらず俺のベッドで勝手に寝転がり、漫画を読んでいる。

 お前も定期テストあるだろ。


「ちょっと賭けをやっててな」


 ぼかし気味に答えると、舞が目を丸くする。


「あー、もしかしてお金賭けてんの!? 賭博じゃん! いっけないんだー!」

「賭博ではない、断じて」


 定期テストで賭博するやつなんて見たことない。

 でも、あったらあったでちょっと面白いかもな。

 オッズとか付けたりしたら、学校全体で盛り上がれそう。

 その場合、俺のオッズは……まあ、そこそこだろうな。


「じゃあ、何賭けてんの?」

「……何でもいいだろ」

「ちぇっ、別に教えてくれてもいいのに。兄貴のケチ」


 舞は頬を膨らませて言うと、漫画の紙面に目を戻した。

 話は終わったか、と俺は机に向き直る。


 しばらくして、舞がぽつりと呟いた。


「でも、それだけ頑張ってるってことは、よっぽど大事なものを賭けてるんだね」

「――え?」


 勉強に集中していて油断していた分、素で驚いてしまった。

 振り返ると、舞が怪訝な顔でこちらを見ている。


「『え』って、何自分で驚いてんの。賭けてるものが大事だから、そんなに勉強してるんじゃないの?」

「……」


 まさか、そんなはずはない。


 俺が頑張るのは、単に水谷との関係に終止符を打ちたいってだけだ。別に水谷が嫌いってわけじゃないが、今の関係を続けるのは正しくない。だから山本に勝とうとしてるわけで、賭けてるものが大事かどうかなんて関係ない。


 極論を言えば、水谷と山本が両思いになれば全てが解決する。

 俺が頑張る必要もないし、でしゃばる必要もない。彼氏役なんてのもいらない。


 ……でも、なぜだかあまりそういうことは考えたくない。


 それはつまり、認めたくはないが、俺の中で水谷の存在が――。


 いや、これ以上余計なことを考えるのはよそう。

 今はとにかく少しでも多く勉強して、勝つ確率を上げるべきだ。


「……賭けてるものが大事ってわけじゃない」


 舞にそう答えると、「ふーん。変なの」と軽い答えが返ってきた。

 どうも向こうは、そこまで真剣に聞いたつもりじゃなかったらしい。


 結局日が変わるまで、その日俺は勉強を続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る