第13話 いいよ、しても

 翌日の休み時間。


「おい、秋斗! お前、彼女できたって本当か!?」


 ガララッと斜め前のドアが開くと、修二が大声でそう言って入ってきた。

 うるせえな、お前は。

 こっちはドアに一番近い席なんだから、わざわざ叫ばなくても聞こえるっての。


 しかし、隣のクラスの修二がこうして確認しに来るということは、だ。

 俺と水谷の噂は、たった1日で既に他クラスにも広まっているらしい。

 道理で廊下を一人で歩いている時も、やたら視線を感じるわけだ。


「本当だよ」


 目を逸らしつつ、俺は答えた。

 一瞬息を呑んだような気配がしたかと思うと、修二がさらに尋ねてくる。


「マジで!? 誰!?」

「……水谷」


 俺がそう答えると、反射的に修二が教室を見渡した。

 釣られて俺も、水谷のいるであろう窓際後方の席を見やる。

 トイレにでも行っているのか、彼女は席にいなかった。

 

 修二に目を戻すと、ちょうど目が合う。

 

「うっそだー。お前、水谷が教室にいないからって、適当こいてんだろ」

「まあ、普通はそう思うよな」

「お、けっこう強気だな。じゃあ、水谷本人が来るのを待って、彼女に確認してもいいのか?」

「いいぞ。何なら今、修二の真後ろにいるし」

「――えっ?」


 修二の背後を指差すと、やつが振り向いた。

 碧い目をした金髪の美少女が、訝しげな顔で立っている。

 水谷はどうやらたった今、教室に戻ってきたところのようだ。


「何の話?」


 形のいい眉をひそめる水谷に、修二が狼狽えた。


「あ、いや、秋斗のやつが、水谷が彼女とかわけ分からないこと抜かすから、まさかねーって話してて――」

「本当だよ」

「……へっ?」

「相澤は私の彼氏だよ。そうだよね、相澤」


 水谷が俺にふると、間に挟まれた修二が唖然とした顔でこちらを見る。

 俺が頷くと、あまりに驚いたのだろう、修二がかすれ声で言う。


「……マジ?」

「だからマジだって。水谷もそう言ってるだろ」

「……二人で俺を担いでるとかじゃなく?」

「……」


 多分意図してのことではないと思うが、実は良い線いってるんだよな。

 ぎくりとする俺の代わりに、水谷が答えた。


「相澤はともかく私が、初対面の……えっと……」

「あ、俺、池野修二です。よろしく」

「……初対面の池野相手に、愉快犯的に嘘をつく意味が分からない。親しい相手ならともかく」

「それは……そうっスね」


 水谷のマジレスに、修二がなぜか敬語で答えた。

 微妙な空気が漂う。

 いかにも友達の知り合い同士で会話してますって感じの雰囲気。


 大丈夫かな、この二人。そう様子を窺っていると、


「そうか、じゃあマジなのか……」


 修二が俯きがちに呟いてから、ばっと顔を上げた。

 拳を振り上げ、ガッツポーズを決める。


「なら、ついにダブルデートできるな!」

「……」


 水谷が無言で俺を見る。俺は言った。


「ごめんな、こういうやつなんだ」


 困惑する俺たちをよそに、目を輝かせて修二が続ける。


「しかも運の良いことに、今週末からちょうどゴールデンウィークだぞ! これはもう、ダブルデートに行くしかないだろ!」

「……ダブルデートって普通、男女二人ずつでやるものじゃないの」

「ああ、修二には彼女がいるんだ。C組の小倉ってやつ」


 水谷の疑問に、修二の代わりに俺が答えた。

「去年同じクラスだったかも」と水谷が言う。

 小倉は水谷を気にかけてたけど、水谷の方でもやっぱり覚えてたのか。


「で、どうよ二人とも。ダブルデート。駄目か? 行き先は……この辺だとやっぱり、動物園か遊園地か」


 キラキラした目で、俺と水谷を見比べる修二。

 俺は別にいいけど、水谷が大丈夫かな。

 修二はほぼ初対面だし、小倉にしたって多少マシなくらいだろう。

 それに、演技とはいえわざわざ休日までとなると――。


「いいよ、しても。ダブルデート」

「えっ、いいのかよ!?」


 よっしゃー! と喜ぶ修二は放っておいて、俺は思わず尋ねた。

 水谷がこくりと頷く。

 

 ……あれー?


 てっきり水谷は、こっち側の人間だと思ってたんだけどな。

 俺の勘違いだったのか?


「じゃあ、詳しい話はまた後でな!」


 休み時間の終わりが近づくと、修二は爽やかにそう言って教室を出た。

 どういうつもりだ?

 と水谷を見ると、彼女はこちらから目を逸らす。


 まあ、今ここで話すことじゃないな。

 どうせ帰りも一緒だし、その時に聞いてみるか。


* * *


「良かったのか、ダブルデートに行くなんて言って」


 電車に乗って二駅ほど進んだ後、俺は水谷に尋ねた。

 周囲は既に確認済み。

 今はうちの高校の生徒がいないので、誰かに聞かれる心配もない。


 水谷は淡々と答えた。


「あそこで断ったら、私たちが付き合ってることに疑念を抱かれる可能性があるでしょ。だから、誘いに乗った方が良いと思ったの」

「……つまり、話に信憑性を持たせるためか」


 そういうこと、と水谷が頷く。

 筋は通ってるし、納得できる理由ではあるが……本当かな?

 だったらさっき、目を逸らす必要もなかった気がする。


 疑念の目で水谷を見つめると、彼女はしばらく俺の目を見返していた。

 しかしこうして改めて見ると、本当に整った顔をしているな。

 瞳は宝石みたいだし……って、何俺はナンパ師みたいなこと考えてんだ。

 君の瞳に乾杯、じゃないんだから。


 やがて水谷がすっと目を逸らし、早口で言う。

 

「別にダブルデートに興味があるわけじゃないから。これは本当」

「『これは』? じゃあ、何か別のものに興味があったわけだ」

「……」


 語るに落ちるってやつだな。

 しかし、ここまで綺麗に自爆するとは。

 クールそうに見えて、意外にポンコツなところもあるな。


 さらに我慢強く待つと、水谷がぼそぼそと話し出した。


「……動物園、今まで1度も行ったことなくて」

「……なるほど」


 料理の件といい、厳しく育てられているのだろう。

 そんなことを考えていると、水谷が横目で俺を見る。


「……子供だなって思ってる?」

「まさか。良いじゃないか、動物園」

「嘘。だって今、生暖かい目で私を見てたし」

「そんな目で見てないって」

「私が言うんだから、見てたの。大体、相澤は自分で自分の目を見れないでしょ」


 水谷が拗ねたように言う。

 悪いけどその態度の方がよほど子供っぽいぞ、水谷。

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