第15話 今のところ、見ての通りだよ

 隣駅で水谷と降り、改札を出る。

 すると、すぐ目の前に修二たちの姿があった。


「よ、秋斗。水谷もおはよう」

「おはよ、相澤くんと……水谷ちゃん! かわいい~!」


 俺から隣の水谷に目を移した瞬間、小倉の声の高さが変わった。

 水谷に駆け寄ると、「このスカートどこで買ったの?」などと質問攻めする。

 ぐいぐい来る小倉の態度に、水谷は少し戸惑っているようだった。


「悪いな、水谷。菜月の悪いとこが出た」

「あ、ごめん。私ったらついテンション上がっちゃって」


 修二がフォローに入った。

 我に返った小倉が、照れ臭そうに頭を搔く。


「……大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」


 水谷は首を振った。

 表情こそ無に近いけど、あれは多分本心から言ってるな。

 水谷の気持ちが伝わったのか、小倉は微笑む。


「ありがとう、水谷ちゃん。……ね、私のこと覚えてる? 去年、同じクラスだったんだけど」

「うん、覚えてるよ。小倉は私にも優しくしてくれたから」

「ほんと!? 水谷ちゃんに覚えられてるの、けっこう嬉しいかも!」

「……私も、小倉が私のこと覚えてたの嬉しいよ」

「きゃーっ、なんていい子なの!」


 小倉が水谷に抱きついた。

 ついさっきグイグイ行き過ぎて引かれたばかりなのに、学習しないな彼女も。

 まあ、水谷は割と満足そうな感じだからいいんだけど。


「なあ、秋斗」


 やけにキリッとした顔で、修二が俺の方を向いた。

 すでに嫌な予感しかしない。


「……なんだよ」

「かわいい女の子同士がいちゃいちゃしてる光景って……最高に眼福だよな」

「頼むからお前は、今日1日黙っててくれ」

「なんでだよっ! 秋斗も心の中ではそう思ってんだろ!? なあ!?」

「思うのと言葉にするのじゃ大違いなんだよ」

「まあ、それはそうだけど……って、ちょっと待て。てことはやっぱり、秋斗も俺と同じこと思ってたんだろ!」

「そうとは一言も言ってないけどな」

「さっきの言い方は言ったも同然だったよ!」


 修二と低次元な言い争いをしていると、今度は小倉が振り向いて言う。


「ねえ、相澤くん。この水谷ちゃん持ち帰ってもいい?」

「小倉……水谷は野良猫じゃない」


 あと、水谷ちゃんは水谷だけだ。

『この』とか付けたら、野生の水谷が沢山いるみたいじゃないか。


 ひとしきり喋ったところで、修二が「んじゃ、行くか」とモノレールの乗り場の方を指差す。「はいはい、ただいま!」と返事した小倉が、自然な所作で修二の隣に並んだ。こういうところを見ると、カップルって感じがするな。


 ぼんやりそんなことを考えていると、俺の隣に水谷が来た。

 表情こそいつもと変わらないものの、心なしかウキウキしているように見える。


 ……そう言えば、すっかり忘れてたけど。

 水谷は動物園に行きたくて、今回のダブルデートを引き受けたんだったな。


「どうかした?」

「……楽しみか? 動物園」


 こちらの顔を覗き込む水谷に、そう尋ねた。

 水谷は微かに微笑む。


「……うん、楽しみ」


* * *


 大きな像のオブジェを左手に見つつ、入場ゲートをくぐり抜ける。

 園内に入るとすぐさま、小倉が「広いねーっ!」歓声を上げた。


 気持ちはわからないでもない。

 確かにこの動物園は広いのだ。


 昔何度か来たことがあるけど、大袈裟じゃなく1日かけても回り切れるかどうかというほど。昆虫から象まで幅広い種類の動物を網羅しているので、動物好きにとっては垂涎ものだろう。


 パンフレットの園内地図を、小倉が皆の前で広げた。


「どこから回る? アジア園、オーストラリア園、アフリカ園とあるけど」

「うーん……オーストラリア園から行って、アジア園を回りながら戻ってくるのが良いんじゃないか? アフリカ園はトリってことで」


 修二が横から地図を覗き込む。


「トリならオーストラリア園にも、アジア園にもいるけど」

「そのトリじゃないから」


 きょとんとする水谷に、俺は思わずつっこんだ。

 やっぱり水谷は天然なのか?


「じゃあ、オーストラリア園からだ。さ、行こ行こ!」


 とにかく早く動物を見たくて仕方がないという風に、小倉が正面を指差す。

 水谷も動物園を楽しみにしてたみたいだけど、小倉もよっぽどだな。


 小倉を先頭にして、4人でまとまって歩き出した。


「確かもうちょっと行けば、左手にバクがいたんだよな」

「本当? いいねー、バク。見に行こうよ」


 歩き始めてすぐに修二が言うと、小倉が振り向いて応じる。

 修二の記憶通り、まもなく左手にマレーバクの説明が書かれた看板が見えた。

 看板の先の柵の下、プールのような池の脇で、マレーバクが寝そべっている。


「良いなー、何かのんびりしてて。マレーバク見てると、こっちの時間までゆっくり流れるみたいに感じる。普段あくせく生活してるのが、馬鹿らしくなるよね」


 柵に手をかけた小倉が、しみじみと言った。

 瞳に生気が宿っていない。

 あなたもしかして、まあまあストレス溜まってません?


 修二がバクを指差した。


「前から思ってたんだけど……ここのバクって、頭と足だけ黒いよな。そこだけ水に浸かったのか?」

「あれはそういう模様だよ。水に濡れたからでも日焼けしたからでもない」


 面白いこと言うな。

 言われてみれば、そう見えないこともないけど。


「バクって確か、夢を食べるって言われてる動物だよね」


 しばらくぼんやりと4人でバクを眺めていると、水谷が口を開いた。

 修二たちはピンときていない様子だったので、俺が答える。


「それは厳密には獏のことだな。中国の昔の文献に出てくる、伝説の生き物だ」

「へえ……じゃあ、このバクとは違うの」

「『漠』=『バク』ではなかったはず。バクのバクという名前が、幻獣の獏にちなんで名付けられたのは事実らしいが」

「なるほど。分かりやすい説明ありがと」

「……分かりやすかったか? 俺は1ミリも理解できなかったけど……」


 水谷が納得する横で、修二は盛んに首を捻っていた。

 小倉は催眠術にかかったかのようにじっとバクを見ている。

 多分俺たちの話など、1ミリも聞いてない。


 マレーバクを堪能した後も、俺たちは様々な動物を見た。


「インドサイか。改めて見るとでかいな」

「サイって、もはや恐竜だよね」

「分かる。トリケラトプスっぽいよな」

「トリケラトプスって、角が生えたサイみたいなやつだっけ?」

「ざっくり言えばそんな感じ。トリケラトプスはもっとでかいけど」

「へえ。やっぱり恐竜ってでかいんだね」


 池に浸かるインドサイの前で、そんなことを水谷と話す。

 なんか普通に話が弾んでるな。

 これならまあ、カップルに見えないこともないだろ。


 ……うん、見えないな。

 隣の水谷と自分を見比べたら、改めて現実を痛感しました。

 調子に乗ってすいません。


 水谷との話が途切れたところで、突然ガシッと肩を抱かれる。

 驚いて隣を見ると、修二の生暖かい目がこちらを見返してきた。

 そのまま修二に、後ろへ引っ張られる。


「何だよ」

「熱いねえ、お二人さん」

「……バカップルの片割れやってる、修二に言われたくはないな」


 修二からサイに目を移しつつ、俺は悪態をついた。

 すると、やつが俺の頬をちょんちょんと突いてくる。


「おっ、まさか照れてんのか? 秋斗にも意外とかわいいところあるじゃないか」

「やめろ、かわいいとか言うな。鳥肌を通り越して鳥になるわ」

「ハハッ、悪かったって」


 ひとしきり笑った後、修二は一転して真面目な顔になる。


「とにかく、俺は秋斗のこと応援してるからな。なんか助けて欲しいことあれば、遠慮なく言ってくれ」

「……今のところ、見ての通りだよ」

「……そうか。なら良かった」


 修二はクシャッと笑って言うと、肩を外して小倉の方へ向かった。

 小倉はというと、最前線で子供たちに混じってサイを見ている。


 嘘は言ってない。

「見ての通り」と言ったのを、修二が勝手に「上手くいってる」と変換しただけ。


 ただ、それでも……少しだけ、胸が痛んだ。

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