第3話 私の彼氏のふり、してくれない?
俺は今、女子と並んで歩いている。
しかも相手は水谷花凛。
校内一の美少女という称号を、欲しいままにしている女の子だ。
信じられるか? この状況。普通、信じられないよな。
だって、当の本人である俺が、現実かどうか疑ってるくらいだし。
こっそり隣を盗み見る。
身長は俺より少し低いけど、手も足もすらっとしていてスタイルが良い。
というか、改めて見るとまつ毛長え。
つけまつ毛ではなさそうだし……天然物でこれって、そりゃ嫉妬も買うよな。
特に里見なんて、その辺命かけてそうだし。
「どうかした?」
俺の視線に気付いたのか、水谷がこちらに顔を向ける。
小首を傾げるその姿は、至近距離で見るには破壊力が強過ぎた。
俺は「何でもない」と慌てて正面を向く。
しかし……マジで話すことがないな。
そもそも俺は、会話なんて得意じゃない。
話すことが決まっていればまあまあちゃんと話せるが、日常会話って自由過ぎて、逆に何を話せばいいのか分からなくなる。
これが家族相手なら、何も気を遣わず脳死で喋れるんだけど。
学校から駅までは徒歩10分程度。
いつもならあっという間なんだが、今日はやけに長く感じる。
ひとまず早く駅に着いてくれ。
そう祈りつつ足を動かしていると、水谷が口を開いた。
「あのさ……さっきのこと、何かお礼したいんだけど」
「別にいいよ、お礼なんて。ただちょっと嘘ついただけだし」
「そうじゃなくて、6時間目の時のこと」
「……え?」
正面の景色に向けていた目を、思わず水谷の方に移した。
水谷が俺を見返す。
「相澤、私のために立候補してくれたんだよね」
「……まさか、そんなわけないだろ。喋ったことない相手のために学級委員やるって、どんなお人好しだよ」
「じゃあ、なんで手を挙げたの」
水谷がじっと見つめてくる。俺は目を逸らした。
彼女の深い碧の瞳を見ていると、何もかも暴かれそうな気がした。
「そりゃ、学級委員をやりたかったからだよ。責任のある役職についてみたら、自分を変えられるんじゃないかと思って」
「……相澤が言うなら、そういうことにしとこうか」
水谷はそう言うと、やっと顔を前に向けてくれた。
そのまま普段通りの温度の低い声で、こう続ける。
「相澤、今何か欲しいものとかある?」
「はあ? 何、急に」
「何でもいいから、答えてよ。5、4、3……」
「ええっ!?」
よくよく考えると、カウントダウンされたくらいで俺が焦る必要はなかった。
でも、そこは相手が初対面で、しかも水谷花凛だったからだろう。
何か答えないとと慌てて周囲を見回した俺は、道路脇に自販機を見つけた。
ぱっと目に付いた飲み物を、ひとまず答えることにする。
「……ミルクティ」
「了解、ミルクティね」
水谷も自販機の存在に気付いたのだろう。
そちらに向かうと、お金を入れてミルクティのボタンを押した。
がたこん、とボトルの落ちる音がして、水谷が500mlのミルクティを取る。
「はい、これ」
「……ありが、とう?」
首を傾げつつお金を払おうとする俺に、水谷が首を振って見せる。
「いいよ、これは奢りだから」
「お礼のつもりなら、いらないぞ」
「お礼じゃないよ。だって相澤、私を助けようとしてやったんじゃないんだよね。なら、私がお礼する理由はないし。だからこれは、私が奢りたくなっただけ」
「……その理屈は、ちょっとずるくないか?」
「最初に嘘ついたのは、そっちだと思うけど」
「……」
ぐうの音も出ない。
仕方なく、ミルクティを鞄にしまった。
ジッパーを閉じてから、隣を歩く水谷の様子を窺う。
表情こそ変わっていないが……気のせいか、いつもより楽しそうに見える。
* * *
「そう言えば水谷って、いつも帰るの早いよな」
駅のホームで電車が来るのを待つ間、俺は水谷に話しかけてみた。
水谷に興味があったというより、その場の気まずさを和らげるためだ。
少し話したおかげか、さっきより緊張が薄れたのは確かだけど。
心なしかじとっとした目で、水谷が俺を見た。
「相澤は人のこと言えないと思う」
まあ、それはその通りだ。
帰るのが早い水谷と同じ時間の電車によく乗るということは、つまり俺も帰るのが早いわけで。……でもな、こっちには正当な理由があるんだよ。
「俺は友達少ないし、学校に残ったところで何もないから。でも、水谷は違うだろ? さっきみたいに、寄ってくる人には困らないじゃないか」
「あんなのが沢山寄ってきたら、それはそれで困るけど」
俺の自虐をスルーして、淡々と水谷が言う。
あんなのって……まあ、あんなので良いか。
でも、確かにあいつみたいなのが水谷目当てで大挙して教室に押し寄せたらと思うと……うん、確実に面倒どころの騒ぎじゃなくなるな。
電車が来た。二人で乗車口から車内へ入る。
いつもよりやけに人に見られるな。
って、そりゃそうか。隣に水谷がいるからだ。
水谷の様子を窺う。
彼女は普段と変わらない、つまりは無表情に近い顔を保っている。
水谷からすれば、これが当たり前なんだもんな。
まさに住む世界が違うってやつだ。
プシューッと背後でドアが閉まる。
改めて車内を見渡すと、座席はかなり空いていた。
まあ、この時間帯はこんなものだ。
いつもなら座るところだけど……さて、どうしようか。
なんせ、今日は水谷がいる。
彼女と隣り合って座るのは、俺にはちょっとハードルが高い。
「どうしたの、相澤」
いつの間にか角席に座っていた水谷が、訝しげに俺を見ていた。
ぽんぽん、と空いている隣の座席を叩く。
これで隣に座らなかったら、逆に水谷を傷つけるよな。
ビビりながらも、恐る恐る腰を下ろす。
並んで歩いている時よりも、さらに近い距離。
彼女の豪奢な金髪が、ほんの少しだけ俺の肩に触れた。
ふわりと花のような香りが漂ってきて、鼻腔を優しくくすぐる。
……でも、よく考えたら不思議だよな。
高校に進学してから今まで、水谷を車内で見かけることは何度もあった。
なのに、話すのは今が初めてなわけで。
初対面なのは確かだけど、ずっと前から彼女を知ってたような気もする。
って、気持ち悪いな俺。
たかが同じ電車に乗ってたくらいで、何考えてんだか。
今の思考が水谷に読まれたら、絶対引かれる自信がある。
「私、ピアノやってるから」
出し抜けに水谷が言った。
あまりの唐突さに、隣に水谷が座っているという緊張感が少し吹き飛ぶ。
「は?」
「さっきの話。いつも早く帰る理由」
「……ああ、なるほど」
その話、まだ続いてたのか。
てっきりもう、終わったもんだと思った。
「先生とかに習ってんの?」
「先生というか、お母さん。先生でも別に間違ってはないけど」
「へえ。水谷のお母さん、ピアノ教室やってんだ」
水谷は頷くと、こう続けた。
「昔から放課後はずっとピアノの練習で、友達と遊べなかった。だから、相澤と同じだよ。私も学校に友達いない」
「……あ、そう」
何その急な陰キャアピール。
いや、よく考えたら陰キャとかそういう次元じゃないか。
水谷にはちゃんと友達の少ない事情があって、俺には……いや、俺も――。
「……ねえ、相澤。一つ、お願いがあるんだけど」
水谷の言葉に、現実に引き戻される。
隣に座る彼女を見ると、髪の毛先を弄っていた。
何やらそわそわしているようにも見える。
「何だよ」
「こんなこと、初対面の相澤に頼むのもどうかと思うんだけど……」
水谷は少しためらってから、意を決したようにこちらを見た。
彼女の碧い眼がきらりと光る。
「私の彼氏のふり、してくれない?」
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