第22話 お前に勝負を申し込む!
さて、俺は今某ハンバーガーチェーン店の、4人掛けのテーブルにいる。
と言っても、俺は何も頼んじゃいない。
目の前のテーブルに載るハンバーガーやポテトは、全て里見が頼んだものだ。
その里見は、向かいで心ゆくままに食を楽しんでいる。
ちなみに金は俺が払った。所持金は底をついた。
文字通り素寒貧である。帰りの電車には恐らく乗れない。
一駅分歩いて帰ることになるだろう。
……ただ、今はそれはいい。
それより俺は、こいつに一つ聞きたいことがあった。
「なあ、里見」
マックスシェイクをズズズと啜っていた里見が、顔をこちらに向ける。
「そもそも里見と山本って……どういう関係なんだ」
「……何急に。あんたには関係なくない?」
「関係はあるだろ。里見が水谷に嫌がらせしたのは、お前たちの痴情のもつれが原因なんだから」
「痴情のもつれって……ていうか、嫌がらせなんてしてないって言ったでしょ。仮にしてたとして、あの泥棒猫には関係あっても、あんたには関係ない」
「何言ってんだよ。俺はこれでも水谷の彼氏だぞ? なら、水谷への嫌がらせは、間接的に俺にも嫌がらせしたってことにもなる」
「きもっ。大体あの時は、あんたらまだ付き合ってないでしょ」
「……分からないぞ。付き合ってたかもしれないじゃないか」
「いいえ、分かるわ。あんたら全然そういう感じじゃなかったもん」
「……」
流石に分かるか。
水谷とまともに話すようになってから、ひと月とちょっとだもんな。
進級したばかりの頃なんて、文字通り話したこともなかったし。
黙りこくる俺を前に、里見はため息をつく。
「まあいいわ。せっかくだし、暇つぶしに話してあげる。どうせあんたにはもう、あたしの気持ちもバレてるし」
それから里見の語ってくれた内容は、おおよそ以下のようなものだった。
里見と山本は、家が隣同士の幼馴染。
山本は小さい頃からあんな感じで、里見はあいつの後ろをついて回るような大人しい子だったという。
里見は次第に、山本を異性として意識するようになった。
一方、山本が好きになるのは、クラスの中心にいるような明るい女子ばかり。
だから里見は、少しずつ自分を変えていった。
山本の好みに少しでも近づき、やつを意識させるために。
「……なのにあいつは高校に入った途端、急にあの泥棒猫を追いかけ始めて……ほんっと意味分かんない。それじゃ、あたしの今までの努力はどうなるのよ!」
話している間に興奮してきたのか、マックスシェイクの入った紙コップを里見が強く握りしめた。紙コップのバコッと凹む音がする。それ、多分まだ中身入ってますよね。
「……気持ちは分からないでもないけど、それで水谷を恨むのはお門違いだろ。山本を恨むならともかく」
「そんなこと言われても……剛のことは、好き、だし……」
頬を赤らめ、俯きがちに里見が呟く。
面倒くせえな、こいつ。
「ちょっと、今のは酷くない!? こっちは本気で気にしてるのに、そんなこと言わなくてもいいでしょ!?」
あ、口に出てたか。ソーリーソーリー。
* * *
ハンバーガーチェーン店を出ると、既に日は沈みかけていた。
今日はなんだかんだで、こいつと5時間以上一緒に過ごしたことになる。
よく頑張ったな、俺。
今日は帰りがけにラムネでも買うか。飲み物じゃなくてお菓子の方な。
と思ったけど、そう言えば俺は今一文無しなんだった……。
「……今日はありがとね、相澤」
駅に向かって歩いていると、里見がぽつりと呟いた。
俺は一瞬聞き間違いかと思い、念のため聞き直す。
「ごめん、今なんて?」
「ありがとねって言ったの。2度も言わせないでよ、こんなこと」
「……なんで?」
「……話、聞いてくれたじゃん。ちょっとすっきりしたからさ」
「……ああ、そういうこと」
聞いてあげたというつもりはなかったな。
まあ、すっきりしてくれたなら何よりだ。
俺も財布の中身がすっきりしたし、ウィンウィンじゃないか。
このまま改札口で別れていれば、今日の成果は上々で終われたのだろう。
ただ、無情にもそうは問屋が卸さなかった。
里見と別れる直前、横から野太い声がする。
「なっ……なんで彩華と、お前が……!?」
嫌な予感がして声のした方を向くと、そこには案の定坊主頭の男の姿。
山本剛。里見の思い人にして、水谷のストーカーだ。
「……剛こそ、なんでここに」
戸惑いがちに里見が言う。
どうやら彼女にとっても、山本の登場は想定外のようだ。
「なんでって……俺は今日、この近くの高校で練習試合があって……」
ぼんやりとした様子で答えた後、山本が何かに気付いたように目を見開いた。
俺と里見の顔を、交互に見比べる。
「まさかそういうこと、なのか……?」
「待て待て待て、そんなわけないだろ。むしろ俺たちは――」
「そうだって言ったら、剛はどうすんの」
「っ!?!?!?」
突然里見が、俺の右腕に抱きついてきた。
驚きのあまり、言葉が出てこない。
「そんな……嘘だろ……」
山本は急速に顔を青ざめさせると、一歩二歩と後ずさった。
わなわなと唇を震わせる。
まずい。早く誤解を解かないと、取り返しのつかないことになる気がする。
里見を振り解こうとしたが、万力のような力で締め付けられた。
代わりに「誤解だ! 山本、落ち着いて聞いてくれ!」と声を張ったが、それもどうやら無駄なようだった。
「相澤、お前……水谷に飽き足らず、彩華まで……」
ぎゅっと拳を握り締めたかと思うと、すぐさま緩めて俺を指差した。
「お前に勝負を申し込む! 俺が勝ったら、水谷と里見を解放しろ!」
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