第14話 色々大変だろうけど……

 ダブルデートの具体的な予定は、その後あっという間に決まった。


 動いてくれたのは、主に修二と小倉の二人。

 提案した翌日にはLIMEグループを作って俺と水谷を招待したかと思うと、すぐにデート先の場所が決まり、その後日程も決まった。


 修二と小倉にはそれぞれサッカー部と吹奏楽部の活動が、水谷にもピアノの練習がある。3人の予定を考慮した結果、ゴールデンウィークど真ん中の水曜日が決行日になった。え? 俺の予定? そもそも俺に予定などない。


 さて、ダブルデートの当日。

 何を着て行こうか迷った結果、俺は無難にジーンズと長袖のシャツを選んだ。

 というか、他にまともな私服がない。

 普段あまり外に出かけないから、私服なんて持つ必要がなかったんだよな。

 平日は制服で事足りるし。


 玄関前の姿見で一応服装を確認していると、居間から出てきた舞が目を剥く。


「え、兄貴早っ。休みの日にこんな時間なんて珍しいね」


 今日の舞は部活も何もないらしく、午前中は惰眠を貪るつもりのようだった。

 寝ぼけ眼で背中を掻く舞の寝巻き姿には、花も恥じらう女子中学生らしい愛らしさなどどこにもない。これが学校でモテてるというのが、兄の俺には信じ難い。


「今日は予定があるから」

「……まさかデート?」


 姿見で服を確認する姿に、舞のセンサーが反応したのだろう。

「違う。ちょっとま――」と慌てて否定しかけたが時すでに遅し。

 舞は居間に出ると、大声で呼びかけた。


「お母さ~ん! 兄貴がデートだって~!」


 奥で何やらガサゴソと音がした。

 まもなく「本当!?」と母さんが慌てて出てくる。

 母さんもわざわざ起きてくるなよ。仕事で疲れてるんだろ。

 これだから嫌だったんだ、出かけるところを見つかるのは。


 母さんは俺の姿を見て言った。


「そう、ついに秋斗にも春が来たのね……」

「いや、俺はまだ何も――」

「そうだよお母さん。だからこれからはもう秋斗じゃなくて、春斗だね」

「しょうもないこと言うな」

「へー、いい名前。なんなら秋斗よりいいんじゃない?」

「あんたが付けた名前だろ」


 ヤバいな、ツッコミが追いつかない。

 とにかくデートってところだけは、ちゃんと否定しておかないと。


「別にデートじゃないから、今日は」

「「『今日は』?」」

「あー、もう、だからそういうのじゃないんだって!」

「ふーん……じゃ、誰と出かけるの? 普段全く服に頓着しない兄貴がわざわざ服装の確認をするくらいだから、デートじゃないにしても、それなりに服装を気にしなきゃいけない相手と出かけるのは間違いないんでしょ?」

「……まあ、な」


 くそっ、こいつ本当に中2か?

 すごく嫌らしい攻め方をしてくるんだが。


 舞に続いて、今度は母さんが尋ねてくる。


「誰なの? 高校のお友達?」

「……誰でもいいだろ」

「彼女?」

「だから、彼女じゃないって」


 俺はため息をついた。

 このままでは埒が明かないし、適当に餌を与えておくか。


「水谷ってやつと出かけるだけ」

「……ああ、その人か」


 水谷の誤情報を以前掴まされていた舞が言った。

 母さんが舞を見る。


「え? 舞は何か知ってるの? その人のこと」

「うん、この間兄貴から聞いた。坊主でガタイの良い人だって」

「……なんだ、じゃあ男の子なのね」

「母さんはまだまだ甘いね」

「……どういう意味よ」

「普通ただの男友達と出かける時に、服の確認なんてする?」

「っ!? じゃあ、まさか男友達じゃなくて……」


 なんか変な方向に話が進んでいる気もしたが、相手するだけ時間の無駄。

 二人を無視して身支度を整えると、玄関で靴を履いてドアを開けた。

 家を出る間際、最後に一言声をかける。


「じゃ、行ってきます」

「秋斗……一つだけ言いたいことがあるんだけど良い?」

「……なんだよ」


 やけに真剣な声音で母さんが言うので、仕方なく振り向いた。

 いつの間にか目の前まで来ていた母さんが、俺の肩をガシッと掴む。


「色々大変だろうけど……お母さんは応援してるからねっ!」

「お、おう。ありがとう」


 息子が休日出かけるだけなのに、大袈裟過ぎないか?


* * *


 今日は自宅最寄りの長山駅で水谷と合流してから、電車で隣駅へ移動。

 そこで修二たちと合流し、モノレールに乗り換えて動物園へ、という流れだ。

 

 そんなわけで、ひとまず最寄駅へ向かう。

 修二たちとの集合時間は10時。

 水谷との集合時間は、それより少し早めに設定している。

 その時間よりさらに5分ほど早く、俺は駅に着いた。


 駅の支柱に寄りかかり、スマホを弄りながら水谷が来るのを待つ。

 まもなく誰かに肩を叩かれ、顔を上げた俺は絶句した。


 別に予想外の人物から、肩を叩かれたわけではない。

 むしろ相手は予想通り。

 ただ、相手の姿がちょっと想定外だった。


「おはよ、相澤」


 考えてみれば当たり前の話なんだが、水谷は私服姿だった。

 タンクトップの上にデニムジャケットを重ね、下は花柄のロングスカートに白のスニーカーという格好。制服以外の姿がそもそも新鮮なうえ、彼女によく似合っていたので、俺は言葉を失った。


 お洒落だ、お洒落すぎる。

 水谷なら多分何着ても似合うんだろうけど、それにしてもこれは強い。

 一応設定上は、俺って水谷の彼氏なんだよな。これ、隣歩いて大丈夫か? 


「……相澤? 大丈夫?」


 水谷が顔の前で手を振ってくれたおかげで、ようやく俺は我に返った。

 何でもない、と首を振り、水谷から目線をずらして改札口の向こうを見やる。

 ヤバいな、そろそろ電車の来る時間だ。


「……行くか」


 水谷に声をかけて改札口へ足を進める。

 すると、不意に背後からシャツの袖をクイッと掴まれた。

 思わず振り返ると、水谷がじっと俺を見つめている。


「……何?」

「似合ってるよ、その格好」

「……嫌味?」

「そうじゃなくて……今日の私、変じゃないよね」


 水谷が下を向き、自分の格好を見下ろした。


 ……あ、そういうことか。


 頭の中で褒めまくってたから、現実でも褒めたんだと勘違いしてたけど……よくよく考えたら、俺は水谷の格好に全く言及してなかったわけで。水谷からすると、肩透かしを食らった気分だったのだろう。


 でもさ、1個言っていい?


「普通それ、自分から催促するか?」

「だって、私のことじっと見た後に相澤が目を逸らしたから、てっきりなんか不味かったのかと思って……このデニムジャケット、一応おろしたてだし」


 あー、なるほど。そういう風に思ってたのか。


「いや、違うんだよ。別に不味かったら目を逸らしたわけじゃなくて……」


 そこまで言いかけて、この先は袋小路だと俺は気付いた。

 なぜってこの流れだと、「じっと見た後に目を逸らした」本当の理由を言うしかない。でも、その理由は水谷の前では非常に口にしづらい。


「……わけじゃなくて?」


 何かを期待するような目で、水谷が俺を見る。

 彼女の何もかも見透かすような碧い目を負けじと見返し……俺は諦めた。


「……見惚れてたのを、誤魔化そうとしただけだよ。だから、水谷の格好を変だと思ったとか、そういうんじゃない」

「……あ、そうなんだ」

 

 俺の返答に、ワンテンポ遅れて水谷が反応した。

 目を伏せつつ、「そっか、なら良かった」と重ねて言う。


 ほらな、だから言わない方が良かった。

 気まずいというかむず痒いというか、とにかく微妙な空気になるだけだって分かってたのに。


「じゃ、じゃあ……そろそろ行くか?」

「……うん」


 気まずさを誤魔化すように首筋を掻きつつ言うと、水谷がしおらしく頷いた。

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