第5話 恋人って、こういうものだよな

 翌日の昼休み。

 俺は校舎の中庭のベンチで、弁当を食べていた。

 と言っても、一人じゃない。

 

「……なあ、前から思ってたんだけどさ」

「ん? どうした?」


 そう声をかけると、左隣で弁当を食べていた男がこちらを向く。

 彫りの深い顔立ちに、パーマのかかった男にしては少し長めの茶髪。


 こいつの名は池野修二。

 俺の校内での唯一の友人……にカウントしていいものかどうか。

 まあ、気付いたらそれに近い関係になっていたのは確かだ。


「俺、ここにいていいのか?」

「何言ってんだよ、いいに決まってるじゃないか! お前のお陰で、俺たちは付き合えてるんだから。なあ、菜月?」


 修二が俺のいる方とは反対側を振り返った。

 弁当を食べていた女子が、修二越しに遠慮なく俺の左肩を叩いてくる。


「そうだよー、遠慮しちゃ駄目だよ相澤くん!」


 鎖骨に届かないほどの長さの、毛先があちこちに撥ねた赤みがかった茶髪。

 美人というよりかわいらしい顔立ちをした彼女は小倉菜月といって、修二の彼女で、中学時代の俺のクラスメートでもある。


 高一の頃に修二と俺は同じクラスで、出席番号が連番だった。

 よく後ろから話しかけられるなと思ったら、どうやらこいつの当時気になっていた隣のクラスの女子――その子が今目の前にいるわけだが――が、俺と同じ中学出身なのを聞きつけてのことだったらしい。


 話しかけてきた動機はだいぶ不純なんだけど、修二の場合いやらしさがない。

 多分、そういう意図を隠しきれない、良い意味での馬鹿さがあるからだ。


 なんかこいつ頑張ってるなー、と最初は他人事のように思っていた。

 そしたら二人の仲介役をやらされ、二人のデートになぜかついて行かされ、いつの間にか二人は付き合っていた。


 自分では、特に何もしてないと思ってる。

 ただ外へ引っ張り出され、二人に連れ回されただけだ。


 でも、この二人はどうやら、俺に感謝しているらしい。

 その証拠に、昼食を一緒に食べようと時々誘われる。

 なんなら2年になった今も、こうして昼食を共にしている。


 ……いやいや、やっぱり意味分からなくないか?


「遠慮というか……二人は逆に、もっと人目を気にせずいちゃつきたいとか思わないのか? 俺が隣にいたら、そういう風にはできないだろ」

「……お前さあ、何馬鹿なこと言ってんだよ」


 慎重に尋ねると、修二が俯き加減に呟いた。

 あれ? なんか怒らせた?


「いちゃつく時間なんざ、他で十分取ってるに決まってんだろ!」


 顔を上げ、キリッとした顔で修二が言う。


 そうだ、こいつは馬鹿なんだった。心配して損したわ。

 キメ顔がなんだかんだイケメンなのが、なおさら腹立つ。


「シュウくんっ……!」


 お前もそんな台詞で目をハートマークにするな、小倉。


 というか、よく考えたら二人の場合、俺がいるからといちゃつくのをやめるような連中じゃない。二人が俺に遠慮する可能性より、このバカップルの愛情表現で自分が心に傷を負う可能性を、俺は心配すべきなのかもしれない。


 ……まあ、この二人は極端だとしても。


 カップルって、こういうものだよな。

 お互いにお互いしか目に入ってなくて、周りが見えてないみたいな。

 特に俺たちくらいの年だと、周りを見てもそういうのが多い気がする。

 恋に恋するお年頃、じゃないけど。


 やっぱり、水谷の頼みを断ったのは正解だったんだと思う。

 あの水谷と俺が付き合うふりしたところで、すぐに看破されるのがオチだ。

 そこには真実の愛がないからな。多分、芽生える気配もないし。


「つーか、秋斗こそ彼女作らないのかよ」


 修二の質問に、俺はぎくりとした。

 流石に思考を読まれたわけじゃないよな。

 水谷の頼みを、こいつが知ってるわけないし。


 ひとまず俺は、無難に答えることにした。


「……そう簡単にほいほいできるなら、世の男たちはこんな困ってないだろ。相手がいないことには、どうしようもないんだから」

「秋斗なら探せば相手はすぐ見つかるよ。だから早く彼女作って、俺たちとダブルデートしようぜ!」


 修二の提案に、小倉がノリノリで乗ってきた。


「良いね、それ! じゃあもしそうなったら、デートの行き先はどうする?」

「まあこの辺なら、動物園か遊園地か……」

「あー、どっちも良いね。私的には、動物園が先かなー」

「菜月がそう言うなら、動物園にしようか」

「……シュウくん」

「……菜月」

「……」


 怖い怖い怖い。

 まだ俺の相手すら見つかってない段階で、妄想だけでどうしてそこまで盛り上がれるんだよ。しかも、なぜか良い感じの雰囲気になってるし。


 これ以上二人に構ってもしょうがないので、弁当を食べ進める。

 しばらくすればいくらバカップルでも落ち着くはず、とご飯を口に入れていると、ふと修二が呟いた。


「あ、有名な水谷じゃん」


 思わず弁当から顔を上げる。

 中庭のベンチに座る俺たちの正面に見える廊下を、水谷が歩いていた。

 向こうはどうやら、こちらの存在には気付いてないらしい。


 その時、風が吹いた。

 中庭と廊下を隔てる窓からその風が入り、水谷の長い金髪がたなびく。

 窓から差し込む日の光を反射し、いつにも増して光輝いて見えた。


「……やっぱ、めっちゃ綺麗だな」


 最初、自分の心の声が漏れたのかと俺は思った。

 やばい、今の聞かれたかな?

 焦って隣を確認すると、ぽかんと口を開ける修二の姿が目に入った。

 なんだ、今の台詞は修二だったのか。良かった、俺じゃなくて。


 いや、良くないだろ。


 よく考えたら、俺より修二が言う方がはるかにヤバい。 

 だってこいつの隣には今、彼女がいるんだぞ。

 同じ男として理解はするが、付き合ってる女子の前でそんなこと言ったら――。


 ぱこん、と音がした。

 数秒遅れて、小倉が修二の頭を手でフルスイングしたのだと、脳が理解した。

 ばたり、と修二が倒れる。

 倒した当の本人の小倉が、横になった修二の頭を膝枕した。


「ん? どうかした?」

「……なんでもない」


 満面の笑顔を向けてくる小倉から、俺は目を逸らした。

 そうだ、何も見なかったことにしよう。

 その方がお互い幸せになれるさ、きっと。


 本当に何事もなかったかのように、小倉は続けた。

 

「そう言えば相澤くんって、水谷ちゃんと同じクラスだよね」

「あ、ああ。なんで?」

「ほら、私って1年の頃、水谷ちゃんと同じクラスだったでしょ? あの子、山本くんって人に付きまとわれてるっぽかったからさ。今は大丈夫なのかなーって」

「……あれ、1年の頃からなのか」

「……てことは、もしかしてまだやられてたり?」


 小倉が恐る恐る尋ねてくる。

 この様子だと、どうやら水谷のことを本気で心配しているらしい。


 意外だな。修二が見惚れてたからって、水谷に嫉妬してもおかしくないのに。

 そこを分けて考えられるのは、結構すごいことなんじゃないか?

 修二を気絶させた点を除けば、だけど。


 俺が頷くと、小倉は「そっかー」と呟いた。

 膝の上で寝る修二の口に、タコさんウインナーを無理やり詰める。

 修二が苦しそうな顔で、モグモグと咀嚼した。お前起きてたのかよ。


「あの山本ってやつは、何であんなに自信満々なんだ?」

「うーん、何でだろう……でもやっぱり、野球部のエースなのが関係してるのかな。ほら、うちの野球部って結構強いらしいじゃない? だから授業中にあの人が寝てても、先生たちは見て見ぬふりみたいな」

「……なるほど、そんな感じだったのか」


 野球部の強さは、うちの高校に在籍してる生徒なら誰でも知っている。

 それなりの進学校で、力を入れているスポーツが他にない分、余計に目立つ。

 県大会でベスト16辺りまで進めば、全校応援があるし。


 去年もそのせいで、酷暑の中球場に駆り出された。

 試合の面白さ云々の前に、とにかく暑かった。死ぬかと思った。


 でも、そうか。野球部のエースなら、あの自信満々な態度も頷ける。

 山本視点だと、「俺以外にあの女を落とせるやつはいない」くらいに思ってんだろうな、きっと。


 小倉が心なしか真剣な顔で、こちらに向き直った。


「ねえ、相澤くん。もし水谷ちゃんが困ってそうだったら、助けてあげてよ」

「……小倉は水谷と仲良かったのか?」

「仲良いってほどじゃなかったけど……彼女、悪い子には見えなかったから。まだあの人に困らされてるようなら、気の毒だなと思って。それに、今年は私も同じクラスじゃないから、あんまり気に掛けられないし」

「……」


 去年同じクラスだった水谷を、小倉はそれとなく助けていたのかもしれない。

 小倉は自分では言わなかったが、話を聞いていてそう思った。

 でないと、こういう頼みを俺にできない気がする。


「……まあ、善処はするよ」

「ほんと!? ありがとう、相澤くん!」


 目を輝かせる小倉から、俺は顔を背けた。

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