第23話 もし俺が勝ったら

「お前に勝負を申し込む! 俺が勝ったら、水谷と里見を解放しろ!」

「「……」」


 俺は里見を振り解くのも忘れて、彼女と顔を見合わせた。

 山本とは幼馴染のはずの里見ですら、ぽかんとした顔をしている。

 なるほど、なら俺が驚くのも仕方ないよな。


「一応聞くけど、何で勝負するんだ?」


 気になった俺は、ついそう尋ねていた。

 この御時世にまさか決闘じみたことを言い出すやつがいるとは、普通は思わないじゃないか。


「勝負の内容は、今度の中間試験だっ!」

「……えっ? それでいいの?」


 てっきり山本のことだから、野球で勝負とか言い出すもんだと思ってた。

 野球なら勝ち目はなかったけど、試験の順位ならいけそうだな。

 正直こいつ、そんなに頭は良くなさそうだし。


 俺の思考を山本の声が遮る。

 

「ああ。他ので勝負すると、どちらかが不公平になる。その点試験は平等だ。もちろんお前は受けるよな、この勝負」

「悪い、受けない」

「……なん、だと!?」


 山本が愕然とした表情をする。

 

 そんなに驚くことか?

 山本の提案をそのまま受け取ると、俺が勝負を受けるメリットがないんだが。


 ……いや、待てよ。


 よく考えたら、これは千載一遇のチャンスじゃないか?

 里見はもう腕を離してくれそうにはないし、恐らく誤解は解けない。

 山本の思い込みの強さは、これまでの会話でよく知っている。


 それに――山本は相手のスペックを見て判断すると、里見から聞いた。

 これが正しいなら、勝負で白黒付けさえすれば、山本は納得するはず。

 どのみち俺が卒業するまで水谷と付き合うふりをするわけにはいかないし、この状況を上手く利用して……。


「まあ話を聞け、山本。お前の案じゃ、俺が勝負を受けるメリットがない。俺が負けたら二人を失うのに、山本は失うものがないなんて不公平じゃないか?」

「それは……言われてみれば、その通りだな……」


 顎に手を当てて考え込む山本に、俺は続けて言った。


「だから、こういうのはどうだ。もし俺が勝ったら……山本は水谷に、金輪際近づかない、とか」

「……」


 俺の提案に、山本は一瞬言葉を失った。

 深く息を吸い込んでから、重々しく頷く。


「……分かった。その条件で受けてやろう。ただし、約束は守れよ。俺が勝ったら、お前は水谷と彩華から絶対に手を引け」

「はいはい」


 そもそもどちらにも、手を出してはないけどな。

 里見に至っては、未だに仲悪いまであるし。


「絶対勝ってやるからな! 待ってろよ、彩華!」


 最後にそう捨て台詞を残すと、山本はどこかへ走り去って行った。

 おい待て、お前電車使わないのか。


「剛は多分バイクだよ。遠征先にはいつも乗ってくって言ってたから」


 山本の後ろ姿を見つめていると、隣でようやく腕を解放した里見が言う。

 あ、そうですか……って、今はそんなのどうでも良くて。


「なんで俺の腕掴んだんだよ」


 そもそもの誤解の元凶を思い出してひと睨みすると、里見が目を逸らした。

 夕日に照らされたせいか、それとも別の要因か、彼女の頬は赤らんでいて――。


「……ああすれば、剛が嫉妬してくれるんじゃないかと思って」

「……やっぱり里見って、面倒くさいな」


 何なら山本より面倒くさい。


 しかしさっきの展開は、ある意味里見の望んだものになってしまったわけだ。

 水谷のおまけとはいえ、自分のために山本が戦ってくれるという。

 俺にも思惑があって勝負を受けたから仕方ないが、なんか納得いかないな。


 今回のは里見にも自覚があったのか、特に反論がなかった。

 しおらしい態度で、「ご、ごめん……」と俯いている。


「……良いよ。それで、あいつは約束は守ってくれるんだよな」

「それは大丈夫だと思う。剛はプライドが高いから」

「想像通りだな」

「それより、あんな勝負受けちゃって大丈夫? あたしはあんたの順位とか知らないけど、確実に勝てる保証でもあんの?」

「保証って……まあ、なんとかなるだろ」


 相手が山本だし……という言葉を呑み込んで言うと、里見が不安げに俺を見る。


「なんとかなるかな……剛ってああ見えて、結構頭良いんだけど」

「え、そうなのか?」

「うん。去年はずっと、学年全体で10番前後をキープしてたし」

「……」


 嘘だろ。あのキャラで学年10位?

 しかも野球部という、うちの高校で一番拘束時間の長い部活に所属しながら?

 もはやバグか何かだろこれ。


 黙りこくる俺を見て何かを察したのか、里見の表情に呆れが混じる。


「……あんたまさか、イメージで剛を侮ってたわけじゃないでしょうね」

「……ハハハッ、そんなわけないだろ」

「なら良いけど」


 里見は息をつくと、真面目な顔に切り替えた。


「とりあえず、今回はあたしも相澤を応援するわ。あんたに勝ってもらわないと、剛もあの泥棒猫を諦めないと思うから。勉強を教えたりするのは、あたしの学力的に無理だけど……何かして欲しいことあったら、遠慮なく言ってちょうだい」


 俺が頷くと、里見がこちらに背を向ける。

 

「じゃあね、相澤。今日はそれなりに、楽しかったわ」


 改札口を抜けて奥へ向かう里見の背中を見送った後、俺はため息をついた。

 

 今日は色んなことがあった。

 でも、最後の出来事に全てが吹き飛ばされてしまった感がある。

 それだけ、山本との邂逅はインパクトが強かった。


 しかし、学年10位、か。


 まずいな。俺はいつも大体20番代辺りが定位置。

 別に悪い成績じゃないが、一桁順位なんて一度も入ったことがない。

 山本に勝とうと思うなら、多少の睡眠不足は覚悟しなければならないかも。


 というかあいつ、お互いに平等な勝負とか言っておきながら、ちゃっかり自分の得意な土俵に持ち込んでるじゃないか。そりゃ、侮ってた俺も悪いけどさ。まさかあの感じで、成績良いタイプだとは思わないだろ普通。


 そういや中間試験っていつだっけ。

 スマホのカレンダーアプリに予定入れてたような。

 目的のアプリを開き、確認する。

 今日から8日後、つまり来週の月曜からの1週間が、中間試験の日程だった。


 ……もうすぐじゃないか。

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