第11話 相澤、一緒にご飯食べよ

 週明け、俺は普段より少し早めに家を出た。

 たまたま朝早く起きたのではなく、これにはちゃんと理由がある。


「登下校は一緒にしよ。その方が信憑性が増すから」


 先週末に水谷と電話した時、彼女がそう言い出したのだ。

 そこまでする必要あるか? と正直思わなくもない。


 ただ、ある程度付き合ってることに信憑性を持たせないと、山本が諦めそうにないのも事実。それに、登校時はともかく下校時は、今までもよく同じ電車に乗り合わせている。大して自分の生活が変わるわけじゃないと思い直し、俺は承諾した。


 駅に着くと、改札口手前の支柱に寄りかかる、金髪の少女が目に入る。

 通りすがりの人々の視線を集めながら、水谷はつまらなさそうにスマホをいじっていた。


「おはよ」


 俺が来たのに気付くと、スマホをスカートのポケットにしまって言う。

 前から思ってたけど、女子の制服のスカートってどうなってるんだろうな。

 変な意味じゃなくて、純粋に気になる。


「おはよう」

「ちょっと早かった? 大丈夫?」

「……ああ、もちろん」

「嘘、眠そうな顔してる」


 水谷が微笑んだ。

 朝から彼女の笑顔は刺激が強い。

 俺は水谷から目を逸らした。


「……良いから行くぞ、学校」


 うん、と水谷が頷いた。


* * *


 電車に乗って目的の駅に着くと、俺と水谷は並んで学校へ歩き出した。

 学校から駅へ向かう際に一緒に歩くのはこれまでにもあったが、逆は初めてだ。

 通学路にはうちの高校の生徒がそれなりにいて、彼らの内の何人かが、こちらを見て狐につままれたような顔をした。その間俺は、ずっと気が気がじゃなかった。


 一方、隣の水谷は堂々と歩いていた。

 注目されることに慣れきった彼女の所作は、もはやモデルと言っても差し支えないレベル。水谷の彼氏のふりをすることの重大さを、俺は今更実感しつつあった。


 校舎に着き、教室に二人で入ると、室内が一瞬沈黙に包まれた。

 その後すぐにいつもの空気に戻ったが、中には俺と水谷のことを話している奴もいるような気がする。彼らを尻目に、俺と水谷はそれぞれ自分の席に着いた。


 その後は案外何事もなく、昼休みを迎えた。

 チャイムが鳴るとすぐに、水谷が俺の席へやって来る。


「相澤、一緒にご飯食べよ」


 朝以来久々に、教室の中がざわざわと騒がしくなった。

 なるほど。これもアピールの一環ってやつか。

 徹底してるね、君。


「いいけど、場所はどうする?」

「一応、考えがあるから」


 水谷はそう言って教室を出た。

 ついて来いってことだろうか。

 俺は弁当を持つと、水谷の後に続いて教室を出た。

 そんな俺の背中を、クラスメイトの視線が追っている。


 廊下では水谷が待っていた。


「じゃ、行こうか」


 水谷について、俺は1階まで降りた。

 中庭の前の廊下を通り、校舎の中でもいよいよ人気の少ない場所へ向かう。

 確かにこの辺りなら目立たないけど……。


「あのさ、水谷」


 振り返る水谷に、思い切って俺は言った。


「誰も見てないところで一緒に飯食っても、何のアピールにもならないと思うぞ」

「……確かに」


 愕然とする水谷。

 いや、気付いてなかったんかい!


「でも、教室で二人で食べるのは……流石にキツくない?」

「それはそうだけど、なら二人で食べる意味がそもそもないよな」

「……じゃあ、今から一人で食べる?」


 水谷がいつもの表情に戻って言った。

 でも、俺には彼女の顔が、どことなく寂しそうに見えて、


「……良いよもう、ここまで来ちゃったんだし」


 思わずそう言ってしまった。

 そっか、と水谷がほのかに微笑む。


 それからまた少し歩くと、水谷が目指していた場所に着いたらしい。


「ここだよ」


 水谷が指差したのは、今は使われていない空き教室。

 こんな場所があったとは。

 1年以上この高校に通ってたのに、全く知らなかった。


 というか今更だけど、前に中庭で修二たちと昼食を食べていた時、水谷を見かけたのはこういうことだったのか。あれもこの空き教室へ水谷が来る途中だと考えれば説明がつく。


 水谷がガラガラとドアを開けた。鍵はかかっていないようだ。

 物置として使われているのか、中は机や椅子が所狭しと置かれている。

 少し埃くさいものの、それを除けば確かに絶好の穴場と言えそうだった。


 水谷は適当な椅子と机を引っ張り出して座ると、持ってきた弁当を広げた。

 俺も水谷の向かいに椅子と机を運ぶと、座って弁当を広げる。


 いただきます、と呟くと、弁当を食べ始めた。

 もぐもぐ、もぐもぐ……さっきからお互いに、ひたすら食ってるだけだな。

 なんか話を振るか。

 

「水谷の弁当、美味しそうだな」

「お母さんが作ってくれた。相澤のこそ、美味しそう」

「ふっふっふ。実はこれ、自分で作ってるんだ」

「……いいな」

「……『いいな』?」


 てっきり「すごいね」と適当に褒められると思ってたら「いいな」ときたか。

 どういう意味だろう。


「私、家で料理をさせてもらえないから」


 どうやら疑問が顔に浮かんでいたらしい。

 水谷がぽつりとそう答えた。


「へえ、なんで」

「料理は指使うから、するなって言われてる。ピアノに支障が出るといけないって」

「……なるほど」


 そう言えば、ピアノ習ってるとか言ってたな。

 でも、そのためにわざわざ料理を禁止されてるとなると――。


「水谷のピアノって、もしかして結構ガチな感じ?」

「ガチかどうかは知らないけど、大学は音大志望。留学もするかも。でも、まだどうなるか分からない」

「それをガチって言うんだよ……」


 音楽の世界をよく知らない俺でも、音大を目指すってのがどういうことなのかは何となく分かる。しかも、小・中学生が言ってるのではない。水谷は高校2年生。つまり、ある程度自分の進路を現実的に考える年齢だ。


 すごいな、と心底思う。

 俺なんて自分が将来何になりたいのか、未だによく分かってないのに。


「別に、すごくなんてない。ただ言われた通りやってたら、こうなっただけ」


 俺の心を読んでいるかのように、水谷が言った。


 言われた通りに、か。

 そう言えば、お母さんから教わってるって言ってたよな。

 結構厳しい感じなのかもしれない。


 ただ、それはそれとして。


「言われた通りにできないやつだって、世の中沢山いるぞ。だからやっぱり、水谷はすごいと思う」

「そうかな。私は相澤の料理の方がすごいと思う」

「……そんなこと言うのは、多分世界中でも水谷だけだよ」


 そこで一度話は途切れ、俺は食事に戻った。

 しかし食べている間に何度か、水谷からの視線を感じる。

 これはもしや……。


「おかず、ちょっと食べるか?」

「……いいの?」


 どうやらビンゴだったらしい。

 俺の提案に水谷は一瞬目を輝かせ、誤魔化すようにすぐさま普段の顔に戻る。

 残念、バレバレだからそれ。


「いいよいいよ、俺は自分の弁当なんていつも食ってるし」

「そっか。じゃあ、代わりに私のもあげる」

「えっ。マジで?」

「……嫌だった?」

「嫌とかじゃないけど……」


――弁当のおかずの交換なんて、普通のカップルみたいじゃないか。


 なんてこと言えるはずもなく。

 ちょうどお互いに卵焼きが入っていたので、俺たちは一つずつ交換した。


 さて、水谷のお母さんが作った卵焼きは……。


「美味いな、これ。なんかお店で出てそうな味だ」


 伝わるかな、今の表現で。

 あっさりはしてるんだけど、ちゃんと味はついている感じ。

 出汁が効いてて美味しい。


 一方俺のはどうだろう、と水谷の様子を窺う。

 水谷は俺の作った卵焼きを一つ食べると、ちらっと俺を見て微笑んだ。


「……おいしい」


 なら良かった。

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