第20話 あんたの私服、ダサそうだし

 週末の昼過ぎ。

 学校の最寄駅である小沢駅前に、俺は来ていた。

 里見に言われるがままに約束を交わした結果だ。


「制服で!」と指定があったので、制服姿だ。

 なんでかは知らん。

 まあ、向こうにも色々あるんだろう。


 俺は知らなかったが、里見はどうやら家が学校に近いらしい。

 集合場所をここに指定したのも、彼女の都合だ。

 今日は俺に協力してくれるらしいし、そのくらいは良いだろう。

 

 ただ、一つ嫌な予感があるとすれば。

 お金をありったけ持ってこいって、言われてるんだよなあ。

 協力と見せかけて、カツアゲでもされるんだろうか。

 まともなことに使うのなら良いんだが。


「うわっ、相澤だ。相変わらず冴えない顔してるねえ」


 ふと前方から声がした。

 顔を上げると、制服姿の里見が近づいてくる。

 挨拶代わりに悪口とは、ぶれないやつだな。


「余計なお世話だ」

「あれえ? それが協力してもらう立場の人の態度ですかぁ?」

「……帰る」

「ま、まあまあまあ、そう怒んないでよ相澤。冗談じゃん、冗談!」 


 Uターンして改札口の方へ歩き出すと、里見が後ろから肩を叩いてきた。

 宥めるのは良いけど、叩き方が強いよ君。


 仕方なく足を止め、振り返って里見を見る。


「で、これからどこ行くんだ?」

「その前に……あんたはまず、自分のどこから変えるべきだと思う?」

「……さあ、そんなこと言われても」


 そういうのを頑張っていた中学時代ならともかく、最近はほとんど外見には頓着していない。したがって、自分のどこを直せば良いのかも俺には分からない。なんとなく全体的に芋っぽいというのは、お洒落な人と比べれば分かるが。


 首を傾げる俺に、里見が種明かしをしてくれる。


「こういう時、まず気にするべきはね……髪よ、髪」

「髪?」

「そう、髪。ぶっちゃけ顔が多少アレでも、髪型さえしっかりしてればマシに見えるわ。相澤はまず寝癖が跳ねてるし、なんかもさっとしてるし……とにかく、あたしからすれば論外。顔はそれなりなんだから、その辺もっとちゃんとすれば、だいぶ良くなるはず。てなわけで、これから美容院に行くわ」

「……俺の顔、それなりなんだ」


 多分本筋とは関係ないんだけど、どうしてもその評価に驚いてしまう。

 イケメンどころか、むしろブサイク寄りだと思ってたのに。

 それなり、ね……なんかちょっと、嬉しいかも。


「う、うるさい! 調子乗んな、相澤のくせに! ……ていうか、早く行くよ! 制服で駅前うろちょろしてたら、誰に見られるか分かんないし!」

「……何急にキレてんの?」

「え? ……別に、キレてないし」


 里見が目を逸らして言う。


 なんなの、こいつ。女の子の日ってやつか?

 聞きはしないけど。聞いたら殴られそうだし。


「大体、制服で来いって言ったのは里見だろ」

「だ、だって……」


 俺の真っ当な反論に、里見は何やらモジモジした。


――お前、そんなキャラじゃないだろ。


 そうツッコミかけたその時、意を決したように里見が言う。


「あんたの私服、ダサそうだし」

「……」


 あ、それはその通りです。


* * *


 里見について歩く途中、俺は現状を改めて客観視してみた。

 

 今日は休日。時刻は昼過ぎ。

 今俺と歩いているのは、仲悪いとはいえ同じ学校の女子。


 ……あれ? よく考えるとこの状況まずくないか?


 彼女なんて今までできたことなかったから、あまり深く考えてなかったけど……これって要するに、デートだよな? 彼女のいる俺が、その彼女に許可もなくデートとかしていいんだろうか。


 いや、いいか。俺、水谷の本当の彼氏ではないし。

 むしろ許可なんて取ろうとしたら、向こうに困惑されるかもしれない。


「別に良いけど……相澤はなんで、そんなことわざわざ私に確認しに来たの?」


 みたいな。もう、眉をひそめる水谷の絵が浮かぶまである。

 やっぱり良かった、聞かなくて。


 それに、今日の外出の目的は、巡り巡って水谷のためでもある。

 わざわざ彼女に一々報告したら、なんか恩着せがましい感じがするしな。


 というわけで、俺の判断に間違いはないはず。

 よし、頭を切り替えよう。


「着いたよ」


 里見の言葉に辺りを見回すと、右手にお洒落そうなお店を見つける。

 窓ガラス越しに見える店内の様子から、そこが目的の美容院だと分かった。


「……ハードル高いな」

「? なんで?」


 本気で分かってなさそうな顔で、里見が首を傾げる。

 そう言えばこいつ、ギャルだった。

 この間といい今日といい、気安く話してくれるから勘違いしそうになってたけど、やはり俺とは違う人種だ。


 どうやら里見が予約までしてくれていたらしい。

 彼女と一緒に店内へ足を踏み入れると、里見が知り合いっぽい美容師さんに身振り手振りを交えて説明。するとその美容師さんが俺の元まで来て、


「1時でご予約の、相澤様で間違いないですね」


 なんて言う。

 わざわざ予約して髪を切ったことなどなかったから、その時点で俺は戦々恐々。

 とにかく美容師さんの案内に従い、恐る恐る散髪用の椅子に座った。


 その場を離れた美容師さんを目で追うと、カウンターで里見と談笑していた。

 美容師さんが笑顔で里見に何やら聞き、里見が冗談じゃないという顔で手をぶんぶん振って否定する。


 さて、今の会話に想像でアテレコしてみよう。


「彼氏さんですか~?」

「そんなわけないでしょ! あんなの絶対ありえないから!」


 多分こんなところだろう。何やってんだ俺。

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