第21話 どうよ。中々良い感じでしょ

「お~、悪くないじゃん」


 髪を切り終えて店を出ると、外で待っていた里見が感心したように言った。

 でもな、里見。

 お前の口元が半笑いなのを、俺はちゃんと見てるからな。


「絶対馬鹿にしてるだろ」

「ぜ、全然。割とマジでかっこいいとは思うし。ただ、なんか……相澤のキャラじゃない」


 我慢できなかったのか、里見が吹き出した。出たよ。

 陰キャがイメチェンすると、「何色気付いてんだコイツ」って笑われるやつ。

 そのまんまじゃないか、この光景は。


「やっぱ帰ろうかな」

「ごめんごめん、いや、うん、ほんとかっこいいとは思うから!」


 笑いを無理やり抑え、里見がフォローを入れてくる。

 手鏡を差し出してきたので確認すると、さっきよりは清潔感のある男子高校生の姿が映っていた。自分のことだから贔屓目は入るが、冴えない感じもそんなにしないような。


「ね、髪型違うだけで、印象全然違うっしょ?」

「……それはそうかも」


 少なくとも目の前のこの顔を見た後だと、頷かざるを得なかった。


 もちろん、決してイケメンではない。

 でも、これならなんかいけるんじゃね? という謎の自信が湧くから不思議だ。

 世の中の男性・女性は、この謎の自信を得るために、見た目に気を使うのかもしれない……という気さえする。


 ただ――。


「流石に高くないか? このお店」


 なにせ1回の散髪で、財布の中の樋口さんを一人身売りしてしまったくらいだ。

 いつも行っている散髪屋のおよそ5倍、野口さん5人分である。

 高校生には負担がデカい。


「まあねー。だからあたしなんて、そのためにバイトしてるし」

「……里見、バイトしてたのか」

「そりゃそうでしょ。服も色々欲しいものあるし、お小遣いだけじゃ足んないよ」

「へえー……」


 なぜだろう。

 バイトしてるって聞いただけで、一気に大人に見えるから不思議。

 俺もバイト始めようかな。特にお金の使い道ないけど。

 あるとしてもソシャゲの課金とか、本を買うくらいか?


 真剣にバイトの検討をしていると、目の前で里見がパチンと手を叩く。


「ま、ここはこの辺にしといて……次行こうか」

「次? まだあるのかよ」

「当たり前でしょ。服も見ないと。さ、駅行くよ」

「服なんて見て、どうすんだよ」


「何言ってんの」という呆れ顔で、里見が俺を見た。


「決まってるでしょ。あんたの服を選ぶの」

「でも……学校じゃ制服だし、意味なくないか?」

「意味はあるわ。あんたもあの泥棒猫とデートくらいするんでしょ? その時にちゃんとした服着てなきゃ舐められるわよ、他の男に。もちろん、剛にもね」

「……なんか怖いな、それ」


 今までこの社会をそんな風に考えたことなかった。

 ただ、里見の言うこともあながち間違いじゃないかもしれない。

 水谷の隣を歩く時、「なんであんなやつが」という視線を感じたのは一度や二度じゃないし。


 里見は肩をすくめた。


「怖いかどうか知らないけど、そんなもんよ。で、あんたはちゃんとデートに着ていく服を持ってんの?」

「……逆に聞くけど、持ってるように見えるか?」


 そう尋ね返すと、里見がにっこり笑って首を振る。


「ううん、全く」


* * *


 電車に揺られること数分。

 小沢駅から二つ隣、玉井駅で俺たちは降りた。

 ここは俺の自宅の最寄駅である、長山駅の隣。

 動物園に行く時、修二たちと待ち合わせた駅でもある。


「なあ、里見。一つ聞いていいか?」

「……何」


 そう尋ねると、前を歩く里見が振り返った。


「玉井に来るなら、最初から玉井で待ち合わせれば良かったんじゃないか? 別にここにも、美容院ならあるし」

「あたしが行ったことない美容院を、他人に紹介できないっしょ」


 当然のことのように、里見がさらりと言う。

 この間から、彼女を見直すことが多いな。

 元の評価が低いのもあるけど。


「それに……あそこ今、人に紹介すると紹介した人がクーポン貰えるキャンペーンやってんのよ。なら、クーポンゲットしにいくでしょ」

「……ああ、そういうことね」


 やっぱ見直して損したわ。

 むしろしたたかさを見習うべきか?


 改札口を抜け、少し歩いた先にあるビルに入る。

 エスカレーターを使い、5階のファッションフロアに到着した。

 目についたお店に入ったその時、里見が言う。


「相澤、今日は後いくら持ってる?」

「……一応、一万円と少し」


 今まで貯めていたお小遣いから持ってきたものだ。

 バイトなどもしてないから、俺にとってこの金額はかなり大きい。


「なるほどね。……ま、そんだけあれば、ぎりコーデ一式買えるかな」

「……どういうこと?」


 コーデ一式って、嫌な予感しかしないんだが。


 俺の質問には答えず、里見は店内を歩き回っていた。

 様々な服を矯めつ眇めつし、時には俺の身体に被せてみたり、時には試着室で着替えさせたりする。


 しかも、見て回るのは一つのお店だけじゃない。


「あー、これなんかどう? 中々いいじゃん」

「こっちは? こっちも良いか。迷うなー」


 服を見て回る間にテンションが上がったのだろう。

 色んなお店を歩き回っては同じことを何度も繰り返し、挙げ句の果てに一度入った店にもう一度行って確認する始末。


 これ、店員に顔覚えられてないか……? 

 なんてきょろきょろしてしまったけど、里見は全く気にならないらしい。

 遠慮なく試着室を使い倒し、吟味に吟味を重ねた末、コーデ・プロデュースド・バイ里見が完成した。


「どうよ。中々良い感じでしょ」

「あ、ああ……」


 試着室の姿見に映る、自分の姿を見る。

 下は薄いグレーのズボン(里見によると、ズボンではなくパンツらしい。じゃあ、下着のパンツはなんて言うんだ)、上は白いシャツにボタンを開けたクリーム色のワイシャツというコーデ。


 シンプルだけど、確かに似合ってるように見える。

 満足だ。大変満足なんだけど――。


「これ、全部でいくらするんだっけ?」

「えーっと……税込みで9900円ね。これでも安く済んだ方なんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ」

「……ああ、そう」


 まあ、里見の言う通りなのだろう。

 彼女は俺の予算の範囲内で、目一杯良いものを選んでくれた。

 それはここ数時間の里見の奮闘を見ていれば分かる。


 しかし……これで俺は、今日持ってきた有り金をほぼ全部失った。

 残るは千円ちょっとのみ。

 本を買うのは、しばらく我慢した方がいいかもな。


 里見が両手を上に挙げ、ぐっと背伸びする。


「頭使ったから腹減ってきたわ。……相澤、マックス奢ってよ」

「はあ!?」

「何よ、なんか文句ある? 今日の私、結構働いたんですけど」

「……」


 俺は自分の着ている服を改めて確認した。

 シンプルだがこれを自分で選べたかというと、認めたくはないが絶対無理だ。

 俺のファッションセンスなんて、ドラゴンのエプロンを選んでた小学生の頃の感性で止まってるし。


 もちろん屁理屈を捏ねようとすれば、そもそも俺から頼んだわけじゃないとか言えばいい。でも、そんなことに意味があるとは思えない。里見がこの数時間、頑張っていたのも事実だし。


「……何が食べたいんだ」

「えっとー、ビッグマックスとー、マックスフルーリーとー、あとあとー……」

「……」


 あのー、遠慮って言葉知ってます?

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